学位論文要旨



No 119021
著者(漢字) 小関,泰之
著者(英字)
著者(カナ) オゼキ,ヤスユキ
標題(和) 光ファイバ増幅器を用いた光スペクトル広帯域化技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 119021
報告番号 甲19021
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5753号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 多久島,裕一
 東京大学 教授 大津,元一
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、光ファイバ増幅器中の非線形光学効果を用いたスペクトル広帯域化技術の理論解析及び実験実証を行った。従来、光ファイバの非線形光学効果を用いたスペクトル広帯域化技術は広く研究されてきた。それらは光通信技術にも応用され、多波長信号発生、波長変換、信号再生等の様々な機能が実現されている。しかしながら、従来の光ファイバを用いる場合にはスペクトルの平坦性や信号対雑音比等に改善の余地があると考えられている。

近年、光利得を有するファイバ(光ファイバ増幅器)中の非線形光学効果により、放物線形状を有する線形チャープパルスが形成されるという新しい現象が注目を集めている。この現象は光ファイバ中の光パルスの伝搬方程式である非線形シュレディンガー方程式(nonlinear Schrodinger equation, NLSE)における放物線形状自己相似(parabolic-shape self-similar, PSS)解を用いて表されることが報告されている。この放物線形状パルス(PSSパルス)はチャープ補償が容易であり、また、ファイバ中の非線形効果によるパルス品質劣化に対して高い耐性を有する。これらの特長から、PSSパルスはパルスエネルギーの高い超短パルス発生の分野において活発に研究がなされている。

これに対し、本論文では光ファイバ増幅器によるPSSパルス発生をスペクトル広帯域化の手段として用いるとともに、それを光通信技術へ応用することを目指した。PSSパルスは線形チャープを有するから、PSSパルスのスペクトルは高い平坦性を有する。従って、従来の光利得を用いないファイバを用いた場合と比較してスペクトルが高品質化されることが期待される。但し、光通信で用いられるパルスは繰り返し周波数が高いためにパルスエネルギーが低く、十分な非線形光学効果を発生させることが難しい。従って、従来のPSSパルス発生に用いられてきたファイバ増幅器のパラメータ等をそのまま適用することはできない。また、PSSパルスを発生させるための設計指針等も未だ明らかでない。これらの点を鑑み、本研究では光ファイバ増幅器によるPSSパルスの発生を通じたスペクトル広帯域化技術を確立し、光通信へ適用するための指針を明らかにすることを目的とした。

本論文は全9章で構成される。以下に各章の概要を示す。

第2章では光ファイバ中のスペクトル広帯域化の基礎理論を述べた。2.3節では、光カー効果に基づく自己位相変調効果(self-phase modulation, SPM)によって光パルスのスペクトルが広帯域化する現象において、スペクトルがパルス波形にどのように依存するかを説明した。特に、周波数チャープの折り返しによってスペクトルのリプルがよく説明できることと、線形チャープがリプルのないスペクトルを実現するために有効であることを示した。また、2.4節において従来のスペクトル広帯域化方式について説明した。群速度分散(group velocity dispersion, GVD)とSPMの相互作用によりパルスが波形を変化させながらスペクトルを広帯域化していくことを示し、スペクトルの平坦性に改善の余地があることを指摘した。

第3章では、光ファイバ増幅器中で放物線パルスが形成される理論背景である放物線形状自己相似(parabolic-shape self-similar)解について論じた。3.2節では、光利得項を有する非線形シュレディンガー方程式(nonlinear Schrodinger equation, NLSE)におけるPSS解を説明した。PSS解は強度波形が放物線形状であり、チャープが線形である。また、伝搬に伴って振幅及び時間幅が指数的に増大する。さらに、PSS解はファイバパラメータ及びパルスの初期エネルギーにのみ依存する漸近解である。このようにPSS解は様々な性質を有するが、その物理的な背景は未だ明らかでない。また、PSS解は分散、非線形定数、利得、パルスエネルギーの4つのパラメータに依存するため、その性質を把握することが難しい。そこで3.3節ではNLSEの規格化を通じて規格化PSS解を導出し、規格化PSS解がζという無次元パラメータのみに依存することを示した。3.4節では、PSS解がζを増加させるにつれて線形チャープを蓄積する様子を、時間周波数分布を用いて示した。また、PSS解がNLSEを満たすためにはζ >> 0である必要があることを示した。3.5節ではPSS解への漸近の様子を明らかにするため、線形チャープの放物線パルスの発展を解析的に調べ、SPMとGVDの相互作用によって時間幅及び周波数チャープが振動的に収束していくことを示した。これらを通じて、光ファイバ増幅器中のパルス伝搬の理解を深めた。

第4章では、規格化したPSS解を用い、PSSパルス発生システムの設計を行った。4.2節ではアドホックな数値計算を通じてファイバ増幅器の設計を行った。その結果、長尺・低分散・高非線形ファイバ増幅器を用いることにより、パルスエネルギーの低い通信用パルスから帯域幅2 THz (16 nm)程度のPSSパルスの発生が可能であることを示した。4.3節では、更なる広帯域化に向けた指針を示し、ファイバに対しては分散値低減、高非線形化、短尺化が、入力パルスに対してはパルス幅縮小及び高エネルギー化が有効であることを示した。4.4節では、理想的なPSSパルスを得るための入力パルスを逆伝搬法により求め、スペクトルの歪がなく非常に高いリニアチャープ性を有するPSSパルスがチャープフリーガウシアンパルスから発生可能であることを示した。これらの結果を通じて、PSSパルスを用いてスペクトルを広帯域化するための指針を明確にした。

第5章では、前章で得られた設計指針に基づき、長尺エルビウム添加ファイバを試作し、スペクトル広帯域化実験を行った。5.2節では1 km長のエルビウム添加ファイバに低繰り返し周波数のパルスを入力し、10 dB帯域幅として34 nmを有する平坦性の高い広帯域スペクトルの発生に成功した。5.3節では高繰り返し周波数を有するパルスからのスペクトル広帯域化を目指し、分散値を低減したファイバ増幅器を使用してスペクトル広帯域化実験を行った。その結果、繰り返し周波数10 GHzのパルスから18 nmの10 dB帯域を有する広帯域スペクトルの発生に成功した。また、スペクトルの非対称性がエルビウム添加ファイバの利得分散に起因すること、中心波長におけるリプルがサテライトパルスとの干渉によるものであることを見出し、これらを解決した。このようにして、長尺エルビウム添加ファイバ増幅器を用いて平坦性の高い広帯域スペクトルを得る手法を確立した。

第6章では、より広帯域な利得スペクトルを有すると期待されるラマン増幅技術を用いたスペクトル広帯域化について実験検討を行った。長さ895 mの高非線形ファイバに対して後方励起を行い、スペクトル拡大実験を行った。EDFと比較してファイバの分散値が高かったため、広帯域化後のスペクトルの10 dB帯域は15.3 nmにとどまった。しかしながら、ラマン利得帯域としては45 nmに亘る20 dBの利得が得られており、ファイバの最適化による広帯域化が期待されることを示した。

第7章では、長尺EDFにより得られた広帯域スペクトルを多波長光源に応用することを目的とし、Q値測定を通じて強度雑音特性を評価した。7.2節では多波長光源の構成を説明し、評価項目列挙した。次に7.3節においてQ値測定実験を行い、スペクトルのほぼ全帯域(16 nm)に亘って25.3 dB以上の高いQ値を観測した。一方、比較対象として平坦性の低いスペクトルを測定したところ、波長によってQ値は変動した。7.4節では、このQ値変動がスペクトルのリプルを介した変調利得の増大によって説明できることを示すとともに、スペクトルの平坦性が低雑音性の実現に有効であることを示した。また、他のQ値劣化要因についても考察し、これらを考慮することによって実験結果を定性的に説明しうることを示した。これらの結果を通じて、EDFを用いて発生した平坦性の高い広帯域スペクトルの優位性を示した。

第8章では、スペクトル広帯域化システムの設計へのフィードバック手段として、スペクトル位相直接検出法(direct spectral phase detection, DSPD)を開発した。DSPDはパルスの振幅及び位相の測定方式である。8.2節では光パルスの各種測定技術について説明した。従来の光パルス測定においては非線形光学効果が多く用いられてきたこと、また、近年、非線形光学効果を用いない線形測定方式が提案されており、感度面で有利であることを示した。8.3節ではDSPDを提案し、基本原理及び本方式の特長を説明した。DSPDでは被測定パルスのスペクトルを光フィルタで切り出し、その群遅延を電気的に測定することによりスペクトル位相を求める。他の線形測定方式と比較して構成がシンプルであり、光変調器や特殊な光フィルタ等を必要としないため、偏波無依存な測定が可能である。8.4節ではDSPDによるパルス測定実験について記述した。スペクトル広帯域化システムにおけるファイバ入力パルス及び広帯域化されたパルスの強度及び周波数チャープを測定することに成功した。8.5節ではDSPDで用いる光フィルタの特性が測定結果に及ぼす影響を明らかにし、その補償法を提案した。このようにして、独自のパルス評価手法を確立した。

以上を総括すると、光ファイバ増幅器を用いたスペクトル広帯域化技術を光通信へ適用するための指針を理論及び実験により示し、また、ファイバ及びパルスの設計へフィードバックするための評価法を開発した。これらを通じて、高品質な広帯域スペクトルを生成するための基礎技術を確立した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「光ファイバ増幅器を用いた光スペクトル広帯域化技術に関する研究」と題し、光ファイバ増幅器中の非線形光学効果と光増幅作用を用いて広帯域なスペクトルを有する光パルスを生成する技術と、光通信用光源への応用について検討したものである。全体で9章から構成されている。

第1章は、「序論」と題し、本研究の背景をまとめ、さらに本研究の目的と概要を記したものである。

第2章は、「光スペクトル広帯域化の基礎理論」と題し、光ファイバ中のパルス伝搬についての基礎理論と従来の研究について詳述している。まず、非線形シュレーディンガー方程式をベースにした数値シミュレーションにより、入射パルス波形と非線形光学効果によるスペクトル広がりとの関係を論じ、放物線形状を有する光パルスがスペクトルの平坦化に適していることを指摘している。また、平坦なスペクトル形状を得るための従来のアプローチを紹介し、数値計算によって再現することにより、入射パルス依存性、雑音特性等が問題となることを明らかにしている。

第3章は、「光ファイバ増幅器中の放物線形状自己相似パルス」と題し、本論文の中心となる光ファイバ中で非線形光学効果と増幅作用が同時に起こる場合のパルス伝搬について検討し、従来のスペクトル拡散手法での欠点をすべて克服しうる可能性があることを述べている。具体的には、光ファイバ増幅器中で光強度波形が放物線形状になる現象、及び漸近過程を数学的に理解するための放物線形状自己相似解についての理論が展開されている。また、この理論を元に漸近過程と漸近した後の解の性質を明らかにし、入射パルス依存性が著しく低減されること、およびスペクトル平坦性が向上することを理論的に示している。

第4章は、「放物線形状自己相似パルス発生システムの設計指針」と題し、第3章で展開された理論を用いて、広帯域なスペクトルを得るためのシステムの設計を行っている。具体的には、第3章の理論では無限長のファイバが必要であるが、有限長のファイバで放物線形状のパルスを得るための光ファイバ増幅器のパラメータを数値計算を用いてアドホックに求め、実現可能な程度の長さの光ファイバ増幅器を用いることにより光通信用の高繰り返しパルスから平坦なスペクトルを有する放物線パルスが得られることを示している。更に、広帯域化への指針と最適入力パルスについて論じている。

第5章は、「エルビウム添加ファイバを用いた広帯域化実験」と題し、エルビウム添加光ファイバを用いたスペクトル広帯域化実験について検討している。はじめに、比較的高いエネルギーを持つ光パルスを用いて原理検証を行った後、ファイバの分散値等を最適化して、10GHzの繰り返し周波数を持つ光パルス列から非常に平坦性の高い広帯域スペクトルが得られることを実証している。

第6章は、「ラマン増幅を用いた広帯域化実験」と題し、光ファイバ中のラマン増幅を用いたスペクトル広域化実験について検討している。これは、エルビウム添加光ファイバよりも広い利得帯域幅を有するラマン増幅を用いることによって、一層の広帯域化を目指したものである。ラマン増幅を用いた場合の実験結果と問題点が述べられている。

第7章は、「多波長光源への応用に向けた広帯域スペクトルの評価」と題し、スペクトルが広帯域化されたパルスを光通信用の光源に応用する方法と、その性能評価について議論している。まず、検討している光源として、多数の波長チャネルの光を一度に生成する多波長光源を考え、構成と通信用光源として評価すべき項目について述べている。次に、実験により多波長光源を構成し、伝送品質を表すQ値を実測して雑音特性を評価している。また、従来のスペクトル拡散手法を用いた多波長光源と雑音特性を比較し、スペクトル平坦性が雑音特性を決めることを示している。また、数値計算を中心として雑音劣化要因を整理し、Q値の理論的な導出を試みるとともに、実験結果との整合性を確認している。

第8章は、「パルス波形の測定法」と題し、入力されるパルスや広帯域化後のパルスの特性を測定するための手法を新たに提案している。この方法は、非線形光学結晶を用いない点を特徴としており、従来の方式では観測が難しい広帯域パルス光なども高精度で測定できることが示されている。実験によるデモンストレーションが行われており、誤差解析と補償法に関する提案がなされている。

第9章は、「結論」であり、本論文における成果をまとめるとともに、残された課題について議論を行っている。

以上、これを要するに、光ファイバ増幅器中の非線形光学効果と光増幅作用を用いて単一の光パルス光源から広帯域なスペクトルを有する光パルスを生成する方法を提案し、その実現手法を理論・実験の両面で確立している。これらの成果は、本論文中で示された低雑音多波長光源への応用だけでなく、全光再生中継などの光ファイバ信号処理等への応用が期待でき、次世代のフォトニックネットワークの機能デバイスの発展に結びつくものであり、電子工学に貢献するところが多大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1909