学位論文要旨



No 119024
著者(漢字) 徳井,直生
著者(英字)
著者(カナ) トクイ,ナオ
標題(和) 生成的ヒューマン-コンピュータインタラクションに関する研究
標題(洋)
報告番号 119024
報告番号 甲19024
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5756号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 伊庭,斉志
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 広瀬,啓吉
 東京大学 教授 西田,豊明
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 坂井,修一
内容要旨 要旨を表示する

「人間が提案し,科学が探求し,テクノロジーがそれにしたがう」認知心理学者ドナルド=ノーマンが提唱する21世紀の科学技術の指標である.これは,1933年のシカゴ万博での標語「科学が発見し,産業が応用し,人間がそれに従う」に象徴される技術中心のテクノロジーのあり方に対するアンチテーゼである.昨今,「人に優しい...」「誰にでも使える...」といった言説で,人工物と人間のインタラクションを捉える風潮が強いのも,同様の流れと言える.

しかし,人に優しいインタフェースは本当の意味で人間にとって有益なのだろうか.

確かに,コンピュータのGUIなどに代表される電子機器のインタフェースは格段に向上している.一方で,不当なまでに画一化が進み,人間の創造性を阻害しかねないレベルにも達しているように感じられる.

そもそも,最初から使いやすい道具などというものは世の中に存在しない.身の回りの道具,大工道具や料理器具,楽器などを考えてみればわかるように,いずれも使う人が訓練し,必要とされる身体能力を身につけることで,道具として使いこなすことができる,いいかえれば体の一部のようになるものである.コンピュータなどのインタフェースについても同様に,最初から誰にでも使えることを試行するのではなく,ユーザ側にある種の能力を要求するようなインタフェース,ユーザとコンピュータが双方に歩み寄りそこで何かが生まれるようなインタラクションがあってしかるべきである.

もちろん,人にやさしい,すぐに使えるインタフェースの重要性をすべて否定するつもりは全くない.公共性,安全性を重視する場面を中心に社会的に有益であることは間違いない.しかし,絵を描く,音楽を作るといった人間の根幹に関わる創造的な行為までもが,そうした直接的/限定的なインタラクションが支配している現状は決して望ましいものとは言えない.

元来,電子機器の即効的なインタフェースは,決められた手続きに沿ってしか動作しないというコンピュータの特性に基づく.したがって,従来のような手続き的なインタラクションを実現しやすいという背景がある.

そこで本研究では,こうした直接的なGUIインタラクションを一歩進めて,コンピュータにおいて上記のような創造的インタラクションを実現する手法を考える.コンピュータ内に複雑形や進化計算の知見を生かしたある種の生成的なプロセスを生み出し,ユーザとの間に介在させるという,新しいインタラクションの形を提案する.特に限定的なインタラクションが問題視されている音楽分野に対象を絞り,システムの構築と評価を行う.提案するインタラクションの有効性を示し,より広い範囲での応用に向けて知見を獲得することを目的とする.

本論文では特に,構築した三つのシステム,(1) 進化計算を用いた対話型作曲システム,(2)舞台芸術のためのサウンド生成システム,(3)生成的音楽パフォーマンス/プログラミング環境について順に述べる.

これらのシステムについての考察を通じて,従来のイベント駆動型インタラクション - ユーザが特定の動作を通じて何らかのイベントを発生させる- とは異なる,介入型のインタラクション -恒常的に動いているコンピュータ内のプロセスに,ユーザが外的要因として介入する- の可能性を示すことができた.同時に,決定論的なプロセスの中で豊かな多様性を生み出す,あるいは逆に多様性を許しながらプロセス全体を緩やかに統率することが可能であることを示した.

本論文の構成は以下の通りである.

まず,第1章では,全体の背景となるコンピュータソフトウェアとヒューマン-コンピュータ インタラクションについて,これまでの歴史と現状の問題点を述べる.続く第2,3章では,研究対象として選んだ音楽・音に重点を起きながら,本論における生成性とインタフェースについて考察する.

第4章では,進化計算を用いた対話型作曲システムについて,関連研究を踏まえた上で,構築したシステムCONGAについて述べる.このシステムでは,遺伝的アルゴリズムと遺伝的プログラミングを組み合わせることによって,有効なリズム構造を得ることを目的とした.

続いて第5章,舞台芸術への応用について述べる.センサ技術を用いて演技者の動きを取り込み,サウンドを生成するシステムを構築した.

第6章では,インタラクティブな音楽環境,SONASPHEREについて述べる.本システムの音楽プログラミング環境,音楽パフォーマンスソフトウェアとしての有効性を議論する.

最後に第7章,8章で,考察および今後に向けての展望について述べる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「生成的ヒューマン-コンピュータインタラクションに関する研究」と題し,10章からなる.コンピュータの社会における位置づけが変化し,その利用目的も明確なタスクのない曖昧でよりパーソナルな対象へと重心を移しつつあるなかで,ある種のゆらぎを伴うヒューマン-コンピュータインタラクションを提案している.本研究では,思考を外化する際の可能性探索ツールとしてインタラクションを捉える.決定論的なコンピュータの中で自律的で多様性を持ったプロセスを実現するために,本研究では複雑系やカオスなどのボトムアップなシステムに注目する.こうした生成的プロセスとのインタラクションを通して,ユーザの内的な変化,ある種の「気づき」を誘発するシステムを提案する.

第1章「序論」は,研究の背景と目的を述べるとともに,特に本研究で取り上げた音楽とインタラクションの関係性について明らかにしている.

第2章「コンピュータとインタラクション」では,コンピュータの社会的な位置づけ.利用目的の変化と現在の画一的なユーザインタフェースが人間の創作活動に与える影響等について実例を挙げて述べている.また,インタラクションの捉え方の歴史的な変遷について説明し,目指すべき方向性を示している.

第3章「生成的システム」では,生成的プロセスの意味を論じている.まず偶然性や環境のプロセスを取り込み,音楽の新しい可能性を示した先駆的な例を挙げている.また,複雑系やカオスのように決定論的なルールの相互作用に基づくボトムアップな世界観について述べ,コンピュータ上での実現可能性について議論している.

第4章「コンピュータと音楽」では,コンピュータと音楽の関わり方の現状について論じている.特に楽器をある種のインタフェースとして捉え,コンピュータのインタフェースとの比較を行っている.

第5章「実装したシステム」では,実装した三つの音楽システムについて概要を述べるとともに,インタラクションの性質からの分類を試みている.それぞれのシステムに関しては第6章から8章にかけて順に詳述している.

第6章「対話型進化計算を用いた作曲システム」は,ユーザが各個体に直接点数付けを行うという対話型進化計算を用いた作曲システムである.短いフレーズを遺伝的アルゴリズムによって進化させると同時に遺伝的プログラミング の木構造表現を用いて,短いリズムフレーズの組み合わせを指定する.音楽の知識がないユーザでも,自分の好みに合わせて評価を与えていくだけで好みに近いリズムを得られる.一方で,聴取と評価を周期的に繰り返すインタラクションでは,ユーザの興味を維持することが難しいことが判明している.

第7章「ダンス作品のための音響生成システム」は,ダンサーの身体表現と映像のプロジェクション,音楽を組み合わせたマルチメディア・ダンスパフォーマンスのためのシステムである.この作品では,ダンサーの体に取り付けられたセンサからの身体動作の情報を用いて,リアルタイムに映像と音がコントロールされる.舞台上のダンサーの身体表現と,スクリーンにプロジェクションされる映像と空間を覆う音との間にゆるやかな関係性を持たせることで,観客の想像を駆りたてる.ユーザ(ダンサー)とシステムの間の情報のチャンネルを極端に制限し,入力を一点に手中させることで緊張感のあるインタラクションを実現している.

第8章 「動的な三次元インタフェースに基づくインタラクティブな音楽システム」は,上記二つシステムを踏まえて実装した音楽制作およびパフォーマンス用のインタラクティブなシステムである.仮想3次元空間上で自律的に振る舞う機能単位(オブジェクト)が相互作用することによって,豊かな音響的効果が生成されるような環境を構築している.プロセス間のルールやパラメータを変えることによる間接的なコントロールと,オブジェクトのドラッグによる直接的なコントロールの両方が可能である.また,音声信号の流れとオブジェクトの相互作用を視覚的な表現を用いて規定することも可能でとなっている.

第9章「考察」では,上記三つのシステムの実装と評価を通して明らかになった点を考察している.まず,ユーザのインタラクションへの没入観を高め,有効な生成的インタラクションを実現するための要件としては,連続的・双方向でより粒度の細かいインタラクション,システムの状態がある状態から状態へとなめらかに変化するような連続性,ゆらぎを含んだプロセスをゆるやかに直接操作する方法の提供,プログラミング可能性を挙げている.また,今後の展望として発想支援などの分野への応用の端緒を示している.

第10章は「結論」としての緒言を述べている.

以上これを要するに本論文は、思考を外化する際の可能性探索ツールとしてヒューマン-コンピュータインタラクションを捉え、決定論的なコンピュータの中で自律的で多様性を持った生成的プロセスとのインタラクションの手法を提案し、音楽システムを試作することによりその有効性を示したものであり、電子工学の発展に貢献するところ少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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