学位論文要旨



No 119023
著者(漢字) 平,健二
著者(英字)
著者(カナ) タイラ,ケンジ
標題(和) 光ファイバ中の自己位相変調効果を用いた全光信号処理に関する研究
標題(洋)
報告番号 119023
報告番号 甲19023
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5755号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 山下,真司
 東京大学 助教授 多久島,裕一
内容要旨 要旨を表示する

急速なインターネットの普及に伴い、通信網を流れる情報量は急激に増加している。これを物理層から支えているのが光ファイバ通信技術である。各家庭、各オフィスで送受信される情報を束ねる基幹系においては莫大な情報量が流通するため、大容量な光ファイバ通信網が必要である。この大容量化を実現する主な方法として、光段で波長軸上に信号を多重する波長分割多重 ( Wavelength-division multiplexing: WDM ) 方式と光段で時間軸上に信号を多重する光時分割多重 ( Optical time-division multiplexing: OTDM ) 方式がある。

現在OTDM 方式のみならず WDM 方式においても一波長あたりのビットレートの高速化が盛んに行われている。高速な電子回路部品は非常に高価であるので、光段での低コストな信号処理技術の研究開発が精力的に行われており、全光信号処理技術の重要性は増している。

全光信号処理技術は、伝送信号と同期した局発パルス列を用いる同期型全光信号処理と、伝送信号との同期を必要としない非同期型全光信号処理に分類できる。同期型全光信号処理技術は、四光波混合、相互位相変調などの非線形光学効果が用いられ OTDM システムにおける MUX、DEMUX、3R 等が実現されている。この同期型全光信号処理技術は高度な機能を実現することができるが、構成が非常に複雑であり、コストも高くなってしまう。一方、非同期型全光信号処理技術は、自己位相変調 ( Self-phase modulation: SPM ) 効果が利用され、OTDM、WDM 両方のシステムにおいて、波形整形、信号再生などに用いられている。この技術は簡単な機能しか実現できないが、同期型と比較して、構成が非常に簡素であり、コストも低い。

また、全光信号処理デバイスの構成という観点からは、干渉計型と非干渉計型に分類する事ができる。干渉計型全光信号処理デバイスは環境変化に非常に敏感なので、強力な安定化機構が必要になる。一方、非干渉計型全光信号処理デバイスは非常に安定で、簡素であり、コストも低い。

これらのことより、非干渉計構成の非同期型全光信号処理デバイスが、簡素、安定、低コストであることが分かる。この非干渉計構成の非同期型全光信号処理デバイスは、非線形光学素子中において光信号が SPM 効果をうけ、広帯域化したスペクトルの一部分を光フィルタで切り出したり、スペクトル位相を操作したりすることで実現される。

現在最も有望視されている全光信号処理デバイスは、光ファイバ中の SPM 効果と光フィルタを組み合わせたデバイスである。SPM 効果とは、光信号自身の光強度によって、媒質の屈折率が変化し、それによって光信号の位相が変調される効果である。石英ガラスなど、光パルスの時間幅と比較して十分高速な応答を示す媒質中では、光信号は強度波形に応じた位相変化を受ける。この位相変調によって光信号のスペクトルが広帯域化する。この周波数シフトした部分を光フィルタで切り出すことで様々な機能を実現することができる。代表的な信号処理としてはパルス圧縮、波長変換、波形整形が挙げられる。

パルス圧縮は、光ファイバ中の SPM 効果によって広帯域化したスペクトルの全体、もしくは、一部分を光フィルタで切り出し、チャープ補償を行うことによって実現される。

波長変換は、SPM 効果によって広帯域化したスペクトルの所望の波長成分を信号帯域と同程度の光フィルタで切り出すことによって実現される。波長可変幅を広くするためには、高いスペクトル広帯域化率が求められる。

波形整形は次の二種類に分類される。一つ目は、ペデスタルが付随するなど歪んだ波形を補正するペデスタル除去器であり、二つ目は、パルス列の強度雑音を除去する雑音除去器である。どちらも周波数シフトの大きさが光強度に依存することを利用する。ペデスタル除去器は、広帯域化したスペクトルの中心波長から離れた部分を光信号と同程度の帯域幅を持った光フィルタで切り出すことで実現される。雑音除去器の場合も同じ構成を用いる。雑音除去器においては、光信号のスペース部分に存在する雑音成分は、光強度が弱いため、ほとんど周波数シフトをおこさず、光フィルタを通過できない。一方光信号のマーク部分では、入力光信号強度とフィルタを通過する出力光信号強度が非線形な関係になっている部分を利用することで、強度のばらつきを抑えることができる。

これらの信号処理を、光ファイバ通信網を流れる光パルス信号を対象に利用する際には、次の点に注意が必要である。光ファイバ通信における光パルス信号列のデューティー比は高く、信号処理デバイス中で、パルス時間幅が広がりすぎると、符号間干渉をおこし、エラーを増大させるので、注意深く時間幅広がりを制御する必要がある。

光パルス圧縮器と波長変換器は、現在までに様々な研究がなされているが、全てデューティー比の低いパルス列に関して行われている。一方、SPM と光フィルタを組み合わせた波形整形器は、雑音除去器として 1998 年に提案され、多くのグループによりその有効性が実証されている。ほとんどの報告では正常分散ファイバ中の SPM 効果が用いられているが、その根拠は明らかになっていない。またペデスタル除去器としては、一例報告があるが、これも詳細は明らかでない。

このように光ファイバ通信で用いられるような全光信号処理応用に適したスペクトル広帯域化に関する検討は行われていない状況である。

本研究は、光ファイバ中の SPM 効果を利用した全光信号処理デバイスの設計と開発を目的とする。まず、全光信号処理応用に適したスペクトルの広帯域化法の提案と設計を行う。次にその設計に基づいて広帯域化されたスペクトルを用いて、パルス圧縮器、波長変換器、波形整形器の開発を行う。以下に行った研究内容を記す。

零分散ファイバ中における SPM 効果を用いると、時間波形変化せずに効率的にスペクトルが広帯域化される。しかしながら、スペクトルに大きなリプルが生じてしまう。広帯域スペクトルを必要としない波形整形器応用へはこの方法が最も適しているが、スペクトルの平坦性が低いため、パルス圧縮器、波長変換器への応用には向かない。ただし変曲点を持たない光パルスを用いれば、リプルのない平坦なスペクトルが得られることが分かった。

一方、正常分散ファイバ中における SPM 効果を用いると、非常に平坦でリプルのないスペクトルを得ることができる。正常分散ファイバ中では、光パルス波形が変曲点内のエネルギー比率の高い波形に変化する。この変曲点内エネルギー比率の高い波形の光パルスに正常分散効果と SPM 効果の相互作用が及ぼされることで、平坦でリプルのないスペクトルが得られることを示した。しかしながら、時間幅広がりが大きく、スペクトル広帯域化率も飽和してしまう。この原因は GVD 効果が支配的になるためであることを示した。この正常分散ファイバを用いる方法は波形整形器への応用は可能である。しかし時間幅広がりの小さい範囲で用いる必要があり、その際のスペクトルには大きなリプルが残る。そのため、パルス圧縮器、波長変換器への応用は難しい。

次に、正常分散ファイバ中でのスペクトル広帯域化率の飽和、時間幅の広がりを避けるために、正常分散がファイバ長手方向に減少する正常分散減少ファイバを提案する。GVD 効果と SPM 効果がつりあうように正常分散を減少させると、スペクトル広帯域化は飽和せず、時間幅広がりに関しても改善が見られた。また、このようなファイバ中では光パルスが放物線形状になることを発見した。さらに、正常分散減少ファイバ中を放物線型自己相似パルスが伝搬することを解析的に示した。この放物線型自己相似パルスのスペクトルはリプルが非常に小さいことが分かった。しかしながら、改善されたとはいえ、時間幅広がりが大きく全光信号処理応用へは向かないことが分かった。

次に、正常分散値がファイバ長手方向に階段状に変化する階段状正常分散プロファイルファイバ (Step-like normal dispersion profiled fiber: SNDPF) を提案する。まず正常分散ファイバ中のSPM効果を用いて光パルス波形を変曲点内エネルギー比率の高い形に整形する。次に正常分散値の低いファイバを用いて SPM 効果を蓄積させる。これによって、時間幅広がりなく、広帯域に渡り平坦なスペクトルを得ることができる。SNDPF によって広帯域化したスペクトルの一部分を切り出すことで、パルス圧縮器、波長変換器、波形整形器への応用が可能である。

実際に SNDPF を用いて、甚大な時間幅広がりをおこすことなく 17 ps のパルスを 5.2 ps までペデスタルを生じることなく圧縮することに成功した。

また、SNDPF を用いて、エラーを増大させることなく10 Gbps の光パルス信号を波長変換することに成功した。

零分散ファイバを用いてペデスタル除去実験に成功した。また、雑音除去に関しては、数値計算により、零分散ファイバを用いることで、振幅雑音が抑圧されることを示した。

以上が、本研究の成果であり、光ファイバ中の SPM 効果を用いた全光信号処理デバイスの設計と開発に成功した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は"光ファイバ中の自己位相変調効果を用いた全光信号処理に関する研究"と題し,7章からなる。

光ファイバ伝送システムにおける伝送速度の高速化にともない,光領域で超高速信号処理を行なう全光信号処理技術の重要性が増している。

近い将来,これまで電気的に行なわれてきた信号処理の一部は,全光信号処理に代替されることが予想される。

本研究ではこのうち,光ファイバ中の自己位相変調(Self-phase modulation: SPM)効果と光フィルタを組み合わせた信号処理装置を扱う。

SPM 効果とは,光信号自身の光強度によって媒質の屈折率が変化し,それによって光信号の位相が変調される効果である。

この位相変調によって光信号のスペクトルが広帯域化するので,スペクトルの一部分を光フィルタで切り出すことにより,種々の信号処理機能を実現できる。

第1章は"序論"であり,光ネットワークにおける全光信号処理技術の重要性について論じ,これまでの研究動向を総括した後,本論文の目的と構成について述べる。

第2章は"光ファイバ中の自己位相変調効果を用いたスペクトル広帯域化"と題し,自己位相変調効果を用いたスペクトル広帯域化の機構に関して,これまでの研究成果をまとめる。

第3章は"全光信号処理応用のためのスペクトル広帯域化"と題し,全光信号処理応用のためのスペクトル広帯域化法の検討を行っている。

信号処理には,スペクトルの広帯域性,平坦性,チャープの線形性,低い時間幅広がり率が必要である。

本論文ではまず,零分散ファイバ,均一正常分散ファイバ,正常分散減少ファイバ (Normal dispersion decreasing fiber: NDDF),階段状正常分散プロファイルファイバ (Step-like normal dispersion profiled fiber: SNDPF)における広帯域化スペクトル特性を数値解析により求めている。

この中で正常分散ファイバと零分散ファイバを組み合わせた階段状正常分散プロファイルファイバ (Step-like normal dispersion profiled fiber: SNDPF)を用いれば,時間幅広がりもなく,広帯域に渡り平坦なスペクトルを得ることができる。

この方法を用いて,パルス圧縮および波長変換が可能であり,一方波形整形応用には,零分散ファイバを用いた方法が適していることを示す。

第4章は"パルス圧縮"と題し,SNDPF を用いたパルス圧縮実験に関して述べる。

SNDPF を用いて広帯域化したスペクトル全帯域を用いると,ペデスタルが生じることを実験によって示す。

次に,SNDPF を用いて広帯域化したスペクトルの一部分を光フィルタで切り出すことによってペデスタルを生じることなくパルス圧縮が可能であることを,実験によって確認する。

第5章は"波長変換"と題し,SNDPF を用いた波長変換実験の結果を報告する。

広帯域化したスペクトルを任意の波長で切り出すことにより,符号誤り率を増大させることなく波長変換が可能であることを確認している。

第6章は"波形整形"と題し,零分散ファイバを用いた広帯域スペクトルの一部をフィルタで切り出すことにより,光パルスのペデスタルを除去できることを,数値計算および実験により明らかにする。

しかし,この方法では自然放出光雑音による光信号パルスの強度揺らぎは除去できないことを示す。

第7章は"結論"であり,本研究の成果をまとめている。

以上のように本研究では,光ファイバ中での自己位相変調によるスペクトル広帯域化特性を系統的に明らかにし,広帯域化スペクトルを光フィルタで切り出す型の全光信号処理装置の設計指針を示した。

この知見に基づき,階段状正常分散プロファイルファイバを用いた波長変換器およびパルス圧縮器,零分散ファイバを用いたパルス波形整形器を試作し,その機能を実証した。

これらの成果は,将来の光ネットワークにおける全光信号処理の可能性を示すものであり,電子工学への貢献が多大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク