学位論文要旨



No 119054
著者(漢字) 中村,謙太郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ケンタロウ
標題(和) 太古代(3.5Ga)海底熱水変質作用とそのCO2シンクとしての重要性
標題(洋)
報告番号 119054
報告番号 甲19054
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5786号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,泰浩
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 助教授 徳永,朋祥
 東京大学 助教授 岩森,光
内容要旨 要旨を表示する

近年,地球の温暖化が多くの研究者によって指摘されている。IPCC (2001) の報告によれば,この100年で地球の気温は約0.6℃上昇しており,その主な原因は人間の工業活動等によるCO2の排出増加(特に化石燃料の消費)であるとされる。この地球の温暖化は,大規模な気候変動を引き起こすと考えられており,人類の解決すべき重要な問題となっている。このようなCO2問題を考える上で,そもそも地球がどのようなシステムで大気-海洋のCO2をコントロールしているのかということを理解することは重要である。特に,太古代と呼ばれる非常に古い時代(25億年以前)の地球大気には,極めて大量のCO2が存在していたことが知られており(Tajika and Matsui, 1992 ; Kaufman and Xiao, 2003), そのような高い大気CO2濃度条件下の地球表層において, CO2がどのように循環し,固定されていたのかを知ることは,現在のCO2問題を検討・解決していく上でも重要な手がかりを与えてくれると考えられる。そこで本研究では, 太古代初期の地球において,大気-海洋のCO2がどのようなシステムによって,地殻に固定されていたのかを明らかにすることを目的として,西オーストラリア,Pilbara 地塊, Marble Bar 地域に分布する太古代初期(3.5Ga)の緑色岩を地質学的,地球化学的に検討した。

Pilbara 地塊は,西オーストラリア州の北部に分布する太古代・原生代地質体である。 Pilbara 地塊は,太古代の地質体としては最も変成・変形作用が弱いことが知られており,太古代の初生的な情報を得るのに最適なフィールドとされている(Barley, 1993)。.研究地域の Marble Bar は, Pilbara 地塊の東部に位置し,約35億年前の年代を示す Warrawoona 層群の緑色岩類が分布する。調査地域には,枕状構造を呈する玄武岩類とそれを整合に覆って堆積する熱水性層状チャートが繰り返し分布する。これらは, Fe に富んだソレアイト質玄武岩と厚い層状チャート(最大50m)からなるユニットと, Mg に富んだコマチアイト質玄武岩と薄い層状チャート(最大数m)からなるユニットに分けられる。このうち,本研究で研究対象としたのは前者のソレアイト質玄武岩ユニットである。本ユニットは,地質学的な特徴と,玄武岩および熱水性層状チャートの化学組成から,当時の海洋地殻であると考えられる。玄武岩は炭酸塩化作用と珪化作用を主とする強い変質作用を受けている。この変質作用は,当時の海底面に堆積した熱水性層状チャートの直下の玄武岩で非常に強いのに対して直上の玄武岩では弱く,玄武岩の変質作用が当時の海底熱水変質作用によるものであることを示唆する。

研究地域から採取された試料は,鏡下における火成岩組織の違いから,ドレライトと玄武岩に大別することができる。ドレライトは比較的変質が少なく,初生的な造岩鉱物である単斜輝石が一部残存している。一方,玄武岩は全ての造岩鉱物が変質鉱物によって完全に置換されている。ドレライトの変質鉱物組み合わせは,一般的な緑色片岩相の変質鉱物組み合わせ(緑泥石+緑簾石+アクチノ閃石+石英+曹長石)を示すのに対して,玄武岩は炭酸塩鉱物を含む変質鉱物組み合わせ(炭酸塩鉱物+緑泥石+石英+白雲母)で特徴付けられる。玄武岩に特徴的に認められる炭酸塩鉱物の産状には,造岩鉱物およびガラスを置換して出現するもの,インターピロースペースを充填して出現するもの,そして細脈や空隙を充填して出現するものがある。EPMAによる鉱物化学組成の分析から,これらの炭酸塩鉱物は,方解石,アンケライト,シゲライトであり,ドロマイトとマグネサイトは出現しないことがわかる。本研究試料に認められる炭酸塩鉱物の炭素同位体比(δ13CPDB)は, 0‰付近をピークとした狭い範囲の値を示す。このような特徴は,これらの炭素が海水に由来することを示唆し,玄武岩から脱ガスしたCO2や,後の時代の変質および風化作用の影響がいずれも少ないことを示している。

この玄武岩の炭酸塩化作用は, CO2に富んだ熱水 (海水)と,岩石中のCa, Fe, Mgを含む鉱物との反応によって説明することができ,本研究試料が受けた炭酸塩化の反応は,ドレライトと玄武岩に認められる変質鉱物の違いから以下のように記述できる。

3Ab+2Ep+2H2O+4CO2+3K+=3Ms+6Qtz+4Cal+3Na+

2Ep+3Act+10CO2+8H2O=10Cal+3Chl+21Qtz

Act+3Cal+7CO2=5Ank+8Qtz+H2O

Act+7CO2=2Ank+3Sid+8Qtz+H2O

Chl+Ab+5Cal+5CO2+K+=Ms+5Ank+3Qtz+3H2O+Na+

Chl+Ab+5CO2+K+=Ms+5Sid+3Qtz+3H2O+Na+

ここで, Abは曹長石, Epは緑簾石, Msは白雲母, Qtzは石英, Calは方解石, Act はアクチノ閃石, Chlは緑泥石, Ankはアンケライト, Sidはシデライトを表す。この反応の温度条件は,アクチノ閃石の出現温度から, 300℃以上であったと考えることができる。また,炭酸塩化作用の圧力条件と熱水のCO2濃度は,上述の反応の熱力学的な解析から,それぞれ200bar 以上(水深にして>2000m), 1 mol%以上であったと見積もられる。この結果から,太古代の熱水(海水)のCO2濃度が現在よりも100倍以上高かったことが示され,この高いCO2濃度が太古代の海洋地殻の炭酸塩化作用をもたらしたと考えられる。また,反応に関与する岩石中のCaと熱水中のCO2のマスバランスから,この反応に必要な水/岩石比は,少なくとも2.6以上であると見積もられる。このことから,炭酸塩化作用が空隙率が高く透水性の良い枕状玄武岩では進みやすく,逆に空隙率が低く透水性の悪いドレライトでは進行しにくかったことが示唆される。

玄武岩の全岩化学組成は,変質の少ないドレライトと比較して, K, Rb, Baに富み, Naに乏しい。これは,炭酸塩化作用に伴う斜長石の分解と白雲母の生成に伴って, K, Rb, Baが熱水から付加され, Naが熱水中に溶脱されていったことを示している。また,これらの玄武岩には炭酸塩鉱物の生成に伴ってCO2の顕著な付加が認められるが,それに伴うCaの増加は認められない。このことは,炭酸塩鉱物を構成しているCaが, もともと玄武岩中に含まれていたものであることを意味し,太古代の炭酸塩化作用において,海洋地殻がそれ自身の持つCaを用いて海水中のCO2を固定していたことを表している。

この炭酸塩化作用によって,太古代の海洋地殻に炭酸塩鉱物として固定されたCO2のフラックスは,変質岩に固定されるCO2の量と, 1年間に変質を被る海洋地殻の量を積算することで見積もることができる。このとき, 1年間に変質を被る海洋地殻の量は,海底拡大速度と変質深度の積で与えられる。本研究の全岩化学分析結果から,玄武岩試料に炭酸塩鉱物として固定されているCO2は, 1.4×10-3mol/gと求められる。また変質深度は,本研究結果と Kitajima et al. (2001) によって報告された太古代海洋地殻の値から, 500〜1000mとした。太古代の海洋底拡大速度は,一般的に現在よりも速かったと考えられており,マントルの熱的進化を考慮したモデルからは,現在より10倍程度高い値が見積もられている(例えば, Hargraves, 1986)。 しかし, Tajika and Matsui (1993) は, 40Arディガッシングモデルから現在と同程度の値を見積もっており,太古代の海底拡大速度に関する議論には,現在まで結論は出ていない。そこで,本研究では両方の見積もりを範囲として与えた。これらの条件から,太古代海洋地殻に炭酸塩鉱物として固定されるCO2のフラックスは0.71〜14×1013mol/yrと見積もられる。

本研究によって見積もられた太古代初期の海底熱水変質作用によるCO2固定フラックスは,現世の地球において主に炭酸塩堆積物の沈殿と有機炭素の埋没によって固定される総CO2フラックスと同等か,もしくはそれよりも大きい。このことは,大気の二酸化炭素濃度が非常に高かった太古代初期の地球において,海洋地殻の炭酸塩化作用が主要なCO2シンクであったことを示唆する。海洋地殻は大陸地殻に比べてCaの含有量が数倍多く,その生産量も大陸地殻よりはるかに多い。したがって, CO2を固定するためのCaの供給源として優れていると言える。そのため,海洋地殻の炭酸塩化作用は,太古代の大気-海洋系に存在した膨大なCO2を固定するのに非常に適したシステムであったと考えられる。

現在,人類が排出したCO2を固定・隔離するための有力な方法の一つとして,液化CO2の深海への投入が検討されている。しかし,不安定な液化CO2の長期間の海底への貯留は,シャンパン現象などのリスクを伴う。また,現在の深海に投入されたCO2は,海水中のCaと反応して炭酸塩鉱物として沈殿することはできず,比較的短期間で大気に戻ってしまう可能性が高い。一方,本研究は投入されたCO2が熱水変質作用によって海洋地殻中のCaと反応すれば,炭酸塩鉱物として海洋地殻に固定される可能性があることを示した。そのために,今後CO2の投入先として,熱水活動の存在が知られている海嶺近傍〜山腹部が重要な研究ターゲットとなりうると言える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,西オーストラリア,ピルバラ地塊,マーブルバー地域に分布する初期太古代(3.5 Ga)の緑色岩を詳細な地質調査をもとに系統的に採取し,光学顕微鏡による岩石組織および造岩/変質鉱物の観察,EPMAによる鉱物の化学組成分析,XRFとICP-MSによる主成分・微量元素分析,カーボンディターミネータによるCO2含有量測定,同位体質量分析計による炭素・酸素同位体分析を行い,その結果にもとづいて,大気−海洋系のCO2濃度が非常に高かった太古代の地球において海洋地殻の炭酸塩化作用が主要なCO2シンクであったことを明らかにした.

本研究地域から採取された試料は,鏡下における火成岩組織の違いから,ドレライトと玄武岩に大別される.ドレライトは比較的変質が少なく,初生的な造岩鉱物である単斜輝石が一部残存しているが,玄武岩は全ての造岩鉱物が変質鉱物によって完全に置換されている.ドレライトの変質鉱物組み合わせは,一般的な緑色片岩相の変質鉱物組み合わせ(緑泥石+緑簾石+アクチノ閃石+石英+曹長石)を示すのに対して,玄武岩は炭酸塩鉱物を含む変質鉱物組み合わせ (炭酸塩鉱物+緑泥石+石英+白雲母) で特徴付けられる.EPMAによる鉱物化学組成の分析から,これらの炭酸塩鉱物が方解石,アンケライト,シデライトであることが確認された.炭素同位体比 (δ13CPDB) は,0‰付近をピークとした狭い範囲の値を示す.このことから,これらの炭素が海水に由来するものであることが明らかにされた.

玄武岩の炭酸塩化作用は,CO2に富んだ熱水(海水)と,玄武岩中のCa, Fe, Mgを含む鉱物との反応によって説明できることが示された.反応の温度条件は,アクチノ閃石の出現温度から,300oC以上であったと予想される.また,炭酸塩化作用の圧力条件と熱水のCO2濃度は,熱力学的な解析から,それぞれ200bar以上 (水深にして>2000m),1 mol%以上であったと見積もられた.この結果から,太古代の熱水(海水)のCO2濃度が現在よりも100倍以上高かったために,海洋地殻の炭酸塩化が進んだことが明らかにされた.また,反応に関与する岩石中のCaと熱水中のCO2のマスバランスから,この反応に必要な水/岩石比は,少なくとも2.6以上であったと見積もられた.

玄武岩の全岩化学組成は,K, Rb, Baに富み,Naに乏しい.これは,炭酸塩化作用に伴う斜長石の分解と白雲母の生成に伴って,K, Rb, Baが熱水から付加され,Naが熱水中に溶脱されていったことを示す.また,これらの玄武岩には炭酸塩鉱物の生成に伴ってCO2の顕著な付加が認められるが,それに伴うCaの増加は認められない.このことから,太古代の炭酸塩化作用において,海洋地殻がそれ自身の持つCaを用いて海水中のCO2を固定していたことが明らかとなった.

この炭酸塩化作用によって太古代の海洋地殻に炭酸塩鉱物として固定されたCO2のフラックスは,本研究によって得られた地質学的,地球化学的データから0.71〜14×1013 mol/yrと見積もられた.このフラックスは,現在の地球における総CO2フラックス(炭酸塩堆積物の沈殿と有機炭素の埋没によって固定されるフラックス)と同等か,もしくはそれよりも大きい.このことから,大気の二酸化炭素濃度が非常に高かった太古代初期の地球表層において,海洋地殻の炭酸塩化作用が主要なCO2シンクであったと結論された.太古代に比べて大気・海洋のCO2濃度が低い現在の海洋地殻では炭酸塩化は起こっておらず,炭素固定能力はほとんど使われていない.本研究から,今後人類がCO2の処分を考えていく際に,この海洋地殻の持つポテンシャルの利用を考える価値があることが示唆された.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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