学位論文要旨



No 119056
著者(漢字) 宮本,大輔
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,ダイスケ
標題(和) 光リビングラジカル固相重合法による水溶性ポリマーの精密合成とそれを用いたバイオコンジュゲートの特性
標題(洋) Precise synthesis of water-soluble polymer by photoinduced living radical solid phase polymerization and characterization of bioconjugates using its polymer
報告番号 119056
報告番号 甲19056
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5788号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 講師 高井,まどか
内容要旨 要旨を表示する

近年のバイオテクノロジーの進歩に伴い、高い生理活性を有するタンパク質などのバイオ分子が大量かつ高純度で入手できるようになり、これらを効果的に広範囲で応用することに大きな期待がかかっている1)。応用例の一つとして、バイオ分子に合成ポリマーを修飾しハイブリッド体を形成することにより、バイオ分子の高機能性を維持したまま安定性および耐久性を高めることがある。このハイブリッドタンパク質のポリマーには(1)分子量分布が狭いこと(2)末端基を含めて構造が明確であること(3)反応性官能基を有すること(4)水溶性であること(5)ハイブリッド体とした際にバイオ分子に対して悪影響を与えないことが要求される。一般にポリエチレンオキサイド(PEO)など水溶性ポリマーが利用されてきた。一方で、高度に機能化されたハイブリッド体を創製するためには利用するポリマーのバリエーションを増やすことも重要である。PEGは末端に官能基を担持させる合成法が最近開発されてきているものの分子中に任意の官能基を導入する合成が難しい。そこで、本研究では様々な化学構造を有するビニルモノマーに利用するために、ポリマー鎖の末端反応性基とポリマーを構成するモノマーユニットのシークエンスを同時に制御して合成する方法を新たに開拓し、バイオハイブリッド用ポリマーのバリエーションを増やすことを目的とする。すなわち、本研究では光リビングラジカル重合法と固相重合法を組み合わせ精密に構造が制御されたポリマーを作製した。

バイオ分子を合成ポリマーにより化学修飾し安定性や耐久性などバイオ分子に欠落している性質を付与することができれば、高い生理活性を有しているバイオ分子の応用性が飛躍的に高まり、薬学、医学、工学、農学、バイオ分野全体に大きな福音をもたらすものと思われる。

光リビングラジカル固相重合法

末端に官能基を有し、精密、容易に合成できるバイオコンジュゲート用水溶性ポリマーの合成を試みた。イニファータを固相担体表面にアミド結合とエステル結合を介して結合させた。その後、光リビングラジカル重合を行いMPCポリマーを固相担体上に導入した。さらに、ポリマーと固相担体間のアミド、エステル結合を切断した。それぞれの反応は、固相担体表面のESCA、FT-IR測定により、進行していることが確認された。

MPCポリマーの修飾によるバイオ分子に与える影響

バイオ分子に修飾するためのMPCポリマーを光リビングラジカル重合法により合成した。このポリマーは末端にカルボキシル基を有しており、分子量(5k)もイニファータとモノマーの仕込み濃度と一致し、さらに分子量分布も狭かった。そして、このポリマーをアミド結合を介してパパインに修飾した。その修飾率(パパインのアミノ基の総数に対する)は22 %と42 %であった。これらのバイオコンジュゲートの25, 40 ℃における安定性をpH 6.1, PBS中で評価した。いずれのバイオコンジュゲートにおいても25, 40 ℃いずれの条件下でも28日間、初日のヘリックス含量を維持し続けた。さらに40 ℃では、28日間、初日の75 %以上の酵素活性を維持し続けた。これらの結果より、MPCポリマーをパパインに修飾することにより、パパインの自己消化とコンフォメーション変化を抑制されることが確認された。25 ℃においては、初期段階においてバイオコンジュゲートの酵素活性は減少するが、その後、徐々に回復し、最終的には初日の酵素活性値まで戻ることが観察された。これはバイオコンジュゲートの溶存状態の変化によるものであると考えられた。

パパインに修飾するMPCポリマーの至適修飾率と分子量の検討

末端にカルボキシル基を有し、狭い分子量分布を持つ、様々な分子量のMPCポリマーを光リビングラジカル重合法により作製した。これらのMPCポリマーをアミド結合を介してパパインに修飾した。修飾率一定の条件下で、修飾したポリマーの分子量の増加(5k-20k)に伴って、修飾後のバイオコンジュゲートのヘリックス含量、酵素活性共に減少した。さらにこれらのバイオコンジュゲートの40 ℃における保存安定性も修飾したポリマーの分子量の増加に伴って減少した。しかし、修飾率を減少させた条件下で、分子量40kのポリマーを修飾したとき、修飾後のバイオコンジュゲートのヘリックス含量はほとんど減少しなかった。さらに、40 ℃で28日間、初日の酵素活性を維持し続けた。

修飾するポリマーの分子量の増加に伴いバイオコンジュゲートの保存安定性は低下するが、修飾率を制御すれば、バイオコンジュゲートの安定性を保つことが示された。

パパインに修飾するポリマーの分子設計

末端にカルボキシル基を有し、分子量分布の狭い、水溶性、両親媒性のリン脂質ポリマー、poly(MPC-random-BMA)、poly(MPC-block-BMA)(分子量10k)を光リビングラジカル重合法により作製した。これらのポリマーをアミド結合を介してパパインに修飾し、ポリマー中のBMAユニット量の違いによる酵素活性と安定性に及ぼす影響を調べた。これらのバイオコンジュゲートの修飾率は16-19 %で、一定であった。

モノマーのシークエンスとBMAの組成を制御することにより、BMAを含むMPCポリマーは効果的にバイオコンジュゲートの安定性を高めることが確認された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、合成ポリマーを利用したバイオコンジュゲート手法によるバイオ分子の長期安定化、高機能化を目指して、合成ポリマーの光リビングラジカル固相重合法による新規合成法の開拓および分子設計法に関する研究をまとめたものである。近年のバイオテクノロジーの進歩に伴い、高い生理活性を有するタンパク質などのバイオ分子が大量かつ高純度で入手できるようになり、これらを効果的に広範囲で応用することに大きな期待がかかっている。すなわち、バイオ分子に合成ポリマーを修飾しバイオコンジュゲートを形成することにより、バイオ分子の高機能性を維持したまま安定性および耐久性を高めることができる。現在まで、バイオコンジュゲーション用ポリマーとして、一般にポリエチレンオキサイド(PEO)など水溶性ポリマーが利用されてきたが、PEOは末端に官能基を担持させる合成法が最近開発されてきているものの分子中に任意の官能基を導入する合成が難しい。本研究では、バイオコンジュゲーション用ポリマーのバリエーションを増やすことを目的とし、官能基導入やシークエンスの制御などが容易な新規合成法(光リビングラジカル固相重合法)の開拓および有効性を検討、さらにはバイオ分子を長期安定化させる合成ポリマーの至適分子構造設計について検討したもので、全6章よりなる。

第1章では、従来のポリマー合成法、分子設計法、バイオコンジュゲート作製法の研究および本研究で使用された2-メタクリルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)ポリマーの特性について概観し、本研究の目的、位置づけ、独創性、工学的意義について述べている。

第2章では、本研究で新規に提案された光リビングラジカル固相重合法の有効性について検討している。重合の開始点となるイニファータユニットを固相担体(キトサン骨格のキトパール)に導入後、光照射によりMPCをグラフト重合する方法について検討している。さらに固相担体からその結合点を加水分解し、末端に官能基を有するMPCポリマーを分離している。それぞれの反応は、フーリエ変換赤外分光(FT-IR)分析法、X線光電子分光(XPS)分析法により確認され、新規な光リビングラジカル固相重合法のバイオコンジュゲート用ポリマーの合成法、分子設計法への有効性を示している。

第3章では、バイオコンジュゲーション用ポリマーとしてのMPCポリマーの有効性を検討している。ここで、タンパク質製剤としての有効性の観点から、加水分解酵素であるパパインをモデルバイオ分子として選択している。MPCポリマーを修飾したパパインは保存温度25 ℃においては4週間、初期の二次構造を維持し続けたが、酵素活性は測定開始から一度初期値の約半分まで低下し、その後、徐々に回復し、4週間後には初期値まで回復する結果を見出している。この原因が、バイオコンジュゲートの凝集と解離によるものである可能性を示している。また、保存温度40 ℃という高温条件においても、4週間、高い酵素活性および二次構造を維持し続けることより、MPCポリマーがバイオコンジュゲーション用ポリマーの骨格になることを明確に示している。

第4章では、パパインに修飾するMPCポリマーの至適分子量、至適修飾率を検討している。様々な分子量のMPCポリマーを異なる修飾率でパパインに修飾し、そのバイオコンジュゲートの二次構造、酵素活性変化を観察した結果、修飾率一定の条件下では、修飾ポリマーの分子量増加と共にバイオコンジュゲートの二次構造変化が大きくなり、安定性も低下するが、修飾ポリマーの分子量を増加させても修飾率を低下させれば、二次構造変化が小さくなり、安定性も上昇した。これらより、修飾ポリマーの分子量と修飾率を制御することがバイオコンジュゲートを高機能にするためには重要であることを結論している。

第5章では、パパインに修飾するポリマーの至適分子構造設計について検討している。バイオ分子の安定性には微少空間における分子運動性が関与しているという仮定をたて、これを証明している。すなわち、分子運動性を抑制できるポリマー構造を設計し、疎水性ユニットであるn-ブチルメタクリレート(BMA)とMPCとのモノマーシークエンスを考慮した共重合体を合成している。これらをパパインに修飾し、バイオコンジュゲートの特性を観察した結果、バイオ分子近傍に少量のBMAユニットが存在し、外側にMPCユニットが存在することで、効果的にバイオ分子の分子運動性を抑制し、バイオコンジュゲートの安定性を上昇させること明らかにしている。

第6章では、本論文を総括し、本研究の成果が工学的にどのような波及効果があるかについて解説している。光リビングラジカル固相重合法の意義、高い安定性を示すバイオコンジュゲートの応用例を示し、本研究の工学的意義を明らかにしている。

以上を要するに、本研究は、光リビングラジカル固相重合法開拓を通して、種々ポリマー分子構造を有するバイオコンジュゲートの創製を達成し、得られたバイオコンジュゲートが高温でも長期間活性を維持することを明らかにしたもので、マテリアル工学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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