学位論文要旨



No 119041
著者(漢字) 轟木,義一
著者(英字)
著者(カナ) トドロキ,ノリカズ
標題(和) エントロピーによって誘起される三次元系での新しい秩序形態
標題(洋) Entropy-Induced Novel Ordered Phases in Three-Dimensional Systems
報告番号 119041
報告番号 甲19041
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5773号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,精二
 東京大学 教授 藤原,毅夫
 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 助教授 伊藤,伸泰
 東京大学 助教授 張,紹良
内容要旨 要旨を表示する

フラストレート系などに見られる, 多くの状態が縮退していたり, または, 自由エネルギーの最小値に非常に近い場所に状態がある場合には, ほんのわずかな摂動によっても縮退が解けたり, 自由エネルギーの最小値が入れ替わりする事によって相転移が現れる可能性がある. 本研究では, このような系での, 特に, 三次元系での熱揺らぎ(エントロピー)の効果や量子揺らぎの効果を考慮する事によって現れる相転移を取り扱った. このような揺らぎの効果によって現れる相転移はEntropy-induced phase transitionと呼ばれる. 本研究ではEntropy-induced phase transitionが起ると予想される, 6状態一般化クロックモデル, 積層三角格子反強磁性イジングモデル, 励起状態間の量子遷移の効果を取り入れた量子Blume-Capelモデルの三つの系を取り扱った. 初めの二つの系では熱揺らぎのために逐次相転移が現れ, 最後の系では量子揺らぎのために古典極限では現れなかった相転移が現れる.

6状態一般化クロックモデルは, Z6対称性を持っているモデルである. そのエネルギーパラメータを調節することによって積層三角格子イジングモデルや3状態反強磁性ポッツモデル等の他のZ6対称性と同じ秩序相の構造がこのモデルで実現すると思われている. すなわち, このモデルはZ6対称性を持つモデルの一般的なモデルと言える. 繰り込み群の研究やシミュレーションを用いた解析の結果, ニ次元の場合のZ6対称性を持つモデルは一回の1次転移か、もしくは2回の逐次転移をしてコスタリツ−サウレス相と呼ばれる二次元特有の相関関数が冪的に振舞う中間相が現れる事が解っている. しかしながら, 3次元の場合については, 秩序相の構造はあまりよく解っておらず, 中間相が現れるかどうか, 現れたならばその性質はどうなるか, 2次元の場合と同じように3次元XYモデルの低温相に対応する相が現れるのかどうかという事などが古くから議論されていたが未だに結論が出ていなかい問題であった. 3次元の均等な6状態クロックモデルについては, 中間相がなく, 今まで見えていた中間相は, 相関長が有限だが非常に長いためにシミュレーションでは十分なシステムサイズが取れていなかったための見かけ上のギャップれす相である事が明らかにされた. さらに, Z6対称性を持つモデルの繰り込み群の研究によってZ6対称性を持つモデルに特徴的な高温側の転移点付近での繰り込み群の流れの漸近的な振る舞いによる強い有限サイズ効果である事が説明された. さらに, この考察によって得られたスケーリング関数を用いる事によって3状態反強磁性Pottsモデルについても同様に中間相がないという事が解っている. しかしながら, このクロックモデルとPottsモデルはパラメータ空間上の中間相が出にくいパラメータに位置していると考えられるので, この二つのモデルで中間相が出なかったからといって, 3次元のZ6対称性を持つ全てのモデルで中間相が現れないと結論づけることはできない. そこで我々は6状態一般化クロックモデルにおいて中間相がでやすいエネルギーパラメータを用い, 相転移と秩序相について調べた. 我々はこのモデルを詳細に調べることにより中間相として熱揺らぎによって隣り合う二つの状態が交じり合うことによって不完全秩序相1(IOP1)と呼ばれる安定な相が現れることを明らかにし, また, IOP1の揺らぎの性質を調べる事により, このIOP1は二次元系の場合とは異なり, 低温相と同じ相関長が有限な堅い相だという事を明らかにした. また, 相転移については, 二つの転移のうち, 高温側の転移は3D-XYユニバーサリティクラスに属すること, また, 低温側の転移は一次である事を明らかにした. このような結果から, Z6モデルの繰り込み群を用いた研究とコンシステントになり, Z6対称性を持つモデルの相転移と秩序相の長年の疑問は解決した.

積層三角格子反強磁性イジングモデルはCsCoCl3やCsCoBr3のモデルとして知られている. これらの物質はフラストレーションのために磁気的に逐次転移をすることが中性子散乱の実験により解っている. この性質は最初に目片によって次近接相互作用のある三角格子イジングモデルの平均場近似を用いて説明された. 目片の結果では, この物質はTN1, TN2とTN3(TN1<TN2<TN3)において3回の2次転移をし, T<TN1では2つの副格子磁化が同じ大きさの2副格子フェリ磁性相, TN1<T<TN2では3つの副格子磁化がすべて異なる大きさの3副格子フェリ磁性相, TN2<T<TN3では三つの副格子のうち一つが秩序化しない部分無秩序相が現れると予想されていた. しかしながら, 低温側の転移点TN1およびTN2では比熱など物理量の異常が実験で観測されていない. また, この系に対して小関らの数値的な研究があり, 中性子散乱の実験や比熱の温度依存性をよく再現していたが, 中間相の性質や低温側の転移の性質などは明らかになっていなかった. このように, 低温側の転移の性質は十分には解っていなかった. そこで我々は, 積層三角格子反強磁性イジングモデルについて詳しい解析を行った. その結果, 3副格子フェリ磁性相は現れず, 部分無秩序相から2副格子フェリ磁性相への転移は1次転移だという結果を得た. もし一次転移だとするならば, なぜ比熱に飛びがないのかという長年の問題に対して. 我々は, 潜熱に一番寄与していると思われていたc軸に沿ったドメインウォールの数に関する考察を行った. それによると, 副格子ごとでは飛びがあるが, 系全体としては3つの副格子の間でちょうど打ち消し合い転移前と後でドメインウォールの数に飛びが見えず, すなわち, c軸方向の相互作用の寄与がほとんどないことが解った. したがって, この転移はエネルギー的に一番寄与しているドメインウォールの数の変化が打ち消しあうため潜熱が非常に小さい1次転移だという事を明らかにした. また, 平均場近似による解析に関しては, クラスター平均場近似を用いて計算をし, クラスターのサイズを大きくしていくと, それに伴って3副格子フェリ磁性相がなくなって行くことを確認した. すなわち, 3副格子フェリ磁性相は揺らぎに対して安定ではないという結果を得た. 結局, 積層三角格子反強磁性イジングモデルの相転移の機構は, 6状態一般化クロックモデルと同じであることが解りZ6対称性モデルの新しい様相の理解に到達する事ができた.

最後に量子ゆらぎが重要な相転移として, 励起状態間のホッピングの効果を取り入れた量子Blume-Capelモデルを調べた. Blume-Capelはスピン変数として二つの励起状態と一つの基底状態を持つモデルで隣り合うスピン変数同士は励起状態間に交換相互作用が働く. また, 励起状態と基底状態のエネルギー差は化学ポテンシャルによって与えられている. 我々はまず平均場近似を用いてこのモデルを調べた. このモデルは古典系では化学ポテンシャルが大きい領域では基底状態に落ち込んでしまうので, 秩序相が現れないが, 励起状態間の量子遷移を考慮すると, 量子揺らぎが取り入れられ, その効果によって励起状態が下がり, 有限温度で秩序が現れる事が解った. また, 量子モンテカルロシミュレーションを行い, 平均場近似の結果を確かめた. さらに我々はこのモデルを量子誘電体であるStTiO3のモデルとして提案した. StTiO3は絶対零度でも量子揺らぎの為に強誘電相転移を示さず誘電率が低温で大きな値を保って温度変化に対して飽和現象を示す量子常誘電体として知られているが, 酸素同位体置換を行う事によって強誘電相が出現する. しかしながら, TOフォノンのエネルギーを見てみると, 相転移の振る舞いをしておらず, この強誘電転移の機構は明らかになっていなかった. 我々は, 新しい自由度としてTiO6クラスターの励起状態を考え, この転移を励起状態間のホッピングの効果を取り入れた量子Blume-Capelモデルで説明できると考えた. O16からO18に同位体置換する事によって励起状態間のホッピング, すなわち量子効果が抑制されたと考えると, 実験を矛盾なく説明できる事を示した.

審査要旨 要旨を表示する

相転移は、一般に秩序化を促進する相互作用と、それに熱的擾乱を与えるエントロピー効果の競争でもたらされる。系の変数の対称性により多様な相転移の形態が知られ、ユニバーサリティクラスとして分類がなされて来ている。特に、二次元系では、基底状態に連続的な縮退がある場合、ゆらぎの赤外発散が生じ、長距離秩序を伴わない相転移(コスタリッツ・サウレス転移)など特殊な相や、共形場理論で特徴づけられる無限のユニバーサリティクラスの存在など相転移に非常に多様性がみられる。それに対し、三次元系では、知られている全ての相は長距離秩序をもち、またユニバーサリティクラスも、スピン空間の次元など限られたものだけが知られ、ゆらぎを反映した特殊な状態の存在は知られていなかった。

しかし、フラストレーションとして知られる相互作用の競合効果などにより二次元とは異なる形でのゆらぎの効果を反映した相の存在など、ゆらぎを伴う新しい秩序状態の構造が興味を集めて来ている。本論文では、そのような相の典型例として、基底状態を与える二つの状態が混合することによって新しい中間温度相が出現することを発見している。

第1章では、研究の背景を詳しくレビューしている。第2.2章では、ゆらぎの効果を系統的に制御できる、6状態一般化クロックモデルという模型を導入し、そこで特異な中間温度相を発見している。この模型は、Z6対称性を持っており、エネルギーパラメータを調節することによって、自然界に存在する多くのZ6対称性をもつモデルの典型例と考えることができる。このZ6対称性を持つモデルにおける中間相の存在は長く議論されてきた問題であり、これまで結論が出ていなかった問題である。本研究ではこのモデルを詳細に調べることにより中間相はIOP1と呼ばれる隣り合った二つの状態が交じり合う相が存在することを発見し、さらにその混合比率が1対1で安定した相であるという事を明らかにしている。また、 この相への相転移については, 高温の常磁性相からの転移は3D-XYユニバーサリティクラスに属すること, また, 低温側の基底転移相への転移は一次である事を明かにしている。

第2.3章では、この知見に基づき、やはり長年の問題であったCsCoCl3やCsCoBr3のモデルとして知られている積層三角格子反強磁性イジングモデルの秩序状態の構造を調べている。このモデルは、これまで分子場近似によって、部分無秩序状態と呼ばれる中間相の存在が提唱されていたが、対応する二次元系との性格の違いや、その特異な性質、さらには転移点における比熱の異常の欠如などから、多くの異論が提出され、長年の問題であった。この問題に対し、この系がもつ基底状態のZ6対称性に注目し、上述のIOP1相と部分無秩序状態の関連を議論し、その同一性を示して部分無秩序状態の存在を明かにした。そのシナリオでは そこでの低温の転移は一次転移になるが、実験では低温側の転移点付近で比熱になんら異常がない。この問題に対し、この系が強く結合した一次元鎖からなる点に注目し、鎖内のドメイン壁の密度の温度変化を調べることで、この転移は潜熱が非常に小さい1次転移だという事を明かにしている。

さらに、第3章では、量子誘電体であるStTiO3の同位体置換によって現れる強誘電体転移のモデルとして考案された励起状態のホッピングの効果を取り入れた量子Blume-Capelモデルにおいて、熱的擾乱ではなく、基底状態において量子ゆらぎによって古典的な基底状態が混合することで、ゼロ点エネルギー利得を得、秩序状態が現れることも示している。通常、量子相転移という場合、量子揺動で古典的な秩序が壊れる場合が多いが、ここで発見された相転移は、量子揺動によって誘起される新しいタイプである。

以上述べたように、本研究は、熱的擾乱や量子ゆらぎなどゆらぎによって誘起される新奇な三次元秩序状態の存在、さらにその機構を明かにしており、物性物理学、物理工学の分野の基礎となる重要な研究であると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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