学位論文要旨



No 119003
著者(漢字) 山本,直嗣
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ナオジ
標題(和) ホールスラスタの放電振動に関する研究
標題(洋)
報告番号 119003
報告番号 甲19003
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5735号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 都木,恭一郎
 東京大学 助教授 小紫,公也
内容要旨 要旨を表示する

ホールスラスタは電気推進機の一つで、比推力が1000〜3000sにおい推進効率が50%以上と高く、イオンエンジンと比較すると空間電荷電流制限則を受けないので推力密度が大きく非常にコンパクトであるという利点を持つ将来有望な推進機である。ミッション解析により衛星のLEOからGEO等の軌道変更用、人工衛星や宇宙大型建造物の南北制御などに適しており、次世代宇宙推進機として現在最も注目され日欧米で競って研究開発が進められており、また月探査のSMART-1の主推進やモバイル放送用衛星MBSATの南北制御など様々なミッションに搭載されつつある。

多くの利点をもつホールスラスタではあるが、克服すべき課題として放電電流振動、特に数十kHzの低周波振動の低減が挙げられる。この放電電流振動は電源への負荷となるだけでなく、作動停止を招き、さらにこれにより加速チャネル壁の損耗が促進され、寿命の低下を招くと考えられている。衛星に搭載されている今日においてもこの振動のために、スラスタの作動範囲が限定されている。これまでこの放電振動現象に関して様々な研究が行なわれて来ているが、いまだどの研究機関も根本的な解決法を見出せておらず、いまだ課題として残っている。また壁面損耗だけでなく推進効率の低下や衛星本体や太陽電池パネル等への損傷を与えるイオンビームの発散にも影響を及ぼすとも懸念されている。

本論文の目的はこの放電振動現象の機構を明らかにし、広範な作動範囲において良好な作動状態を維持できるような設計指針を得ることである。

そこで1kW級ホールスラスタを製作し、推進性能及び放電電圧、放電電流の振動特性を測定した。推進性能は放電電圧および推進剤流量を増加させるに従い増加し,最大で推進効率50%を達成した。これは諸外国のスラスタと性能面で比肩出来るものであった。次にこの放電振動がスラスタの推進性能に及ぼす影響を調査したが、推進効率および推力、プルームの発散角と振動とは直接的な因果関係は見られないことがわかった。一方、推進機にとって重要な性能である寿命と振動の関係を調査したところ、振動がなければ寿命が伸びることが確認できた。

この振動現象の解明のために、この放電振動の特性を明らかにした。すなわちイオン電流や電子密度の計測に加えて高速度カメラによる撮影と放電電流の波形より、この放電振動がプラズマ生成量の変動に起因することを明らかにした。また振動特性(振動数,および振動の大きさ)のパラメータ依存性を調査したところ、放電電圧や推進剤流量と比較して振動特性は磁束密度に非常に敏感であった。これよりこの振動が電子の移動度と密接に関わっていることが分かった。

そこで、この放電振動は中性粒子の擾乱がプラズマ生成量の擾乱を引き起こし、その擾乱が中性粒子の擾乱にフィードバックされるとする電離不安定性に起因した振動現象であるとし、さらにこの振動はイオンではなく電子の移動度と密接に関わるとして、電離不安定性に起因する振動モデルを構築した。このモデルの妥当性を検証するために、様々な作動条件で振動数並びに安定作動範囲に関してモデルと実験を比較したところ、定性的に一致し、定性的にもそれほどの差異は見られなかった。また、異なったタイプのホールスラスタにおいても、この振動モデルが適用でき、タイプによる不安定性の差異が説明できることがわかった。

構築したモデルに基づき振動を低減する様々な試みを行った。まず、様々な陽極の形状で安定作動範囲がどのように変わるのかを測定した。モデルでは、振動は電子電流の陽極への流入面積に依存するとして、これを大きくすることが安定化につながると示唆していたが、実際にそのような形状に変更することで安定作動範囲は拡がった。また、加速チャンネル形状を変更することにより安定作動範囲は拡がるというモデルの示唆のもと、末広がり形状の加速チャンネル形状を変更して、その効果を確かめたところ、安定作動範囲が拡大した。これらの振動低減方法によって、安定作動範囲が拡大しただけでなく、推進効率も向上していることが確認された。

以上、本研究より、この放電振動現象の機構が明らかになり、広範な作動範囲において良好な作動状態を維持できるような設計への指針を得ることができた。これらの結果はホールスラスタの信頼性、耐久性の向上、電源の軽量化、システムのマージンの増加等非常に有益な結果をもたらし、衛星の低価格化、ひいては人工衛星による高速移動体通信システムや高精度な測位システムの確立に貢献するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)山本直嗣提出の論文は「ホールスラスタの放電振動に関する研究」と題し、七章からなっている。

近年宇宙の商業利用、国際的競争の激化に伴い宇宙開発コストの大幅な低減が要求されている。国際的な宇宙開発の流れとして軌道投入や軌道保持、姿勢制御のための推進系も高性能な電気推進の搭載が不可欠となってきている。電気推進にはアークジェット、イオンエンジンなど加速方式によって異なる様々な推進機があるが、なかでもホール電流を利用した電磁加速方式のホールスラスタは50%以上という高い推進効率(エネルギー変換効率)と高比推力を発生し、イオンエンジンと比較して一桁以上の高い推力密度を発生するため、次世代宇宙推進機として現在最も注目され日欧米で競って研究開発が進められ、月探査のSMART-1の主推進やモバイル放送用衛星MBSATの南北制御など様々なミッションに搭載されつつある。

これらの多くの利点をもつホールスラスタではあるが、その反面、放電の不安定性現象、特に振動電流が多くの作動条件によって現われるという問題がある。放電電流の振動は電源への負荷となるだけでなく、作動の停止や加速チャネル壁の損耗が生じて寿命の低下を招く場合もある。このようなことから、放電振動の低減は電気推進機にとって不可欠な安定性および耐久性の向上につながる重要課題であると考えられる。

本研究の目的は、ホールスラスタの放電振動の機構を明らかにし、広範な作動範囲において振動を低減することにある。

第一章は序論であり、本研究の背景を述べ、研究の目的と意義を明確にしている。

第二章は、本研究で使用した実験装置と計測方法について述べている。使用したスラスタや電力供給系などの実験装置と、電子密度やイオン電流量等の測定方法とデータ処理の方法について述べている。

第三章は、推進性能と放電振動の関係を述べている。ホールスラスタの推進効率や推力、排気プルームの発散角は振動の影響をほとんど受けないが、寿命の低下につながる加速チャンネル壁の損耗は振動によって増加することがわかった。

第四章は、振動特性について述べている。放電振動の現象解明のために、電子密度やイオン密度の計測に加えて高速度カメラによる撮影や放電電流の波形を観察し、この振動がプラズマ生成量の変化に起因することを明らかにした。さらに放電振動特性は放電電圧や推進剤流量に対してあまり依存しないが、磁束密度には大きく依存したため、この放電振動は電子の移動度に大きく左右されることが分かった。

第五章は、第四章の結果を踏まえて構築した振動モデルとモデルの妥当性を検証するための実験について述べている。放電振動は中性粒子の擾乱がイオン生成量の擾乱を引き起こし、中性粒子の擾乱にフィードバックされるという電離不安定性に関する振動モデルを構築した。さらに様々な作動条件での放電振動を観測する実験を行い、振動モデルの妥当性を検証した。その結果、放電振動の振動数および放電振動の起きやすい作動範囲がモデルと実験で良く一致したこと、また異なったタイプのホールスラスタにもこの振動モデルが適用でき、その不安定性を説明できることが明らかにされた。

第六章は、第五章のモデルに基づいた様々な振動の低減方法に関して述べている。モデルからアノード形状、加速チャンネル形状等を変更することにより振動が低減することが示唆された。これにより、放電振動が低減するように電極形状などを変えた推進機を試作し、安定作動範囲を調べる実験を行った。その結果それぞれの方法によってモデルの示唆どおりに、振動を広範な作動範囲において低減させることに成功した。さらにこの変更に伴い推進性能が損なわれていないことも確認した。

第七章は、結論であり本研究において得られた結果を要約している。

以上を要するに、電気推進の主流になりつつあるホールスラスタに関して、克服すべき重要課題である放電振動について、その現象を実験と理論解析の両面から明らかにすると同時に、振動を抑制する方法を考案して振動の低減に成功したものであり、これらの成果は宇宙推進工学上貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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