学位論文要旨



No 119007
著者(漢字) 角嶋,邦之
著者(英字)
著者(カナ) カクシマ,クニユキ
標題(和) ナノ構造の製作と評価に用いるマイクロマシンツールに関する研究
標題(洋)
報告番号 119007
報告番号 甲19007
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5739号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 大津,元一
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 年吉,洋
内容要旨 要旨を表示する

ナノメートルの寸法で起こる様々な現象を利用して、新しい機能や優れた性能を発現させる技術としてナノテクノロジーが注目を浴びている。その中には固体物理に留まらず、カーボンナノチューブ、ポルフィリン、DNAに代表されるナノメートル寸法の新材料(ナノ物質)は、その特異な電気的、化学的、機械的特性から盛んに研究が行われている。これらの物質の特性を測定することは、その物質の大きさが数nmであることから非常に困難である。しかし、ナノ物質をエレクトロニクスに応用するためには、ナノ物質単体の電気伝導を直接測定し、物体中における分子、原子、あるいは電子の挙動を理解することは不可欠である。従来、ナノ物質の観察、操作には走査プローブ顕微鏡(SPM)が用いられてきた。中でも、走査トンネル顕微鏡(STM)は原子一つ一つ観察、操作、配置できる強力なツールとしてナノ物質の特性評価に重要な役割を担っている。また最近では、原子間力顕微鏡(AFM)によってナノ物質の操作、加工も報告されており、今後も一層ナノ物質の特性解明には必要不可欠な加工技術である。しかし、一つの探針(プローブ)による操作に限定されているため、接触抵抗を除いたナノ物質中の局所的な電気伝導を測定することは困難である。同時に、ナノ物質を基板上から離れて、空中で操作を行うことも難しい。さらに、同じプローブによる観察、操作であるため、観察と操作を同時に行うことは原理的に不可能である。最近では、複数の探針を組み合わせた装置の研究が発表され、様々なナノ構造の局所的な電気的測定がなされ始めた。また、ナノ物質を操作しながら観察を行うために、走査型電子顕微鏡の中に複数のプローブを配置した研究も報告されており、この分野での研究進歩は著しい。

一方で、90年代後半よりマイクロマシンによるSTMの研究が行われ始めた。マイクロマシンとは半導体微細加工技術を利用して製作する機械構造であり、センサ、アクチュエータ、光学素子、高周波デバイス等、様々な応用がなされている。マイクロマシンは、製作に半導体微細加工技術を利用しているため、非常に小さい領域に論理回路と機械構造を同時に組み入れたデバイスの製作が可能である利点がある。同時に、バッチプロセスであることから、ウェハ上に大面積にわたって精度良く製作し、素子間のばらつきを抑えて大量生産が可能であることから、製作コストを安価にする利点もある。近年では微細加工の研究も進み、非常に小さなナノ構造の製作も精度良く製作することが可能となってきた。そのため、プローブを小さな領域に複数配置することも可能である。そこで、本研究ではこのマイクロマシンの利点を利用し、ナノ物質、ナノ構造の製作、測定するためのマイクロマシンツールを構築することを目的とした。

まず、ナノ物質の局所的な電気伝導を測定する目的から、複数の鋭いプローブ僅かな距離で製作する技術を確立した。プローブはシリコンの結晶異方性エッチングを利用したナノ構造であり、先端の曲率半径が50nmの2本のプローブを数百nmの位置に製作した。さらに、ナノ物質を自由に操作する目的から、各プローブを独立に駆動するための駆動機構も同時に組み込んだ。駆動機構には、熱駆動型のアクチュエータ、あるいは、静電駆動型のアクチュエータを採用し、数mmの領域に製作した。また、このアクチュエータを駆動することで、プローブの動作実験を行い、プローブの位置を数nmの精度で動かすことができることを確認した。ところで、ナノ物質の電気伝導を測定するには、測定部位の特定が必要である。そこで、製作したマイクロマシンツールを透過型電子顕微鏡内(TEM)で動作、観察することで、測定部位を特定した信頼のある測定法であるといえる。原子レベルでの分解能でナノ物質を観察することが可能である。ところで、透過型電子顕微鏡はその高い分解能を得るために数mm以内の狭いレンズの中にデバイスを入れなくてはならず、数mm四方内にプローブ、駆動機構を製作できるマイクロマシンによる製作の利点がある。

一方でナノ物質を固定するマイクロマシンツールの製作も行った。やはりシリコンの結晶異方性エッチングを利用した対向して形成される2つの電極である。それぞれの電極は、非常に鋭く、4nmの曲率半径に製作することも可能である。また、2つの電極間の距離は、容易に設計でき数十nmの距離を形成することも可能である。カーボンナノチューブ(CNT)、DNAの2種類のナノ物質を対象として実験を行い、2電極にそれぞれを固定することに成功した。カーボンナノチューブは、2電極に金属触媒をコートし、熱CVDによって生長した。TEMで2電極に架橋したカーボンナノチューブの構造を確認したところ、3重から4重のMWCNTであることが確認できた。また、DNAに関しては、DNAを含んだ水溶液中に2電極を浸し、高周波を印加することで固定した。TEMでは2重螺旋構造は確認できなかったが、蛍光顕微鏡による観察でDNAであることが確認できた。

さらに、ナノ領域でおこる様々な現象を理解するためのツールとしての応用も行った。僅か50nmの距離に2電極を固定し強電界を発生させ、そこに挟まれた金のナノ粒子をTEMで直視観察することにより、ナノ粒子の挙動、電極の形状を実時間で観察することができる。また電子のトンネリングに関しても、2電極をアクチュエータによって接近させ、2電極間に流れるトンネル電流をTEM内で観察しながら測定することで、トンネリング現象を理解するのに有効である。

また、ナノ構造を製作するためのマイクロマシンツールの製作も行った。電圧を印加したSPMを用いた陽極酸化によるナノ構造の製作方法(SPL)が広く用いられるようになったが、一つのプローブによる走査という制限から、スループットを高くすることが限られてきた。そこで、複数の原子間力顕微鏡(AFM)用のプローブを配置して、並列にSPLを行うためのAFMアレーの製作を行った。シリコンの結晶異方性エッチングを利用して製作し、先端曲率が10nm以下の鋭いAFMプローブを製作することができた。このAFMアレーを用いて、シリコンのナノドットを並列に製作することを目的とした。そのために、まず商用の一本のAFMプローブでナノドットを製作する手法を確立し、単電子トランジスタとして動作することを確認した。そして、並列にナノドットを製作するための工夫をし、並列SPL後にAFMプローブを交換する必要なく、SPLを行ったAFMプローブで表面観察を行える設計とした。SPLのためのバイアス電圧、スキャン速度の最適値を決定し、ナノドットを並列に製作できることを示した。

以上、ナノ物質やナノ構造を製作、電気伝導測定するためのマイクロマシンツールを製作した。その結果、ナノ物質を2電極に固定し、その間に2つのプローブを押し当て、局所的な電気伝導を測定する四端子測定法への発展が示唆された。また、TEM内で観察しながら、プローブを操作し、ナノ物質の電気伝導測定を行うin situ測定法を行える可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「ナノ構造の製作と評価に用いるマイクロマシンツールに関する研究」と題し、11章からなっている.

第1章は序論であり、研究の目的と背景、および論文の構成が述べられている。

第2章では、半導体微細加工によるナノ構造の製作技術が述べられている。従来のナノ構造製作法について検討した後、通常の光リソグラフィーに基づく半導体プロセスを用いるのみで、ナノ構造を正確に作るばかりでなく、マイクロアクチュエータなど他のデバイスと一体集積加工する方法について述べている。

第3章では、ナノ構造の電気伝導測定とその操作が可能なツールであるツインナノプローブについて述べられている。製作プロセスを詳細に記述するとともに、ツインナノプローブとマイクロアクチュエータを一体化したデバイスを実際に作り、その駆動特性を計測した結果を示している。

第4章は、マイクロ加工で作製した原子間力顕微鏡プローブのアレイと、それを用いた並列ナノリソグラフィーの結果が示されている。リソグラフィーの条件最適化、単電子トランジスター作製への応用、最大50本に及ぶ並列ナノリソグラフィーについて詳細に述べている。

第5章ではナノ計測を行うマイクロマシンツールの評価に関して、超高真空透過電子顕微鏡中でツールを働かせ、電気的計測等を行うと同時に可視化観測でその有効性を確認する方法について述べている。

第6章では透過電子顕微鏡中でのツインナノプローブの特性評価について、動作特性、プローブ先端間隔のナノメートルレベルでの制御、安定性などについて詳しく述べている。

第7章では、金粒子を表面に持つシリコンの電界電子放出デバイスに透過電子顕微鏡中で電圧を加え、電流電圧測定と形状の可視化を同時に観測した結果を述べている。極めて高い電界の印加で、金粒子が移動し針先から電界蒸発することで電子銃が破壊する様子を観察した。

第8章では、マルチナノプローブの先端からカーボンナノチューブを成長させることにより、二つのプローブ間にナノチューブを固定する方法と実験結果について述べている。

第9章では、ツインナノプローブの間に水中のDNA分子を、誘電力によって捕獲する方法を述べている。実際に複数のDNA分子からなる分子束を捕獲し、透過電子顕微鏡中で観察した。

第10章では、透過電子顕微鏡中でツインナノプローブのギャップ間隔を1ナノメートル程度に縮めることにより、その間に流れる真空トンネル電流を計測した結果について述べている。微小な駆動電圧の変化によるトンネル電流対電圧特性の違いを詳細に検討している。

第11章は結論で、本論文の成果を総括している。

以上これを要するに、本論文は汎用の半導体微細加工技術を利用して、ナノメートル程度の最小寸法をもつ可動立体構造を作る技術を確立し、それをナノ領域の構造の評価と操作に適用する可能性を実験的に示したもので、電気工学に貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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