学位論文要旨



No 119032
著者(漢字) 石坂,香子
著者(英字)
著者(カナ) イシザカ,キョウコ
標題(和) 層状ニッケル酸化物におけるスピン・電荷秩序
標題(洋)
報告番号 119032
報告番号 甲19032
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5764号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 教授 藤原,毅夫
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 教授 辛,埴
 東京大学 教授 吉澤,英樹
内容要旨 要旨を表示する

序章

強相関電子系では電荷励起の強い抑制により、スピンや軌道といった低エネルギーの自由度が重要な役割を果たすことが知られている。それらの自由度は時に複雑に絡み合い、多様な秩序状態を形成する。近年の盛んな研究により、このような秩序状態は系のパラメータ(スピン・軌道自由度、次元性、フィリング、相互作用、結晶構造のトポロジー、etc)に強く依存することが徐々に明らかとなりつつある。また、秩序状態のパターンやその形成・融解過程が系の電荷ダイナミクスと直接的に結合している例もMn系(巨大磁気抵抗)やCu 系(絶縁体-超伝導転移)など多数挙げられる。本研究では、特に2次元的な結晶構造を有する層状ニッケル酸化物R2-xSrxNiO4 を対象として秩序現象や電荷ダイナミクスを調べ、他の系との共通点や固有性などを比較することにより、強相関系における秩序形成機構について新たな知見を得ることを目的とした。

R2-xSrxNiO4 (RSNO)は図1(a) のような結晶構造を有し、x=0 では反強磁性モット絶縁体である。Sr 置換によりドープされたホールは、x≦0.5 の範囲で1次元的に整列しε〜x (ε:超構造周期の逆数)となる対角型スピン電荷ストライプ秩序(図1(b))を形成することが知られている。ストライプ秩序はx=1/3 で最も安定化し、転移温度〜230K という最高値を示すことが報告されている。一方x≧0.5 の領域は単結晶試料作成が困難のため研究が進んでいないが、粉末試料や薄膜試料の測定により、x〜0.9 までドープすると絶縁体から金属へと相転移することが報告されている。本論文では具体的に、以下の2点を目的とした研究を行った結果を報告する。

・いまだ知見の少ない高ホール濃度領域(x>0.5) のスピン電荷秩序および電荷ダイナミクスを調べ、x〜0.9 での絶縁体-金属転移との関連性を調べる・ストライプ秩序の典型例ともいわれるx=1/3 近傍に着目し、細かくフィリングを変えた時の秩序状態の性質やパターンの変化を調べ、ストライプ固有の性質やx=1/3 の特異性について知見を得る

実験・解析方法

・試料作成、評価Floating Zone 法によりLa2-xSrxNiO4 (x≦0.5), Nd2-xSrxNiO4 (0.33≦x≦0.70) の単結晶を作成した。・輸送特性ab面を切り出し4端子法を用いて、面内の抵抗率を測定した。・光学測定0.01〜0.3 eV の範囲で反射率の温度変化(10〜590K)を測定した。また室温で32eV までの反射率を測定して外挿し、Kramars-Kronig 変換により光学伝導度を算出した。・中性子回折実験原子力研究所内三軸型中性子分光系GPTAS(物性研所有)を用いて行った。共同実験者は吉沢英樹教授(物性研)、梶本亮一博士(現KEK物構研)。・放射光X線回折実験高エネルギー加速器研究機構Photon Factory Ring にて、六軸型X線分光系を用いて行った。共同実験者は有馬孝尚助教授(筑波大)。

第三章 R2-xSrxNiO4 の広組成領域におけるスピン電荷秩序と電荷ダイナミクス

[スピン電荷秩序]まず、図2にR=La, x=0.5 の中性子回折実験の結果を示す。 (a) は電荷秩序による超格子反射のプロファイルである。これを見ると温度の低下に伴い(5 0 0) という整合値のピークが450K以下で現れる。しかし、更に低温ではこのピーク強度は減少し、替わってその両側に非整合なピーク(GBragg ±(2ε 0 0),ε〜0.45)が現れている。これらのピークはそれぞれcheckerboard (CB) 型およびストライプ型の電荷秩序による超格子反射であるとアサインされる。 更に低温ではε〜0.45 のストライプ磁気秩序が観測される。それぞれの温度変化(b),(c)を見ると、CB型電荷秩序は500K付近から散漫的に立ち上がるが、180K 付近でストライプ型電荷秩序が形成され始めると同時に強度が大きく減少している。この入れ替わるような温度変化から、この2種の秩序形成が異なる機構によるものであり、低温では共存・競合することが示唆される。

他の組成試料(0.33≦x≦0.7)についても同様の測定を行った結果、x < 0.5 ではε〜x のストライプ秩序が現れ、x≧0.5 ではCB型電荷秩序とε〜0.45 のストライプ秩序が共存することが分かった。その温度依存性、x依存性(図3)から、CB電荷秩序は長距離クーロン、電子格子相互作用などによる大きなdriving force をもってx=1/2 を中心に高温領域を支配し、一方のストライプ秩序は主に低温でのスピン相関の発達により形成されx=1/3 の特異性の起源となると考えられる。また秩序形態のx=0.5 に関する明らかな非対称性は、CB秩序状態に対するホール量の過剰・不足の違いに起因していると考えられる。

[電荷ダイナミクス]x=0.5 R=La, Nd の光学伝導度σ (ω)を図4に示す。いずれも高温では"bad-metal" 的な平坦なスペクトルを示すが、温度の低下に伴い低エネルギー部の振動子強度が等吸収点(矢印) を通って高エネルギー側に移り、ギャップ的な構造(擬ギャップとよぶ)が発達する様子が分かる。また、赤外領域においては、結晶構造の対称性低下を示唆するフォノンスペクトルの異常が〜400K以下で観測された。

これらの光学特性とCB電荷秩序との関連をより定量的に議論するため、図5に(5 0 0)反射強度(a)、擬ギャップ領域における振動子強度の減少分(b)、フォノン周波数(c) の温度依存性を示した。La x=0.5 について各々を比較すると、擬ギャップがCB電荷秩序(相関)により高温から発達を始め、150K以下ではその秩序振幅とともに再び減少することがわかる。同様の擬ギャップ的構造はすべての試料で見られるが、特にCB電荷秩序の観測されるx≧0.5 についてx=0.5 と同様に温度依存性を図示した。擬ギャップと電荷秩序振幅はその温度、x依存性ともよくスケールしており、格子異常の現れる温度Tphも、誤差範囲でCB電荷整列温度に一致している。以上、電荷ダイナミクスが絶縁性を示す温度TPG ,Tρ(抵抗がアップターンする温度)およびΔPG,Tph を相図に加えると、図3のようになる。これを見ると、高温領域の電荷ダイナミクスがx=1/2 を中心としてCB型電荷相関に強い影響を受けていることが分かる。また、Tρ, TPG, ΔPG はx〜0.9 の絶縁体-金属転移点に向かって単調に減少しており、この系における金属化がCB型電荷秩序相関の消失と同時に起こることが示唆される。

第四章 La2-xSrxNiO4 x=1/3 近傍における電荷ストライプの性質

LSNOx=1/3 近傍の試料x=0.27〜0.45 の試料を用いて放射光X線回折実験を行った。まず図6にx=0.31, 0.333, 0.35 で測定した超格子反射のプロファイルを示す。x=0.333, 0.35 のピーク位置はそれぞれε=0.333, 0.342 でほとんど動かないが、x=0.31 ではε=0.308 (10K)から昇温に伴いε →1/3 となる整合-非整合(C-IC)クロスオーバーが観測された。他の試料も合わせてεを温度に対してプロットすると図7のようになる。ε〜x (低温)からε→1/3 (高温)へのクロスオーバーは実に広い組成範囲で存在しているが、その曲がり具合はx=1/3 に関して非対称になっており、x>1/3 の領域ではx<1/3に比べると明らかにεの温度依存性が小さい。このようなC-ICクロスオーバーの微視的機構を考えると、ストライプあたりのホール濃度pst=x/ε の温度変化に帰着する。最低温ではpst〜1 すなわちほぼhalf-filled のストライプ状態であるが、高温でε→1/3 となる際にはpst<1 (x<1/3)もしくはpst>1 (x>1/3の場合)へと変化する。簡単のためNi2+とNi3+のサイトのみ考えると、図8のように、x<1/3では電荷ストライプ(Ni3+)中に電子が、x>1/3ではAFドメイン(Ni2+)にホールがドープされることによりεが1/3 に近づくことになる。ここで、実際に観測されたC-ICクロスオーバーの非対称性は、電子は入りやすい一方でホールが入りにくいことを示している。実際このモデルを用い、電荷配置による自由エネルギーを最小化するεの温度変化を計算すると、図7の曲線のようにC-ICクロスオーバーをよく再現することができた。この結果から、この系における電荷ストライプが電子に関しては容易にドープ可能である、つまりcompressible な性質を持つことが示唆される。

第五章 結論

R2-xSrxNiO4 ではx≧0.5 においてCB型電荷秩序とストライプ秩序という2種の異なる秩序状態が競合・共存する。また高温での電荷ダイナミクスはx=0.5 を中心に広い範囲でCB型電荷相関の影響を受けており、x〜0.9 における絶縁体-金属転移はその消失とともに起こると考えられる。

La2-xSrxNiO4 x=1/3 近傍の電荷ストライプについては、x<1/3 の領域で顕著なC-IC クロスオーバーが観測された。このクロスオーバーは高温でのエントロピー増大による基底状態half-filled stripe への自発的電子ドーピングを考慮したモデルで再現され、電荷ストライプ自身がドープ可能であるという特性が明らかになった。

(a) R2-xSrxNiO4 の結晶構造 (b) ストライプ型スピン電荷秩序 (c) checkerboard 型電荷秩序

R=La x=0.5 (a) 電荷秩序による超格子反射のプロファイル (b) CB型電荷秩序、(c) ストライプ型電荷秩序(inset: 磁気秩序)の温度変化

RSNO の相図

R=La, Nd x=0.5 の光学伝導度

(a)(5 0 0)反射、(b)擬ギャップ、(c)フォノン周波数の温度依存性

電荷ストライプ秩序による超格子反射の温度変化。●、○は各々A、Bスキャン(inset参照)のプロファイルに対応。inset は測定を行った(h k 1)面。

LSNOにおける電荷ストライプのεの温度変化。○のデータは中性子回折の結果。曲線はフィッティング結果

x≠1/3 でε=1/3 のときのストライプ状態。左)x<1/3 では電子が、右)x>1/3 ではホールが過剰になっている

審査要旨 要旨を表示する

強相関電子系における秩序形成は、多体効果のもたらす自己組織化現象として多くの関心を惹き、盛んに研究されている。また秩序形態やその形成過程は系の電気伝導性、磁性、光学物性とも強く結合するため、新機能材料開発などの工学的見地からも重要となっている。その中で、本研究で対象とした層状ペロフスカイト型ニッケル酸化物R2-xSrxNiO4 (R=La, Nd) はストライプ型スピン電荷秩序を示すことでよく知られる系である。本論文では、幅広い組成領域で作製した大型良質単結晶を用いて、回折実験や光学測定などを系統的に行った結果を述べている。

本論文は全5章からなる。

第1章では、研究の背景となる層状ペロブスカイト型ニッケル酸化物の結晶構造、電子構造の特徴について説明し、本研究の目的を述べている。

第2章では、単結晶試料の作製および評価、光学測定、中性子回折、放射光X線回折などの実験方法について説明している。

第3章では、R2-xSrxNiO4 (R=La, Nd;0.33<x<0.7) を対象とした中性子回折と光学測定の結果を説明している。これまでx>0.5 での単結晶作成が困難のため研究が進んでいなかったが、RにNdを使うことにより高濃度領域の試料を得ることが出来た。この結果、低ドープ側で観測されるストライプ秩序とは異なる起源を有する、高温のチェッカーボード(CB)型秩序形成をx≧0.5 の高ドープ領域で新たに観測した。一方のストライプ秩序もx=0.7 まで確認され、高ドープ領域では2相が共存・競合する複雑な秩序状態が形成されることが明らかになった。また、系の電荷ダイナミクスはCB型電荷秩序とその動的相関に支配されており、x=0.9 における絶縁体-金属転移がCB型電荷秩序の融解とともに起こることが示唆された。これらは、電荷秩序・ストライプ現象のプロトタイプと考えられていた、層状Ni酸化物において、その全体を俯瞰して、異なる秩序間の競合までをも明らかにした重要な成果である。

第4章では、ストライプ秩序の最も安定することが知られるLa2-xSrxNiO4 x=1/3近傍に焦点を当てている。本研究では、高波数分解能を有する放射光X線回折実験を行い、そのストライプ秩序形成過程を詳細に調べた。その結果、x<1/3 領域でのみ顕著化する整合-非整合クロスオーバーを観測した。このようなクロスオーバーは、ハーフ・フィルド電荷ストライプ中に電子が出入りすることにより生じると考えられる。本論文では、電荷ストライプ中のホール濃度が変化することを許した理論モデルの解析により、この振る舞いを半定量的に再現した。また、クロスオーバーに伴い生じる余剰電子により、転移温度以下での残留エントロピーの発生が期待されるが、これを比熱測定により実際に確認した。このように、ストライプ秩序が、その内包するホールの濃度を温度によって変えるという、自己組織化強相関電子のまったく新しい側面を明らかにしたものであり、この成果は高く評価される。

第5章では、本研究で得られた成果をまとめて、本研究の意義を述べている。

以上をまとめると、本論文では層状ニッケル酸化物の秩序形成現象について、幅広い組成領域の良質単結晶を作製し、回折実験、分光測定などの多岐にわたる測定を行い相補的な知見を得た。これにより、秩序形態を明らかとするに留まらず、系の伝導性など基礎物性との関連についても総括的に議論している。その結果、室温以上の高温から発達する新たな秩序の観測、絶縁体-金属転移と秩序形成の関連性、電荷ストライプの可圧縮性、ストライプ形成時の相転移現象などについて、様々の重要で新たな知見を得ることが出来た。これらの点で、本研究は物性物理学、物理工学の進展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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