学位論文要旨



No 119065
著者(漢字) 田村,友幸
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,トモユキ
標題(和) 第一原理計算手法に基づく光ファイバー材料中の点欠陥に関する研究
標題(洋)
報告番号 119065
報告番号 甲19065
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5797号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 助教授 井上,博之
 東京大学 助教授 小田,克郎
 東京大学 助教授 渡邉,聡
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、光ファイバー中の点欠陥の構造や基礎的性質を微視的レベル、とりわけ電子構造まで掘り下げて解明し、光デバイスプロセス技術の発展に寄与することである。本研究では、Ge添加SiO2ガラスで観測される光誘起屈折率変化を取り上げた。このガラスは光ファイバーのコアに用いられるなど、実用上極めて重要であり、光誘起現象は光通信技術の様々な分野で注目されている。光誘起現象はファイバー内に存在する点欠陥、特に酸素欠乏欠陥の構造変化と密接に関連すると考えられており、機構解明が重要課題であった。しかしながら添加GeO2が光誘起屈折率変化において非常に重要な役割を担うと考えられるにもかかわらず、GeO2中の点欠陥を扱った理論研究はなく、また光学特性の考察もなされておらず、微視的機構の解明には至っていないのが現状である。そこで、第一原理分子動力学法を用いてGe添加SiO2ガラス中の点欠陥の原子構造および電子状態に関するシミュレーションを行い、電子論の観点から光誘起屈折率変化を考察することにより、光デバイスプロセス技術の発展に寄与することを本研究の目的とした。

本論文の全6章から構成されており、構成内容は以下の通りである。

第1章では計算機および計算材料科学の歴史を回顧し、その現状を明らかにすることによって、計算材料科学が材料研究において欠かせない存在であり、実験的研究では困難とされている分野でその威力を発揮することができることを述べた。さらに最近の光ファイバー中の点欠陥に関する理論的研究の結果をまとめ、まだ解明されていない問題点を明らかにすることによって本研究の目的を明確にした。

第2章では本研究に用いた固体電子構造の計算方法の理論的な基礎を述べた。まず、第一原理的計算法の基礎となる密度汎関数理論およびバンド計算法について説明した。次にポテンシャルの扱いや全エネルギーの計算法、Hellmann-Feynmann力などの計算に必要な理論を説明した。そして、第一原理分子動力学法の原理と共役勾配法について説明した。

第3章では並列化導入による第一原理計算の高速化について述べた。共役勾配法に代わりRMM-DIIS(Residual minimization method - direct inversion in the iterative subspace)法を用いた第一原理擬ポテンシャル法プログラムを新たに開発し、バンド間並列化を行った。2種類の比較的大きな系でのテスト計算結果を示し、RMM-DIIS法によるバンド間並列の効率について考察した。

第4章では光ファイバー材料の計算機シミュレーション結果を示した。

4.1節では欠陥を含まないSiO2ガラスおよびGeO2ガラスのシミュレーション結果を示した。まず古典分子動力学法によりガラスの初期構造を作成し、得られた構造をさらに第一原理分子動力学法により構造緩和を行うことによりSiO2ガラスおよびGeO2ガラスを得た。得られたガラス構造の原子構造と電子状態を詳細に検討し、2つのガラスの違いを明らかにした。

4.2節では光ファイバー材料中の酸素欠乏欠陥のシミュレーション結果を示した。4.1節で得られた安定構造から酸素を抜き取って構造緩和を行い、酸素欠乏欠陥の安定構造を得た。原子構造、電子状態、欠陥形成エネルギーを詳細に検討し、光誘起屈折率変化の起源について考察を行った。

4.3節では光ファイバー材料中の酸素欠乏欠陥の光誘起構造変化のシミュレーション結果を示した。スーパーセル内から電子1個を抜き取り、原子間距離を固定した構造緩和を行い、酸素欠乏欠陥の構造と全エネルギーの関係から光誘起構造変化のメカニズムについて考察を行った。

第5章では光ファイバー材料の光学特性の計算機シミュレーション結果を示した。酸素欠乏欠陥の構造変化前後での誘電率の計算を行い、光誘起屈折率変化のシミュレーションを行った。

第6章では結果を総括した。

本研究の成果とその意義は以下のようにまとめられる。

(1) 第一原理分子動力学法により初めてGeO2ガラスおよび内在する酸素欠乏欠陥を扱い、SiO2ガラスと比較した。その結果、GeO2ガラス中では酸素欠乏欠陥の形成エネルギーが小さく、多くの酸素欠乏欠陥が形成される可能性のあることを示した。

(2) 励起状態での酸素欠乏欠陥の構造変化の計算機シミュレーションを行い、酸素欠乏欠陥Ge--GeがGe-E'に構造変化することを示した。

(3) 誘電率の計算機シミュレーションを行い、酸素欠乏欠陥の構造変化に伴い、屈折率が増加することを示した。

(4) (1)-(3)から、Ge添加SiO2ガラスでは特にGeO2中において極めて多くの酸素欠乏欠陥が存在し、これらがGe-E'中心へと構造変化することが、Ge添加SiO2ガラスの光誘起屈折率変化の要因と考えられる。光誘起屈折率変化の理論的研究は本研究が初めてである。ただし、吸収スペクトルの変化だけでは不十分であり、酸素欠乏欠陥の構造変化に伴う高密度化による屈折率増加のモデルを提唱した。

(5) 酸素欠乏欠陥は、ファイバーの透過損失を高めたり、濃度が製造プロセスに大きく依存するなどの問題点がある。そこで、電子構造の詳細な分析から新たな電子捕獲中心のモデルを提唱し、GeO2クラスタの大きさを制御することにより、構造欠陥がなく光に対して極めて安定なガラスでも効率的にレーザー光による書き込みができる可能性を示した。

(6) 屈折率(誘電率)の計算は非常に多くの計算時間が要する。しかしながら比較的大きなスーパーセル(原子数96)を用いたにもかかわらず、屈折率変化を算出することにできた。このことは、開発中の誘電率計算プログラム「Phase」が様々な系に適用できることを示している。例えば、半導体分野において次世代CMOSデバイスに求められているHigh-kゲート絶縁膜材料の探索などに適用することも可能であり、本研究は新たな材料や技術の開発に大きく寄与するであろう。

審査要旨 要旨を表示する

光通信需要は現在著しく増加しており、波長多重方式による大容量・高速の光ファイバー網の設置が急がれている。波長多重方式における光通信技術の将来の課題の一つは情報ネットワークの全光化であり、電気信号処理でまかなっている部品を光回路に置き換えることであると言われている。そのためにはガラス材料の内部に種々の機能を搭載した光集積回路を実現する必要があり、ガラス内部や表面に光により新たな機能を作りこむ技術の確立が必要不可欠である。光加工の例としてファイバー回折格子がすでに実用化されている。これは、Ge添加SiO2ガラスにレーザー光を照射すると屈折率変化が誘起されることを利用して、光ファイバーのコアに周期的な屈折率変化を書き込んだものである。光加工の広範囲な応用を実現するためには光反応機構の解明が必要であり、光反応にはガラス材料中の点欠陥が重要な役割を果たすと考えられているため、その基礎的研究が求められている。本研究は、このような背景の下に、第一原理分子動力学法を用いてGe添加SiO2ガラス中の点欠陥の原子構造・電子状態を理論的に計算し、材料の光学特性のシミュレーションを行ったものである。すなわち、電子論の観点から光誘起屈折率変化のメカニズムを考察することを主たる目的としたものであり、全6章からなる。

第1章は序論であり、ガラス中の点欠陥に関するこれまでの研究を、主に計算機シミュレーションの観点から概観し、本研究の目的と論文の構成について述べている。

第2章では、固体電子構造の計算方法について述べている。本論文で用いられた第一原理分子動力学法は、密度汎関数理論に基づく平面波展開擬ポテンシャル法によるバンド計算法である。

第3章では、バンド間並列化導入による第一原理計算の高速化について述べている。従来の共役勾配法に代わりRMM-DIIS(Residual minimization method- direct inversion in the iterative subspace)法を採用した第一原理擬ポテンシャル法の計算プログラムを新たに開発している。バンド間並列化を行った結果、プロセッサ数にほぼ反比例して演算時間が減少している。RMM-DIIS法が原子数の多い系のための高速計算手法として有効であることが明らかにされている。

第4章では、光ファイバー材料であるSiO2ガラスとGeO2ガラスの原子構造と電子状態のシミュレーションを行っている。まず、古典分子動力学法を用いてガラス構造を計算し、得られた構造をさらに第一原理分子動力学法を用いて構造緩和を行うことにより、欠陥を含まないガラス構造モデルを作成している。得られたSiO2ガラスおよびGeO2ガラス構造モデルの原子構造と電子状態は実験結果(二体相関関数、XPSスペクトル)とよく合致していることを確認している。次に、ガラス中の酸素欠乏欠陥のシミュレーションを行っている。GeO2中ではボンドネットワークの柔軟性により欠陥近傍の歪みが緩和しやすく、短いGe-Ge間距離で安定化しており、その結果、酸素欠乏欠陥の形成エネルギーがSiO2中に比べて小さくなると述べている。従って、実験で観測されているように、SiO2中に比べてGeO2中には多くの酸素欠乏欠陥が存在すると結論している。さらに、励起状態における酸素欠乏欠陥の構造変化のシミュレーションを行っている。その結果、GeO2中のGe-Geにレーザー光が照射されると結合が切断されて非対称緩和が生じ、Ge-E'中心が形成されることにより、ギャップ中に存在する欠陥準位が高エネルギー側にシフトするというモデルを提案している。

第5章では、光ファイバー材料であるSiO2ガラスとGeO2ガラス、およびガラス中の点欠陥の光学特性のシミュレーションを行っている。まず、SiO2ガラスとGeO2ガラスの電子系誘電関数のシミュレーションを行い、実験的に求められた光学スペクトルをよく再現していることを確認している。次に、ガラス中の酸素欠乏欠陥およびレーザー光照射により形成されるGe-E'中心の電子系誘電関数を計算し、光誘起屈折率変化のシミュレーションを行っている。その結果、酸素欠乏欠陥の構造変化により屈折率が0.11 (スーパーセルあたり) 増加すると結論している。これは、実験の欠陥濃度で換算すると 0.4×10-5 となり、実験値の上昇分に近いとしている。

第6章は、本研究の総括である。

以上を要するに、本研究は第一原理計算を用いて、従来難問とされていた光ファイバー材料における「光誘起屈折率変化のシミュレーション」を行い、電子論の観点から光反応機構の解明を図ったものである。その結果、Ge添加SiO2ガラスにおいて、GeO2領域に多くの酸素欠乏欠陥が存在し、これらが光照射によってGe-E'中心へと構造変化することにより光吸収スペクトルが変化し、屈折率が増加すると結論している。これは、ガラス中の酸素欠乏欠陥濃度を高くすることにより、より大きな光誘起屈折率変化を得ることができること、レーザー光による加工の応用範囲をこれまで以上に広げることが可能であることを示したものであり、材料物性工学の発展に大きく寄与している。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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