学位論文要旨



No 119031
著者(漢字) 大平,圭介
著者(英字)
著者(カナ) オオダイラ,ケイスケ
標題(和) 半導体量子ドットにおけるバンドアライメントの制御とその光学特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 119031
報告番号 甲19031
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5763号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 助教授 長田,俊人
 東京大学 助教授 秋山,英文
内容要旨 要旨を表示する

近年、分子線エピタキシー等の半導体結晶技術の進歩にともない、非常に良質な半導体ヘテロ接合の形成が可能となった。その結果、量子井戸、量子細線、量子ドットに代表される低次元構造が様々な材料系で作製されている。量子ドット構造の実現には長年研究がなされてきたが、基板より数%格子定数の大きい材料をエピタキシャル成長するとStranski-Krastanov成長様式となり、その結果、0次元構造が自己形成的に実現(S-Kドット)されることが種々の材料の組み合わせで確認され、その結晶成長や光学特性に関してさかんに研究が行われている。本研究は、これまであまり研究が行われていないタイプIIバンドアライメントをもつ量子ドットについての光学特性について系統的にまとめたものである。本学位請求論文は5章よりなる。

第1章は序章であり、本研究の背景と目的、論文の構成について述べている。閉じ込め構造の利点として、不確定性原理の関係から波数が広がりをもち、遷移確率の格段に低い間接遷移型半導体の発光効率の改善が期待されることもあるが、電子デバイスとの融合の観点から最も実現が期待される、Si基板上のGeドットの発光については、まだ十分な発光効率が実現していないのが現状である。ドットのサイズ制御などにより発光効率を改善する研究も必要であるが、同時にその光学特性が明らかになっていない部分が多いという問題も存在する。それは、間接遷移でタイプIIバンドアライメントであることによる発光の弱さに加えて、発光が赤外であるため、感度のよい測定ができないことが原因である。AlInAs/AlGaAsドットは、可視光の発光であるため、基礎光学特性の測定や発光デバイスへの応用についてさかんに研究が行われているが、組成を制御することによりタイプIIで間接遷移というGe/Siドットと同じバンドアライメントを可視光の領域で実現できるという利点がある。しかしながら、その光学特性についてはあまり詳細な研究がこれまでなされておらず、その系統的な光学特性を明らかにすることが本研究の目的である。

第2章は、本研究で実際に用いた、結晶成長装置である分子線エピタキシー(MBE)や、フォトルミネッセンス(PL)等の光学測定系についてまとめてある。MBE装置は超高真空中で非常に遅いレートで結晶成長ができるため、良質で急峻なヘテロ接合が作製可能である。光学特性の測定には、通常のPL測定系の他に、時間分解PL、磁場中でのPL、圧力PLの測定系も用いたので、それらの詳細についてもまとめてある。

第3章には、主に磁場中のPLの測定結果について書いてある。試料はAlInAs/AlGaAs量子ドットであり、AlInAsドット層の組成は0.4と0.6の2種類のものを作製した。AlGaAs層の組成はともに0.5である。PL励起強度依存性から、Al組成0.6の試料については、タイプII量子ドット構造に特有な、発光エネルギーの連続的な高エネルギーシフトが観測された。また、アニールをしたそれぞれの試料のPL温度特性から求めた活性化エネルギーから、Al組成0.6の試料については、アニール温度上昇にともなう活性化エネルギーの上昇が観測された。それぞれの組成の試料について時間分解PL測定を行い、どちらのPL減衰曲線についても、約400ps程度の短い寿命成分と、数十ns程度の長い寿命成分が存在することが分かった。それぞれの寿命成分は、短い成分はタイプI遷移、長い成分はタイプII成分に対応していると考えられる。そして、Al組成0.6の試料の方が、その長い発光寿命成分の割合が多く、タイプII遷移を多く含んでいることが明らかになった。

そのような2つの試料について、磁場中でのPL測定を行った。磁場は、ファラデー配置(B||Z)、フォークト配置(B⊥Z)で印加し、最高で約40Tという強磁場中でPL測定を行った。Al組成0.6の試料については、ファラデー配置では単調な発光ピークの高エネルギーシフトと発光強度の増大が見られた。発光エネルギーシフトの磁場依存性から、励起子半径、励起子の有効質量、磁場と垂直方向のキャリアの閉じ込めエネルギーを求めることができるが、それらの値はすべて、タイプIIドットの形成を示唆するものが得られた。また、フォークト配置では、発光強度の単調な減少が見られた。磁場による発光強度の変化は、磁場に垂直な平面内での波動関数の収縮に伴う、電子とホールの重なり積分の変化で説明される。従ってこの発光強度の磁場依存性は、電子がドットの上下に局在していることを示唆していると考えられる。

Al組成0.4の試料については、ファラデー配置において26T付近まで発光強度が増大し、さらに磁場を増大させると、一転して減少するという特異な現象を観測した。この現象は、Al組成0.4の試料がタイプIの試料を多く含むことを考慮すると、磁場によるタイプIからタイプIIへのバンドアライメントの変化で説明できると考えられる。そして実際に正規分布のエネルギーの広がりをもつタイプIドットの集合を考え、磁場によって波動関数の重なりが増大するためタイプIドットの発光は増大する一方、あるエネルギー以上の部分はタイプII発光となるため発光強度が減少するというモデルをたてて実験データとフィッティングを行い、求められた閉じ込めエネルギー等が実際の系の値として妥当であることを確認し、モデルの妥当性を明らかにした。

第4章には、AlGaAs層の組成によるバンドアライメントおよび光学特性の変化、ドット層の成長温度によるドットの形状、密度の変化とそれにともなう光学特性の変化、そして、ドット層、バリア層の成長条件を、タイプIIドットからの強い発光が観測されるよう最適化した試料についての時間分解PL特性について詳細に調べた結果をまとめた。AlGaAs層の組成を変化させた試料についてであるが、ドット層のAl組成は0.45で固定し、AlGaAs層の組成を0.3から0.8まで系統的に変化させた試料を作製した。それぞれの試料のPL測定を行うと、低Al組成領域では発光ピークはAl組成の上昇にともない高エネルギー側へシフトするが、Al組成0.6付近でその高エネルギーシフトは飽和し、さらなるAl組成の増加により発光ピークは逆に低エネルギー側へシフトする。この一連の傾向は、AlGaAs層のAl組成増大によりG点のエネルギーが増大するためドットの量子準位が上昇し、結果として高エネルギーシフトがおこる一方、さらなるAl組成の増大により、AlGaAs層のG点とX点のエネルギーが逆転するため、バンドアライメントがタイプIからタイプIIへ変化し、エネルギーシフトが飽和したものとして理解できる。それぞれの試料について時間分解PL測定を行い、AlGaAs層のAl組成の増大につれて、タイプII遷移に起因する長い発光寿命成分の割合が増大していることが確認され、実際にタイプIIへのバンドアライメントの変化が起こっていることが明らかになった。

ドット層の成長温度依存性についてであるが、AlGaAs層のAl組成は0.6〜0.7とし、ドット層の組成も0.55〜0.6で固定し、ドット層の成長温度を470℃、520℃、560℃の3種類で作製した。成長温度520℃の試料は、直径約15nm、高さ約2.5 nmと、この系としては平均的なサイズのドットが形成された。それよりも成長温度の低い470℃で成長した試料については、直径約9nm、高さ約1.5nmという非常に小さいドットが作製された。逆に、成長温度560℃の試料では、直径約28nm、高さ約3nmという比較的大きなサイズのドットが作製された。それぞれの試料についてPL測定を行うと、成長温度560℃の試料の発光強度が、他の2つの試料と比べて格段に大きいことが分かった。これは、タイプII遷移は発光寿命が長く、成長温度上昇に伴う結晶性の良化の影響が顕著に現れたものと考えられる。

成長温度560℃で膜厚も最適化した試料について時間分解PL測定を行い、タイプI遷移に起因する短い発光寿命成分をほとんど含まないPL減衰曲線が得られた。このことから、ほぼタイプIIドットのみで構成される試料が作製できていることが分かり、バンドアライメントの制御が可能であることが明らかになった。またその発光寿命が約30nsであり、その、間接遷移としては比較的短い発光寿命は、G-Xミキシングの効果が大きく寄与していることを、発光寿命の温度依存性などから明らかにした。

第7章は本論文の結論を総括的に述べている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、組成、成長条件等を制御することにより、バンドアライメントがタプIからタイプIIをもつ半導体量子ドットを作りわけ、特にタイプIIの量子ドットについて、その詳細な光学特性を探求することである。論文は5つの章から成り立っている。

第一章は序論として、本研究の背景と目的を述べる。半導体における閉じ込め構造の利点について述べるとともに、可視領域の発光をもち基礎光学特性の探求に有利なAlInAs/AlGaAs量子ドットでのタイプIIバンドアライメントの実現とその光学特性の詳細な研究が非常に有意義であることについて述べる。また、半導体量子ドットの成長様式や光学特性についての基礎知識についてまとめる。特に、G-X混合や、磁場中での発光特性について詳細に記述してある。

第二章では実験手法について述べている。まず、結晶成長法として用いている分子線エピタキシー法に関して、装置の概要と実際の結晶成長の手順について述べる。次に、構造評価と熱処理について簡単に触れた後、光学測定に用いたフォトルミネッセンス、時間分解フォトルミネッセンス、磁場、圧力中でのフォトルミネッセンスの測定系について、詳細に説明している。

第三章は、主に磁場中での光学特性について述べている。まず、用いた試料の構造とその基礎光学特性についてまとめてある。Al0.6In0.4As/Al0.5Ga0.5AsとAl0.4In0.6As/Al0.5Ga0.5Asの二種類を用いており、発光強度の励起強度依存、アニールによる発光特性の変化、時間分解フォトルミネッセンス測定から、Al組成0.6の試料の方がタイプIIドットを多く含んでいることが明らかにされている。

次に、磁場中でのフォトルミネッセンス測定について述べている。測定は、最高で約40 Tという強磁場中で、ファラデー配置(B||Z)、フォークト配置(B⊥Z)で行っている。Al組成0.6の試料については、ファラデー配置では、比較的弱い磁場領域から、弱いキャリアの閉じこめを示す線形なエネルギーシフトが見られることが明らかになった。また、理論式から励起子半径、励起子の有効質量、磁場と垂直方向のキャリアの閉じ込めエネルギーを求め、タイプIIドットの形成を示唆する結果が得られた。発光強度については、ファラデー配置では発光強度は単調に増大し、逆にフォークト配置では単調に減少することが明らかにされ、このことから、電子がドットの上下に局在していることが示された。Al組成0.4の試料については、ファラデー配置において26T付近まで発光強度が増大し、さらなる磁場の増加により一転して減少するという特異な現象を観測した。そしてこの現象が、磁場によるタイプIからタイプIIへのバンドアライメントの変化に由来するものであることが、モデル計算から明らかにされている。

第四章は、組成、成長条件によるバンドアライメントおよび光学特性の変化と、ほぼタイプIIドットのみで構成される試料についての光学特性について詳細に調べた結果をまとめてある。AlGaAs層の組成依存性に関しては、ドット層のAl組成は0.45で固定し、AlGaAs層の組成のみを0.3から0.8まで系統的に変化させた試料を用い、Al組成上昇に伴うPLスペクトルのエネルギーシフトがAl組成0.6付近で飽和することから、バンドアライメントのタイプIからタイプIIへの変化が起こっていることを明らかにした。そして、それぞれの試料について時間分解PL測定を行い、AlGaAs層のAl組成の増大につれてタイプII遷移に起因する長い発光寿命成分の割合が増大していることから、実際にタイプIIへのバンドアライメントの変化が起こっていることが示されている。

タイプIIドットのみで構成される試料の実現を目的に、ドット層の成長温度が470℃、520℃、560℃の3種類の試料を作製し、その発光特性の変化について調べた結果、成長温度560℃の試料で、タイプI遷移に起因する短い発光寿命成分をほとんど含まないPL減衰曲線が得られ、ほぼタイプIIドットのみで構成される試料がGaAs(001)基板上に作製できることが明らかになった。そして、約30nsという、間接遷移としては比較的短い発光寿命を観測したが、ここにはG-X混合の効果が大きく寄与していることを、発光寿命の温度依存性などから明らかにした。また、PLスペクトルの一軸性応力依存性から、AlGaAs層のXxy点の電子が発光に寄与していることが明らかになった。

第五章では、以上の研究の結論として、AlInAs/AlGaAs量子ドットのタイプIからタイプIIへのバンドアライメントの制御およびその光学特性に関して、本研究で明らかになった点について要約されている。

以上を要するに、本研究は、AlInAs/AlGaAs量子ドットのバンドアライメントの制御に関する具体的な手法と、タイプIIドットの詳細な光学特性について、多くの新しい知見を見出したものであり、物性工学の進展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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