学位論文要旨



No 119064
著者(漢字) 島田,周
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,シュウ
標題(和) 二次元セラミックフォトニック結晶の作製と光学特性
標題(洋)
報告番号 119064
報告番号 甲19064
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5796号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 助教授 井上,博之
 東京大学 助教授 近藤,高志
 東京大学 助教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

(緒言)フォトニックバンドギャップの概念が初めて提案されたのは1987年のことである。以来、フォトニック結晶は光の伝搬を自在に制御できる人工構造体として注目を集めてきた。フォトニック結晶の研究は、理論計算に先導されて進み、実際に様々な構造を持つフォトニック結晶が作製、評価されている。特に、高度に発達した半導体リソグラフィー技術を用いた、光通信波長域で動作するフォトニック結晶の作製とその光学特性は多く研究されている。また、可視領域にバンドギャップ構造を持つフォトニック結晶も、光集積回路の実現に重要な役割を果たすことが期待されている。フォトニック結晶の特性は構造体の誘電率差が大きいほど顕著である。しかし可視領域にバンドギャップを持ち誘電率差の大きな二次元フォトニック結晶の報告は我々の知る限りない。本研究の目的は、高屈折率で可視領域で透明であるセラミック材料を用いて、可視領域にバンドギャップを持つと予測される二次元フォトニック結晶の作製法を確立することである。また作製された二次元フォトニック結晶の光学特性の評価を目的とした。

(実験方法)フォトリソグラフィー技術あるいは電子線リソグラフィー技術を用いて、Si単結晶または電子線レジストに微細構造を作製して鋳型とした。この鋳型に金属アルコキシドを用いたゾル溶液を充填して乾燥させて前駆体を得た。このとき、乾燥による収縮に伴う亀裂の発生を抑制するために種々の有機物の添加剤としての効果を調査した。鋳型を剥離あるいは溶解して、有機無機複合体である前駆体からなる二次元周期構造体を得た。基板上に作製した前駆体の微細構造を焼成してTiO2あるいはBaTiO3セラミックからなる二次元微細構造を作製した。作製したTiO2、またはBaTiO3のセラミックス柱からなる二次元三角格子フォトニック結晶のバンド特性を、面内反射測定、面外反射測定、透過測定の3つの方法で評価した。

(結果及び考察)本研究の結果、以下の結論を得た。

TiO2ゾル溶液にポリエチレングリコール(PEG、Mw=400)を添加することによって、亀裂の発生を防いでTiO2-PEG複合体をSiまたは電子線レジストで作製した微細な鋳型に隙間なく充填することができた。この鋳型を剥離することにより、TiO2-PEG複合体からなる微細な周期構造を作製できた。またドライエッチング技術と鋳型の溶解により、基板上にこの周期構造を作製した。Si基板上に作製した、この周期構造を焼成することで、周期350-500 nm、半径55-70 nm、高さ500-600 nmのTiO2セラミックス柱からなる二次元フォトニック結晶を作製できた。773 Kで焼成したセラミックス柱は粒径〜9 nmのアナターゼ微結晶から構成されていた。柱の構造は1173 Kで焼成した後でも保持されており、ルチル微結晶から構成されるフォトニック結晶の作製ができた。

BaTiO3ゾル溶液にPEG (Mw=400)を添加することによって、亀裂の発生を防いでBaTiO3-PEG複合体を電子線レジストで作製した微細な鋳型に隙間なく充填することができた。またドライエッチング技術と鋳型の溶解により、BaTiO3-PEG複合体からなる微細な周期構造をMgO単結晶基板上に作製できた。この周期構造を焼成することで、周期450 nm、半径85 nm、高さ500 nmのBaTiO3セラミックス柱からなる二次元フォトニック結晶を作製できた。1073 Kで焼成したセラミックス柱は粒径〜13 nmの正方晶の微結晶から構成されていた。

作製したフォトニック結晶は可視領域にバンドギャップを持つことが示唆された。メソポーラス膜上に作製した周期350 nm、半径60 nm、高さ600 nmのTiO2セラミックス柱からなる二次元三角格子のフォトニック結晶では、TM、TEの両偏光に対して、G-M、G-K方向で1.8-2.0 eV付近にバンドギャップを持つことが強く示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

フォトニック結晶は、異なる屈折率(誘電率)を持つ媒質から成る周期構造体であり、結晶中には媒質の屈折率差と格子形状によって特徴づけられる光子に対するバンド構造が形成される。このバンド構造中にギャップ(フォトニックバンドギャップ:PBG)を持つフォトニック結晶は、そのPBGの存在に起因する高曲率導波現象、零閾値レーザー発振、あるいはスーパープリズム現象などの特異な光学現象を発現することが知られている。フォトニック結晶の持つこれらの特異な光学特性を用いることにより、超小型光回路システムの構築が可能になると期待されている。フォトニック結晶の研究は理論計算に先導されて進められ、これまでに様々な構造を持つフォトニック結晶が作製、評価されている。その多くは、半導体リソグラフィー技術を用いた光通信波長域で動作するフォトニック結晶の作製とその光学特性に関するものであり、大きな屈折率差を持ち、且つ可視領域によく発達したPBGを持つ二次元フォトニック結晶の作製法についての報告はこれまでほとんどなされていない。本論文は、可視領域で透明、且つ高い屈折率を持つセラミック材料を用い、可視領域にPBGを持つ二次元フォトニック結晶の作製と光学特性の評価に関する研究を纏めたものであり、全5章よりなる。

第1章は序論である。フォトニック結晶の作製と光学特性に関する従来研究を調査した結果を、二次元及び三次元フォトニック結晶の次元に基づいて整理することにより、本研究の背景と目的について述べている。

第2章では、それまで全く報告例のなかった高屈折率物質のチタニア(TiO2)柱からなる二次元六方格子フォトニック結晶の作製について述べている。先ず、平面展開法を用いた計算用プログラム(MIT Photonic-Bands Package)により、TE及びTM偏光が可視領域にPBGを持つように柱半径(r)と周期(六方格子の格子定数:a)を求めた計算結果とゲルの焼成後の収縮率(約60%)を考慮して、六方格子状に円孔 (r=90-125 nm, a=350-500 nm) を形成したレジストモールドを電子線描画装置によりシリコン基板上に作製している。次いで、ゲルの亀裂発生抑制剤としてポリエチレングリコール(PEG、Mw=400)を用い、チタンのアルコキシドを主成分とした前駆体溶液をモールドに充填し、その後モールド上部に形成されるゲル層をドライエッチングにより除去した後、モールドを溶解除去することによりTiO2-PEG複合体から成る二次元ゲルフォトニック結晶を得ている。さらに、このゲルフォトニック結晶を500-900℃の温度で焼成することにより、r=55-70 nm、a=350-500 nm、h(高さ)=500-600 nmのTiO2セラミックス柱からなる二次元フォトニック結晶の作製に初めて成功している。走査型電子顕微鏡 (TEM) による解析から、500℃で焼成したセラミックス柱は粒径〜9 nmのアナターゼ微結晶からなり、また、900℃で焼成したものはルチル微結晶から構成されていることを確認している。

第3章では、チューナブルフォトニック結晶作製のための基礎研究として、代表的な強誘電体物質であるBaTiO3のセラミックス柱から成る二次元フォトニック結晶の作製について述べている。基本的にTiO2フォトニック結晶の作製と同じ方法を用いてBaTiO3フォトニック結晶の作製を行っているが、Ba,Tiアルコキシド溶液にPEG (Mw=400)を添加し、これに部分加水分解のための水を少量添加したものを前駆体溶液として用いている。さらに、BaTiO3の場合、SiはBaTiO3ゲルの焼成過程で反応を起こすため基板として不適であり、基板としてはMgO単結晶が適していることを明らかにし、MgO単結晶基板を用いることによりBaTiO3単相のセラミックス柱から成る二次元フォトニック結晶 (r=85 nm, a=450 nm, h=500 nm) の作製に初めて成功している。また、高分解能TEMによる解析から、800℃で焼成したセラミックス柱は粒径~13 nmの微結晶から構成され、その粒子の格子間隔は約0.4 nmであることを明らかにしている。

第4章は、作製したTiO2及びBaTiO3セラミックフォトニック結晶の光学特性の評価について述べている。また、導波構造を持つフォトニック結晶の作製を目指したメソポーラスシリカ薄膜上へのTiO2フォトニック結晶の合成とその光学特性についても検討している。TiO2及びBaTiO3フォトニック結晶については、結晶が導波構造(コア−クラッド層構造)をとっていないため透過光による測定が困難であり、反射測定によるバンドギャップ構造の評価を行っている。その結果、TiO2フォトニック結晶 (r=56 nm, a=400 nm; r=72 nm, a=450 nm )のG-M方向におけるTE及びTM偏光に対して可視領域の1.8-1.9eV付近に強い反射ピークが観測され、計算結果とほぼ一致した結果が得られ、これらの二次元フォトニック結晶は可視領域にPBGを持つことを確認している。BaTiO3フォトニック結晶 (r=86 nm, a=450 nm)についてもG-M方向のTE及びTM偏光に対して、可視領域の1.60-1.64eV付近に強い反射ピークが見られ、同じく可視領域にPBGを持つことを確認している。また、クラッド層として機能するメソポーラスシリカ薄膜上に二次元TiO2セラミックスフォトニック結晶 (r=60 nm, a=350 nm) の作製にも初めて成功しており、透過法による光学特性の評価も行っている。その結果、TM及びTE偏光の両方に対して、G-M及びG-K方向で1.8-2.0 eV付近にPBG持つことを強く示唆する結果を得ている。

第5章は、本論文の総括である。

以上のように、本論文は、ゾル−ゲル法とレジストモールドを用いた全く新しいセラミックフォトニック結晶の簡易合成法を提案しており、電子セラミックス材料におけるフォトニック結晶の合成と物性に関する研究の進展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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