学位論文要旨



No 119057
著者(漢字) 小川,涼
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,リョウ
標題(和) セグメント化ポリウレタン/リン脂質ポリマーアロイのナノ構造制御と機能発現
標題(洋) Preparation and Functions of Segmented Polyurethane/Phospholipid Polymer Alloy with Nano-Scale Regulated Structure
報告番号 119057
報告番号 甲19057
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5789号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 助教授 米山,隆之
内容要旨 要旨を表示する

近年、検査・診断の技術、人工臓器や薬剤といった治療技術の進歩に伴い、医療は高度に発展してきた。医療用に新たに開発された技術は材料と密接な関わりを持つため、人工臓器や医用材料の開発が重要視され、生体に優しい材料、すなわちバイオマテリアルの開発に対する要請がますます強くなってきている。

バイオマテリアルの中でもポリマーは人工的に合成することで、機械的強度、生体との親和性、加工性などを自在にコントロールし、優れた特性を実現することができる。しかしながら現在主に利用されているポリマーは、可塑化ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート(PET)といった工業汎用材料であり、経済性、生産コスト、そして加工性といった点が重視され、生体適合性には問題がある。

ポリマー・バイオマテリアルのひとつであるセグメント化ポリウレタン(SPU)はマルチブロックポリマーであり、熱可塑性を有する優れたエラストマーであり、生体内埋込み用の材料として実際に医療で応用されている。しかし、既存の材料同様、生体と接触して使われた際、タンパク質吸着、亀裂の発生など諸問題が発生している。SPUの優れた特性を活かし、人工心臓、カテーテル、人工血管、ペースメーカーなどの材料として今後さらに積極的に応用していくために、その生体適合性の改善が強く求められている。

本論文では、マトリックスとしては優れた機械的特性を発現するSPUを、生体適合性を改善する修飾材としては2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)ポリマー用いることを企画した。本研究の成果が社会に与える波及効果を考慮し、既存の材料であるSPUを用いた。また、MPCポリマーは、細胞膜を構成するリン脂質の極性基であるホスホリルコリン基を側鎖に有するメタクリル酸エステルであることから、さまざまなモノマーと共重合させることが可能であり、非常に広範な特性を持たせることができる。また、ホスホリルコリン基は生体由来の構造を持っており、生体に対する悪影響を抑制することができる。これらの点を考慮し、MPCポリマーを修飾材として利用した。

生体適合性を判断するには、材料と生体との界面がきわめて重要になる。本研究は、SPU / MPCポリマーアロイの設計に際し、生体分子のスケール(数10 nm〜数100 nm)に着目し、ナノオーダーで構造を制御し、SPUとMPCポリマーの長所を充分に引き出す革新的な材料設計を試みている。過去、MPCポリマーおよびSPU / MPCポリマーアロイに関する研究は行われてきたが、ポリマーアロイの調製方法を基盤とし、その構造および機能を系統立てて研究することは世界でも類を見ない。

本研究では、ブレンド法およびグラフト共重合法を用い、ポリマーアロイを作成した。ブレンド法では、熱力学的な視点からブレンド法によるポリマーアロイの作成条件を検討し、グラフト共重合法では化学的な反応機構を検討することで、SPU / MPCポリマーアロイの構造制御を試みた。

本論文第二章から第四章では、SPUとMPCポリマーを溶液キャスト法を用いブレンドしポリマーアロイを作成した。第二章から第四章で用いたMPCポリマーとして、MPCと疎水性でありSPUとの相溶性を期待できるメタクリル酸エステル(2-エチルヘキシルメタクリレート)をモル比3:7で共重合させたポリマーを使用した。ブレンドという化学結合を利用していない修飾方法を用いても生体環境下での溶出を抑制すべく、MPCポリマーが水と不溶となるこの構造を設計した。溶液キャスト法では、SPUおよびMPCポリマーを有機溶媒に溶解させ、溶液状態で混合を行い、キャストすることでポリマーアロイ膜を調製し、実験に用いた。本論文第五章においては、光グラフト重合法を用い、SPU表面にポリMPC(MPCホモポリマー)をグラフトすることで表面にポリMPCの層が構築されたポリマーアロイを作成し、実験に用いた。

本論文第二章では、ポリマーアロイの構造を制御するため、まずポリマーアロイ中のMPCポリマー組成比を変化させた。10 wt%までMPCポリマーを添加してもポリマーアロイの機械的性質に変化はないが、20 wt%のMPCポリマーを添加するとポリマーアロイの機械的性質が著しく低下することがわかった。次に、ポリマーアロイ調製時のポリマー溶液混合状態に着目し、混合時に施す超音波照射処理を変化させた。ポリマーアロイ作成時の超音波照射には、ポリマー鎖を振動させることでSPUとMPCポリマーの混合を促進することを期待している。この超音波照射という熱力学的なファクターを制御することで、ポリマーアロイの構造を制御し、SPUとMPCポリマーが目的とする生体分子のレベルで混合したポリマーアロイを作成できる条件を見いだすことを本章では試みた。ポリマーアロイ膜作成時に超音波照射過程の時間および出力を変化させた場合、時間および出力のいずれを変化させた場合においても、超音波処理が充分でないポリマーアロイについて、熱分析を用いナノオーダーの相分離状態を確認すると、室温よりも高温域において相の混合による発熱が確認された。つまり、室温においてSPUとMPCポリマーが相分離しており、充分な混合状態に至っていないことがわかった。以上の結果より、SPUとMPCポリマーがナノスケールで相溶させることを可能とするポリマーアロイの作成条件を明らかにすることができた。

本論文第三章では、SPUにブレンドするMPCポリマーの分子量を変化させ、SPUとMPCポリマーの相溶性を検討した。分子量3万および分子量7万のMPCポリマーを合成し、SPUに添加し、ポリマーアロイを作成した。いずれのMPCポリマーもSPUと相溶した。しかし、7万のMPCポリマーをブレンドしたポリマーアロイでは、SPUや3万のMPCポリマーをブレンドした系に比べ、若干ではあるが機械的性質の低下が確認された。さらに、この7万のMPCポリマーをブレンドしたポリマーアロイは、ハードセグメントの水素結合が切られ、その結晶構造が乱されることが明らかとなった。ハードセグメントの結晶構造が乱された場合、水中におけるハードセグメントと水の相互作用が増加しウレタン結合が加水分解する可能性が上昇する。こういった点を考慮しても、ポリマーアロイを作成する場合、分子量が3万のMPCポリマーをブレンドするほうが望ましいことがわかった。また、本章で作成したポリマーアロイは、SPUに比べタンパク質の吸着を抑制する効果を発現することも明らかとなった。

本論第四章では、SPUにMPCポリマーをブレンドし、ポリマーアロイの熱可塑性について検討した。ポリマーアロイの熱特性は、SPUと大きな変化はなく、130℃で軟化することがわかった。軟化点を考慮し、150℃において熱成形処理を行うと、ポリマーアロイを容易に成形加工することができた。また、ポリマーアロイの熱耐性を調べたところ、SPUよりは低下するものの、本研究で用いた熱成形処理温度では安定に存在することが確認された。さらに、MPCポリマーについても、この熱成形処理温度において、化学構造を維持できることが明らかとなった。このポリマーアロイは熱処理においても相分離を発生せず、機械的質もすぐれ、かつ、優れた生体適合性を発現することがわかった。また、医療用材料として欠かすことのできない加熱による滅菌処理にも充分耐えうる性能を有することが明らかとなった。

本論文第五章では、SPU表面にポリMPCをグラフトし、ポリマーアロイを作成した。グラフト条件を制御することで、このグラフト層でSPU表面をほぼ完全に被覆することができ、この層の厚みが20nm程度であることがわかった。表面がポリMPCで完全には覆われていない場合でも、その親水性が向上することがわかったが、タンパク質の吸着抑制効果は表面に存在するポリMPCの量が多いほど高いことが明らかとなった。

本論文では、マトリックスであるSPUに生体適合性を持つMPCポリマーを導入し、これら異種のポリマーが構築する構造を生体分子と同じオーダーで制御することに成功し、医療デバイス用マテリアルとして応用可能な優れた生体適合性を発現するポリマーアロイを創製した。本研究は実用段階を強く意識した新規なポリマーアロイを設計する手法を確立した。本研究の成果は、福祉医療が重要視されていく現在の社会情勢の中、今後需要の増すバイオマテリアルの進歩に寄与し、人間社会の発展に大きく貢献すると確信する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、現在医療デバイス材料として利用されているセグメント化ポリウレタン(SPU)を高い生体適合性を示す2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)ポリマーで修飾し、優れた生体適合性と機械的性質を兼ね備えた新規なポリマーアロイエラストマーに関する研究をまとめたものである。SPUとMPCポリマーが形成する構造を生体分子のスケールで制御し、生体適合性が問題視されてきたSPUを改質し、その医療デバイスへの応用性を検討したもので、全六章よりなる。

第一章では、従来のSPUの問題点を整理し、これを解決する改質手法(ポリマーアロイ化)について概観している。そしてMPCポリマーを用いたSPUの改質の有効性について提案し、本研究の目的、位置づけ、新規性、材料学の分野での意義を述べている。

本論文第二章から第四章では、SPUとMPCポリマーから成る溶液ブレンド手法を検討し、作製したポリマーアロイの特性について述べている。ここでは、MPCポリマーとSPUとの相溶性、ミクロ分散性を考慮した分子設計として、ポリマーのガラス転移温度が低く、分子構造がSPUのソフトセグメントに類似するメタクリル酸エステル(2-エチルヘキシルメタクリレート)とMPCとのポリマーを選択している。このMPCポリマーは非化学結合型の修飾方法によっても生体環境下あるいは動的環境下においても容易に脱離・溶出しないように、水に不溶となる設計がなされている。ブレンド手法において、SPUおよびMPCポリマーの溶解度パラメータを参照して溶媒を選択し、溶液状態で混合を行い、キャストすることでマクロ的に均質であるポリマーアロイ膜を調製している。

第二章では、ポリマーアロイの構造を制御するため、まずポリマーアロイ中のMPCポリマー組成比について検討している。10 wt%までMPCポリマーを添加してもポリマーアロイの機械的性質に変化はないが、20 wt%のMPCポリマーを添加するとポリマーアロイの機械的性質が著しく低下することを見いだしている。次に、ポリマーアロイ調製時のポリマー溶液混合状態に着目し、混合時に施す超音波照射処理を変化させている。ポリマーアロイ作製時の超音波照射には、ポリマー鎖を振動させることでSPUとMPCポリマーの混合を促進することを期待している。この超音波照射の時間および出力を制御することで、ポリマーアロイの構造を制御し、SPUとMPCポリマーが目的とする生体分子のスケールで混合したポリマーアロイを作製できる条件を見いだした。ポリマーアロイ膜作製時に超音波照射過程の時間および出力を変化させた場合、熱分析を用いナノオーダーの相分離状態を確認すると、時間および出力のいずれを変化させた場合においても、超音波処理が充分でないポリマーアロイについて、室温よりも高温域において相の混合による発熱が確認された。つまり、室温においてSPUとMPCポリマーが相分離しており、充分な混合状態に至っていないことを明らかにしている。以上の結果より、SPUとMPCポリマーがナノスケールで相溶させることを可能とするポリマーアロイの作製条件を規定している。

第三章では、SPUにブレンドするMPCポリマーの分子量を変化させ、SPUとMPCポリマーの相溶性を検討している。分子量3×104および分子量7×104のMPCポリマーを合成し、ポリマーアロイを作製した。いずれのMPCポリマーもSPUと相溶する条件を見いだし、ポリマーアロイを作製している。ポリマーアロイの機械的性質を評価すると、分子量の大きなMPCポリマーをブレンドしたポリマーアロイでは、SPUや分子量の小さいMPCポリマーをブレンドした系に比べ、若干ではあるが機械的性質の低下が確認された。相溶状態については、分子量が小さいMPCポリマーの方が構築するドメインの大きさが小さくなることが確認された。このことから、分子量の小さいMPCポリマーは、界面エネルギーが小さく、SPUと良好な相溶性を発揮すると考察された。さらに、分子量の大きいMPCポリマーをブレンドしたポリマーアロイは、ハードセグメントの水素結合が切られ、その結晶構造が乱されることが明らかとなった。ハードセグメントの結晶構造が乱された場合、水中におけるハードセグメントと水の相互作用が増加しウレタン結合が加水分解する可能性が上昇する。これらより、ポリマーアロイを作製する場合、分子量を考慮に入れることが大切であると結論している。また、MPCポリマーをブレンドしてポリマーアロイ化することで、SPUに比べタンパク質の吸着を有意に抑制することが明らかとなった。これは表面近傍にMPCポリマーの濃縮が起きているためであると考えられた。

第四章では、SPUにMPCポリマーをブレンドし、ポリマーアロイの熱可塑性について検討している。ポリマーアロイの熱特性は、SPUと大きな変化はなく、130℃で軟化することを確認している。軟化点を考慮し、150℃において熱成形処理を行うと、ポリマーアロイを容易に成形加工可能であることを見いだしている。また、ポリマーアロイの熱耐性を調べたところ、SPUよりは低下するものの、ここで用いた熱成形処理温度では安定に存在することを確認している。さらに、MPCポリマーについても、この熱成形処理温度において、化学構造を維持できることを示している。このポリマーアロイは熱処理においても相分離を発生せず、機械的性質も優れ、かつ、優れたタンパク質吸着抑制および血液適合性を発現することがわかった。また、バイオマテリアルとして欠かすことのできない加熱による滅菌処理条件にも充分耐えうる性能を有することを明らかにしている。

第五章では、ブレンド法とは異なり、光グラフト重合法によりポリマーアロイの調製を検討している。グラフト重合法の場合、MPCポリマーが化学結合により安定にSPU表面に修飾されるとともに、MPCポリマー層をSPU表面に容易に制御して導入できると考えられる。このグラフト条件を制御することで、MPCポリマーグラフト層でSPU表面をほぼ完全に被覆することができ、この層の厚みが20nm程度であることを明らかにしている。表面がMPCポリマー鎖で完全には覆われていない場合でも、その親水性が向上することを示しているが、タンパク質の吸着抑制効果は表面に存在するMPCポリマー鎖の量に依存することを示している。このことから、生体適合性を左右する要因としては、親水性のような物理化学的パラメータのみでなく、官能基が重要であることを結論している。

第六章は本論文に関する総括を述べている、

以上を要するに、本論文では、マトリックスであるSPUに生体適合性を持つMPCポリマーを導入し、これら異種のポリマーが構築する相分離構造を生体分子と同じオーダーで制御することに成功した。また、医療デバイス用マテリアルとして応用可能な優れた生体適合性を発現するポリマーアロイを創製し、実用を強く意識した新規なポリマーアロイを設計する手法を確立した。福祉医療が重要視されていく現在の社会情勢の中、今後需要の増すバイオマテリアルの進歩に寄与し、人間社会の発展に貢献するところが大きい。よって、本論文は工学博士学位請求論文として合格と認められる。

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