学位論文要旨



No 119058
著者(漢字) 萱沼,義弘
著者(英字)
著者(カナ) カヤヌマ,ヨシヒロ
標題(和) 白金族金属と金属蒸気の反応およびその化合物に関する研究
標題(洋)
報告番号 119058
報告番号 甲19058
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5790号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 助教授 岡部,徹
 東京大学 助教授 光田,好孝
内容要旨 要旨を表示する

目的

本研究では、廃棄物から貴金属を迅速に溶解する新しい手法の開発を行った。

貴金属は化学的に極めて安定であり、溶解するために強力な酸を用いた長時間の処理が行われている。結果として、処理困難な廃液が多量に発生する問題点が生じる。貴金属の迅速な溶解方法の確立は、今後の貴金属資源の安定確保、二次廃棄物の抑制の観点から重要な検討課題であると考えられる。本研究では、廃棄物中の貴金属にあらかじめ処理を施し、酸への溶解性を変化させる新しい手法の開発を行った。具体的には、貴金属の中でも特に酸への溶解が困難である白金、ロジウムに焦点を当て、これらを含む廃棄物に還元雰囲気で金属蒸気を接触させ、貴金属と化合物を形成させてから酸に溶解する方法を研究した。

金属蒸気とPt、Rhの接触反応およびその反応生成物

Pt、Rhへの金属蒸気の接触

白金(Pt)、ロジウム(Rh)の純物質を用い、金属蒸気を接触させて酸溶解性の変化を調べる基礎実験を行った。金属蒸気としては、Pt、Rhと親和性が高く、973 〜 1173 Kの間で蒸気圧が高いマグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、亜鉛(Zn)を選択した。ステンレス製の反応容器内に蒸気として供給する金属とPtまたはRhを投入し、ステンレス製るつぼに溶接封入して電気抵抗炉中、所定の温度および時間で反応させた。Mg、Znでは973 K以上、Caでは1073 K以上で、Pt粉末、Rh粉末表面への蒸気種金属の接触、反応を確認した。EDSで元素分布を調べ、これらの元素が偏りなく分散していることから、蒸気種金属とPt、Rhの間に化合物が形成されたことが推測された。粉末X線回折による分析では、Mg系、Ca系の試料ではPt、Rhの回折ピークが現れず、新たな回折ピークが出現したことから、化合物の形成が示唆された。Zn-Pt系ではPt5Zn21が、Zn-Rh系ではRh2Zn11の生成が、それぞれ確認された。これらの試料を王水に溶解した結果、金属蒸気を接触させたPt、Rhは、王水への溶解性が8 〜14%からほぼ100%と飛躍的に向上することがわかった。塩酸に溶解した結果、Mg系、Ca系では、試料からMg、Caが優先的に溶解し、Pt、Rhが残渣として残った。残渣の表面には多数の割れが生じ、表面積が増大している様子がみられた。この表面積の増加が、酸化剤とPt、Rhの接触機会を増加させ、Pt、Rhが短時間で溶解する反応機構が考察された。

R-Pt、R-Rh化合物の酸化

試料中の活性金属による酸の無駄な消費を抑えるため、Mg、Ca蒸気接触後の一部の試料を用い、大気雰囲気下で酸化を行った。Ca-Pt系、Mg-Rh系、Ca-Rh系で、複合酸化物の形成が認められた。酸化後試料を塩酸に溶解すると、Ca-Pt系酸化後試料から、塩酸のみでPtを溶解できることがわかった。これは、PtがCa4PtO6の形で既に酸化されていたためと考えられる。王水に溶解すると、Pt系試料はほぼ100%溶解した。Pt系試料の王水溶解性向上は、複合酸化物の形成と共に、R-PtからPtが析出する際に、PtがMgO、CaO間に微細に分布したためと考えられる。一方、Rh系試料は20%程度の溶解率に留まったが、これは、Rhの一部が王水に溶解しないRh2O3まで酸化されたためと考えられる。

酸溶液からのPt、Rhの析出回収

2.1で得られたPt、Rhの溶解液から、沈殿析出によるPt、Rhの分離を行った。Ptは、塩化白金酸アンモニウム((NH4)2PtCl6)を用いた沈殿法、Rhは、亜硝酸塩を用いた沈殿法と、Znを用いたセメンテーション法によって行った。

金属蒸気接触後の溶液に飽和塩化アンモニウム溶液を投入し、黄色の沈殿を得た。得られた沈殿を吸引ろ過で分離し、乾燥後、大気雰囲気下で焼成還元した。得られた灰色残渣は、粉末X線回折により、Ptであることを確認した。全体を通しての回収率は、最高で99%であった。蒸気として供給した金属による影響は、特に見られなかった。

亜硝酸塩を用いた析出分離では、得られた沈殿を粉末X線回折で分析し、亜硝酸ロジウムナトリウムアンモニウム((NH4)2NaRh(NO2)6)であることを確認した。(NH4)2NaRh(NO2)6としてのRhの回収率は最高で88%程度であり、ろ過時のフィルターロスが影響していると考えられる。

セメンテーション法による回収では、得られた沈殿には重量比でRh 80%、Zn 20%が含まれていた。Rhが析出する際に、Znが合金析出したと考えられる。Zn量を差し引いてRh回収量を計算すると、Rhがほぼ100%回収されたことがわかった。

Rhの析出分離でも、蒸気として供給した金属の共存による影響は特に見られなかった。

触媒担体上の白金族金属と金属蒸気の接触反応

Pt、Rhを用いている製品として自動車触媒を取り上げ、白金族金属の溶解抽出を行った。

実験に先立ち、廃自動車触媒の分析を行った。用いた触媒はセラミック担体で、担体の化合物相はコーディエライト(2MgO・2Al2O3・5SiO2)であった。触媒の一部を粉砕し、アルカリ塩と共に溶融して酸溶解し、Pt、Pd、Rhの含有量を求めた。触媒1 kg当り、Ptは0.77 g、Pdは0.83 g、Rhは0.38 g含有されていることがわかった。

ステンレス製るつぼ内の底部にMg、Ca、Znのいずれかを配置し、その上部に廃自動車触媒を30 〜 50 mmに破砕した試料を配置した。るつぼを溶接封入し、電気炉中、所定の温度および時間で反応させた。反応終了後、容器を炉内から取り出して水で急冷した。るつぼを開封し、試料を取り出して600 mm以下に粉砕し、酸溶解実験に用いた。

1173 K、3時間の条件でMg、Ca蒸気を廃自動車触媒に接触させた結果、Mgを触媒重量の1/2供給した実験で、触媒担体であるコーディエライトが還元された。Ca蒸気は、コーディエライトは還元せず、表面層とのみ反応した。これは、Caの蒸気圧が1173 Kでは10-3 atmと低く、実験時間内で触媒に接触したCa蒸気量が少なかったためと考えられる。

1073 K、3時間の条件でZn蒸気を廃自動車触媒に接触させた実験では、触媒重量は変わらず、触媒表面にZnは観察されなかった。触媒担体の化合物相はコーディエライトのままであり、Zn蒸気は触媒を還元しなかったことが確認された。

金属蒸気接触後の試料を王水に溶解した。Mg、Ca蒸気接触後の試料は、酸溶解による重量減少が大きく、最高で58%であった。同じ条件で、未処理の触媒の重量減少は17%であった。触媒担体成分が還元され、酸に溶解しやすくなったためと考えられる。Zn蒸気接触後試料は、酸溶解による重量減少は未処理のものと変わらなかった。323 〜 333 Kに加温した王水へのPt、Pd、Rhの溶解量は、金属蒸気接触により増加する傾向を示した。室温下での王水溶解でも、白金族金属の溶解率は増加し、未処理の触媒がPt 48%、Pd 58%、Rh 15%であったのに対し、金属蒸気接触後は最高でPt 78%、Pd 74%、Rh 74%に達した。この結果は、金属蒸気の接触が、廃自動車触媒からの白金族金属溶解に効果があることを示している。

Mg、Ca蒸気接触後の試料は、王水との反応が非常に激しく、水素を発生した。そのため、一部の試料を用い、大気中、1173 Kで1時間酸化した。酸化後の試料を溶解した結果、試料の酸溶解量は最高で38%と、酸化前と比べて減少した。Pt、Pd、Rhの溶解量は、酸化後に減少した。これは、Mg、Ca蒸気で一度還元されたAl等の金属が再び酸化され、生成したAl2O3等の酸化物が Pt、Pd、Rhと王水の接触を妨害したためと推測される。

総括

Mg、Ca、Zn蒸気をPt、Rhに接触・反応させて、酸への溶解性を改善する研究を行った。その結果、金属蒸気の接触が白金、ロジウムの王水溶解率を8〜14%からほぼ100%まで、飛躍的に向上させることを見出した。Ptの回収では、最高で99%の回収率を得た。Rh の回収では、亜硝酸塩を経由する方法では最高で87%、亜鉛によるセメンテーション法では最高でほぼ100%回収した。金属蒸気接触法を実際の廃棄物である廃自動車触媒に適用し、Pt、Pd、Rhの溶解を行った。その結果、王水溶解で、金属蒸気を接触することでPt、Pd、Rhの王水溶解性が向上する結果を得た。これらの結果は、廃棄物中の白金族金属を回収する新しい方法を提案するものである。

審査要旨 要旨を表示する

廃棄物からの白金族金属の回収は、これらの資源確保の観点から重要である。白金族金属は化学的に極めて安定であり、水溶液中に溶解するためには強力な酸化剤を用いた長時間の処理が必要となる。そのため、廃棄物中の他成分が先に溶解し、結果として、処理の困難な廃液が大量に発生する。白金族金属の分離精製が湿式法で行われることから、これらの金属を効率的に水溶液中に溶解し、回収する手法の開発は極めて重要である。

本研究は、廃棄物中の白金族金属の迅速な回収方法の開発を行ったものであり、全5章よりなる。

第1章は序論であり、白金族金属の現状、回収技術とその問題点を概観し、効率的な回収方法の開発の必要性を明らかにした。白金族金属の新しい回収方法として金属蒸気を接触させる方法を提案し、本研究の目的と論文の構成について述べている。

第2章は、白金(Pt)、ロジウム(Rh)を用いた基礎実験の結果である。実験温度における蒸気圧、Pt、Rhとの化合物形成のしやすさを考慮し、金属蒸気としてマグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、亜鉛(Zn)を選択した。これらの蒸気をPt、Rhに供給し、金属蒸気とPt、Rhの化合物を得た。得られた化合物を塩酸または王水に溶解し、純Pt、純Rhが8〜14%溶解する条件で、金属蒸気とPt、Rhの化合物の王水溶解性が飛躍的に向上し、90〜100%に達することを明らかにした。一部の試料は、酸との激しい反応を抑える意味から溶解前に酸化した。酸化後の試料では、Ca-Pt化合物からは塩酸のみでPtが溶解した。また、Pt系試料は、王水にほぼ100%溶解した。これらの結果から、金属蒸気を接触させる方法がPt、Rhの王水溶解性を飛躍的に向上させることを明らかとした。その原因として、Pt、Rh表面の形状変化による表面積増加が、酸化剤との接触機会を増加させ、結果としてPt、Rhが迅速に酸に溶解する機構を考察した。

第3章は、酸溶解後のPtを塩化白金酸アンモニウム((NH4)2PtCl6)沈殿法で、Rhを亜硝酸塩による沈殿法、セメンテーション法で析出回収した結果である。金属蒸気接触後のPt試料を王水に溶解した液から回収し、最高で99%の回収率を得た。Rhの回収では、亜硝酸塩による沈殿法で88%、セメンテーション法でほぼ100%の回収率を得た。これらの結果より、金属蒸気接触後の試料から、従来法でPt、Rhが回収できることを明らかにした。

第4章は、基礎実験の結果を踏まえ、金属蒸気接触法を廃自動車触媒に適用した結果である。熱力学データによる計算から、金属蒸気が触媒中の白金族金属のみでなく、触媒担体とも反応する可能性を考察している。廃自動車触媒へ金属蒸気を接触させ、Mg、Ca蒸気が触媒担体と反応することを見いだした。蒸気接触後の試料を王水に溶解し、未処理の廃自動車触媒からPtが77%、Pdが69%、Rhが38%溶解する条件で、金属蒸気接触後の触媒からは、最高でPtが88%、Pdが81%、Rhが85%溶解した。この結果より、金属蒸気の接触が、廃自動車触媒中の白金族金属の王水溶解性を向上させることを見いだした。

第5章は、本研究の総括である。

以上を要するに、本研究は廃棄物中の白金族金属に金属蒸気を接触させ、これらを迅速に溶解する新しいプロセスの開発を図ったものである。その結果、金属蒸気を接触、反応させて得られたPt、Rh化合物の王水溶解性が純金属と比較して飛躍的に向上し、90〜100%に達することを明らかとした。また、酸溶解液からのPt、Rhの析出回収が問題なく行われることを実験的に明らかとした。さらにこの手法を実際の廃棄物である廃自動車触媒に適用し、廃自動車触媒中の白金族金属の王水溶解性が向上することを示したものであり、リサイクル工学の発展に寄与している。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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