学位論文要旨



No 119044
著者(漢字) 佛坂,裕泰
著者(英字)
著者(カナ) ホトケザカ,ヒロヤス
標題(和) レーザ誘起ブレイクダウン分光法 (LIBS) による水媒体中における微粒子の直接分析に関する研究
標題(洋)
報告番号 119044
報告番号 甲19044
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5776号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 門,信一郎
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

序論

【背景】

現在,高レベル放射性廃棄物の処分方法として最も有力な地層処分では,地下水による放射性核種の溶出に基づく地下水シナリオが主要な安全評価対象と考えられている.また,放射性核種がコロイド化する事による核種移行の促進あるいは抑制を定量的に予測することが地層処分の安全評価の信頼性を向上させると考えられている.しかし,既存の微粒子分析手法は,煩雑な前処理や長い分析時間を要し,コロイドの存在状態を変化させてしまう恐れがある.このため,迅速かつIn-Situ分析可能な微粒子分析手法が必要である.レーザ誘起ブレイクダウン分光法(LIBS)は,水中の微粒子について高感度で,微粒子だけを選択的に分析する事が可能であるという特長を有する地下水分析に適した新しい分析手法であり,その発展が望まれる.

【目的】

本研究では,1)微粒子分析に適したLIBS測定システムを構築すること,2)微粒子のIn-Situ分析法としてのLIBSの確立,3)水溶液中における金属の固相生成および溶存金属イオンの微粒子への吸着挙動の解明を目的とする.目的遂行のために,様々な微粒子を用いてその定量性を明らかにするとともに,真性コロイド・擬似コロイドへの適用についても検討した.さらに時間分解測定により,微粒子の状態分析が可能かどうかについても検討した.

水媒体中における金属微粒子のLIBS測定

LIBSの水中懸濁微粒子に対する定量性を明らかにするためにAl2O3,CaCO3,Eu2O3を含む懸濁水試料を調製し,ブレイクダウンスペクトルを測定した.得られたスペクトルからAl,Ca,Euの発光強度の元素濃度依存性を検討した.測定試料としては,1種類の微粒子のみの場合と,他の微粒子が共存する場合の定量性を評価するために,単成分と多成分懸濁水試料を調製した.試料中の元素濃度を表1に示す.

多成分試料では,Al,Ca,Euの発光ピークが互いに分離されて同一スペクトルから観測された(図1).また,単成分・多成分試料ともに,Al,Ca,Euの発光強度は各元素濃度に対して線形性を有しており,線形性があった濃度領域は,単成分・多成分ともほぼ同じであった(図2,3).以上実験結果より,LIBSを用いて水中懸濁金属微粒子の多成分同時定量分析が可能であることが示された.

水溶液中におけるEu(III)の固相生成挙動およびEu(III)イオンのTiO2微粒子への吸着挙動の観測

LIBSによる真性コロイドおよび擬似コロイド測定の是非を明らかにするため,Eu(III)水溶液およびEuイオンとTiO2微粒子が共存した懸濁水(Eu(III)/TiO2懸濁水)を調製し,ブレイクダウンスペクトルを測定した.得られたスペクトルからEuの発光強度を評価し,発光強度のpH依存性について検討した.その結果,Eu(III)水溶液のEu発光は,pH 7付近から観測され,pHの上昇とともに発光強度は増強され,pH 7.5以上では急激に増強された.また,この挙動は別途行なった濾過法による固相生成実験の結果と類似の挙動であった(図4).さらに,Eu(OH)3の溶解度曲線(図5)とも,固相の析出pH値(7.5)に関して整合性が得られたため,Eu(III)水溶液の発光強度のpH依存性は,Eu(III)の固相生成挙動に対応していると考えられた.これより,LIBSによって真性コロイド分析が可能であることが示された.

一方,Eu(III)/TiO2懸濁水では,発光強度はpH 4付近から観測され始め,pH 6付近までは徐々に発光強度は増強され,pH 8以上では急激に増強された(図6).この,pH 7以下の領域での発光強度の増強はEu(III)水溶液の結果では観測されなかった結果であり,固相生成に起因するものではない.また,Eu発光強度のpH依存性は,別途行なった濾過法による吸着実験の結果とも良く一致しており,またTiO2表面のpzc値とも対応していることから,Eu(III)イオンのTiO2への吸着挙動に対応しているものと考えられた.これより,LIBSにより擬似コロイド分析も可能であることが明らかになった

Euの固相およびTiO2微粒子に吸着したEu(III)イオンからの発光の時間分解測定

TiO2粒子に吸着したEu(III)イオンの発光の時間応答を明らかにするために,Eu(III)/TiO2懸濁水の時間分解測定を行うとともに,TiO2粒子に吸着したEu(III)イオンの発光寿命を評価した.図7は,Eu(III)/TiO2懸濁水のEu発光強度の経時変化で,t = 0は溶媒水分子のプラズマ再結合輻射に由来するバックグラウンド発光が最大であるときの時刻である.

Eu(III)/TiO2懸濁水の発光寿命は,3.5 < pH < 7.0ではpHの上昇とともに長くなっていた.しかしながら,pH = 12では逆に短くなっていた.3.5 < pH < 7.0とpH = 12では,それぞれEu(III)イオンのTiO2粒子への吸着とEu(II)の固相生成が起こっているため,Eu(III)イオンのTiO2粒子への吸着が進行すると発光寿命が長くなり,Euの固相が生成すると発光寿命が短くなると考えられた.この結果より,Euの発光寿命は,水溶液中におけるEuの化学状態によって変化することが示唆された. また,Euの固相からの発光と,TiO2粒子に吸着したEu(III)イオンからの発光では,発光が観測され始める時間遅れに違いが見られ,前者の方が50 nsほど早かった.これは微粒子化したEuはレーザパルスのエネルギーを直接受け取ってブレイクダウンしているのに対して,吸着イオンはブレイクダウンしたTiO2粒子から間接的にエネルギーを受け取ってブレイクダウンしている事に由来すると考えられる.この時間遅れの変化を利用して微粒子の状態分析を行なったり,真性コロイド・擬似コロイドを区別して測定できる可能であると考えられた..

結論

本研究では,Al2O3,CaCO3,Eu2O3の単成分系および多成分系懸濁水試料のプラズマ発光をLIBSにより測定し,発光強度の金属濃度依存性を検討する事により,単成分系でも多成分系でも同じ濃度領域での定量測定/分析が可能である事を示した.また,Eu(III)水溶液およびEu(III)/TiO2懸濁水のLIBS測定を行い,その発光強度のpH依存性を評価する事によって,LIBSが水溶液中におけるEu(III)の固相生成挙動およびEu(III)イオンのTiO2粒子への吸着挙動の解明に有効な手法である事を明らかにした.さらに,Eu(III)/TiO2懸濁水の時間分解測定を行い,発光寿命を評価する事により,Euのブレイクダウンプラズマ発光寿命は,水溶液中におけるEu(III)の存在状態によって変化することを示唆した.

懸濁水試料中の金属濃度

多成分試料のブレイクダウンスペクトル

多成分懸濁水試料の発光強度の金属濃度依存性

単成分懸濁水試料の発光強度の金属濃度依存性

Eu(III)水溶液の発光強度のpH依存性

水へのEu(OH)3の溶解度曲線

Eu(III)/TiO2懸濁水の発光強度のpH依存性

Eu(III)/TiO2懸濁水のEu発光強度の経時変化

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,放射性廃棄物処分の安全評価結果に対する不確実性の要因の1つである地下水微粒子を直接分析する手法としてのレーザ誘起ブレイクダウン分光法の開発とその検証を目的とした研究が行われている.全四章で構成され,微粒子分析に適したレーザ誘起ブレイクダウン分光法測定システムの構築,微粒子のIn-Situ分析法としてのレーザ誘起ブレイクダウン分光法の確立,ならびに水溶液中における金属の固相生成および溶存金属イオンの微粒子への吸着挙動の解明が目的とされている.

第一章では,放射性廃棄物処分の安全評価に及ぼす地下水微粒子の影響や,レーザなどを用いた地下水微粒子の分析方法に関する研究が概観的にまとめられ,本論文の背景ならびに目的が述べられている.

第二章では,レーザ誘起ブレイクダウン分光法の水中懸濁微粒子に対する定量性を明らかにするためにAl2O3,CaCO3,Eu2O3を含む懸濁水試料に対して,ブレイクダウンスペクトルが測定されている.得られたスペクトルからAl,Ca,Euの発光強度の元素濃度依存性が評価され,1種類の微粒子のみを分析する場合と複数の微粒子が共存した溶液を分析する場合が比較検討され,レーザ誘起ブレイクダウン分光法を用いて水中懸濁金属微粒子の多成分同時定量分析が可能であることが示されている.

第三章では,レーザ誘起ブレイクダウン分光法により,真性コロイド・固相生成の分析が可能であるかどうかが評価されている.このために,一定濃度のもとで様々なpHに調整されたEu(III)水溶液が用いられ,Euの発光強度のpH依存性が求められている.その結果,Eu(III)水溶液のEu発光は,pH 7付近から観測され,pHの上昇とともに発光強度は増強され,pH 7.5以上では急激に増強されたこと,ならびに,この傾向が別途行なわれた濾過法による真性コロイド・固相生成実験の結果と一致したことが示されている.さらに,熱力学データから計算されたEu(OH)3の溶解度曲線の計算結果から,Eu(III)水溶液の発光強度のpH依存性は,Eu(III)の真性コロイド生成挙動に対応していることが確認されている.このことから,レーザ誘起ブレイクダウン分光法によって真性コロイド・固相生成分析が可能であることが示されている.

第四章では,レーザ誘起ブレイクダウン分光法により,擬似コロイドの分析が可能であるかどうかが評価されている.このために, EuイオンとTiO2微粒子が共存した懸濁水(Eu(III)/TiO2懸濁水)が用いられ,得られたブレイクダウンスペクトルからEuの発光強度が評価され,あわせて発光強度のpH依存性が求められている.Eu(III)/TiO2懸濁水では,発光強度はpH4付近から観測され始め,pH6付近までは徐々に発光強度は増強され,pH 8以上では急激に増強されることが観測されている.この,pH 7以下の領域での発光強度の増強はEu(III)水溶液の結果では観測されなかった結果であり,固相生成に起因するものではないことが説明され,また,Eu発光強度のpH依存性は,別途行なった濾過法による吸着実験の結果とも良く一致していることから,レーザ誘起ブレイクダウン分光法により擬似コロイド分析も可能であることが明らかにされている.

第五章では,TiO2粒子に吸着したEu(III)イオンの発光の時間応答を明らかにするために,Eu(III)/TiO2懸濁水の時間分解測定が行われている.その結果,Euの発光寿命は,水溶液中におけるEuの化学状態によって変化することが示唆されたとしている. また,Euの固相からの発光と,TiO2粒子に吸着したEu(III)イオンからの発光では,発光が観測され始める時間遅れに違いが見られ,前者の方が50 nsほど早いことも見出されている.これは,微粒子化したEuはレーザパルスのエネルギーを直接受け取ってブレイクダウンしているのに対して,吸着イオンはブレイクダウンしたTiO2粒子から間接的にエネルギーを受け取ってブレイクダウンしている事に由来すると説明されている.この時間遅れの変化を利用して微粒子の状態分析が可能となり,真性コロイドと擬似コロイドを区別して分析できる可能性が指摘されている.

第六章では,本論文の総括と結論,ならびに今後の展望がまとめられている.

以上要するに,本論文ではレーザ誘起ブレイクダウン分光法という地下水微粒子の直接分析法が開発され,その定量分析性や実地下水への適用可能性のほか,真性コロイドや擬似コロイドの分析も可能となる分析法であることが示されているとともに,コロイド微粒子のブレイクダウン発光に関する物理化学機序の解明も行われている.これらはシステム量子工学,特に放射性廃棄物処分の安全評価に寄与するところが少なくない.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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