学位論文要旨



No 119061
著者(漢字) 永山,仁士
著者(英字)
著者(カナ) ナガヤマ,ヒトシ
標題(和) 陽イオン添加Y-TZPの超塑性特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 119061
報告番号 甲19061
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5793号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

一般にセラミックスは金属材料に比べて硬度、耐熱性耐食性になどに優れる反面、きわめて脆性であり加工性に乏しいという欠点が材料の実用化を妨げている。これを解決する一つの手段として、超塑性すなわち一定の条件下で多結晶体が巨大な延性を示す現象を利用した加工法の開発が挙げられる。イットリア添加正方晶ジルコニア(Y-TZP)は大きな超塑性特性を示すだけでなく、比較的高い強度および靭性を有する材料である。最近の報告ではこのTZPに適当な添加元素またはアモルファス相を粒界に導入することにより、温度1400℃、歪速度1.3×10-4s-1の条件下で約1000%の破断伸びを示すことがわかっている。しかしながら、実用化を視野に入れた場合、更なる延性の向上に加えて、より低温下および高歪速度での超塑性現象の発現が望まれる。本研究においてはTZP多結晶体における更なる超塑性特性の改善、特に延性の改善を目指すことと同時にそのメカニズムを明らかにすることを目的とし、不純物の制御による特性の改善という観点からアプローチすることにする。超塑性特性を改善するひとつの方法として、従来Y-TZPに各種陽イオンをドープする試みがなされてきた。ドーパントは主に結晶粒内に固溶し、TZP超塑性特性に影響を与えることが知られている。本研究では、添加した様々な陽イオンがTZP超塑性特性に及ぼす影響について調べた。

陽イオン添加超塑性Y-TZPにおける粒成長挙動

Y-TZPの超塑性特性は、TiO2、GeO2などのドーパントを1mol%程度添加することにより著しく改善されることが報告されてきた。しかしながら、添加陽イオンが粒成長挙動に及ぼす影響と、その超塑性特性との相関については未だ明らかとなっていない。本章では、Y-TZPの粒成長挙動に与える種々の添加陽イオンの影響について調べると共に、粒成長挙動と超塑性変形挙動との関連について議論した。

各種ドーパントを1mol%添加することにより粒成長挙動も大きく変化し、特にGeO2添加Y-TZPでは顕著な粒成長促進が認められた。これより超塑性応力を低下させるものほど、粒成長定数が大きな値をとることが分かった。図1に、その粒成長定数と添加陽イオン半径との関係を示す。これより粒成長定数は、添加陽イオンのイオン半径で整理されることがわかり、イオン半径が小さいものほど粒成長速度定数Kの値は大きくなり、拡散が促進されることが判明した。図2に活性化エネルギーと陽イオン半径との関係を示す。図より、添加陽イオンのイオン半径と超塑性変形の活性化エネルギーが非常によい相関性を持つことがわかる。活性化エネルギーの減少が超塑性変形の変形応力と密接な関係を有することから、このことは変形応力が陽イオンのイオン半径で整理できることと一致する。以上のことより、陽イオン添加3Y-TZPにおける超塑性変形挙動、特に超塑性変形応力は、活性化エネルギー及びそれに起因する拡散挙動を変化させる添加陽イオンのイオン半径と密接な関係を有することが言える。また、静的粒成長定数Kは添加陽イオンのイオン半径及び超塑性特性における応力低下効果と高い相関性を示す事が分かった。このことからドーパント添加に伴う律速過程となる拡散係数の変化が、超塑性および粒成長挙動に反映しているものと考えられる。

TZP超塑性変形に及ぼす粒界偏析効果

TZPの超塑性変形は粒界すべりにより進行するとされており、その律速過程は通常、粒内拡散であると考えられている。しかし、粒界に固溶元素が多く存在する現象である粒界偏析が超塑性特性に影響を及ぼすことは以前に報告されてきたが、その起源について統一的見解は得られていない。そこで本研究ではTZP に微量の金属陽イオンをドーパントとして添加し、TZPの超塑性変形特性に対する粒界偏析の効果ついて知見を得ることを目的とした。試料として3Y-TZP(ZrO2-3mol%Y2O3)及び0.2mol%BaO,AlO1.5,SiO2を添加した3Y-TZPを用いた。3Y-TZPに対するBa2+,Al3+,Si4+の固溶限は非常に小さく、添加量の殆どが粒界偏析するものと予想される。また、これらの試料と比較するために、3Y-TZPに対して比較的大きな固溶限を持つ、NdO1.5、GeO2、TiO2を0.2mol%添加した試料も合わせて作成した。初期歪み速度1.3×10-4s-1、1400℃における各試料の応力−歪み曲線図を図3に示す。この結果より、わずか0.2mol%の微量の添加物によってY-TZPの変形応力及び延性に大きく影響を与えることが示された。またTEMによる微細構造観察により、粒界において第二相及びアモルファス相は観察されておらず、粒界直上においてのみ添加陽イオンが検出された。このことは、添加陽イオンの大部分が粒界に偏析するすることを示すものであり、ドーパントの粒界偏析が、図3.に示すような超塑性変形特性の大幅な変化の起源になっていることを示すものである。また各試料の10%変形した際の応力と添加陽イオン半径との相関性を調べたところ、ドーパントの固溶限にかかわらず、変形応力はドーパントのイオン半径と良い相関性があることが判明した。以上より、0.2mol%と程度の微量のドーパントレベルにおいて、図3に示すような変形応力の変化は、粒界に偏析したドーパントによる効果を大きく反映したものであると考えられる。

Y-TZP超塑性特性における陽イオン複合添加効果

3Y-TZPに対して複数種のドーパントを添加することによって変形挙動に大きな差が生じることは、今ままでの報告により明らかになっている。しかしながら,特に複数種のドーパント複合添加TZPにおけるドーパント効果については系統的なデータは未だ得られていない。また、TZP超塑性特性におけるドーパント効果の起源を明らかにする上で、添加量依存性に関する知見は不可欠であると考えられる。そこで本研究では、単独添加でも超塑性特性を大幅に改善するGeとTiの添加量依存性を調べるとともに,それらの陽イオンを複合添加したGe-Ti複合添加3Y-TZPにおいて、その複合添加効果を、応力・延性の添加量依存性の知見をもとに理解を得ることを目的とした。高温引張り試験の結果より、添加量が増加するにつれて、変形応力が低下し、延性が改善されることが判明した。特に2mol%のGeと2mol%のTiを複合添加した試料は1000%近い大きな伸びを示した。これはGe、及びTiを2mol%単独添加した延性と比較すると、複合添加により延性が大幅に改善されたといえる。GeとTiの複合添加効果を詳細に解析するために、変形応力における添加量依存性を調べた結果を図4に示す。この図より、GeO2, TiO2 共に添加量増加に伴い超塑性変形における応力を低下させる傾向が見られるが、どちらの添加元素においても約2mol%以上添加すると応力低下効果が飽和する傾向にあることがわかった。また、GeO2-TiO2複合添加TZPにおいて、Ge単独添加の応力低下挙動とほぼ一致することからGe-Ti複合添加における応力低下効果はGe添加が支配的であることが判明した。図5に変形応力と延性との関係を示す。これより、添加量の増加に伴い、変形応力が低下し延性が改善されていることがわかる。しかしながら、単独添加と複合添加のデータとを比較した時、同等の応力低下効果が得られているの対し、複合添加の方が大幅に延性が改善されていることが伺える。このことは、延性改善には、応力低下効果以外の何かが大きく寄与していることを示唆しているものと考えられ、その要因の一つに粒界偏析が挙げられる。TEMによる微細構造観察により粒界直上にYおよびGeが偏析していることが確認されており、第一原理分子軌道計算の結果から、各種ドーパントの偏析が粒界の結合力に影響を及ぼすことが知見として得られている。このことより、超塑性変形において大きな延性を示すためには、粒界面における結合力すなわち粒界強度が重要な因子の一つとなり得ることが確認された。

陽イオン複合添加Y-TZPにおける高温延性評価

TZPの超塑性特性は、TiO2、GeO2等のドーパントを微量添加または複合添加することにより著しく改善されることが前章により分かっている。しかしながら、セラミックスの高温延性評価をする際、従来用いていたような解析手法では、複合添加3Y-TZPにみられる超塑性延性の変化の要因を議論することは困難であると考えられる。本研究では、高温変形中の粒成長挙動と拡散による応力緩和過程とのつりあいをしるしたKondoモデルを用いることにより、陽イオン添加および複合添加3Y-TZPにおける高温延性を破断粒径との相関性から評価および検討した。また、その現象論的解析から得られたデータと第一原理分子軌道計算方を用いた化学結合状態の解析結果との相関性を議論することにより、超塑性延性への陽イオン添加効果の知見を深めていくことも目的とした。2mol%Ge-2mol%Ti複合添加3Y-TZPにおける破断粒径の温度依存性を調べた結果、温度の上昇に伴い破断粒径も増大することが伺え、Ge-Ti複合添加3Y-TZPにおける破断粒径は3Y-TZPと比較して約1.5倍程度の大きな値を持つことがわかった。この結果を基にKondo式による破断粒径と破断ひずみの温度依存性における解析を行ってみたところ、実験値である破断粒径および破断ひずみの温度依存性を計算値がうまく表現できることが判明した。また、Kondo式においてキャビティーおよび破断にいたる亀裂の進展を生じさせる臨界値として考えられるC値と第一原理分子軌道計算により得られた原子間の共有結合性の指標として解釈できるBOPとの間に非常に良い相関得られることがわかった。(図6参照)以上のことから、金属陽イオン添加ジルコニアセラミックスの高温延性は、C値の増大が共有結合性を増加させ、結果粒界破壊に対する抵抗力が増大し延性が改善されるものと解釈できる。

本研究により微量の陽イオンを添加することにより、Y-TZPの超塑性特性は著しく変化し、最適なドーパントとその添加量により改善されることが分かった。また、その添加陽イオンは、ジルコニアに固溶もしくは偏析することにより、超塑性変形中における拡散挙動に大きな影響を与えることが判明した。これらの結論はセラミックスの超塑性における新たな展開をもたらすことが期待される。

陽イオン添加3Y-TZPにおける静的粒成長係数Kと添加陽イオン半径との相関性

陽イオン添加3Y-TZPにおける活性化エネルギーと添加陽イオン半径との相関性

微量陽イオン添加3Y-TZPの初期歪み速度1.3×10-4s-1における1400℃応力歪曲線

陽イオン添加3Y-TZPにおける応力低下効果の添加量依存性

陽イオン添加3Y-TZPにおける真応力と破断歪との関係

破断粒径臨界値Cと共有結合性指標であるBOP値との相関性

審査要旨 要旨を表示する

一般にセラミックスは金属材料に比べて硬度、耐熱性、耐食性になどに優れる反面、きわめて脆性であり加工性に乏しいという欠点が材料の実用化を妨げている。これを解決する一つの手段として、超塑性すなわち一定の条件下で多結晶体が巨大な延性を示す現象を利用した加工法の開発が挙げられる。イットリア添加正方晶ジルコニア(Y-TZP)は大きな超塑性特性を示すだけでなく、比較的高い強度および靭性を有する材料である。しかしながら、実用化を視野に入れた場合、更なる延性の向上に加えて、より低温下および高歪速度での超塑性現象の発現が望まれる。本論文は、Y-TZP多結晶について、不純物制御による特性改善という観点からTZP超塑性特性に及ぼす個別の添加元素効果の影響を明らかにすると共に、更なる超塑性特性向上に寄与する新しい指針を見出すことを目的としたものであり、全6章より成る。

第1章は序論であり、ジルコニアセラミックスの構造や物性の特徴を述べた後、多結晶材料における超塑性現象についての概要を述べた。また、セラミックスの超塑性変形における主たる変形機構や結晶粒成長機構など、本研究の背景となるこれまでの研究の進展を要約するとともに本研究の目的について述べている。

第2章では、1mol%金属陽イオンを添加したY-TZP多結晶体における超塑性変形挙動と粒成長挙動を調べ、添加陽イオンが粒成長挙動に及ぼす影響とその超塑性特性との相関について述べている。現象論的解析を用い、超塑性変形における活性化エネルギー、超塑性変形応力、静的粒成長定数各々を、添加陽イオン半径を含む理論式により表し整理した。その結果、拡散に関連する前述のパラメーター各々が互いに相関性を有することを導き出した。これは、超塑性変形の律速過程を議論する上で重要な提言となり得る。

第3章では、極微量の添加元素を添加したY-TZP超塑性特性を調べ、粒界に偏析している元素の影響を明らかにしている。本研究により、Y-TZPの超塑性変形挙動が0.2mol%の極微量の添加元素により大幅に変化することを見出した。また、高分解能電子顕微鏡を用いた微細構造観察およびEDSによる局所組成分析の結果、添加した金属陽イオンは粒界偏析していることが確認されている。粒界近傍における偏析量と変形初期時の応力の増減挙動が類似していることから、偏析した陽イオンが応力低下に寄与することを明らかにしている。このことは、陽イオン添加Y-TZP超塑性特性において、従来の見解とは異なり、固溶している元素よりもむしろ粒界偏析している添加元素が超塑性変形挙動の向上に寄与していることを示した新しい知見である。

第4章では、GeO2およびTiO2の二種類の酸化物を複合添加したY-TZP超塑性変形挙動について述べている。高温引張り試験の結果より、添加量が増加するにつれて変形応力が低下し延性が改善されることが確認され、延性の改善は変形応力の低下によりもたらされることが明らかとなっている。GeO2-TiO2複合添加TZPにおいて、GeO2単独添加の応力低下挙動とほぼ一致することからGeO2-TiO2複合添加における応力低下効果はGeO2添加が支配的であることを明らかにしている。特に2mol%のGeO2と2mol%のTiO2を複合添加した試料は1000%近い大きな伸びを示し、複合添加によるY-TZPの超塑性特性向上の可能性を示唆する新しい指針を与えている。

第5章では、陽イオン添加および複合添加Y-TZPにおける高温延性を、破断粒径との相関性という観点から述べている。Kondo式による破断粒径と破断ひずみの温度依存性における解析を行った結果、実験値である破断粒径および破断ひずみの温度依存性を理論式により記述することに成功している。また、Kondo式において有効拡散係数と破断とを結びつけるパラメーターとして考えられるC値が、超塑性延性の向上に大きく寄与していることを明らかにしている。この値は、第一原理分子軌道計算により得られた原子間の共有結合性の指標として解釈できるBOPと良い相関性を持ち、粒界近傍における結合強度とマクロなパラメーターを結ぶ指標となり得ることを示している。

第6章は本論文の総括である。

以上要するに、本論文は、ジルコニアセラミックスの超塑性特性の向上に関して、微細組織構造における不純物の制御という立場から新しい解析を行ったものである。この中でも、超塑性特性と粒成長挙動および原子間化学結合状態との相関性を明らかにしたことは特筆されることであり、超塑性特性を示すセラミックス材料開発の進展に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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