学位論文要旨



No 119008
著者(漢字) 坪井,雄一
著者(英字)
著者(カナ) ツボイ,ユウイチ
標題(和) RE-Ba-Cu-O バルク超電導体の回転機への適用可能性に関する研究
標題(洋)
報告番号 119008
報告番号 甲19008
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5740号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

本論文は「RE-Ba-Cu-Oバルク超電導体の回転機への適用可能性に関する研究」と題し,強磁界を捕捉できるRE-Ba-Cu-Oバルク超電導体(REはY, Gdなどの希土類系金属)をモータや発電機といった回転機の回転子に適用することを提案し,その実現のためにバルク超電導体の回転子適用時の電磁的過渡現象解析と電機子巻線によるバルク超電導回転子のパルス着磁解析の二つを研究対象とする。

電気によって支えられている現代社会において,モータと発電機はその心臓部分を担っている。回転機の更なる高エネルギー密度化,高効率化を達成することができれば,地球環境問題への貢献するだけでなく回転機を含んだシステムの設計自由度を増やすことになり,社会に与えるインパクトはかなり大きいといえよう。しかし現在の形の回転機は長い年月を経て完成の域に近づいており,いっそうの高性能化を達成するには新しい材料の登場を待つ必要があった。そこで注目されてきたのが超電導材料である。特に1986年に発見された高温超電導体は従来の金属系超電導体より動作温度が高く,冷却負荷の減少,安定性の向上といった観点からその応用が高く注目されてきた。この高温超電導体の一つの形態にバルクが存在する。このバルク超電導体は一般的にRE-Ba-Cu-Oという化学式を持ち,強い磁束ピン止め力を有するため永久磁石をはるかに超える捕捉磁界を持つ。Gd系バルク超電導体では液体窒素温度で4.3T, 金属含浸したY系バルク超電導体では29Kにおいて17Tといった非常に高い磁束を捕捉することに成功している。

本研究ではこの強い電磁特性を持つバルク超電導体を回転機の回転子に適用することを検討する。このとき同期回転機の回転子側磁束源として用いたることで高エネルギー密度化とコンパクト化の達成が見込まれる。また,超電導体は鉄の飽和磁束密度である2Tより大きな捕捉磁界で使用されることになるので,空隙巻線を使用することによる鉄損の減少や軽量化,リアクタンス低下による発電機安定性の向上が期待される。しかしバルクは高温超電導体になり始めて生まれた形態であり,回転機のような交流機器に適用された例はほとんど無い。また着磁されたバルクがシステム内に組み込まれた例も数えるほどで,そのポテンシャルは未知数である。

この観点から,本論文ではバルク超電導体が回転機へ適用されるためには次の二点がキーポイントになるとした。第一点は回転機適用時のバルク超電導体の電磁現象,特にバルク超電導体に交流磁界が印加される過渡現象を明確化することである。バルク超電導体に交流磁界が印加されると超電導体にはジュール発熱を伴う損失が発生するが,このとき超電導体の非線形な電磁特性に加えて熱による温度上昇が臨界電流密度を下げるために,現象として非常に複雑となる。この現象が回転機特性に与える影響を明確にする必要がある。第二に回転子を磁束源とする同期機として用いる場合,強磁界を捕捉させたバルク超電導体を回転子として組み込む方法を確立することである。方法としては永久磁石回転機と同じように着磁したバルク超電導体を組み込む方法と回転機に組み込んでから着磁する方法とが考えられるが,強い磁界が着磁されたバルク超電導体を組み込むのは作業性が悪く,また事故による減磁からの復旧も容易ではない。

そこで本研究では回転機適用時のバルク超電導体の電磁現象,特にバルク超電導体に回転磁界が印加される過渡運転時における特性を明確にするために,その電磁的過渡現象が回転機特性に顕著に反映されるヒステリシスモータのすべり運転時の特性解析と,回転子を着磁したバルク超電導発電機の三相突発短絡試験を行う。そして回転機内部に組み込まれた回転子に回転機を分解せずに着磁を施す方法として電機子巻線によるパルス着磁を提案し,数値解析によりその適用可能性を検討する。本論文にはこれら一連の研究が全五章にまとめられている。

第一章は「序論」である。本章ではまず回転機の高性能化における超電導回転機の位置づけを示しバルク超電導体の基本特性や高温超電導体の開発状況の概要を述べる。そして高温超電導体を用いた回転機の開発事例を俯瞰してバルク超電導体を用いた回転機の位置づけを論じる。最後にバルク超電導体の回転機への適用可能性を検討する本稿の目的と論文構成について説明を行う。

第二章は「バルク超電導体を用いたモータと発電機」とする。バルク超電導体を用いた回転機は,磁束ピン止め力による磁界整形作用(超電導体が現在の磁界の状態を維持しようとする特性)を利用した回転機構成として,印加する移動磁界の強さと超電導体の特性により永久磁石形同期機,リラクタンスモータ,ヒステリシスモータ,誘導モータの4種類に分類できる。このうち本論文で扱う永久磁石形同期機,ヒステリシスモータ,誘導モータについて,その定常的な特性を実際の実験結果を交えながら説明する。特に発電機についてはバルク超電導体の高トルク特性と磁界整形作用により安定性の高い発電機を構成できる可能性を示す。バルク超電導体を用いた回転機を永久磁石形同期機として用いるためにはバルク超電導体の着磁が必要であるが,その方法として磁界中冷却による着磁とパルス着磁について現状技術を説明する。またこのバルク超電導体を用いた回転機の容量,速度などの適用範囲について論じ,一例としてバルク超電導体がコンパクトな場所に強い磁界を発生することができる特性を生かした1MWクラス12000rpm高速発電機の概念設計を行い,達成が見込まれるサイズや効率について論ずる。

第三章は「バルク超電導体の回転機適用時の電磁的過渡現象」とする。本章では過渡現象時の特性が顕著に現れるヒステリシスモータの過渡現象を実験と解析を通して詳細に考察することで,回転機使用時のバルク超電導体の電磁的過渡現象特性を検証する。モータに過負荷をかけ同期状態から停止させる同期脱出試験において,このモータの非同期時の特性はヒステリシスモータと誘導モータの特性を合わせたような特性を持つことを示す。このとき,同期速度から少しだけ遅れた速度でトルクの最大値をとる特性,すべりが大きくなるに従ってトルクの値が一定に近づく特性が,バルク超電導体のn値モデルを用い説明できることを示す。そして電磁界と熱伝導を考慮した有限要素法による数値解析を行い,観測できない超電導内部での電磁現象をデータにより視覚化して説明する。またヒステリシスモータの軸を拘束した拘束試験では,超電導体に発生する熱が時間の経過とともにモータ特性に与える影響のプロセスを明らかにし,この特性が着磁した回転子の場合に及ぼす影響を考察する。

次に三相突発短絡という事故時におけるバルク超電導発電機の回転子の電磁現象を調べるために三相突発短絡試験を行い,発電機の機器定数を求めるとともに突発短絡のような過渡現象時にバルク超電導体が受ける影響を調べる。バルク超電導体は電機子によるパルス着磁を行い,ギャップに正弦波状の磁界分布を作る。この試験で大きな突発電流が流れても短絡電流が流れてもギャップの磁束密度への影響が少なく,バルク超電導体を発電機に適用した発電機の安定性について論じる。

第四章は「電機子巻線によるバルク超電導体のパルス着磁」とする。バルク超電導体を用いた回転機において,回転子に強い着磁を施す方法の一つとして電機子巻線によるパルス着磁を提案する。これが実現すれば超電導回転子を着磁するための大型のマグネットは必要でなくなり,また事故などで減磁した場合も回転機を分解する必要がなくなる。

本章ではまず効率の良い着磁をするのに適している電機子巻線の構成について検討を行う。電機子巻線構成として分布巻と集中巻を考慮した。分布巻はギャップに正弦波上の磁束密度分布を形成することができるが製作が難しいが,一方の集中巻はコイル製作が容易でパルス磁界に耐えられる強度の強いコイルを作ることができるがギャップに作る磁界は正弦波上ではなく高調波成分の大きいものとなるといった特徴をそれぞれ持つ。二極機の分布巻と集中巻のモデルを作成してギャップに作る磁界分布を数値解析で求め,この二つの構成では磁界のピーク値はほぼ同じであるが分布巻のほうが広い範囲に強い磁界を作ることができることを示す。この二つの電機子構成においてバルク超電導体に着磁される磁界の大きさをバルク超電導体の電磁気的特性と熱伝導特性を考慮した有限要素法による数値解析を行い,分布巻の場合でも集中巻の場合でも一度のパルスで完全着磁の6割程度を着磁することが可能であるが,分布巻の場合のほうが集中巻の場合に比べて着磁に必要とする電機子スロット電流密度のピークが小さくすむことを示す。そしてコイルが作る強い磁界の範囲を超電導の大きさに比べて大きく設計する必要があることを示す。

第五章は「結論」とし,研究全体を総括するとともに,今後の展望について述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「RE-Ba-Cu-Oバルク超電導体の回転機への適用可能性に関する研究」と題し,永久磁石をはるかに凌ぐ高い密度の磁束を捕捉できるRE-Ba-Cu-Oバルク超電導体(RE:Y,Gd,Ndなどの希土類系金属)をモータや発電機といった回転機の回転子に適用することを提案し,回転機適用時のバルク超電導体内の電磁的過渡現象と,電機子巻線によるバルク超電導回転子のパルス着磁特性を明らかにしたものであり,5章から構成される。

第1章は「序論」であり,回転機の高性能化の中での超電導回転機の位置付け,その中でも高温超電導体を用いた回転機の開発状況と特徴を整理している。さらに高温バルク超電導体を用いた回転機の特徴の概要を論じた上で,本研究の目的と論文構成について述べている。

第2章は「バルク超電導体を用いたモータと発電機」と題し,バルク超電導体を用いた回転機の特徴と基本特性を詳細に論じている。磁束ピン止め力による磁界整形作用を持つバルク超電導体を用いた回転機を,回転磁界の強さと超電導体の特性の関係から4種類に分類し,このうち本論文で扱う疑似永久磁石形同期機,ヒステリシスモータ,誘導モータについて,その定常特性を整理し,特に発電機についてはバルク超電導体の磁束保存特性により安定性の高い発電機を構成する可能性を示している。また,バルク超電導体を用いた回転機を疑似永久磁石形同期機として用いるために必要なバルク超電導体の着磁について,その方法として磁界中冷却による着磁とパルス着磁の研究現状を述べている。さらに,バルク超電導体を用いた回転機の容量,速度などの適用範囲について論じ,一例として,バルク超電導体のコンパクト性,高磁束密度特性を活かした1 MW級,12,000 rpmの高速発電機の概念設計を行い,達成が見込まれるサイズや効率を示している。

第3章は「バルク超電導体の回転機適用時の電磁的過渡現象」と題して,バルク超電導体に回転磁界が印加されたときの電磁的過渡現象を,ヒステリシスモータの過渡現象解析により,またバルク超電導体にパルス的磁界が印加されたときの現象をバルク超電導発電機の三相突発短絡試験により評価している。ヒステリシスモータに過負荷をかけて同期状態から停止させる同期脱出試験では,過渡状態ですべりが1に近いところにトルクのピークが発生していることを実験的に示し,同期から非同期状態へと移る過程においてバルク超電導体内で起きる現象を明らかにしている。そしてバルク超電導体の非線形電磁現象と温度特性を考慮した有限要素法による数値解析を行い,実験では観測できない超電導内部での電磁現象を視覚化等も含めて整理している。また,ヒステリシスモータの拘束試験では,回転磁界が定常的に印加されたときに超電導体に発生する熱が,時間の経過とともにモータ特性に影響を与える過程を明らかにし,それが着磁された回転子に及ぼす影響を明らかにしている。パルス着磁を行ったバルク超電導体を回転界磁に用いた発電機の三相突発短絡実験では,実験結果から発電機特性を示す機器定数を求め,磁束保存特性を有するバルク超電導体による界磁磁束が発電機特性に及ぼす影響,および突発短絡のような大きな電流が誘導される過渡現象時にバルク超電導体が受ける影響を示している。

第4章は「電機子巻線によるバルク超電導体のパルス着磁」であり,回転子中のバルク超電導体を高磁束密度の界磁として機能させるために,バルク超電導体に強い着磁を施す方法として電機子巻線によるパルス着磁を提案し,その適用可能性を論じている。この方法により,初期着磁や再着磁の方法や設備が比較的容易になり,その実現はバルク超電導体の回転機への適用のための重要な技術であるが,回転機の電機子巻線としての設計とパルス着磁用コイルとしての要求条件を満足するよう最適化することが重要である。ここでは2極機を対象に,分布巻,集中巻の電機子構成による印加磁界の違いを整理し,これらを用いて回転子バルク超電導体を着磁する条件を把握するため,超電導体の電磁特性と温度特性を考慮した有限要素法により,着磁過程の電磁現象と捕捉磁界を明らかにしている。そして空隙電機子巻線とバルク超電導回転子からなる小型超電導回転機実験装置を用いて電機子巻線による回転子のパルス着磁を行い,電機子巻線によるパルス着磁を実証するとともに,数値解析の妥当性も示している。さらに,実用化に向けて大形バルク超電導体のパルス着磁を行うために検討するべき事項を数値解析に基づいて整理し,大型バルク超伝導体では特に抜熱が重要であることを示している。

第5章は「結論」であり,本研究の成果を総括している。

以上これを要するに,本論文は,優れた超電導特性を有するRE-Ba-Cu-Oバルク超電導体の回転機界磁への適用に関して,小型モデルによる実験と電磁界−熱連成の計算機シミュレーションにより,回転磁界中のバルク超電導体内の電磁的過渡現象,および界磁磁束源形成のための電機子巻線によるパルス着磁特性を明らかにし,バルク超電導体を適用した回転機の可能性を示したものであり,電気工学,特に超電導工学に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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