学位論文要旨



No 119006
著者(漢字) 茅,旭初
著者(英字)
著者(カナ) マオ,シェツ
標題(和) 非線形フィルタを用いた単独GPS信号処理に関する研究
標題(洋) Study on Nonlinear Filter Signal Processing for Standalone GPS
報告番号 119006
報告番号 甲19006
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5738号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 古関,隆章
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

衛星ベースのナビゲーション・システムは、21世紀のナビゲーション技術の頂点に位置するものと考えられている。 全地球型衛星航法システムとして、全地球測位システム(GPS)は広く使用されており、システムが使用可能になって以来様々な研究が行われている。GPSのアプリケーションとして、航空機、船、自動車の操縦、軍事アプリケーション、地図情報システム(GIS)用ポジショニング、携帯電話、レクリエーションへの用途などが考案されてきた。新しく精巧なコマーシャルおよび消費者アプリケーションの実現により、その人気は過去十年間で急上昇している。

これらのアプリケーションによりGPSが広範囲で使用されるにつれて、ユーザはGPSに対して信頼度、正確さおよび有効性の更なる向上を要求するようになった。しかし、現在のシステムにはまだ多くの実用上の制限が存在する。例えば、高層ビル街やトンネル、建物の内部でGPSを使用したとき、その信号は微弱であるため検知することができないといった問題である。一方、近年の高速マイクロプロセッサの進展および信号処理分野での最近の進展で、より正確でロバスト性の高い精巧なアルゴリズムに基づいたシステムの構築が可能となっている。

このような背景から、本研究では高度な信号処理に基づいた単独GPSの性能向上について取り組んだ。

研究の目的

本研究では、l現代の信号処理技術に基づいた新しいGPSのアルゴリズムを開発する。 l高度な信号処理技術に基づいてGPSレシーバ用のアーキテクチャおよびアルゴリズムを提案し、悪条件下でのGPSポジショニング問題へ対処する。

ことを目的としている。この研究により、高精度、ロバスト、高周波でどのような場所でも動作するGPSレシーバを開発することが可能となると考えられる。

本研究は主に以下の二つの部分から構成される。

一つはGPSポジショニング・アルゴリズムにおける非線形性に関する研究である。ここでは高精度でロバストな単独GPSレシーバを実現するための新しいアルゴリズムとモデルに関して、パラメータ学習とモデル選択による新しい枠組みを使用することを提案する。様々なモデルやGPSのエラー特性の調査も合わせて行う。

もう一つの主要な研究は、悪い条件の下でのGPSの受信性能および正確性を改善するための微弱信号のレシーバに関するものである。新しいレシーバのアーキテクチャおよび非線形フィルタに基づくアルゴリズムを提案することで、微弱信号処理の性能を向上させることが可能となる。

図1に本研究の内容と目的および主要な二つの部分の関係をまとめたものを示す。

非線形フィルタを用いた単独GPS測位

まず、擬似距離およびドップラーシフトを融合し位置推定のためのモデルを開発する。 擬似距離は衛星とレシーバの間の絶対的な距離の特徴づける値である。一方、ドップラーシフトは衛星からレシーバへの相対的な距離差を特徴づけている。 これらの測定値はそれぞれ独立しており互いに補完的な情報を含んでいるので、これらの測定値の融合により状態推定が可能となると考えられる。

過去に研究されたアルゴリズムの欠点の1つは擬似距離の白色雑音を仮定していることである。本研究で提案したアルゴリズムは非白色雑音による誤差をトラッキングするモデルを使用することでこの問題を解決する。

システムの非線形モデルを提案して、従来方式ではこのGPSモデルを完全には特徴づけることができない。したがって、パラメータ学習および状態推定用の非線形アルゴリズムを開発する必要がある。 本研究では、非線形モデルベースの推定のためにUnscented Kalman filter(UKF)を用いる。UKFは、拡張カルマンフィルタ(EKF)より正確であり、解析的な微分計算を必要としないといった特徴がある。また、利用可能な最良の非線形モデルを使用することも可能となる。ここでは、最適のパラメータを得るために、GPSの未知パラメータの学習を行なうEM/Unscentedスムーザをベースとしたパラメータ学習アルゴリズムを提案した。

図2、図3にGPSポジショニングの実験結果を示す。図2では、本研究で提案したアプローチが従来方式より良い推定結果を得ることができることを示している。また、図3に示すように、悪条件下(例えば3つの衛星だけが一時的に有効であるなど)であっても、提案したアプローチによって高精度でロバストな3Dポジショニングを維持することができる。

微弱信号処理のためのGPSレシーバ

悪条件下での信号の受信および正確性をさらに改善するため、ここでは単独GPSのポジショニング用の非線形フィルタについての研究を補完する形で、微弱信号処理を実現するGPSレシーバについて研究する。

従来のGPSレシーバでは、特に信号が弱い場合、シリアルな探索アルゴリズムを使用する信号の獲得は非常に時間がかかる処理である。 ソフトウェアGPSレシーバでは、FFTアルゴリズムを使用して信号を獲得する、従来のシリアル探索よりは速いが、構造が複雑である、またこの方法でも信号トラッキングとのリンクはまだ弱いままである。

本研究では、図4に示すような微弱信号を処理するためのGPSレシーバの新しい構造を提案している。

提案したレシーバは、現代のレシーバで実現しているように、code phaseにおける高速処理および高分解能を保持するためにハードウェア相関器を使用する。信号トラッキングのためのアルゴリズムとしてカルマンフィルタを使用することを提案し、トラッキングの性能およびロバスト性を改善する。 提案したアーキテクチャは、従来のレシーバのアーキテクチャの単純性を保持しながら、高分解能を提供することを目的とする。

標準的な信号トラッキングでは、code phaseトラッキングのためにはディレイ・ロック・ループ(DLL)が、carrier phaseトラッキングにはフェーズ・ロック・ループ(PLL)が使用される。しかし、微弱信号トラッキングにおいては、標準的なDLLおよびPLLは、信号のphaseの判別および動的な変形に存在する非線形性のために、低いC/N0でロックを失ってしまう。

そこで、提案したレシーバのトラッキングを実現するために、非線形フィルタに基づいた新しいアルゴリズムとスペクトラム拡散GPS信号のモデルを提案した。

反復計算が時間内に行われるという性質があるため、リアルタイムでの実現に効果的な最適のアルゴリズムである、カルマンフィルタによる微弱信号トラッキングを提案した。シミュレーション結果により、提案したアプローチが微弱信号トラッキングの性能を改善することを確認した。

結言

本研究では、まず単独GPSのポジショニングのための新しいモデルを備えた非線形フィルタを開発し、非白色雑音としてモデル化される擬似距離誤差とドップラーシフトの融合による測定モデルを提案した。また、UKFを含む枠組みおよびEM/Unscented スムーザに基づくパラメータ学習を提案し、位置推定実験の結果によりこの方法の正確性およびロバスト性を示した。

次に、GPS信号トラッキングおよび獲得における微弱信号処理を行うために、新しい構造のGPSレシーバを提案した。微弱信号の処理方法として、非線形フィルタベースのアルゴリズムを提案した。シミュレーション結果により、非線形フィルタによる微弱信号トラッキングの実現可能性を明らかにした。

本研究の構成

位置推定結果と標準データの比較

提案したアプローチによる悪条件下での推定結果

提案したGPSレシーバの構成

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Study on Nonlinear Filter Signal Processing for Standalone GPS (非線形フィルタを用いた単独GPS信号処理に関する研究)」と題し、誤差情報を送信するといった設備を要さない単独GPSによる位置推定システムに関して非線形フィルタを用いたもので、従来にない新しい測定モデルを提案し非線形フィルタで位置推定精度の向上、さらに微弱信号を計測するためのGPS受信機を提案し非線形フィルタを適用し位置精度とロバスト性の向上を目指し、理論的な導出とシミュレーション及び実験を行い、その有効性を示したもので、全6章からなる。

第1章は「序論」であり、単独GPSにおける信号処理上の問題点である低精度、衛星数減少によるロバスト性の欠如及び長時間起動を簡潔にまとめ、本論文の目的と構成を示している。

第2章は「GPS(グローバル・ポジションニング・システム)」と題し、GPSの原理を詳細に説明し、GPS受信機の構造を3つの部分に分け本研究との関係を明らかにしている。また、単独GPSを用いた位置推定の原理と過去に行われた位置推定法をまとめている。

第3章は「非線形フィルタを用いた単独GPS測位」と題し、本研究の主要な部分である非線形フィルタに関して、その導出から実システムへの適用及び実験に関して述べている。

まず、擬似距離およびドップラーシフトを融合し位置推定のための測定モデルを導出している。このモデルを用いて得られた測定値は、それぞれ独立しており互いに補完的な情報を含んでいて、より正確な状態推定が可能となる。また、非白色雑音による誤差をトラッキングすることで位置精度向上を可能としている。本研究では、上記モデルを用いて位置推定のためにUnscented Kalman filter(UKF)を適用している。UKFは、拡張カルマンフィルタ(EKF)より正確であり、解析的な微分計算を必要としないといった特徴があり、また、GPSの未知パラメータの学習を行なうEM(Expectation Maximization)/Unscentedスムーザをベースとしたパラメータ学習アルゴリズムとともに提案することにより、位置推定精度の向上を実現している。これらのアルゴリズムは実システムに実装され良好な実験結果を得ている。

第4章は「GPS 衛星信号処理」と題し、GPS衛星からの微弱信号に関して、その信号処理に関して現在までの知見とともに述べている。

第5章は「微弱信号処理のためのGPS受信機」と題し、悪条件下での信号の受信および正確性をさらに改善するため、微弱信号処理を実現するGPS受信機について述べている。

本研究で提案するGPS受信機は、code phaseにおける高速処理および高分解能を保持するためにハードウェア相関器を使用し、信号トラッキングのためのアルゴリズムとしてカルマンフィルタを使用して、トラッキング性能およびロバスト性を改善している。シミュレーション結果により、提案したアプローチが微弱信号トラッキングの性能を改善しロバスト性を向上することを確認している。

第6章は「結論」として本研究を総括し、非線形フィルタを用いて単独GPSでの位置推定精度の向上及びロバスト性を向上することによって、その応用範囲が広いことを示し、さらに今後の課題をまとめている。

以上これを要するに、本論文は単独GPSによる位置推定のための非線形フィルタを開発し、非白色雑音としてモデル化される擬似距離誤差とドップラーシフトの融合による測定モデルを提案し、UKFを含む枠組みおよびEM/Unscented スムーザに基づくパラメータ学習を実現し、位置推定実験の結果によりこの方法の正確性およびロバスト性を示した。さらに、GPS信号トラッキングおよび獲得における微弱信号処理を行うために、新しい構造のGPS受信機を提案し、微弱信号の処理方法として、非線形フィルタベースのアルゴリズムを実現し、シミュレーション結果により、微弱信号トラッキングの実現性を明らかにしたもので、電気工学及び計測工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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