学位論文要旨



No 119068
著者(漢字) 山本,晃生
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,アキオ
標題(和) クラスターグラスの特性を持つLa(Mn,Ni)O3の巨大磁気抵抗効果
標題(洋)
報告番号 119068
報告番号 甲19068
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5800号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小田,克郎
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 助教授 渡邉,聡
内容要旨 要旨を表示する

ペロブスカイト型結晶構造を持つランタンマンガン系酸化物(LaMnO3)は強相関電子系の物質であり、Laの一部を2価のイオン(SrやCaなど)で置換しMnイオンの価数を制御することで、磁場を印加した際に負の超巨大磁気抵抗効果を示すことが知られている。またこの価数制御した材料は常磁性−強磁性転移を示す温度付近に金属絶縁体転移を持ち、この転移温度付近で最も磁気抵抗効果が大きくなることが知られている。また(La,Sr)MnO3の多結晶体では多結晶体材料特有の粒界の間で起こるトンネル磁気抵抗により低温で弱磁場でも負の大きな磁気抵抗が得られている。このような電磁気特性を有するMn系酸化物は次世代の磁気ディスクの読み出しヘッドとして、様々な創意工夫が行われ応用面での研究も行われている。しかし今だMn系酸化物を用いた磁気ヘッドは実用化されていない。

以上から私は磁気転移温度の上昇や弱磁場での磁化の変化率の向上を図るための基礎的な研究を行っている。特に多結晶体試料は単結晶試料と違い低温においても高い磁気抵抗を維持することができるが、その機構は十分解明されていない。巨大磁気抵抗効果を示すMn系酸化物ではMn4+-O2--Mn3+間の2重交換相互作用による電気伝導と磁性状態が重要であることを踏まえ、本研究は「Laサイトには何も置換しない状態でMnの一部にNiを置換する」という操作で磁性状態とMnイオンの価数を制御した多結晶体材料における磁気抵抗効果について研究を行った。試料は固相反応法により作製したLa(Mn,Ni)O3を用いた。

粉末X線回折法の結果作製した試料はどれもペロブスカイト構造を取っていることを確認した。また結晶構造は菱面体晶(単位格子の取り方よって六方晶に変換できる)であることがわかった。図1にNi置換や過剰酸素によりMn4+を18%含んだLa(Mn0.9Ni0.1)O3+δの各温度における5Tの磁場を印加した際の磁気抵抗の結果を示す。室温ではほとんど磁気抵抗が得られていないが低温になると大きな負の磁気抵抗が得られているのがわかる。またこの試料には多結晶体(La,Sr)MnO3で見られる弱磁場での大きな抵抗の落ちは見られないのが分かる。図2の(a)にこの試料の比抵抗の温度依存性を示す。金属絶縁体転移は見られず低温になるにつれて比抵抗が増大しているのがわかる。図2の(b)に磁気抵抗効果の温度依存性を示す。磁気抵抗はゼロ磁場と5Tの磁場を印加したときの比抵抗の値から算出した。室温から低温にむけて磁気抵抗が大きくなり160K付近でピークを持っているのが分かる。またさらに低温になると一度小さくなった磁気抵抗が再度大きくなる興味深い振る舞いをしているのがわかる。図2の(c)に磁化の温度依存性を示す。MZFCは室温から低温にゼロ磁場の状態で温度を下げた後(Zero Field Cooling)、5Tの磁場を試料に数秒印加し再度ゼロ磁場まで磁場を下げて試料を着磁させ、70Oeの磁場を印加した状態で室温に向けて測定した磁化である。MFCは70Oeの磁場中冷却(Field Cooling)を行いながら測定した磁化の温度依存性である。MZFCとMFCで低温で磁化の大きさに違いが生じているのがわかる。これはMn3+同士の超交換相互作用が導く反強磁性相互作用とMn4+とMn3+の間の2重交換相互作用が引き起こす強磁性相互作用、さらにNiイオンとMnイオン間の超交換相互作用が引き起こす強磁性相互作用の競合によりクラスターグラス的なスピンフラストレーションが起きているからだと判断できる。磁気抵抗の温度依存性とMZFCの温度依存性を比べると、キュリー温度付近で磁気抵抗が大きくなった後、またスピンフラストレーションが大きくなる温度領域に対応して磁気抵抗が大きくなっているのが分かる。図2の(d)には六方晶の格子定数比c/aの温度依存性を示した。六方晶は格子定数比のc/aが2.45の値をとるとき単位格子の取り方が違うだけで立方晶と同じ結晶構造になることが知られている。つまりc/aが2.45の値に近づくほど結晶構造の対称性が良くなるといってよい。MZFCの磁化の温度依存性とc/aの温度依存性を比べるとキュリー温度以下の温度領域において磁化が大きな温度領域ではc/aが2.45の値に近づき、スピンフラストレーションが大きくなる低温になるにつれてc/aが2.45の値から離れて結晶構造の対称性が悪くなっているのがわかる。これは2重交換相互作用による強磁性相互作用が結晶構造の対称性が良いほど働きやすいために、結晶構造の対称性が良い温度領域では強磁性が強くスピンフラストレーションが弱くなることを意味すると考えられる。また磁気抵抗の温度依存性とc/aの温度依存性を比較するとキュリー温度以下の温度領域で結晶構造の対称性が悪くなると磁気抵抗が大きくなっているのがわかる。磁気抵抗の大きさは無磁場の状態でのMnサイトのスピンの向きと外部磁場を印加したときのスピンの向きのスピン変化率で決まるが、前述の結果を踏まえると、結晶構造の対称性が悪くスピンフラストレーションが大きく働いている温度領域では無磁場でのスピン方向が揃っていないので磁場を印加した際のスピン変化率が大きくなり磁気抵抗が大きくなる。逆に結晶構造の対称性が良くスピンフラストレーションが小さい温度領域では無磁場の状態ですでに強磁性的にスピン方向が揃っているために磁場を印加した際のスピン変化率は小さくなり磁気抵抗が小さくなったと考えることができる。つまりキュリー温度以下での磁気抵抗の増減はクラスターグラス的なスピンフラストレーションによる磁化(MZFC)の振る舞いに対応していると結論付けることができる。図3にNi1%置換試料とNi3%置換試料の磁化と磁気抵抗の温度依存性を示す。Ni10%置換試料と同じくスピンフラストレーションが低温において磁気抵抗の大きさを左右している要因であることをうかがい知る事が出来る[1][2]。

次に過剰酸素の影響を調べるために新たに焼結雰囲気を大気中と酸素雰囲気中とで変えたLaMn0.9Ni0.1O3+δの試料を作製した。酸素雰囲気焼結の試料の方が大気中焼結試料よりMn4+を多く含ませることができた。過剰酸素を多く含むということはLaやMnサイトにその分欠損を生じさせるということを意味する。よってMn-O-Mn間に働く2重交換相互作用などの強磁性相互作用を弱める働きをすることになる。図4に示すように酸素雰囲気焼結を行いMn4+を多く含んだLaMn0.9Ni0.1O3+δはキュリー温度が低くなっているのがわかる。一方、キュリー温度付近の磁気抵抗効果は酸素雰囲気焼結試料の方が高くなっているのがわかる。この酸素雰囲気で焼結した試料の方が磁気抵抗が大きくなった理由は、欠損が多いため2重交換相互作用による強磁性領域が長距離に及ばず、短距離な強磁性領域(クラスター)を作ったために、無磁場でのスピン方向が強磁性的に十分揃わず、外部磁場を印加した際のスピン変化率が大気中焼結の欠損が少ない試料に比べて大きくなるためだと考えられる。

以上のように存在が明らかになったクラスターグラス領域に働く強磁性的相互作用が熱に対してどのような挙動を示すかを調べるために、このMn4+比が違う2種類のLaMn0.9Ni0.1O3+δの熱残留磁化の温度依存性を調べた。その結果熱残留磁化は温度変化に対しエクスポネンシャル的に減少することを確認した[3]。これは試料がクラスターグラスなすピンフラストレーションを持っていることを意味する。

またLaMn0.9Ni0.1O3+δのLaサイトに一部3価のYイオンを置換することで試料の結晶構造の対称性を上げ、キュリー温度の上昇と室温に向けての磁気抵抗を大きくすることができた。

以上をまとめると次のようになる。

結晶構造の対称性が上がると、2重交換相互作用による強磁性配列が働きやすくなりキュリー温度が上昇するが、無磁場でスピン配列が揃っている分磁場を印加した際のスピン変化率が小さくなり磁気抵抗が小さくなってしまうことが分かった。逆に、結晶構造の対称性が多少悪くなると、2重交換相互作用による強磁性配列が働きにくくなりキュリー温度が低下するが、一方で無磁場で強磁性的にスピン配列が揃っていない分磁場を印加した際のスピンの変化率は大きくなり磁気抵抗は大きくなることが分かった。また、スピンフラストレーションが強く働いている温度領域や、Mnサイトの欠損によって強磁性相互作用が長距離に及んでいない試料では、無磁場の状態で強磁性配列をとっている領域(クラスター)が小さいために、外部磁場を印加した時のスピン変化率が大きくなる結果、磁気抵抗効果が大きくなることが分かった。このキュリー温度以下の磁気抵抗の温度依存性がクラスターグラスのスピンフラストレーションの程度に左右されていることを突き止めることができたことは大きな成果だと思われる。

Ni10%置換焼結試料の磁気抵抗

LaMn0.9Ni0.1 O3+6における(a)比抵抗(b)磁気抵抗(c)磁化(d)c/a温度依存性

M ZFCとMRの温度依存性

70Oe磁場を印加した際の磁化と磁気抵抗(5T)の温度依存性

A.Yamamoto and K.Oda : J.Phys.:Condens. Matter 14 (2002) 1075A.Yamamoto and K.Oda : J.Phys.:Condens. Matter 15 (2003) 4001A.Yamamoto and K.Oda : Rev.Adv.Mater.Sci.5 (2003) 34
審査要旨 要旨を表示する

ペロブスカイト型結晶構造(ABO3)を持つLaMnO3は3価のLaの一部を2価のCaやSrで置換しMnの価数を制御することで負の超巨大な磁気抵抗(CMR)効果を金属-絶縁体転移を伴う常磁性-強磁性転移温度付近で起こすことが知られている。この磁気転移と電気輸送特性の関連は定性的に3価と4価のMnイオン間に生じる2重交換相互作用の機構によって説明される。また、電子-格子相互作用や電荷軌道整列などの現象が複雑にからみ合うことで時には磁気転移温度付近で抵抗率が数桁もかわることが知られている。さらに、多結晶体試料のLaMn系酸化物においては磁気転移温度よりかなり低温の強磁性領域においても弱磁場で高い磁気抵抗を保持することがある。この機構は粒界でのキャリアーのトンネリング効果による現象であると言われているが詳細は不明である。一方、応用面でも次世代の磁気記録読み取りヘッドへ応用しようと多くの研究がなされている。これらの磁気抵抗効果はすべてLaサイトを価数の違う別の元素で置換することで3価のMnイオンの一部を4価に変える操作で発現している。本研究ではMnの一部を価数の違う2価のNiイオンで置換することで4価のMnイオンをドープし、巨大な磁気抵抗の発現と磁性状態や電気輸送特性における関連を調べている。その結果多結晶体LaMn系酸化物におけるキュリー温度以下の強磁性温度領域における磁気抵抗の発現機構をトンネリング効果以外の機構である、強磁性と反強磁性との競合でおこるMnサイト間のスピンフラストレーションの磁性状態から解明することに成功している。論文は6章より構成されている。

第1章は序論にあたり、本研究の背景となるAサイト置換を施した(La,A)MnO3 (A=Sr,Ca,etc.)の電気磁気特性について概観し、研究の目的と論文の構成を述べている。

第2章では、Mnの一部をNiで置換したLa(Mn,Ni)O3を作製し、その磁性特性と電気輸送特性を評価している。2価のNiを3価のMnイオンに一部置換することで4価のMnイオンが生成され、キュリー温度付近にピークを持つ巨大な磁気抵抗効果(<46%)を発現させている。また、一般的な(La,A)MnO3 (A=Sr,Ca,etc.)のCMRの発現と異なり、低温になるにつれて抵抗率は上昇する特性を観察している。さらにキュリー温度付近で一度大きくなった磁気抵抗は低温になるにつれて一度小さくなった後にさらに低温で大きくなる現象を観察している。この磁気抵抗のキュリー温度以下の増減は従来の説では説明することができない。本研究はLa(Mn0.9Ni0.1)O3+δがクラスターグラスというスピンフラストレーションの磁性状態を発現していることを突き止めた。クラスターグラスとは、ある磁気秩序を持った領域同士がランダムな方向をむいて凍結しているスピンフラストレーション状態をさす。このクラスターグラスの発現はMnイオン間に働く反強磁性や強磁性相互作用の他に、NiイオンとMnイオンの間に起こる強磁性的な超交換相互作用が加わったことに起因している。また磁気抵抗とスピンフラストレーションの磁性状態と構造変化に密接な関係があり、結晶構造の対称性が悪いとスピンフラストレーションは大きくなることを示した。キュリー温度以下における磁気抵抗の増加はスピンフラストレーションが大きく働いている温度領域で大きくなることを解明している。つまり無磁場の状態で強磁性クラスター同士がランダムな方向を向いていると、外部磁場を印加した際にはスピンフラストレーションしているクラスターが外部磁場方向に揃うことでスピンの変化率が大きくなり磁気抵抗が大きくなることを突き止めた。

第3章ではLa(Mn0.9Ni0.1)O3+δの過剰酸素比を変えることで4価のMnイオン比を制御した。過剰酸素比が多い試料はLaやMnに欠損が多いことが知られている。欠損が多い試料はキュリー温度も下がり、無磁場の状態でMn-O-Mn間の伝導経路が遮断されることから2重交換相互作用などによる強磁性相互作用が弱くなる。このように無磁場の状態で強磁性領域(クラスター)が小さい場合は外部磁場を印加すると磁気抵抗は増大し5Tの外部磁場に対し磁気抵抗を最大56%に上昇させている。

第4章ではLa(Mn0.9Ni0.1)O3+δの熱残留磁化の温度依存性を測定することで、過剰酸素比が多い試料のキュリー温度が下がる現象とクラスターグラスの磁気特性との相関関係を解明した。

第5章では3価のLaの一部をイオン半径の違う3価のYで置換した(La,Y)(Mn,Ni)O3を作製し、結晶構造の対称性を制御することでキュリー温度と磁気抵抗の上昇を試みた。結晶構造の対称性が良い試料はキュリー温度付近の磁気抵抗は小さくなったが強磁性相互作用が働きやすくなりキュリー温度が上昇することを明らかにした。

第6章は総括である。

以上のように本論文では多結晶体LaMn系酸化物においてLaサイト置換ではなくMnサイト置換のみで巨大な磁気抵抗の発現を得ることができたこと、さらに主にMnサイト置換で生じるスピングラスやクラスターグラスなどのスピンフラストレーションがキュリー温度以下の磁気抵抗の発現に大きく寄与していることを先駆けて明らかにした。このように本論文の材料物性工学の寄与は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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