学位論文要旨



No 119012
著者(漢字)
著者(英字) Lilit,Kovudhikulrungsri
著者(カナ) リリット,ゴーウッティクンランシー
標題(和) デュアル・サンプリング・レートをもつ離散時間オブザーバと広い速度領域をもつ駆動制御への応用
標題(洋) Discrete-Time Observer with Dual Sampling Rates and its Applications to Drive Control with Wide Speed Range
報告番号 119012
報告番号 甲19012
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5744号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 古関,隆章
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨 要旨を表示する

近年、サーボモータドライブや一般産業においては、ディジタルシグナルプロセッサ(DSP)や専用マイクロコントローラをコントローラとして使われているのが一般である。測定側も高精度なエンコーダが普通に使われている。これらの技術進歩により離散化の影響が無視できるほど少なくなり、連続時間の制御理論で解析することが可能となった。しかし、鉄道・電気自動車などの駆動制御においては、塵埃・温度・振動の観点から光学式エンコーダを採用することは難しい面がある。このため、磁束検出タイプのものが多く採用されている。これらのエンコーダの精度は非常に低い、特に鉄道の車輪速度センサとして採用されているパルスジェネレータ(PG)は1回転60パルスしか発生しない。さらに、発生パルスが速度に依存することで、低速領域での速度計算が正確に得られないため、高速DSPをコントローラとしても、制御周期を延ばさなければ、正確に制御できない。この問題を言い換えれば、センシング周期のほうが制御周期より長いという問題である。駆動制御だけでなく、33ミリ秒の画像のサンプリング周期をもCCDカメラに対してロボットの関節の制御周期は1ミリ秒であるロボットのビジュアルサーボシステムもこの問題点がある。

この問題に対して、本論文ではデュアル・サンプリング・レートをもつ離散時間オブザーバ(デュアルサンプリングレートオブザーバ、DSオブザーバと簡略する)とその広い速度領域を採用するため安定性を確保する極配置・ゲインの決め方を提案した。鉄道の駆動制御をその主な応用例として挙げた。さらに、DSオブザーバの原理を雑音の影響が大きいシステムへ応用するため、最適DSオブザーバまたはデュアル・サンプリング・レート・カルマンフィルタも提案した。

本論文の内容及び構成は、以下のようになっている。

第1章では、序論として、応用の観点からの問題とそれらの問題に対する手法を本論文の背景として簡単に述べ、本論文の目的と構成を説明した。本論文の目的は以下に記す。

1)様々なプラントに採用できるサンプリング点間の状態変数を推定するオブザーバを導出すること2)広い速度領域への応用のため、安定性を確保する極配置・ゲインの決め方を定めること

第2章では、エンコーダ信号からの速度計算手法とサンプリング点間の状態変数を推定するアルゴリズムを説明した。その中で、まずは瞬時速度オブザーバを注目した。この瞬時速度オブザーバは、低精度エンコーダが採用されているモータ速度制御系の性能を改善するために先行研究において提案された。その原理は、制御周期毎に状態変数の予測を行い、エンコーダのパルスが発生する時にその推定誤差の修正を行うことである。瞬時速度オブザーバは非常に有効な速度推定手法であるが、モータ制御という限定された目的のため、その構造は非常に特殊であり、様々なプラントへの拡張性がない。さらに、広い速度領域に動作する車両の駆動制御などに採用すると低速領域の安定性は保証されないという問題点があった。

第3章では、第2章に述べた瞬時速度オブザーバの問題を解決するため、瞬時速度オブザーバの一般化であるDSオブザーバを提案し、その低速領域の安定性を明らかにし、安定性を確保するゲインの決め方を提案する。デュアル・サンプリング・レート・オブザーバという名の通り、一定制御周期と可変修正周期という2つのサンプリング周期をもつ離散時間オブザーバである。その原理は、瞬時速度オブザーバの原理と同じく、制御周期毎に状態変数の予測を行い、エンコーダのパルスが発生する時にその推定誤差の修正を行う。安定性の解析を行うため、マルチレートサンプリング理論に基づいて、エンコーダパルス間をサンプリングフレームと定義し、そのフレームの中のサンプリング回数(つまり制御周期)毎に信号をリフティングし、マルチレート離散系の状態空間に変形した。その解析により、広い速度領域における安定性を確保する極配置・ゲインの決め方が導かれた。提案したゲインの決め方の有効性とDSオブザーバの拡張性を2慣性系実験で確認した。また、カレントオブザーバに基づいて展開した変形DSオブザーバも提案した。

第4章では、DSオブザーバを用いた電気車の駆動制御を応用の一例として説明した。この章は2つの部分になっている。前半では、車両ダイナミクスと考慮した全系のDSオブザーバと動輪軸だけのダイナミクスを考慮した部分系のDSオブザーバについて述べた。負荷トルクの推定値と粘着力との関係がある後者を電気車の駆動制御を選択した。後半では、部分系のDSオブザーバが推定した負荷トルクにより滑走空転検知を提案した。負荷トルクを速く推定するため、1次外乱を追加状態変数としてオブザーバに加えた。負荷トルクの推定値から計算した動輪軸の加速度は、従来の差分法に比べ、より速く雑音が少ない信号が得られるため、滑走空転検知の性能を改善することができた。また、粘着力との深い関係ともつため、負荷トルクの推定値を用いた再粘着制御のトルク絞り込み率の調整も提案した。一定トルク絞り込み率の従来方式に比べ、より確実な調整ができることをシミュレーションで確認した。

第5章では、ビジュアルセンサと用いた2次元リニアモータの可動子の位置推定という別の応用例を考察した。この場合では、センサの速度は制御速度より非常に遅いのと測定雑音の影響が大きいので第3章で提案した最適DSオブザーバを採用することを提案した。その有効性をシミュレーションで確認した。

第6章では、本論文の主な成果について述べた。提案したデュアル・サンプリング・レートをもつ離散時間オブザーバの安定性、設計法、制限および実用性をまとめた。その主な利点は以下のようになっている。

1)モータに限らず、様々なプラントに採用できること。2)提案した設計法により、広い速度領域、雑音の影響が大きい環境などで安定性を確保できること。

これらの利点により、デュアルサンプリングレートをもつ離散時間オブザーバは、鉄道・電気自動車などの駆動制御やビジュアルセンサをもつサーボシステムの性能を改善する効果的な手法であると結論づけた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Discrete-Time Observer with Dual Sampling Rates and its Applications to Drive Control with Wide Speed Range(デュアル・サンプリング・レートをもつ離散時間オブザーバと広い速度領域を持つ駆動制御への応用)」と題し、最近の電子計算機技術の発達により演算装置が高速化する中で、離散的な位置センサとしてのエンコーダ情報に基づく高速から低速までの可変速駆動制御に代表されるように、制御用計算機に比べてセンサの速度が遅いため十分な制御性能を得られず、不安定を引き起こすような現象に対し、センサに対するハードウェアの要求を引き上げることなく、制御用計算機の持つ短いサンプル時間と、遅いセンサにより決まる長いサンプル時間を統合的に扱い、制御対象のプラントモデルに応じて有効な状態推定を行う、デュアル・サンプリング・レート・オブザーバの理論を提唱し、その実用的実装手法を示して、実験を通じその有用性を検証したもので、6章からなる。

第1章は「序論」であり、可変速駆動制御における位置センサの問題と、それらに対する従来の解決方法の概要を、研究の背景として簡潔に示し、本論文の目的と構成を示している。

第2章は「速度推定技術」として、エンコーダ信号からの速度計算あるいはサンプル時刻間の状態推定を行う従来技術を調査し概説している。特にその中で、本論文で提唱する手法の基礎となっている瞬時速度オブザーバに関して詳細な説明を行っている。その原理は、制御周期ごとに外乱力と速度の予測を行い、エンコーダ・パルスの出力時にその予測値を修正するもので、モータ制御に有用な位置・速度の推定技術となっている。一方で、プラントモデルとして一慣性系のみを仮定する点で適用対象が限定される点と、極低速駆動における厳密な安定性限界を理論的に明示できない点に問題が残っていた点を指摘し、第3章で述べる理論の位置づけを明確化している。

第3章は「2つのサンプル・レートを持つ離散時間状態観測器」として、一般性を持つ状態空間表現から出発し、瞬時速度オブザーバ理論の一般化を図り、これをデュアル・サンプリング・レートを持つ離散オブザーバと定義している。同時に制御用計算機が持つ短い固定周期と、センサが持つ長い可変周期の2つのサンプル時間およびそれに対応する2つのz平面を明確に区別して扱い、連続時間、長い可変サンプル離散時間系および短い固定サンプル離散時間系の3者の対応関係を明確に記述している。このことにより、提唱する状態推定の速度に応じた安定性限界を明確に示すとともに、ゲインスケジューリングに基づく実用的実装方法を示している。さらに、先行研究である瞬時速度オブザーバも含め、ここまで予測形状態推定器として記述されてきた、これらの手法を、同時形状態推定器として定式化できる場合には、ゲイン設計がより簡素化されることを示した。

そして、これらの理論の有用性を、一慣性系・二慣性系のモーション・コントロール実験を通じて検証している。さらに、この同時形の状態推定と、離散時間定常カルマン・フィルタとの関係についても論じた。

第4章は「鉄道車両の駆動制御への適用」として、電気車における電気ブレーキ時の安定駆動速度領域の拡大や、電気車両の持つ複雑な機械的ダイナミクスの考慮、さらに外乱オブザーバとして粘着力を直接推定できる機能を生かした滑走空転検知・制御の可能性を実車データに基づく計算機実験を通じて示している。

第5章は「視覚センサからの情報に基づく位置推定」として、視覚センサを用いて、磁気支持された二次元リニアモータ可動子の位置推定を行う例題を、3章の後半に扱ったデュアル・サンプリング・レートを持つ離散時間定常カルマン・フィルタの応用例としてシミュレーション結果に基づいて論じている。

第6章は「結論」として本研究を総括し、その適用範囲の一般性と広い速度領域、雑音の影響の大きい環境でも安定した推定性能を持たせるための設計法が理論的に導かれたことにより、デュアル・サンプリング・レートを持つ離散時間オブザーバは、鉄道・電気自動車などの駆動制御や視覚センサを持つサーボ・システムなどセンシング周期が制御周期より長くなることのあるシステムの、制御性能を向上させる効果的手法であると結論づけている。

以上これを要するに、本論文は 制御用計算機に比べセンサ速度が遅いため十分な制御性能を得られない場合に対し、低精度センサを用いたまま制御用計算機の持つ短いサンプル時間と、遅いセンサにより決まる長いサンプル時間を統一的に扱い、制御対象のモデルに応じて有効な状態推定を行う、デュアル・サンプリング・レート・オブザーバを提唱・定式化し、その実用的実装手法を示し、可変速駆動実験やフィールド・データに基づく計算機実験を通じて、その有用性を検証し、さらに定常カルマン・フィルタとの関係に対する考察を行って視覚サーボ等への応用可能性も示したもので、電気工学、および制御工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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