学位論文要旨



No 119066
著者(漢字) 西村,仁志
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,ヒトシ
標題(和) アルミナセラミックスの粒界原子構造と高温変形挙動
標題(洋)
報告番号 119066
報告番号 甲19066
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5798号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 枝川,圭一
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 山本,剛久
 東京大学 助教授 渡邉,聡
内容要旨 要旨を表示する

一般に扱われる材料はそのほとんどが多結晶体である.多結晶体には様々な微細構造が含まれており,それらが材料特性を決める要因となっている.その中でも特に結晶粒と結晶粒の界面である粒界には昔から注目が集まっており,数多くの研究が成されている.しかしながら粒界が及ぼす様々な現象に対する本質的な理解という面では未だ不明な点が数多く残されている.その一因となっているのが,粒界性格による粒界の多様性である.つまり粒界を形成する結晶粒の方位関係や粒界面が異なれば,粒界構造やその性質そのものまで異なるものとなる.このような情報を様々な粒界が含まれている多結晶体から得ることはほとんど不可能であるが,これを解決するために特に金属材料の分野では双結晶を用いた研究が成されてきた.双結晶では粒界性格を制御した粒界を自由に作製できるため,粒界性格と粒界構造・特性との関連を明らかにすることができる.それに加え,近年,TEMをはじめとする電子顕微鏡技術等や分析技術の進歩から原子・電子レベルで材料の情報を得ることができるようになってきた.よって多様な性格を有する「粒界」の構造や特性を本質的に理解することができるようになりつつある.

本研究で取り扱ったアルミナ(Al2O3)セラミックスは高温強度や耐クリープ特性などが優れている代表的な高温構造用セラミックスである.Al2O3のこれらの特性は結晶そのものだけでなく粒界の構造や性質に依存していることが知られている.例えば,その変形特性は粒界すべりや粒界拡散といった粒界現象と密接に関連している他,粒界への不純物偏析によって特性を大きく変えることも明らかとなってきた.こうした現象の本質的な理解を得ることが,今後のさらなるAl2O3セラミックスの応用につながると言える.そこで本研究ではAl2O3双結晶を用いて粒界原子構造とAl2O3の最も重要な特性の1つである高温特性との関連を明らかにすることを目的とし,新規材料設計の指針を得ることを目指した.

アルミナ粒界の原子構造と粒界すべり挙動とを関連付けるに当たり,まず粒界原子構造を明らかにし,その特徴を明確にすることを目的とした.系統的に[0001]軸回りのアルミナ対称傾角粒界を作製し,HRTEM観察を行ったところ,双結晶粒界にはアモルファス相等の第二相は見られず,原子レベルで直接接合していることが確認された.

[0001]小傾角粒界は粒界転位が周期的に導入された構造で構成されており,傾角が大きくなるほどその間隔は狭くなっている様子が観察された.その転位は完全転位ではなく,分解した2つの部分転位(バーガースベクトル:1/3[10_10],1/3[01_10])と積層欠陥から形成された転位列によって記述することができる.そしてその分解距離は転位間に働く弾性反発力と積層欠陥領域を縮めようとする引力とのバランスによって決定される.NearΣ3粒界もまた転位列によって構成されておりΣ3方位関係のDSCベクトルに相当する1/3[10_10]の転位が周期的に導入されていることが明らかとなった.

7種類の対応粒界の粒界原子構造解析をHRTEM及び格子静力学計算を用いて行った.その結果,HRTEM像と計算から得られた原子モデルは良く一致しており,実際の構造を理論的に上手く再現できたと言える.また,解析を行った全ての粒界は幾何学的には対称傾角粒界であるが,粒界方向に並進成分を持つため原子レベルでは非対称な構造を有していることが明らかとなった.これは粒界を形成する両結晶面の電気的な反発を緩和するために粒界に沿った剛体変位が生じた結果である.その結果,Σ7/{4_510}粒界以外の6種類の粒界は粒界構造中に原子の存在しないスペースを含むこととなった.これは格子のひずみではなく安定状態へ剛体変位した結果であるので,原子スペースの有無と構造の安定性が直接関連することはない.さらに等価な粒界面を持つΣ7及びΣ21粒界を詳細に比較,検討したところ,等価な粒界面で形成された粒界はΣ値が異なっていても非常に類似した構造を持つことが明らかとなった.つまり,粒界構造はΣ値よりもむしろ粒界面に強く依存していることが示唆されたと言える.

このように粒界原子構造はその粒界性格によって全く異なっており,粒界エネルギーもまたそれに強く依存していることが明らかとなった.これまで粒界を整理する指標としてΣ値が一般的に用いられてきた.しかしながら,粒界構造や粒界の基本的な特性の1つである粒界エネルギーはΣ値ではなくそれを形成する粒界面と密接な関係があることが本研究によって示唆された.よって粒界を起源とする様々な材料特性もまた粒界を形成する粒界面に着目して理解することが重要であると思われる.

アルミナ多結晶体の最も重要な高温変形メカニズムの1つである粒界すべり挙動に関する本質的な理解を得るため,粒界すべり挙動を原子レベルから明らかにすることを目的とした.7種類の[0001]対称傾角粒界を有する双結晶において圧縮クリープ試験を行い,第二章で考察した粒界原子構造との相関性を検討した.実験では粒内の転位の活動を抑え,粒界すべりのみが起こる条件を採用した.その結果,粒界すべりのみがクリープ変形に寄与するように変形させることに成功した.またその挙動は粒界性格によって異なる挙動を示していたが,Σ値や傾角といった幾何学的なパラメータでその挙動を整理することはできなかった.これに対して粒界原子構造に注目すると,第二章で明らかとなった構造が類似している粒界は,粒界すべり挙動も類似していることが分かった.さらに粒界原子構造とすべり挙動との関係を調べると,その構造中に原子スペースを含む粒界のほうが粒界すべりが容易であるという傾向が得られた.そこで,Al2O3の粒界拡散を律速すると考えられているAlの粒界原子密度を見積もった.すると粒界極近傍の原子密度とすべり速度との間に相関性が見られ,粒界を形成する原子密度が小さいほどクリープ変形が起こりやすいことが明らかとなった.よって粒界すべり挙動は粒界原子構造と直接関連があるものと考えられる.

変形後の粒界の状態を光学顕微鏡,SEMによって観察したところ,多くの粒界で粒界に沿ったポアが観察され,粒界拡散による変形が生じていることを伺わせた.またΣ7/{4510}粒界はマクロレベルで見て粒界移動が起こっていることが明らかとなった.変形後のΣ31粒界を詳細に観察するためTEMによる観察を行ったところ,粒界及びその周辺で転位はほとんど観察されなかった.つまり,この変形が粒界転位を主機構とした現象ではないことが示唆された.またHRTEM観察の結果,原子レベルでは粒界がwavingしていることが明らかとなった.この粒界移動現象はAl2O3の低エネルギー面である(11_20)面に沿って起こっているものと思われ,Ashbyによって提案されている粒界すべりモデルに準じたメカニズムによって進行しているものと考えられる.

以上のように,Al2O3の粒界すべり挙動は粒界原子構造と直接関連があり,構造中の原子の移動といった粒界拡散現象によって進行することが示唆された.今後,粒界性格に着目した材料開発技術が確立した時に,本研究で得られた知見が重要な指針となることを期待する.

Al2O3粒界への不純物効果を明らかにするため,Y,Tiといった不純物が原子レベルで粒界原子構造やすべり挙動に及ぼす影響に関して新たな知見を得ることを目的とした.YもしくはTiを偏析させたAl2O3双結晶を作製し,HRTEM観察や圧縮クリープ試験を行った.Y添加Σ31粒界の粒界すべり速度は無添加Σ31粒界と比較して約二桁小さくなることが分かった.よって単一粒界そのもののすべり抵抗がY添加によって高くなると考えられる.またYの偏析によって粒界原子構造はほとんど変化していないことが分かった.格子静力学計算によるとYは粒界の原子スペース近傍に偏析することが明らかとなり,それによって粒界構造が変化しないことも理論的に示された.Σ7/{4_510}粒界は比較的原子が密に詰まった粒界である.この粒界にYを添加した場合,Yは粒界上で比較的Alが乱雑なサイト及びその近隣のサイトに偏析することが分かった.この場合でも構造変化はあまり起こらずクリープ変形もΣ31と同様に抑制される.以上よりYの偏析は粒界構造を変化させることなくクリープ変形を抑制する.これはYoshidaらによって提案されているようにY周辺のAl-O間のイオン結合力を増加させることで,粒界拡散を抑制し粒界すべりを困難にしているものと推測される.

Ti添加Σ7/{4_510}粒界ではYの場合と同様の方法を用いたにも関わらず,TEM-EDSによってTiを検出することはできなかった.TiはYよりもわずかだが粒内への固溶量が多いことがその原因であると思われる.しかしながら長時間クリープにおいては無添加の場合と比べてかなりクリープ変形が大きくなったことから,EDS検出限界以下ではあるがTiが粒界に存在し粒界すべりを抑制していることものと予想される.また言い換えるとその程度のTi偏析量でも十分粒界すべり抑制効果があることを示唆している.HRTEM像からはTi添加による構造の変化は認められなかった.よって構造変化なしに粒界すべりを抑制しているものと思われる.TiはAl2O3中ではたいてい4価で存在するが,この場合電気的中性を保つため点欠陥が導入される.よって粒界拡散の促進はTiによるAl-Oイオン結合力の低下,もしくは点欠陥導入によるもののどちらかであると思われる.

審査要旨 要旨を表示する

アルミナ多結晶体は代表的な高温構造用セラミックスであり、その巨視的な特性は粒界の構造や性質に強く依存している。またその粒界も粒界性格によって様々な構造や特性を有する。よって粒界が及ぼす材料特性を本質的に理解するためには、様々な粒界を系統的に調査し、各粒界の構造と物性との関係を明らかにすることが重要となる。本論文では、アルミナ双結晶を用いて系統的に[0001]軸を回転軸とする対称傾角粒界を作製し、粒界原子構造の定量的な解析を行うことによって、粒界原子構造と粒界すべり特性との相関性、粒界における不純物偏析効果を明らかにすることを目的としている。粒界原子構造は高分解能透過型電子顕微鏡法(HRTEM)、格子静力学法によって実験的理論的に解析した。そしてその粒界すべり挙動を圧縮クリープ試験によって測定し、粒界原子構造との相関性を明らかにした。また不純物を粒界に偏析させた双結晶を作製し、それによる粒界構造の変化やすべり挙動への影響を明確にした。本論文は五章からなる。

第一章は序論であり、アルミナ結晶及び粒界の幾何学モデルに関して概説し、双結晶研究の有用性や実験手法に関する概略を述べている。また、本研究の位置づけ、重要性、新規性などとともに本研究の目的について述べている。

第二章では、アルミナの粒界原子構造を定量的に明らかにすることで、包括的にその特徴を明確にすることを目指している。本研究において独自に作製したアルミナ双結晶をHRTEM観察することによって、粒界にはアモルファス相等の第二相は見られず原子レベルで直接接合していることが確認された。また、小傾角粒界は、完全転位ではなく分解した2つの部分転位と積層欠陥から形成された転位列によって構成されていることが分かった。さらに、その分解距離は転位間に働く弾性反発力と積層欠陥領域を縮めようとする引力とのバランスによって決定されることを明らかにし、この小傾角粒界においては部分転位に分解して存在する方がエネルギー的に有利であることを実証した。また、nearΣ3粒界も転位列によって構成されており、Σ3方位関係のDSCベクトルに相当する転位が周期的に導入されていることが分かった。一方、対応粒界の粒界原子構造解析を行った結果、HRTEM像と計算から得られた原子モデルは良く一致した。さらに定量的な解析を行った結果、全ての粒界は幾何学的には対称傾角粒界であるが、粒界方向に並進成分を持つため原子レベルでは非対称な構造を有していることが分かった。また、大部の粒界が比較的大きな原子空隙をその構造中に含んでいること、粒界構造はΣ値よりもむしろ粒界面に強く依存していることなどについても明らかにした。最後にサーマルグルーヴィング法によって粒界エネルギーを測定し、それが粒界性格に強く依存していることも実験的に明らかにした。

第三章では、粒界構造と粒界すべり挙動との相関性について検討している。その挙動は粒界性格によって異なっていたが、Σ値や傾角といった幾何学的なパラメータでその挙動を一義的に整理することはできなかった。そこで粒界原子構造に注目したところ、粒界極近傍の原子密度とすべり速度との間に相関性が見られ、粒界を形成する原子密度が小さいほどクリープ変形が起こりやすいことが明らかとなった。また、変形後の粒界観察において転位の発生は観察されなかったことから、この変形は転位の活動ではなく粒界拡散を主機構とした現象であることが示唆された。さらに、HRTEM観察の結果、アルミナの低エネルギー面である{11_20}面に沿って粒界がwavingしていることが分かった。これは、今回の粒界すべりが、Ashbyによって提案されている粒界すべりモデルに準じたshufflingメカニズムによって進行していることを示唆している。

第四章では、Y、Tiといった不純物が原子レベルで粒界構造やすべり挙動に及ぼす影響に関して新たな知見を得ることを目的としている。まず、不純物を偏析させたAl2O3双結晶を作製し、HRTEM観察や圧縮クリープ試験を行った。その結果、Yの偏析によって粒界原子構造はほとんど変化しないが、その粒界すべり挙動は無添加粒界と比較して大きく抑制されることが分かった。また、格子静力学計算によってYは粒界の原子スペース近傍に偏析することが明らかとなり、Yの微量偏析では粒界構造はほとんど変化しないことが理論的にも示唆された。一方、Ti添加粒界は無添加の場合と比べて、かなりクリープ変形速度が大きくなったことから、Tiが粒界に偏析し粒界すべりを促進していることものと予想される.またこの場合もTi添加による構造の変化は認められなかった。こうした粒界すべり挙動の変化は、第三章で示したような構造上の要因ではなく不純物が存在することによるAl-Oイオン結合力の増減によるものと結論づけた。

第五章は総括であり、本論文全体の成果がまとめられている。

以上を要約すると、本論文では、まず系統的にアルミナ粒界の原子構造を調べることで、その特徴を包括的に理解している。そして粒界特性の1つである粒界すべり挙動と粒界原子構造との本質的な相関性を見出した。さらには、不純物による粒界原子構造及び粒界すべり挙動への影響に対して実験、理論の両面からアプローチし、新たな知見を得た。以上、本論文で得られた成果は、アルミナセラミックスの粒界研究に大きなブレークスルーを与えるものと期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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