学位論文要旨



No 119002
著者(漢字) 山田,和彦
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,カズヒコ
標題(和) 膜面エアロシェルの超音速空力特性と低弾道係数型再突入システムへの応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 119002
報告番号 甲19002
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5734号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 稲谷,芳文
 東京大学 教授 青木,隆平
内容要旨 要旨を表示する

近い将来、人類は宇宙に日常的に滞在する時代になると考えられる。そのため、今後は、軌道上と地上間の人や物資を輸送するシステムへの要求が一層大きくなることが予測される。宇宙輸送システムに関して、現在、技術的に最も深刻な課題は、再突入時の空力加熱である。従来の宇宙輸送システムは、機体表面を高温まで耐えることのできる材料やアブレータなどによって覆うことによって、機体を空力加熱から守っていた。しかし、より安全でより安価なシステムを開発するためには、空力加熱を避けてしまうことが有効な手段の1つであると考えられる。空力加熱を避ける手段としては、再突入体の弾道係数(機体質量 / 抵抗面積)を小さくすることが考えられる。低弾道係数を実現するには、軽量で大面積のエアロシェルを再突入体にとりつければよいが、そこで必要となる巨大なエアロシェルは、打ち上げ時は必要なく、むしろ邪魔となる。そこで、この矛盾した要求を満たすコンセプトとして、収納・展開が可能な膜面構造をエアロシェルとして利用することが考えられる。膜面構造物は、構造重量が軽く、さらに、その柔軟性により打ち上げ時は小さく折りたたむことが可能なため、低弾道係数の飛行体を実現するために有利である。よって、膜面エアロシェルを利用した低弾道係数型再突入システムは今後の宇宙輸送システムを革新的に進歩させる可能性を持っているといえる。

本研究では、図1に示すように、膜面エアロシェルを再使用宇宙輸送システムに応用することを提案し、その再突入時に着目し、フレア型の膜面エアロシェルを展開したカプセル型の特性を調べることを目的としている。このシステムにおいては、一般的に再突入技術で克服すべき最重要課題である空力加熱は、膜面エアロシェルによる低弾道係数化の効果で大幅に低減できることが期待されるため、注目すべきは、1)膜面が再突入時の飛行環境に耐えられるか、2)膜面エアロシェルは顕著な振動を発生せずに安定して空気力を発生できるか、3)膜面エアロシェルの変形が減速性能に及ぼす影響など、膜面エアロシェルの挙動や空力特性に関する点である。よって、本研究では、超音速風洞実験により膜面エアロシェルを有する飛行体の変形や全機空力特性について基本的な特性を把握した上で、超音速流中での膜面エアロシェルの挙動や特性を解析する方法を構築し、実験結果と比較、検討することによって、それらに関して、より詳細で正確な知見を得る。最後に、そこで得た知見や解析方法を利用して、膜面エアロシェルを利用した低弾道係数型の再突入システムの実現可能性について議論する。

第2章では弾性変形するフレア型(六角錐台形状)の膜面エアロシェルを有する鈍頭カプセル模型を用いた超音速風洞試験について述べる。

膜面の材料、一様流動圧、迎角などを変化させ、膜面エアロシェルの変形形状の観察、シュリーレン法による模型周りの流れ場の可視化、内装型天秤による6分力測定を行った。本実験結果より、膜面エアロシェルの変形は、主に空気力と弾性力の比を表す無次元パラメータCAE((基準長さ×一様流動圧)/(膜の厚さ×膜の弾性係数))によって支配されており、本実験で用いたフレア型の膜面エアロシェルは、超音速流中で空気力をうけて図2に示すように凹面状に変形し、後方に引き伸ばされるが、顕著な振動などは生じず、安定して空気力を発生することがわかった。CAEが大きくなると変形が大きくなり、エアロシェルの有効な開き角が小さくなるため、抵抗係数が小さくなる。また、膜面エアロシェルを有する機体では、迎角に対する空力係数の感度が鈍く、特に抵抗係数は迎角にはほとんど依存しないことが明らかになった。

ただし、本実験では実験設備の特性や実験模型の制約より、1)模型本体が迎角をとった場合、模型本体と膜面エアロシェルが接触するため、力の伝わり方が実際の飛行体とは異なっている、2)風洞始動時の衝撃荷重が定常状態の2倍以上となり、膜面の物性に影響を及ぼしている可能性があるなど、正確な情報を得るには限界があった。そのため、実験方法に起因する要素の影響を調べ、詳細かつ正確な膜面エアロシェルの超音速空力特性を理解するために、以下の章では数値解析によるアプローチを行う。

第3章では、流体解析と連成させるための膜面解析モデルの構築と検証について述べる。

本研究では、膜面解析モデルとして、計算コストが小さく、形式化が単純なため様々な効果を容易に入れることができ、発展性があることを考慮して多粒子系膜モデルを採用した。過去の多粒子系モデルを改良し、弾性力として、伸縮力、せん断力、面外曲げによる力を、外力として空気力を考慮した新しい多粒子系膜モデルを構築し、そのモデルによって、さまざまな検証問題を解き、解析解と比較を行った。図3に多粒子系膜モデルの概念図を示す。

本研究で構築した多粒子系膜モデルは、従来の多粒子系膜モデルに比べ、1)せん断力に相当するバネを考慮したため等方性が改善されている、2)曲げ剛性を考慮しているため、ある程度厚さのある膜面の解析や座屈、皺の発生を捉えることができる、3)粒子間距離によってバネの力を変化させているので、粒子配置に自由度があり、円板なども特別な処理なしで解析が可能である、という特徴がある。また、本法は等方性を完全に保証するものではないが、ここで扱うようにあらかじめ変形や応力パターンに関する予測ができる場合は、粒子の配置を主応力方向に一致させることができ、ポアソン効果や皺の形状なども正しく解析ができる。

第4章では第3章で構築した多粒子系膜モデルと流体解析の連成方法の説明と数値解析による超音速風洞試験のシミュレーションの結果について述べる。結果の一例を図4に示す。

膜面流体連成解析において、その支配方程式中に、パラメータCAEが表れ、超音速風洞試験において膜面の形状がパラメータCAEによって支配されていた事実が数式の上でも確認された。本研究では、流体解析としてニュートン流近似(ニュートン流連成解析)とCFDによるナヴィエ・ストークス解析(NS連成解析)を用いる。数値解析結果と実験結果との比較により、ニュートン流連成解析は、膜面の変形に関してよい推算となり、その計算コストの小ささから考えると初期の設計段階に用いるには有用な方法であるといえる。ただし、空気力に関しては膜面上の圧力分布が正しく得られないため信頼性の高いデータを得るのは難しいことがわかった。一方、実験結果とNS連成解析結果を比較することにより、風洞始動時の衝撃の影響は、弾性ゴムの変形の時間遅れとも関連し、膜面の実効弾性係数を約半分にしている可能性があることが明らかになった。それを考慮にいれると、NS連成解析は、膜面の変形、空気力に関して妥当な結果が得られた。よって、計算コストは大きいが、マッハ数やレイノルズ数など一様流条件の影響も考慮できることを考えると、膜面飛行体の性能評価など詳細検討の際に有効な手段であるといえる。

また、数値解析によって、膜面エアロシェルを有する飛行体について、風洞試験では得ることが難しかった知見が得られた。膜面エアロシェルと本体が干渉しない場合は、膜面エアロシェルから本体に機軸に垂直な力やモーメントはほとんど伝わらず、揚力は軸力の流れに垂直な方向成分として発生するため、CAEと揚力係数の関係はCAEと抵抗係数の関係と同様になり、CAEが大きくなるとその絶対値は小さくなる。また、ピッチングモーメントは剛体エアロシェルに比べ非常に小さくなる。また、CAEが小さい条件では、実験結果とは逆に外枠が初期位置より前方に移動することがあり、剛体のエアロシェルより抵抗係数が大きくなる可能性があることがわかった。さらに、数値解析により、膜面飛行体を設計する際に重要な情報である膜面上の応力分布の解析が可能になり、フレア型のエアロシェルの場合、応力は本体との接合部で最大となることが明らかになった。風洞試験で一様流動圧が大きい場合に、膜面は本体との取り付け部から破断しており、実験結果と比較しても妥当な結果であるといえる。

第5章では、膜面エアロシェルを垂直離着陸型の再使用宇宙輸送システムへ応用することについて検討を行った。

軌道計算により、再使用宇宙輸送システムに適切な大きさの膜面エアロシェルをとりつけることによって、空力加熱を低減し、熱防御材として再使用性のよい金属TPSを使用することが可能になることが示された。また、システム全体の重量推算によって、膜面エアロシェルを取り付けることによって、熱防御材や軟着陸用の逆噴射燃料の重量が低減できるため、機体の全体重量の面からも有利になる可能性があることが明らかになった。

次に、一様流条件(マッハ数、レイノルズ数、CAE)と膜面の変形、全機抵抗係数の関係のデータベースをNS連成解析(軸対称)によって作成し、再突入軌道に沿った解析を行った。その結果、既存の耐熱織物材料(厚さ0.1mm程度のZYLON〓繊維)を使用した膜面エアロシェルは、強度的にも再突入環境に耐えうることがわかった。また、膜面が変形することによる空力特性への影響は、織物材料は曲げ剛性が小さく、かつ、伸びにくいため、膜面エアロシェルは大きく凹面状に変形し、剛体エアロシェルより抵抗係数が大きくなる。つまり、変形によって、有効な弾道係数はさらに小さくなる可能性があることがわかった。

これらの検討・解析から、本研究で提案する膜面のエアロシェルを有する飛行体は、既存の膜面技術で十分実現可能であり、金属TPSの使用が可能になる、全機重量が小さくできるなどのメリットがあり、次世代の宇宙輸送システムの1つとして大きな可能性があることが示された。

本研究で提案した膜面エアロシェルを利用した再使用宇宙輸送システムの概念図

超音速気流中の膜面エアロシェルを有する模型の様子(マッハ数3.02、動圧37.7kPa)

(左)剛体エアロシェル、(中)硬質ゴムエアロシェル、(右)軟質ゴムエアロシェル

本研究で構築した3次元多粒子系膜モデルの概念図

膜流体連成解析(NS連成解析)によって求めた膜面エアロシェルの形状

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)山田 和彦 提出の論文は、「膜面エアロシェルの超音速空力特性と低弾道係数型再突入システムへの応用に関する研究」と題し、本文6章および付録5項から成っている。

宇宙環境利用や科学探査など人類の宇宙における活動を発展させていくためには、地球周回軌道と地上とを結ぶ高信頼性かつ低コストの宇宙輸送システムを確立することが必須である。そのための最も重要な課題として、大気圏再突入時の熱防御システムが挙げられる。従来の研究開発では、空力加熱は不可避なものとして、熱防御性能の向上に力点が置かれていた。しかし、低コストと高信頼性への要求を考えると、空力加熱そのものを低減させるための対策も必要であると言える。空力加熱を低減させる最も確実な方法は、機体の空気抵抗発生面積を大きくし、小さな弾道係数で大気圏再突入することである。軽量かつ大面積の膜面構造を機体に収納し、大気圏再突入前にエアロシェルとして展開すれば、打ち上げや軌道上作業の妨げとなることなく低弾道係数での再突入が実現できる。このような低弾道係数型再突入機は、従来の再突入機に比べ、空力加熱が低減し、熱防御システムへの要求が大幅に緩和されるため、信頼性とコストの点で宇宙輸送システムに革新をもたらす可能性がある。しかし、超音速気流中での膜面の変形や耐飛行環境性、発生する空気力などの特性については明らかになっておらず、また、それらを予測する解析手法も確立していないため、実機への適用を検討する際の障害となっていた。

このような背景から筆者は膜面エアロシェルに着目し、超音速風洞を用いてその特性を実験的に解明する一方、新たに膜面構造解析モデルを構築し、流体解析と連成させることで、膜面エアロシェルの性能解析手法の開発に成功している。さらに、開発した手法を低弾道係数型再突入飛行体の検討に適用し、宇宙輸送システムとしての利点を明らかにしている。本論文は、将来型宇宙輸送システムを含む高速飛行体空力形状への膜面構造の応用に関し、有用な知見をもたらすものである。

第1章は序論で、宇宙輸送システムにおける問題点を指摘し、それに対する解決策として膜面エアロシェルを利用した低弾道係数型再突入システムを提案している。さらに、膜面エアロシェルに関するこれまでの研究を概観し、本論文の目的と意義を明確にしている。

第2章では、膜面エアロシェルの変形と空力特性を解明するために行われた超音速風洞実験とその結果について述べられている。実験模型として六角錐台形状のフレア型膜面エアロシェルを有する鈍頭カプセルを用い、膜面材料、一様流動圧、迎角などを変化させて、膜面の変形観察や空気力測定などを行っている。実験結果から、フレア型の膜面エアロシェルは安定して空気力を発生すること、膜面の変形に関し、(基準長さ×一様流動圧)/(膜の厚さ×膜の弾性係数)で定義される無次元量が支配的なパラメータとなること、を見い出している。さらに、膜面の変形による抵抗係数の低下や、迎角に対する空力係数の感度が鈍く、特に抵抗係数は迎角にほとんど依存しないこと、など膜面エアロシェル特有の現象を明らかにしている。

第3章では、流体解析と連成させるための膜面解析モデルの構築とその検証について述べている。筆者は、定式化の簡潔さ、計算コスト、拡張性の観点から多粒子系膜モデルを採用し、その改良を行っている。このモデルは、せん断力に相当するバネを考慮したため等方性が改善されていること、曲げ剛性を考慮して膜面厚さの効果や皺の発生が捉えられること、粒子配置の自由度が高く任意形状への適用が容易であること、などの優れた特長を有している。

第4章では、第3章で構築した多粒子系膜モデルと流体解析の連成方法を述べ、第2章における実験結果との比較を行うことで、その妥当性を検証している。流体解析手法として、ニュートン流近似とナヴィエ・ストークス方程式の数値解析とを比較し、前者は膜面上の圧力分布の予測精度は劣るものの、膜面変形に関してよい推算を与え、初期設計段階では有用な方法であると述べている。後者による連成解析では膜面変形と空気力ともに実験結果と定性的かつ定量的によい一致を得ている。ただし、実験結果の評価においては、風洞始動時の衝撃荷重や変形の時間遅れなどを考慮して、膜面の有効弾性係数を正しく見積ることが重要であると指摘している。さらに、フレア型のエアロシェルの場合、膜面の応力は本体との接合部付近で最大となるため、その部分での破断に注意すべきであることなど、数値解析の援用により、実験だけからでは知ることの困難な特性についても明らかにしている。

第5章では、膜面エアロシェルを垂直離着陸型の再使用宇宙輸送システムへ応用することについて詳細な検討が行われている。軌道計算と重量推算を組み合わせた膜面エアロシェルのサイジング法について述べ、このシステムでは、空力加熱が低減されて再使用性の良い金属系熱防御材が使用可能となり、かつ、機体の全体重量を低減させることができることを示している。さらに、第4章で開発した膜面構造とナヴィエ・ストークス方程式による流体連成解析を再突入軌道に沿って行い、既存の耐熱織物材料で強度的にも再突入環境に耐え得ることを明らかにし、ここで提案する膜面エアロシェルを有する飛行体は、既存の膜面技術で十分実現可能であると結論づけている。

第6章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

付録は5項から成り、再突入軌道計算の定式化、流体解析で用いた移動格子法の検証、軸対称ナヴィエ・ストークス方程式、矩形膜面模型を用いた超音速風洞実験とその結果、高亜音速での耐空性検証のために行われた気球からの落下カプセル飛行実験とその結果、に関する説明がなされている。

以上要するに、本論文は、超音速気流中における膜面エアロシェルの変形と発生する空気力に関する特性を実験的に明らかにするとともに、膜面構造と流体の連成解析法を構築し、さらに、それを用いて、膜面エアロシェルを再突入飛行体へ応用することについて詳細な検討を行ったものであり、膜面構造を持つ飛行体の超音速空力特性とその数値解析法に新しい知見をもたらすとともに、将来型宇宙輸送システムにおける膜面エアロシェルを利用した低弾道係数型再突入機の利点を示した点で、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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