学位論文要旨



No 119028
著者(漢字) 宋,学良
著者(英字)
著者(カナ) ソウ,ガクリョウ
標題(和) 選択MOVPEによるモノリシック集積化マッハツェンダー干渉計全光スイッチに関する研究
標題(洋) Study on Monolithically Integrated Mach-Zehnder Interferometer All-Optical Switches by Selective Area MOVPE
報告番号 119028
報告番号 甲19028
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5760号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨 要旨を表示する

近年の光通信産業の急成長に伴い、光通信デバイスのモノリシック集積化はますます重要な課題になっている。しかし、これまでのモノリシック集積化技術においては、能動デバイスを作製するアクティブ領域と受動デバイスを作製するパッシブ領域の結晶成長が、少なくとも二回別々に行われる必要があり、歩留まりを大きく下げている。一方、誘電体膜で選択的に基板を覆うことで行われる選択MOVPE成長法は、バンドギャップの異なる結晶を作り出せることで知られている。我々はこれに注目して、アクティブ領域とパッシブ領域が一回の結晶成長で準備できることを提案してきた。本論文の目的は、この選択領域成長法を用いて、集積回路の一つである全光スイッチを作製し、評価することで、モノリシック集積化技術に選択MOVPE法を用いた新しいアプローチを確立することである。

本研究における選択MOVPEでは、従来の20μm幅の選択成長 (SAG) 領域設計を基礎に、デバイスの小型化の要求に応えるべく、さらに40μmと60μmの幅まで拡張し、1つの選択成長領域上により多くのアクティブ素子を作製できるように模索をした。従来の20mm幅の選択成長領域の設計では、領域の端の部分に大きな圧縮歪が加わり結晶性質が悪くなるため、領域の中心線に沿って2〜3μmの導波路を一本しか作製できなかった。しかし、選択成長領域幅を40μmまで拡張することで、端に近い両側の14μmを使わず、中心線対称に12μm間隔の導波路2本を通すことができる。この間隔は2本の光導波路の間に干渉が起こらないためには十分な間隔であり、モノリシック集積化の小型化の利点を最大限引き出している。また、12μmの幅の多モード干渉計 (MMI) カップラーを一本通すことができる設計になり、アクティブMMIのモノリシック集積に初めて選択MOVPE法を適用できるようになった。さらに、選択成長領域を60μmに拡張することで、2本のアクティブMMIを一つの選択成長領域に通すことができるようになっただけでなく、さらに多くのアクティブ素子を一つの選択成長領域上で組み合わせることが出来るようになった。これらの異なる選択成長領域幅に基づいたSAGパターンでは、その成長領域幅と両側の誘電体マスク幅との比で領域中心のPLピークがほぼ決まり、最大ピークシフト値は192nmに達した。このPLピークの差は、選択成長領域をアクティブデバイスに、またプレーナー領域をパッシブデバイスに用いることを十分保証できる値である。

一方、選択MOVPEのアプリケーションとして選んだ対称マッハツェンダー干渉計型全光スイッチは、1THzを超える超高速光信号を100GHz以下の低速電気回路で制御しなければならない矛盾を打開するための全光制御指向の流れの中で、特に実用に近いことで注目されてきた全光デバイスである。本研究における全光スイッチの設計は、選択MOVPEの特徴を生かした設計になるよう工夫した。選択成長領域においては成長種が周りの誘電体膜マスクから余分に拡散してくるため、成長速度が平坦領域に比べて速い。我々はこの点に注目して、一括エッチングを採用し、同じエッチング深さであるにもかかわらず、平坦領域においては光モードの閉じ込めが強いハイメサ導波路構造を実現し、選択成長領域においては温度特性を良くするためのリッジ型光導波路構造にすることができた。平坦領域のパッシブデバイスは、直線導波路、曲がり導波路、MMIカップラーなどがあるが、MMIを除く導波路の幅は基本的には2μmとした。曲がり導波路の曲率半径は300μm、500μm、そしてスペースの余るところでは曲げ損失を抑えるために800μmにしたところもあった。3dB MMIカップラーの幅は12μmとし、最適長さは計算および作製のフィードバックにより200μmとなった。アクティブ素子としてのSOA(半導体光増幅器)は幅2μm、長さ1000μm或いは1250μmにした。全光スイッチ全体の長さは、20μmの選択成長領域幅を採用した設計では3.5mmとなるが、二つのSOAを同じ選択成長領域を通す40μmの選択成長領域幅の設計では3mmと短くなっている。全光スイッチの幅はテーパーファイバーアレーとの入出力を考慮し、250μm×2 の500μmとなる。全光スイッチの作製プロセスも選択成長の特徴を考慮したものに改良した。SOAの電極コンタクトの為の穴あけ(頭だし)が最も歩留まりが悪いが、選択成長領域の平坦領域に近い部分が低くなることを考慮し、感光性ポリイミド用フォトマスクパターンのその部分にテーパーを加えることで、歩留まりを改善した。

作製された対称マッハツェンダー型全光スイッチに対して、まず片側SOAへの電流注入によるスイッチング動作をTE、TM両モードにおいて確認した。TEモードにおいては、片側のSOAに80mAを注入したところで、動作波長1540nmで16πの位相シフトが見られたが、TMモードにおいてはその半分の8πに止まった。これは動作波長の1540nmがTEモードのASEピークの近くにあるため、電流注入によりゲイン変化を大きく受け、またクロニッヒ・クラマーズ関係で屈折率の変化に大きな値をもたらした為である。動作波長をASEピークから遠ざかる長波の方に設定した場合、同じ理由で位相シフト効率は下がる。これらの場合において、TEモードの電流スイッチングの消光比は最大25dBとなり、MMIカップラーの良好な分波・合波特性が示されることとなった。

続いての全光制御の実験では、まず片側SOAのパルス応答実験によって、SOAのキャリア回復時間を調べた。制御光パルス源となるMLFL(モードロックファイバーレーザ)を自作し、EDFAとLN変調器を主とするループを組み合わせ、15ps以下の幅のパルスを出すことに成功した。全光スイッチの制御ポートに注入する前は光パルス列を別のEDFAで増幅するが、位相シフトπを引き起こすパルスエネルギーには最適値が存在し、キャリア回復時間はその時の値をとって調べた。制御光パルス波長が1538nm、信号光がCW(連続)光の1535nmで、位相シフトπが起こったときのキャリア回復時間は250〜300psとなった。この値は、他の研究グループから発表されたデータに遜色はなく、選択MOVPE法によるアクティブデバイスの高い質を示唆するものである。一方、信号光をそのままCW光に、制御光をLN変調器においてPRBS(擬似乱数列)信号に変調した全光波長変換実験においては、制御光のデータ列がCW光に乗せられ、その出力光がサンプリングオシロスコープにおいてクリアなアイ・パターンを示した。この場合の動作速度は2.5Gbpsで、パルス応答実験から得られた250〜300psから考えると、片側SOAのみを用いた全光制御では妥当な上限速度となっている。

対称マッハツェンダー干渉計型全光スイッチの優れた高速動作性については、本研究では両方のSOAに僅かな時間差τを設けてそれぞれに光パルスを注入することで確認した。先頭のパルスは片側のSOAにおいて位相差πを引き起こし、そのキャリア回復時間は前述のとおり数百psとなるが、他方のSOAに数ps或いは数十psの時間差τをおいて光パルスを入射させると、キャリア回復過程が同じ関数を取るため、位相差はキャンセルされ0のままになり、キャリア回復時間に制限されない高速動作につながる。本研究では、商用のMLFLから出る10GHzの光パルスを二分割し、両方の制御ポートに入射させ、信号入力ポートにはCW光を入射させて実験を行った。この実験においては、SOAにおいて引き起こされた位相差はπに達しなかったものの、両パルスの間隔を50psから0psに縮めることで、出力パルスの幅が相応的に狭くなる高速Push-Pull動作特有の現象が確認できた。次の位相差πが確認できた実験では、1セットパルスのPush-Pull動作をパターニング効果を引き起こさずに調べる為、繰り返し周波数を660MHzまで落とし、パルス間隔は28psにした。その結果、出力パルスはデジタルサンプリングオシロスコープで観測した限り非常に鋭く、電子回路の立ち上がり、立ち下り時間を考慮に入れれば、スイッチング窓がちょうど28psになり、Push-Pull動作の超高速応答が本研究の光スイッチで確認されることになった。このパルス間隔は、10GGps以上の全光信号処理を可能にするものであり、全光波長変換、全光時分割逆多重、さらには全光3R再生が選択MOVPE法により作製された全光スイッチにおける動作可能性を示唆することになった。光パルス間隔を28ps以下に設定しても十分Push-Pull動作が可能であり、全光信号処理が数psのPush-Pull動作で100Gbpsを超える見通しがついた。

以上のように、本論文では選択MOVPE法を光回路のモノリシック集積化への適用可能性を実証する為、対称マッハツェンダー干渉計型全光スイッチを設計し、選択MOVPE法で成長した基板を用いて素子を作製し、さらに光スイッチの電流スイッチング静特性及び全光高速動作特性を調べ、光スイッチとして10Gbps以上の動作が可能であることを実証した。この結果は、選択MOVPEが将来の光通信における大規模なモノリシック集積化技術の一つのキーテクノロジーに成長することを示唆するものといえる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,"Study on Monolithically Integrated Mach-Zehnder Interferometer All-Optical Switches by Selective Area MOVPE(選択MOVPEによるモノリシック集積化マッハツェンダー干渉計全光スイッチに関する研究)"と題し,有機金属気相エピタキシー(MOVPE)選択成長に基づく全光スイッチ集積回路の設計,試作および特性評価を行った結果について英文で纏めたもので,6章より構成されている.

第1章は序論であって,研究の背景,動機,目的と,論文の構成が述べられている.近年の光通信の普及に伴って,光通信デバイスのモノリシック集積回路化は益々重要な課題になっている.本論文の目的は,有機金属気相エピタキシー(MOVPE)における選択成長技術に依拠して,全光スイッチ集積回路を実際に作製し,その動作特性を評価することを通じて,モノリシック光集積回路作製の新しいアプローチを確立することにある.

第2章は "Selective area MOVPE for monolithic integration" と題し,光集積回路作製の基盤となる選択MOVPE技術自体について論じている.本研究では従来の20μm幅の選択成長(SAG)領域設計を基礎に,チップサイズ小型化の要求に応えるべく,40μm幅,60μm幅まで選択成長領域を拡張し,1つの領域上により多くの能動素子を作製できるように工夫している.選択成長領域幅を40μmまで拡張することで,中心線対称に12μm間隔の導波路2本を通すことが可能となった.また,12μm幅の多モード干渉(MMI)カプラーの作製も可能で,選択成長による能動MMIのモノリシック集積に道を拓いた.さらに選択成長領域を60μmに拡張することで,より多くの能動素子を集積化できるようになるのみならず,2本の能動MMIを一つの選択成長領域に並行に設けることも可能となった.これらのSAGパターンでは,成長領域幅と両側の誘電体マスク幅との比で領域中心の発光波長がほぼ決まり,最大波長シフト量は1.55μm帯で192nmに達した.この値は,選択成長領域を能動デバイスに,プレーナ成長領域を受動デバイスに用いることを十分可能とする値である.

第3章は"Design and fabrication of all-optical switch"と題し,前章の選択成長技術を適用して作製する対称マッハツェンダー干渉計型全光スイッチ集積回路に関し,その設計と作製プロセスについて述べている.本研究では選択MOVPEの特徴を生かした設計になるよう工夫されている.導波路形成は一括エッチングで行うが,同じエッチング深さであるにもかかわらずプレーナ領域では光モードの閉じ込めが強いハイメサ導波路構造とし,一方選択成長領域においては非発光再結合のないリッジ導波路構造とすることに成功している.プレーナ領域の受動デバイスには,直線導波路,曲がり導波路,MMIカプラなどがあり,曲がり導波路の曲率半径は300μm, 500μm, 800μmから選ばれている, 3dB MMIカプラの幅は12μm, 最適長さは計算から200μmと決めている.選択成長領域に形成される能動素子は半導体光アンプ(SOA)であり,その幅は2μm,長さは1000μmまたは1250μmとしている.全光スイッチの作製プロセス自体も,選択成長の特徴を考慮したものに改良している.SOAの電極コンタクトホール形成が最も歩留りの悪いプロセスであるが,選択成長領域のプレーナ領域に近い部分で導波路の高さが低くなることを勘案し,感光性ポリイミド用フォトマスクパターンにテーパを設ける等の工夫で,歩留りを改善した.

第4章は"Passive and active components characterization"と題し,作製された対称マッハツェンダー型全光スイッチ回路の基本特性に関し述べている.まず片側SOAへの電流注入によるスイッチング動作をTE, TM両偏光で確認した.TEモードにおいて,片側SOAへ80mAを注入した際,動作波長1540nmで16πもの位相シフトが観測された.電流スイッチングの消光比は最大25dBとなり,MMIカプラの良好な合分波特性が実証された.続いて全光制御実験が行われ,まず片側SOAのパルス応答測定によってSOAのキャリア回復時間が見積もられた.制御光パルス波長1538nm, CW(連続)信号光波長1535nmで,位相シフトπを生じた際のキャリア回復時間は250〜300psとなった.この値は他所に比べ遜色なく.選択MOVPE法による能動デバイスの高い質を示していると言える.一方,制御光をニオブ酸リチウム変調器によって擬似乱数データ列信号に変調する全光波長変換実験においては,制御光のデータ列がCW被制御光に転写され,クリアなアイパターンが観測された.この際の動作速度上限は2.5Gbpsで,上記の250〜300psというキャリア回復時間と矛盾しない結果である.

第5章は"Switching performance"と題し,マッハツェンダー干渉計型全光スイッチ回路を差動モードで動作させることによる高速スイッチングに関し論じている.これによれば,キャリア回復時間に制限されない高速動作が可能となる.モードロックファイバーレーザから出射する10Gppsの光パルスを二分割し,両制御ポートに僅かな時間差で入射させる実験においては,両パルスの時間差を50psから0psに縮めることで,出力パルスの幅が相応的に狭くなる高速プッシュプル動作特有の現象が確認できた.次に1対のパルスのプッシュプル動作をパターニング効果の影響のない状態で調べるため,繰り返し周波数を660MHzまで落とし,パルス間隔を28psにした実験を行った結果,スイッチング窓がちょうど28psとなり,プッシュプル動作の超高速応答性が本研究で試作した光スイッチにおいてはじめて確認された.光パルス間隔を28ps以下に設定してもプッシュプル動作は可能であり,100Gbpsを超える全光信号処理へ向けて展望が開けた.

第6章は結論であって,本研究で得られた成果を総括している.

以上のように本論文は,モノリシック光集積回路のシンプルな製造技術としてMOVPE選択成長技術をとりあげ,素子集積密度を向上する新たな手法を提案・実証するとともに,同技術を適用して対称マッハツェンダー干渉計型全光スイッチ集積回路を設計・試作し,電流制御および全光制御スイッチングの詳細な評価とプッシュプル駆動高速全光スイッチング動作の実証を行ったもので,電子工学分野に貢献するところが少なくない.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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