学位論文要旨



No 119045
著者(漢字) 大西,順也
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,ジュンヤ
標題(和) 格子ボルツマン法による複雑流体の解析
標題(洋)
報告番号 119045
報告番号 甲19045
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5777号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 陳,
内容要旨 要旨を表示する

高分子溶液,コロイド,液晶,界面活性剤溶液などの複雑流体は水や空気などの単純流体には見られない複雑な流動特性をもつ.たとえば液晶は等方液体と同様に流れることができるがその流動特性は異方的である.また,高分子溶液は粘弾性を示す.これらの特異な流動特性は,系に内在する構造の変化と流れの変化が同時進行し,また相互作用をもつためであると考えられる.このような現象の理解には,Computational fluid dynamics(CFD)による解析が有効であるが,従来のCFD手法は複雑流体の解析に適しているとは言えない.

現在用いられる解析手法のほとんどは,連続体力学に基づいて導出された構成式を離散化し数値的に解くものであるが,複雑流体の内部構造を扱うことは難しい.また,ミクロなレベルにおいける原子・分子の運動を直接計算することは,複雑流体のミクロスケールおよびメゾスケールを詳細に解析することはできても,それらがマクロスケールにおける流れとの間にもつ相互作用を解析するには膨大な計算量を必要とし,現実的ではない.このような背景のもと,分子論的な背景は残しつつ,マクロスケールの流れを効率的にシミュレートできる流体モデルが求められ,格子ガスオートマトン(LGA)や格子ボルツマン法(LBM)といった格子ガス法の開発が進められている.

しかしながら,格子ガス法は複雑流体のモデル化に適していると期待される一方で,複雑流体の粘弾性のモデル化に関する研究は,その重要性にも関わらず,非常に少ない.このことは,格子ガス法による研究のみではなく,その他のCFD手法でも同様である.そこで本研究では,先に述べた特徴をもつ格子ガス法の一種である格子ボルツマン法を基礎とした新しい粘弾性流体モデルを提案し,検証をおこなう.また,高分子混合系エマルションなどで見られる粘弾性多相流れの解析を目的とし,開発した粘弾性流体モデルを多相モデルへと拡張する.多相モデルの適用例として,「せん断流れ場中の液滴」および「粘弾性流体中を上昇する気泡」に関する数値実験を行い,既存の理論および実験結果と比較,検討する.

本論文の構成は以下の通りである.第一章では研究背景および研究目的を述べる.第二章では本研究で開発する粘弾性流体モデルの基礎となる格子ボルツマン法の導入し,理論面から考察する.特に,格子ボルツマン法で用いる支配方程式である格子ボルツマン方程式をボルツマン方程式から直接導出し,導出した格子ボルツマン方程式が連続レベルにおいてNavier-Stokes方程式に等価になることを示す.新たな粘弾性流体モデルの詳細は第三章で述べる.粘弾性流体モデルの基礎方程式を,高分子溶液の運動論を基礎とし,離散Fokker-Planck方程式として導出する.また,導出された離散Fokker-Planck方程式が,連続レベルにおいて,線形粘弾性論で用いられるOldroyd-Bモデルと等価になることを示す.さらに,提案した粘弾性流体モデルの静的,動的レオロジー特性に関して,既存のモデルと比較,検討する.第四章では,第三章で提案する粘弾性流体モデルを多相流れに適用できるように拡張する.そして,多相モデルの適用例としておこなった「粘弾性流体のせん断流れ中にある液滴」および「粘弾性流体中を上昇する気泡」の解析結果を示す.また,解析結果を既存の理論および実験結果と比較,検討する.第五章では,結論を述べる.

審査要旨 要旨を表示する

高分子溶液、液晶、コロイド分散系などの複雑流体は、食品、医薬品、潤滑材や生体内流れなど日常生活と産業のさまざまなところに見られる。このような系の流動特性は、各種の高機能製品の開発や生体機能の解明といった実用上の観点と、また、多数の要素を含む非一様流体系の示す非平衡ダイナミックスといった学術上の観点から重要で、今後の流れ解析に課せられた主要な課題のひとつとなっている。

このような複雑流体の系は、ミクロレベルの流体構成要素の構造がマクロレベルの挙動に反映し、さまざまな流れ構造や粘弾性などのレオロジー特性を示す。一般に流体解析に用いられる平均場近似の方程式に基づく手法では、このようなミクロレベルの効果を機構的に取り入れることができない。また、分子機構から現象に即して組み立てるモデルでは、マクロレベルの解析が実用上不可能である。このため、ミクロレベルの効果をうまく取り込み、それがマクロレベルにおいて発現的に生じる特性を正しく模擬できる新たな流体解析手法が必要となってきている。

本研究は、以上を背景とし、複雑流体流れの解析に適する流体解析手法を開発し確立することを目標に、格子ボルツマン法による新しいモデル化と、さまざまな解析によるその検証、拡張を行ったものである。本論文は、このような研究の成果を5つの章にまとめている。

第1章は序論であり、研究の背景と位置付けをまとめたものである。複雑流体のモデルに関する考え方をまとめ、研究目的を述べている。

第2章は格子ボルツマン法について述べた章である。まず、格子ガスオートマトン法からの流れとして格子ボルツマン法を捉えるとともに、ボルツマン方程式の気体運動論からの導出を行い、それがチャップマン・エンスコッグ展開を通して流体方程式に帰着することを示している。また、格子ボルツマン法の基礎としての離散化の数学的背景を詳細に検討している。

第3章は本研究で開発した粘弾性流体モデルについて述べた章である。粘弾性流体の特徴を整理したのち、本研究で開発した格子ボルツマン粘弾性流体モデルについて述べている。粘弾性流体の運動論から、ダンベル状のプリミティブによる運動量交換を定式化することを提唱し、速度分布関数のほかに配位分布関数を導入している。配位分布関数のダイナミックスはフォッカープランク型の方程式で表現されるものとし、これより、平衡分布が正しく表されること、このマクロ極限での現象的な関係がオルドロイドBモデルと一致することを示している。次に、配位分布関数についてのフォッカープランク型の方程式を離散化することで配位分布関数についての格子ボルツマン方程式を導き、速度分布関数と配位分布関数の間の流体力学相互作用を考えることにより、粘弾性流体についての格子ボルツマン法を確立している。これを一様せん断流れ、クエット流れ、振動平板流れに対して適用し、応力特性、シアシニンング特性、振動時の位相特性、流速分布の時間発展などを解析解と比較し、良好な一致を得て、開発したモデルが粘弾性流体の基本特性を正しく表わすことを確認している。

第4章では、多相格子ボルツマンモデルに第3章で開発したモデルを適用し、粘弾性流体の多相流れへと拡張を行っている。まず、多相モデルにより二相の相分離が正しく解析できることを示し、次に、粘弾性流体中に分散した液滴が一様せん断場で受ける変形を解析している。液滴の変形や変形形状の配向などについて、ニュートン流体中と粘弾性流体中での挙動をそれぞれ実験および解析と定量的に比較し、良好な結果を得ている。これに続き、粘弾性流体中を上昇する気泡の解析を行い、形状変化と上昇速度を求めている。粘弾性流体中の上昇気泡は、特徴的なカスプと呼ばれる形状を示すことが実験的に知られているが、本研究では解析でこのカスプ形状が得られることを示し、これの機構として粘弾性流体を構成するプリミティブの位置と配向について議論している。

第5章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめた章である。

以上を要するに、本論文は、複雑流体の流れ解析に適用可能な新しい流体解析手法として格子ボルツマン法の拡張を提案し、その開発した手法の理論基礎を明らかにして解析アルゴリズムを明らかにしたもので、粘弾性流体を対象に、基礎特性を検証して解析および実験との比較から手法の物理的妥当性を実証し、粘弾性流体およびその多相系でのレオロジー特性や流動機構を再現して、手法としての妥当性を確認し、合わせて工学問題への適用性を示したものであり、今後の複雑流体の解析の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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