学位論文要旨



No 119052
著者(漢字) 井原,智彦
著者(英字)
著者(カナ) イハラ,トモヒコ
標題(和) 光高反射熱高放射塗料導入による建築 : 都市連成環境の環境改善効果の総合評価
標題(洋)
報告番号 119052
報告番号 甲19052
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5784号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 助教授 徳永,朋祥
内容要旨 要旨を表示する

近年,地球環境問題(地球温暖化)が問題化しており,CO2排出削減対策をとることが急務となっている.我が国のCO2排出量を部門別に分析すると,CO2排出起源のおよそ1/4を占める民生部門は,産業部門や運輸部門とは異なり,CO2排出量が増加傾向にある.民生部門は業務分野・家庭分野ともに空調負荷が全エネルギー負荷の3割を占めており,特に,建築物に関するCO2排出削減方策の導入が必要であるといえる.また,民生部門のエネルギー消費が原因のひとつであるヒートアイランド現象も重要な問題となっており,ヒートアイランド現象の緩和策の導入も必要となっている.

従来から建築物に導入するCO2排出削減技術としては断熱材の使用が最も有効であるといわれてきたが,施工後の建築物に導入するのはきわめて高コストであり,新築建築物に対する削減技術としかならない.一方,光高反射熱高放射塗料(遮熱塗料とも.以下,光高反射塗料)は,塗装するだけでその効果を発揮できるため,施工後の建築物への導入も容易である.光高反射塗料が塗装された建築外表面は,直接の環境改善効果として,塗料の持つ高い日射反射率によって,日射を高い割合で反射し,外表面の吸収日射を減少させ,室内への貫流熱を削減できるため,冷房負荷の削減,ひいてはCO2排出量の削減が見込める.また同時に,副次的な効果として,日射を高反射し,外気への顕熱輸送を減少させ,さらに冷房負荷に伴う人工排熱を削減させるため,光高反射塗料が大規模に導入された場合には,気温が低下し,さらなる冷房負荷の削減,CO2排出量の削減が見込める.このように光高反射塗料の導入は,建築物のCO2排出削減だけではなく,ヒートアイランド現象の緩和をも期待できる.

光高反射塗料導入によるCO2排出削減量は,建築環境と都市環境の相互作用を考慮して広域,通年で評価する必要がある.しかし,光高反射塗料導入による環境改善を目的とした研究では,建築環境のみの通年評価にとどまったり,あるいは夏期のみの建築-都市連成環境下での評価に終わっていたりした.同時に,建築・都市両環境のシミュレーションに用いる光高反射塗料の物性値は,実測に基づいていなかった.そこで,本研究では,物性値を計測実験によって求めるとともに,建築熱負荷計算モデルと都市熱環境計算モデルとを連成させ,光高反射塗料の環境改善効果を広域かつ通年で評価した.

建築環境での光高反射塗料導入の評価をおこなうために構築した非定常建築熱負荷シミュレーションモデルでは,建築物を多数の領域に分割し,各分割領域の代表点(温度計算点)ごとに立てた連立熱収支式を,差分法によって解を求める.本モデルでは,スカイライン法とdivide and conquer法を用いて計算負荷の削減を図ると同時に,毎時の温度計算点の温度から,毎時の各分割領域の保有熱量を算定できるようにした.また都市熱環境への影響を考慮できるようにするため,建築物の毎時の保有熱量より,エネルギー用途別に毎時の排熱量を算出するサブモデルを付加した.

また,光高反射塗料の物性値を把握するため,東京大学工学部4号館屋上に光高反射塗料を塗装したステンレス板製の立方試験体を設置し,これを長期にわたり曝露させて日射反射率を計測した.測定した反射率データから日射状態の影響を,光線追跡法に基づいて除去した結果,塗料寿命5年平均で日射反射率は0.75と特定された.

実測した光高反射塗料の日射反射率を入力値として建築熱負荷計算モデルを用いることにより,日射受熱量削減による直接効果のみを考慮した光高反射塗料導入による建築物の空調負荷削減効果を算出し,同時に標準外表面の場合と光高反射塗料を導入した場合のそれぞれの建築物からの時刻別排熱量(排熱曲線)を求めた.その結果,冷房負荷が暖房負荷を卓越する業務ビルに導入した場合,冷房負荷を370[GJ](19.4%)削減する一方,暖房負荷は260[GJ](33.1%)増加し,冷房負荷の削減量が暖房負荷の増加量を上回ることが判明した.一方,暖房負荷が冷房負荷の2.5倍に達する住宅では,冷房負荷は1.47[GJ](21.4%)削減するものの,暖房負荷は2.30[GJ](13.3%)増大し,光高反射塗料の導入は,空調負荷の増大をもたらす可能性があることが示唆された.また,得られた時刻別排熱量から,空調開始時刻直後では冷房排熱量は冷房負荷量の2倍以上にも達することが判明した.

光高反射塗料が大規模に導入された場合の都市熱環境の変化を考慮するために,引き続いて建築熱負荷計算モデルで算出した排熱量,実験で求めた光高反射塗料の日射反射率を入力値として,東京圏すべての業務ビルに光高反射塗料が導入された場合の都市熱環境計算をおこなった.季節ごとに代表日において計算をおこなったところ,光高反射塗料の導入は,季節を問わず日中で0.5[K]程度,夜間でも最大0.2[K]の気温低下を招くことが判明した.次に計算結果である気温低下量と日射量とを回帰分析して,光高反射塗料による季節ごとの気温低減効果の推定式を作成し,この推定式を拡張アメダス気象データの通年気温データに適用することにより,光高反射塗料を大規模に導入した場合の気温データを作成した.

光高反射塗料導入による環境改善効果には,日射受熱量削減による直接の効果と都市熱環境の影響である気温低下による副次的な効果とが存在する.

直接の効果としては,業務ビルではCO2排出量が0.6%増加し,一方,住宅では4.5%増加する.業務ビルにおいて冷房負荷削減量が暖房負荷増加量を上回るにもかかわらず,CO2排出量が増加するのは,業務ビルの冷暖房熱源COPに起因するものと考えられる.そこで冷暖房熱源別にシミュレーションをおこなったところ,同じ空調負荷にもかかわらず,新しい空調システムのひとつであるビルマルチでは5.2%の排出減,冷温水発生器でも1.3%減であるのに対し,旧式のターボ冷凍機+ボイラーの組み合わせでは6.7%増となることが確認された.さらに,業務ビルのOA化に伴う影響をシミュレートしたところ,現在の超高層ビル並みのOA化では6.7%,さらに従業員1人あたりPC2台のOA化では14.5%ものCO2排出減となることが判明した.また,夏期・中間期(4-10月)のみ光高反射塗料を導入する方策が実現した場合,業務ビルでは11.8%,住宅では5.4% CO2排出量が削減された.

また,光高反射塗料導入による副次的な環境改善効果として,東京圏すべての業務ビルに光高反射塗料を導入した場合,日射受熱量減少のみの評価では,業務ビルのCO2排出量は0.6%増となるが,気温低下も考慮すると,業務ビル,住宅ではそれぞれ0.8%増,0.9%増となり,気温低下による環境改善効果が一定量存在することを裏付けた.

このように光高反射塗料の導入は,既存建築物の冷房負荷の削減およびヒートアイランド現象の緩和に効果的であるが,同時に暖房負荷を増大させる.そのため,標準的な業務ビルではCO2排出量の増大を招き,一律に大規模に導入した場合は,気温低下によりさらにCO2排出量が増大する可能性があることが判明した.一方,新しい空調システムが採用されているビルやOA化が進展したビルに対しては,効果的にCO2排出を削減することがわかった.これらの特性を考えると,光高反射塗料は,空調システムが新しいビルやOA化が進展したビルが集中する街区を導入対象とすると効果的なCO2排出削減方策となりうるが,その際,導入対象の建築物への直接の効果のみならず,周辺建築物への副次的な効果をも考慮する必要があると結論づけられる.

審査要旨 要旨を表示する

近年,地球環境問題(地球温暖化)並びに都市環境問題(ヒートアイランド現象)が問題となっている.この両者共通の対策として,光高反射熱高放射塗料が挙げられる.光高反射熱高放射塗料は遮熱塗料とも呼ばれ,高い日射反射率と高い長波放射率を持つ塗料である.日射を反射することで建築外表面の吸収日射を減らし,室内温度を低下させることから,冷房需要の削減,ひいてはCO2排出量の削減が見込める.一方,地表面の日射を同じく反射することで,地表面温度を低下させ,ひいては地上気温を低下させることから,ヒートアイランド現象の緩和が見込める.

本論文は,光高反射塗料の広域・通年の影響を考慮したシミュレーションモデルの構築と,そのモデルによる光高反射塗料の評価を目的とし,9章から構成される.第1章は序論であり,研究の背景を示すとともに,既往の研究の成果と,それらの問題点を挙げ,本研究の位置づけを明確にしている.

第2章では,光高反射塗料がどのようなものであるか,現実に開発されている塗料を踏まえながら,その特性をまとめている.

第3章では,次の第4章のシミュレーションで用いるための計算条件を整備している.ミクロな建築熱負荷計算の結果を積み上げてマクロな結果とする場合,ミクロな計算において標準的な(マクロ的視野において平均的な)計算条件を用いる必要がある.

第4章では,本研究の目的の一つである建築熱負荷シミュレーションモデルの構築について述べた.建築熱負荷計算モデルとして,初めて明示的に人工排熱の計算を可能にしている.これにより,都市熱環境への影響が考慮できるようになる.

第5章では,試験体に実際に塗料を塗装し,長期暴露実験をおこなうことで,塗料の日射反射率の経時変化を計測し.光高反射塗料の日射反射率は,塗料寿命である5年平均で0.75であることを示している.また,同時に計測した気象要素と構成材料を入力値とし,第4章で開発したシミュレーションモデルを用いて,その計算結果は,実測温度と比較して,決定係数は0.988となり,構築したモデルの妥当性も示された.

第7章では,本研究で都市熱環境の計算をおこなうために使用したメソスケールモデルについて,その概要とアルゴリズムを述べている.

第6章および第8章では,建築外表面技術としての光高反射・熱高放射塗料の環境改善効果を評価した.光高反射塗料による環境改善効果には,日射受熱量削減による直接効果と,大規模に導入した場合の気温低下による副次的な効果とがある.まず直接の効果を算出し,次に都市熱環境計算と組み合わせて副次的な効果を評価している.以下にその評価を列挙する.

始めに,第4章で開発した建築熱負荷シミュレーションをおこなって,光高反射熱高放射塗料による直接の建築物のCO2排出量の削減効果を算出している.その結果, CO2排出量ベースでは,業務ビルで0.6%増,住宅で4.5%増となることを示している.ただし,新しい空調システムが採用されているビルやOA化が進展したビルに対しては,通年でもCO2排出削減となることを示している.たとえばビルマルチでは5.2%排出減,従業員1人PC2台のOA化では14.5%排出減としている.同時に,得られた時刻別排熱量から,空調開始時刻直後では冷房排熱量は冷房負荷量の2倍以上にも達することを示している.(建築:第6章)

次に,建築熱負荷計算モデルで算出した排熱量を入力して都市熱環境シミュレーションをおこなった.東京圏すべての業務ビルに一律に光高反射塗料を導入した場合,季節を問わず日中で0.5[K]程度,夜間でも最大0.2[K]の気温低下が起こる.計算結果を回帰分析して,光高反射塗料による季節ごとの気温低減効果の推定式を作成し,拡張アメダス気象データの通年気温データに適用することにより,光高反射塗料を大規模に導入した場合の通年気温データを作成している.(都市:第8章)

最後に,通年気温データを用いて,東京圏すべての業務ビルに光高反射塗料を導入した場合の建築物のCO2排出量を算定した.その結果,直接効果のみ評価では,業務ビルのCO2排出量は0.6%増となるが,気温低下も考慮すると,業務ビル,住宅ではそれぞれ0.8%増,0.9%増となり,気温低下による環境改善効果が一定量存在することを裏付けている.(建築-都市連成:第8章)

第9章は,本論文の結論である.

光高反射塗料に関しては,従来,夏期の建築-都市連成環境あるいは通年の建築環境でしか評価されず,CO2排出削減方策として評価するために必要な通年での建築-都市連成環境での評価がおこなわれていなかった.本論文は,その評価をおこなうために,明示的に人工排熱計算のできる建築熱負荷計算モデルを初めて開発し,そして都市熱環境計算と組み合わせることで,広域-通年にわたる実用的な評価手法を構築した.開発されたモデルおよび手法は,他の建築省エネ技術にも適用可能であり,民生部門のさまざまな対策の効果を評価する上で非常に有効であり,本研究の成果が大いに評価される.

また,本研究では構築したモデルを用いて光高反射塗料を評価しており,その評価結果は,今後,実際に光高反射塗料を導入していく場合の指針となるものである点も評価される.

以上,光高反射塗料の評価手法とその評価に焦点を当てた本研究において得られた成果には大きなものがある.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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