学位論文要旨



No 119014
著者(漢字) 久保田,秀和
著者(英字)
著者(カナ) クボタ,ヒデカズ
標題(和) 会話エージェントに媒介されたコンテンツマネジメントシステム
標題(洋)
報告番号 119014
報告番号 甲19014
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5746号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西田,豊明
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 坂井,修一
 東京大学 助教授 黒橋,禎夫
 東京大学 助教授 苗村,健
 東京大学 助教授 杉本,雅則
内容要旨 要旨を表示する

本論文の目的は,個人によるコンテンツ創造を支援するためのコンテンツマネジメントシステムの構築である.現在,電子メールや電子書類,Web ページのような電子的コンテンツの制作は,我々の知的生活にとって欠かせないものとなっている.電子的コンテンツは蓄積が容易であるため大量に存在し,運用管理するためには計算機による支援が必要となる.しかし,個人の制作するコンテンツは雑多な内容を含むため再利用可能な形で蓄積することは出来なかった.また,コンテンツ創造プロセスを活性化させるためのコンテンツ制作者とコンテンツ利用者を仲介する手段も無かった.

本論文では,会話エージェントに媒介されたコンテンツマネジメントシステムを用いてこの問題を解決する.はじめに,分身エージェントを用いたコンテンツマネジメントを提案し,EgoChatIIシステムとして実装する.分身エージェントとは本人のコンテンツ発信を代行するエージェントであり,本人の時間的場所的な都合によらないコンテンツ流通を可能とする.EgoChatIIシステムでは,個人の制作する雑多なコンテンツをマイクロコンテンツと呼ばれる短い自然言語テキストから成る知識表現を用いて記述することにより,再利用可能とした.また,マイクロコンテンツから複数エージェント間の会話生成を行うことにより,コンテンツの会話を用いたプレゼンテーションを可能とした.評価としてはEgoChatIIを用いた実験を行い,分身エージェントの会話は人にとって背景的な意味を補うことによって理解可能であることを示した.

次に,会話的表現を用いた情報提供エージェントを提案し,POC caster システムとして実装する.EgoChatIIのマイクロコンテンツでは大きなコンテンツを制作することが出来なかったが,POC caster ではこの問題に対してPOCカードと呼ばれるひとまとまりのテキストと画像で構成されるカード表現を利用する.POC caster では,コンテンツ利用者へのプレゼンテーション手法として,POCカードのテキスト情報を会話的表現に変換する手法を提案する.会話的表現とはメインキャスターとアナウンサーの会話によって情報を伝達する表現である.本手法の評価としては心理学的実験を実施し,会話的表現が利用者にとって理解の向上をもたらすことを示した.また,POC caster をテレビと接続されたセットトップボックスへ移植し,一年間の実証実験を行うことによって,POCカードを用いた大きなまとまりを持つコンテンツが制作可能であることを示した.

最後に,個人コンテンツマネジメントシステムを統括するために知識チャンネルモデルを提案し,EgoChatIIIシステムと番組表生成システムの実装,およびチャンネルポリシーの設計を行う.EgoChatIIIでは,コンテンツ制作者が分身エージェントによる代行会話を介して利用者からのフィードバックを得る仕組みを実現する.チャンネルポリシーはコンテンツマネジメントのためのポリシー記述言語であり,コンテンツ流通の方針を記述可能とする.番組表生成システムはチャンネルポリシーを元に大規模コンテンツの俯瞰図を作成する.また,知識チャンネルモデルに基づくコンテンツマネジメントシステムをチャンネルポリシーとEgoChatIIIおよび番組表システムの連携によって実現し,実コミュニティにおいて運用した.

本論文は以上の実装と実験によって,個人によるコンテンツ創造を支援するコンテンツマネジメントシステムを実現したことを示す.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「会話エージェントに媒介されたコンテンツマネジメントシステム」と題し,7章からなる.本論文は,最近のネットワーク技術の進歩により可能になった電子コンテンツ流通技術をさらに進め,会話エージェントを用いて個人によるコンテンツ創造を支援するためのコンテンツマネジメントシステムを構築するための技術とその実験的評価について論じたものである.

第1章「緒言」では,本研究の背景と目的を明らかにした上で,本論文において提案するコンテンツマネジメントの概念的枠組みを与えている.

第2章「従来研究」では,コンテンツ制作・流通・プレゼンテーションにおける従来研究のサーベイを行い,その問題点を示している.

第3章「分身エージェントを用いたコンテンツマネジメント」では,循環型会話プロセスという会話的コミュニケーションを中心とするコンテンツマネジメントの枠組みを示し,本人の代理として他者への情報発信を行う分身エージェントを用いたコンテンツマネジメントについて述べている.この方式は,会話を短い自然言語テキストからなるマイクロコンテンツの相互的なやりとりとして近似するものであり,時間的・空間的な制約を超えた会話的コミュニケーションを可能にする.この方式をEgoChatIIとして実装し,評価実験によって実装した分身エージェントの会話生成方式によって背景知識があれば理解可能な発話を生成できることを確認し,会話エージェントを用いたコンテンツマネジメント方式が実現可能であることを示した.

第4章「会話的表現を用いた情報提供エージェント」では,マイクロコンテンツより大きな粒度をもつPOCカード,ストーリーと呼ばれる表現メディアを用いたコンテンツからのエージェント対話生成手法,その実装,評価実験について述べている.この方式ではPOCカードのモノローグ形式の自然言語テキストをメインキャスターエージェントとアナウンサーエージェントの2体のエージェントによる対話形式に自動変換する.本手法は,POC Caster システムとして実装され,心理学実験により会話形式の情報提示が人間の文章理解を向上させることが示されたほか,対話におけるメインキャスターエージェントによる挿入句としては,先行文脈提示があいづちより理解しやすいことなど,興味深い知見が得られた.また,本手法はPOCTVシステムとして,リモコンによる家電的インタフェースを用いた家庭用テレビ向きのSTB上にも実装された.POCTVは2002年から2003年にかけての約1年間にわたり,約450世帯を対象とした実証実験において,POCカード約2400件,ストーリー約700件規模の初期コンテンツの配信と掲示板機能の2つのサービスを安定して提供した.以上は,大規模コンテンツに対する本コンテンツマネジメント方式の適用可能性を示したものであり,本方式の実用化への道を拓いたものである.

第5章「知識チャンネルモデルを用いたコンテンツ創造」では,コンテンツ制作者と利用者を関連付けるコンテンツ流通戦略を,知識チャンネルポリシーとして明示的に記述した知識チャンネルモデルという概念を提案し,その実装と運用による有効性検証について述べている.この方式の中心となるチャンネルポリシーは,知識チャンネルにおけるコンテンツの俯瞰図と流通方針を一定の形式のもとで記述したものである.チャンネルポリシーから,コンテンツの集まりを空間表現として俯瞰的にアクセス可能にしたものが番組表である.EgoChatIIIは,知識チャンネルモデルに基づき,対話エンジンやユーザからのフィードバック獲得機能を追加して実装されたコンテンツマネジメントシステムである.多数の実験的運用を通して,EgoChatIIIの実用化をさらに進めた.

第6章「議論」では,本論文の成果を概括し,エージェントオーサリング,エージェントプレゼンテーション,社会的エージェント,対話理解,TV番組メタファーを用いた表現の点から関連研究との比較を行い,研究成果の位置づけを行うとともに,意図の相互調整,知識チャンネルのプランニング,生活習慣に沿ったコンテンツ提供,コンテンツ自動生成などについて今後の展望を示している.

第7章「結言」では,本研究の総括を行っている.

以上を要するに,本論文は,会話エージェントを中心とするコンテンツマネジメントシステムの概念的枠組みと実現技術について論じ,知識カード,ストーリー,知識チャンネルなどの新しい手法を用いた一連のシステムの実装,実証実験による有効性の実証,およびそれに随伴して得られたいくつかの興味深い知見について述べたものであり,電子情報工学上貢献するところが少なくない.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1168