学位論文要旨



No 119004
著者(漢字) 横関,智弘
著者(英字)
著者(カナ) ヨコゼキ,トモヒロ
標題(和) 複合材料積層板の多層層内損傷挙動
標題(洋)
報告番号 119004
報告番号 甲19004
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5736号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 教授 影山,和郎
内容要旨 要旨を表示する

繊維強化プラスチック(Fiber Reinforced Plastics, FRP)は、その優れた比強度・比剛性のため、様々な構造部材に適用されているが、一般にFRPは繊維方向への耐荷能力は高いものの、それ以外の方向に関しては破壊しやすいため、様々な方向へ繊維を配向させた積層板の形態で使用される。積層板の損傷プロセスは独特かつ複雑であり、荷重方向以外に繊維を配向させた層は損傷を生じやすい。この層内損傷(トランスバースクラック)は概ね最初の損傷モードであり、積層板の力学的特性を変化させる等のため、複合材の構造信頼性向上を目指す上で考慮の不可避な損傷モードといえる。また、複合材料積層板中の損傷累積挙動を考える場合、トランスバースクラックは1つの層内だけでなく、隣接する層など多層にわたり損傷が累積する。本論文では、実構造物への複合材料の適用のために、複雑な荷重下での層内損傷進展挙動や、各層に損傷が広がり累積していく挙動の把握を試みた。特に、多層にクラックが存在する場合の解析手法を提案し、効率的なパラメトリック解析法の開発を行い、多層層内損傷挙動の考察と、実験的な挙動把握を示した。

最初に、任意面内荷重下において、1つの層内にトランスバースクラックを有する任意の対称積層板の応力解析手法をまとめた。本論文では、shear-lagモデルを適用し、層間せん断特性は、パラメーターとして扱うのではなく、変分原理から導かれた、層の材料特性から計算する手法を用いて決定した。また、クラック層の有効剛性を定義することにより、熱残留応力を含めた形で簡易にモード別のエネルギー解放率を求める方法を示した。本手法により、破壊基準以外のパラメーターは不必要であり、任意面内負荷下における、1つの層内でのトランスバースクラック累積挙動を予測することが可能であることを示した。

2層にわたりトランスバースクラックが存在する場合、一般に各層のトランスバースクラックは斜交する。そこで、斜交形状に沿った斜交座標系を定義し、斜交座標系成分を用いた応力解析手法を提案した。解析に便利な3種類の基底ベクトルを紹介し、それぞれについてのベクトルやテンソルの斜交座標系成分を導出した。これらは、図1に示すように、形状の長さや間隔、面積の一定条件下でのパラメトリック解析に便利であり、基底ベクトルを工夫することで、各種のパラメトリック解析が可能であることを述べた。変位・歪みの共変成分、力・応力の反変成分を用い、構成方程式もそれに対応する成分を用いることにより、支配方程式を表し、図2に示すように任意の斜交角を有する斜交形状問題は、直交形状問題に変換可能であり、直交問題とみなして解析が行えることを示した。また、この手法を汎用的な有限要素法へ適用することを試みた。全体座標系として斜交座標系を用い、有限要素法の定式化を行い、直交座標系における通常の有限要素法と同一の剛性方程式が得られることを示した。これにより、1つの直交形状のメッシュを用いて、境界条件や剛性成分を変化させるだけで、任意の斜交角を有する形状のパラメトリック有限要素解析が行えることを示し、汎用コードを利用しても可能であることを示した。傾斜材、傾斜クラック、平板翼の応力解析へ適用した例を示し、本手法の妥当性とパラメトリック解析の有効性を示した。

この斜交座標系を用いた解析手法を用い、各層を貫通する斜交トランスバースクラックを有する積層板に関する解析解について述べた。この手法を2次元shear-lag解析に適用することで、θ°層及び90°層に貫通する斜交トランスバースクラックを有する[θm/90n]sや[S/θm/90n]s積層板の応力分布の解析解を得た。3次元有限要素解析結果と比較することで、斜交クラックを有する積層板の応力解析手法としての妥当性を確認した。平均的な境界条件を適用しているため、境界付近で一致しない部分もあるが、直交クラック問題として解けるため、[0m/90n]s積層板等の解析手法と同程度の手間で解を得ることができ、非常に簡易で有効である。

次に、斜交座標系成分を用いた有限要素法により、斜交クラックを有する積層板の3次元応力解析を行い、トランスバースクラックの多層累積プロセスに関する考察を行った。90°層に貫通トランスバースクラックが存在し、それに斜交するθ°層クラックを有する[S/θm/90]s積層板について、図3に示す代表体積を定め、直交モデルに変換し、斜交座標系成分を適用することで、各クラック密度が一定条件下におけるθについてのパラメトリック解析を行った。θ°層クラックの進展挙動やS層の応力分布などについて、θやθ°層クラック長さ、各層のクラック密度を変化させて、調査した。その結果、図4に示すように、θ°層クラック先端投影位置がθ°層厚さの約半分の所で、90°層クラックの存在によりエネルギー解放率がピークを迎え、その後クラックが長くなるにつれて定常値に収束することがわかった。定常値と増加値の差が大きいほど、誘発されたθ°層クラックは、ある長さで停滞し、負荷が増加するまで繊維方向へ不安定的に進展しないことを意味するため、定常値と増加値の差が大きいと誘発されたθ°層内微小き裂が観察されると考えられ、差が小さいと微小き裂は観察されず、進展したクラックが観察されると考えられる。θを変化させたパラメトリック解析結果を図5に示すが、これから、θが大きい場合、つまり90°層と隣接層の成す角度が小さいほど、定常値と増加値の差が大きいことがわかり、θが大きい場合に誘発されたθ°層内微小き裂が観察されやすいことが判明した。この増加値と定常値の比はS層や与えられた歪みにはあまり依存しないが、斜交クラックのなす角度により支配されており、積層角により隣接層誘発クラック形態が異なることが判明した。また、θ°層厚みには大きく依存し、厚みが薄いほど、微小クラックの形態をとりやすいことが判明し、環境温度にも影響されることがわかった。続いて、[0/θ2/90]sについて、0°層の繊維に垂直方向の応力分布も計算した。0°層クラックの起こりやすさは、θ°層にクラック長さにはあまり影響されず、したがって、短いθ°層クラックが存在しただけでも、斜交クラック交点部付近から発生しうることが判明した。90°層クラック密度が増加しても0°層クラック誘発に影響は少なく、0°層に対して隣接するθ°層クラック密度が大きいほど0°層クラックは誘発されやすいことが示された。以上から、トランスバースクラックにより隣接層に層内損傷は誘発され、誘発されたクラックの長さに関係なく、次々と層内損傷が連鎖的に厚み方向へ繋がっていくことが危惧されると考えられる。

トランスバースクラックの累積挙動について、実験的にも把握を試みた。まず、最初にトランスバースクラックが発生し、その層内に累積する場合について、積層板の中央層に90°層またはθ°層を有する平板試験片の一軸引張試験を行い、混合モード下を含めたトランスバースクラック累積挙動を把握し、エネルギー解放率による予測法により予測可能であることを確認した。また、中央層に90°層を有する平板試験片と円筒試験片における90°層クラック累積挙動の比較により、平板試験片では自由端の影響でクラックが発生しやすく(図6)、自由端のない場合と異なる挙動を示すことが判明した。3次元有限要素解析によっても自由端の影響を考察し、平板試験片において繊維方向へ十分に進展したクラックのみが自由端の影響を受けない実構造部での評価に適合することを示した。

また、複数の層に層内損傷が累積する場合について、実験的な損傷挙動の把握を試みた。[0/θ2/90]s平板試験片を用意し、一軸引張試験を行うことで、90°層にトランスバースクラックが累積した後の隣接層へのクラック累積について詳細な観察を行った。θ=30の場合は、90°層クラックが累積してもθ°層クラックはしばらく観察されず、負荷の増大に従い、繊維方向に進展したθ°層クラックが観察された(図7)。それに対し、θ=45及び60では、図8に示すように、90°層クラックの発生と同時にθ°層にも短い多数の網目状の微小クラックが観察され、特にθ=60では顕著であった。これらの微小クラックは負荷を増加させても繊維方向へなかなか進展せず、90°層クラックの増加によるθ°層微小クラックが多く観察された。また、0°層クラックはθ°層クラックが繊維方向に進展した場合(θ=30)でも進展していない場合(θ=45,60)でも同様に観察された。有限要素解析結果による考察と一致した多層累積挙動が観察された。0°層へのクラック誘発に関しても、θ=30の場合のようにθ°層クラックが進展クラックであっても、θ=60の場合のように微小クラックであっても、同様に誘発されている実験結果が得られた。したがって、実際の多層層内損傷累積挙動は、微小クラックが層内に発生すると、それが繊維方向に進展するかしないかに関わらず、次々と隣接層にクラックを誘発しうることがわかり、解析結果との一致が確認された。

従来取り扱いの難しかった斜交形状モデルに対し、斜交座標系と対応するテンソル成分を導入することによる簡易な解析手法を示すことができた。この手法と有限要素法などの各種解析法と組み合わせることで、広範な構造解析問題へのパラメトリック解析の足がかりを明示したといえる。本研究では、複合材料積層板中に発生する斜交クラック問題へ適用し、多層層内損傷累積挙動について詳細な解析により考察するとともに、実験による累積挙動把握を行った。

直交基底ベクトルと斜交共変基底ベクトルの関係とモデル変換

斜交座標系成分を用いたモデル変換

斜交クラックを有する[S/θm/90n]s積層板モデル

無次元化クラック投影長さ(α/tθ)とエネルギー解放率の関係

エネルギー解放率の差とθの関係 : [0/θ2/90n]s、θ゜層クラック

[45/0/-45/90]s積層板に発生する90゜層エッジクラック

[0/302/90]s平板試験片の損傷累積挙動

[0/602/90]s平板試験片の損傷累積挙動

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)横関智弘提出の論文は、「複合材料積層板の多層層内損傷挙動」と題し、本文7章及び付録6項から成っている。

炭素繊維などの補強材で強化された複合材料は、優れた比強度・比剛性を有し、航空宇宙分野をはじめとして様々な構造物へ適用されている。この複合材料は通常複数の層を積層した積層板として使われるが、その構成の複雑さから、特有の損傷プロセスを示す。その特徴的な損傷の一つは、荷重方向以外に繊維が配向している層の母材内或いは母材と強化繊維の間の損傷である。この層内損傷(トランスバースクラック)は、概ね最初の損傷モードであり、積層板の力学的特性を低下させることが多く、複合材の構造信頼性向上を目指す上で考慮の不可避な損傷モードである。本論文では、複合材料積層板の実構造物への適用に際して問題となる、複雑な荷重下での層内損傷進展挙動や、多層にわたり層内損傷が広がり累積していく挙動の把握を試みている。特に、多層にクラックが存在する場合に、従来直接扱うことがなかった斜交するクラックに関する解析手法を提案し、多層層内損傷挙動の詳細な考察と、実験的な挙動の把握を行っている。

第1章では、積層板の層内損傷に関する工学的問題点や、従来の解析的及び実験的な研究成果を詳細にまとめ、本論文の研究目的を述べている。

第2章では、まず複合材料積層板の1つの層にのみ層内損傷が累積する場合に対応した解析手法をまとめ、任意の面内荷重を受ける対称積層板について、シアラグモデルを適用した応力解析法を示している。また、歪み一定条件下で層内損傷が発生する際のエネルギー解放率について、熱残留応力の影響を含めてクラック閉口法によりモード別に求める手法を示している。

第3章では、斜交座標系成分に基づいた解析法を詳述している。これによって、積層板において異なる2層に斜交するトランスバースクラックが存在する場合に、斜交角をパラメータとして扱う解析手法を提案している。即ち、任意の斜交角を有する斜交形状問題は、直交形状問題に変換可能であり、直交座標系における問題とみなして解析が行えることを述べている。さらに、この手法を汎用的な有限要素法へ適用し、1つの直交形状の要素分割モデルを用いて、境界条件や剛性成分を変化させるだけで、任意の斜交角を有する形状のパラメトリック有限要素解析が行えることを示している。

第4章では、第3章で示した斜交座標系を用いた解析手法を、各層を貫通する斜交トランスバースクラックを有する積層板の問題に適用し、直交クラック問題とみなして2次元シアラグモデルを用いて解析解を求めている。この結果を、斜交クラックを直接モデル化した有限要素解析と比較することにより、本手法の有効性を確認している。続いて、第3章で定式化した有限要素法により、90°層に貫通トランスバースクラックが存在し、それに斜交する貫通していないθ°層クラックを有する[S/θm/90]s積層板について、代表体積を定めてその詳細な解析をθ°行っている。θ°層クラックの進展に伴うエネルギー解放率と、混合モードを考慮した破壊規準とを組み合わせたクラックの進展しやすさの考察により、θ°層に生じるクラック形態の差を見出し、θが大きい、つまり90°層とのなす角度が小さいほど、微小クラックが累積し、逆にθが小さい、つまり90°層とのなす角度が大きいほど、クラックが発生と同時に進展する傾向があることを示している。また、同時にθ°層厚みもこの損傷形態の違いに大きく影響することを述べている。

第5章以下では実験について述べている。まず第5章では、トランスバースクラックの最初の層での発生とその層内累積について、実験的な挙動把握を詳述している。90°層を有する平板試験片と円筒試験片における90°層クラック累積挙動の比較により、平板試験片では自由端の影響でクラックが発生しやすく、自由端のない場合と異なる挙動を示すことを示している。また、90°層またはθ°層を有する平板試験片について、混合モード状態を含めたトランスバースクラック累積挙動を把握し、これがエネルギー解放率による予測法で説明可能であることを示している。平板試験片において繊維方向へ進展したクラックに着目し、自由端の影響が小さい実構造部での評価に適合することを述べている。

第6章では、複数の層に層内損傷が累積する場合について、[0/θ2/90]s平板試験片を対象として、実験的な損傷挙動の把握を試みている。θが大きい場合、90°層クラック発生と同時にθ°層にも短い多数の網目状の微小クラックが観察されるが殆ど進展せず、逆にθが小さい場合は、90°層クラックが累積してもθ°層クラックはしばらく観察されず、負荷の増大に従い繊維方向に進展したθ°層クラックが観察されていることを示している。また、0°層へのクラック誘発に関しても、θ°層に微小クラックが発生すると、その繊維方向進展の有無に関わらず、0°層にもクラックを誘発しうる実験結果を得ており、多層層内損傷累積に関する解析結果との一致を示している。さらに、進展形態のクラックに関しては解析的な予測が可能であることを述べている。

第7章は結論であり、本論文の成果をまとめている。

以上要するに本論文は、複合材料積層板における層内損傷の多層累積に関する解析手法を提案し、詳細な損傷累積挙動に関して実験的・解析的に明らかにしたものであり、航空宇宙工学及び複合材料工学に貢献する所が大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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