学位論文要旨



No 119069
著者(漢字) 尹,熙婌
著者(英字)
著者(カナ) ユン,ヒスク
標題(和) ブロックコポリマーテンプレート法を用いた酸化物メソポーラス材料の合成とその電気化学特性
標題(洋) Syntheses and Electrochemical Properties of Mesoporous Oxide Materials by a Block Copolymer Template Mechanism
報告番号 119069
報告番号 甲19069
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5801号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 講師 高井,まどか
内容要旨 要旨を表示する

近年、自己組織化といったキーワードが様々な研究分野で盛んに使われている。自己組織化高分子を鋳型とし、ゾルゲル法を用いて合成されるメソポーラス構造材料はその代表的な例である。メソポーラス構造材料は、界面活性剤やブロックコポリマーなどをテンプレートとして用い、その自己組織化構造を無機質材料に転写した後、鋳型を除去することによって得られる。メソポーラス構造材料は、従来のマクロポーラス材料(50nm以上;多孔質ガラスなど)やミクロポーラス材料(2nm以下;ゼオライトなど)では実現できなかったサイズ領域(2〜50nm)での詳細な細孔径および細孔構造の制御が可能である。この領域はこれまでに人工的な制御や作製、分析などが困難とされてきた領域である。しかし、新規技術材料の開発のためには、この領域における現象の十分な理解が不可欠である。

メソポーラス構造材料に関する研究は、1992年Mobilのグループにより水熱合成反応で第四級アンモニウムイオンの集合体が鋳型となったSiO2界面活性剤複合体(MCMシリーズ)が報告されて以来、SiO2を中心に行われてきた。メソポーラス構造材料は大きな比表面積を持ち、均一サイズを有する細孔が連続的につながっている規則構造で形成されており、薄い壁厚の無機質フレームで構成されている。そのため、触媒や吸着剤などの化学的応用をはじめとする光学、電子・電気化学的応用など様々な分野における研究が進められている。特に、上述したメソポーラス構造材料の構造特性は、新規エネルギー蓄電システムの材料として有効であると考えられる。

日々深刻になりつつあるエネルギー問題や地球環境問題を解決する手段として、従来のものよりエネルギー利用効率が高く、かつ環境負荷の小さいエネルギーシステムの開発が求められている。現在代表的に使われているエネルギーシステムには、誘電体の持つ静電容量を利用したキャパシタと酸化還元反応に伴う電気容量を利用した二次電池がある。しかし、前者は高いパワー密度を発するがエネルギー密度が低く、後者は高いエネルギー密度を有するがパワー密度が低いとの問題点を抱えている。より効率的なエネルギー利用のためには、高いパワー密度(高出力)で、高いエネルギー密度(大容量)を有する新しい材料の開発が必要とされる。メソポーラス構造材料は、以上の新規エネルギーシステム開発において有効な材料として注目できる。すなわち、メソポーラス構造材料の巨大比表面積は、リチウムイオン等とインターカレート物質(メソポーラス材料)との表面での電気化学的反応の場として有効であるため、巨大なエネルギー貯蔵容量が期待できる。また、物質表面での電気化学反応(擬似容量)であるため、速い充放電速度も期待できる。さらに、薄い壁厚の無機質フレームはリチウムイオンの拡散距離を短くするため、材料の利用効率および速い充放電速度が予想される。すなわち、メソポーラス構造材料は、高出力で大容量の新規エネルギー蓄電材料の開発のため、もっとも有効な材料となりうる。このような電気化学特性を有する材料の開発は近年注目されている電気自動車をはじめとし、ノート型パソコンや携帯電話、産業ロボットに至るまで広範囲な応用分野での利用が期待できる。そのためにはメソポーラス構造材料の電気化学的な活性化が必要である。しかし、メソポーラス構造材料研究の80%以上を占めているメソポーラスSiO2材料が絶縁体であるため、この応用分野における利用は不可能であり、これまでに進められているメソポーラス構造材料の応用に関する研究は、触媒や分離膜などの化学的応用に限られている。せっかくの優れたメソポーラス材料の構造特性を電気化学的および電子光学的分野など、幅広い応用分野で有効にするためには、Ti、W、Mo、V、Mn等の遷移金属をベースとする新しいメソポーラス構造材料の開発が不可欠である。一方、新規機能性が期待できる遷移金属材料の場合、合成時の加水分解や縮重合反応などの制御が難しく、低い熱安定性や結晶化などによるメソ構造の崩壊がしばしば起こることから、合成の成功例が少なく、その機能性評価までに至っている報告例も少ない。

そこで、本研究においてはメソ構造材料のフレームワークに電子・イオン伝導性を与えることにより得られるメソ構造材料の電気化学的応用を中心とした機能化に着目した。そのため、本研究ではTiO2や12-タングステン燐酸などのヘテロポリ酸を機能化材料として用い、電気化学的に活性な新規メソポーラス材料の基礎合成技術の開発・提案することを第一の目的とした。さらに、第二の目的として、得られたそれぞれの材料において基本電気化学特性を調べ、メソポーラス構造材料のエネルギー貯蔵材料としての可能性を探った。本研究を通じ、学術的には新規メソポーラス材料の合成法を提案し、その材料の化学的でない新しい分野における応用可能性の提案がはじめて行われた。この応用分野において、産業技術的には「メソポーラス構造材料を利用したリチウムイオン電池においての高容量・高出力特性を有する新規電極材料の開発」を向けて特性評価を行い、これらの二つの目的により各章を互いに結びつけている。

本論文の第1章では、以上で述べた研究の背景および目的を詳細に記述した。

第2章では、TiO2を用いてのメソポーラス構造薄膜の作製およびその構造・電気化学特性評価の結果について報告した。TiO2は光触媒技術や浄化技術および電池材料分野などで応用が期待されており、比表面積の巨大化などの材料特性の向上のため、メソポーラス材料としての開発に近年たくさんの注目が集まっている。本研究ではチタンテトライソプロポキシドとトリブロックコポリマーのP123を用い、前駆体溶液のpHや膜作製後の熱処理条件など合成条件を詳細に制御することにより、ヘキサゴナル型メソ構造チタニア薄膜合成に初めて成功した。メソポーラスチタニア薄膜は大きな比表面積(215±20m.g-1)および細孔径(58A)を有し、アナターゼ型TiO2の微結晶を非晶質のフレームワーク中に含む材料であることが確認された。また、電気化学特性評価では通常のTiO2材料では報告例がない特有のリチウム酸化還元反応ピークが低電位側で観察されており、構造特性との関連性は明瞭ではないが、メソ構造フレームワークの性質とメソ構造の完全性との関係が提案された。また、窒素吸着測定結果との比較研究により、比表面積の増加が容量増加に直接関連していることが証明された。さらに、本研究の目的の一つであるメソポーラス構造の電気化学的応用における有効性を証明する結果が得られており、非常に速い電流密度においても大きな容量特性を有することが確認できた。すなわち、メソポーラスTiO2材料の高出力、高エネルギー密度を発する良好なエネルギー貯蔵材料としての可能性が証明された。

第3章では、最も安定で大きな比表面積を有するメソポーラスSiO2材料を電気化学的に有効化するために、SiO2フレームワークに12タングスト燐酸(PWA)を均一に添加し、電子・イオン伝導性を向上させる方法の開発を試みた。従来の研究ではメソポーラスSiO2の細孔内にPWAを挿入する方法が用いられたため、PWAの均一な挿入が不可能で、さらに挿入されたPWAが細孔を塞いでしまうために比表面積やメソ構造の乱れなどのメソ構造の劣化が大きな問題点であった。一方、本研究ではメソポーラスSiO2の合成時にPWAを添加し、フレームワーク内に分布させる独自の合成法を開発したため、メソ構造特性の劣化を伴わずに30wt%までのPWAの添加が可能であり、TEM結果などから添加されたPWAはフレームワークに沿って均一に分布されていることが確認できた。PWA添加メソポーラスSiO2材料は非常に大きなプロトン伝導性(1E-02S.cm-1)を有する材料であった。また、電気化学的特性においては従来のSiO2やPWA粉末よりは良好な特性を示すものの、容量特性などにおいては大きな進歩が見られなかった。これは添加されたPWAが連続的なつながりを持っていないため、導電パスの形成ができず、SiO2マトリックスの大きな抵抗によるものと考えられる。

第4章では、第3章の実験を行う際に、PWAのみでのメソ構造体の作製可能性が提案されたため、その追試実験結果を報告した。PWAをはじめとするヘテロポリ酸(HPA)は、通常250℃以上での熱処理によりHPAクラスター同士の結合ができなくなるため、メソポーラス材料の作製が不可能とされてきた。しかし、本研究ではヒエラルキな構造を有するメソ構造HPA薄膜の合成に初めて成功した。この合成法は鋳型のブロックコポリマーの構造を制御することによって、容易にラメラー、キュービック、ヘキサゴナル構造に制御することが可能であり、PWAやPMoA(12モリブドリンサン)などの多くのHPAに適用可能であることが確認できた。電気化学的特性においては、前述したメソポーラスTiO2と同様に、高出力、高エネルギー密度特性が確認できており、良好なサイクル特性も認められた。

以上の結果から、本研究では、高分子テンプレート法を用いて電気化学的に活性なメソポーラス薄膜材料の基本合成法の開発に成功した。この研究によって、メソポーラス材料の新たな可能性とエネルギー貯蔵材料の新たな展望を開拓することができた。

審査要旨 要旨を表示する

メソサイズ(2-50 nm)の細孔が規則的に配列した構造を持つメソポーラス材料は、1992年Mobilのグループによりシリカ(SiO2)のメソポーラス材料の作製が報告されて以来、その大きな比表面積と規則孔構造の持つ特異な機能を用いた触媒担体、フィルター、エネルギー変換材料等への応用が期待され、大きな注目を集めてきた。メソポーラス材料は、一般に界面活性剤やブロックコポリマーなど自己組織化高分子を鋳型(テンプレート)として用い、その自己組織構造をシリカやチタニア(TiO2)などの無機物質に転写した後、テンプレートを除去する方法によって合成されるが、チタニアなどの結晶化し易い物質の場合、粗大化した結晶粒子によりメソ孔構造(フレームワーク)が破壊され、メソポーラス材料を得ることは極めて困難であるとされてきた。このことは、多くの有用な電子・光機能の発現が期待される遷移金属をベースとしたメソポーラス材料の合成は困難であることを意味し、現在のところ、メソポーラス材料の合成と応用研究のほとんどは非晶質のシリカを対象としたものに限られており、新機能を有するメソポーラス材料の作製法の確立が切望されている。本論文は、フレームワークに電子・イオン伝導性を付与することにより、特異な電気化学的機能を有するメソポーラス材料の開発を目指した基礎研究を纏めたものであり、全5章よりなる。

第1章は序論である。メソポーラス材料の合成と応用における現在の技術的な問題点とそれが解決されたときの極めて多様な応用展開、特に新規蓄電システム材料としての応用の可能性について述べた後、本研究の主題であるフレームワークエンジニアリングの科学的重要性について言及し、本研究の背景と目的について述べている。

第2章では、それまでほとんど報告例の無かったチタニアメソポーラス薄膜の作製を行い、その構造及び電気化学特性の評価について述べている。具体的には、チタンテトライソプロポキシドとトリブロックコポリマー(P123)を用い、前駆体溶液濃度、pH、熱処理条件等の合成条件を精密に制御することにより六方メソ孔構造チタニア薄膜の合成に成功し、その薄膜は大きな比表面積(215±20m2/g)と細孔径(58A)を持ち、アナターゼ型TiO2の微結晶を非晶質のフレームワーク中に含んでいることを確認している。また、リチウムイオン電池に関連する電気化学的特性の評価から、作製されたメソポーラスTiO2薄膜は高出力・高エネルギー密度を与える良好なエネルギー貯蔵材料としての可能性を有することを明らかにしている。

第3章では、最も安定且つ大きな比表面積を有するメソポーラスSiO2材料にホスホ12タングステン酸3水素(PWA)を添加し、本来絶縁体であるSiO2のフレームワークに電子・イオン伝導性を付与し、電気化学的機能を向上させるための検討を行っている。従来研究では、メソポーラスSiO2材料(粉体)を作製した後、その細孔内にPWAを挿入する方法が用いられており、PWAの均一な挿入がほとんど不可能で、さらに挿入されたPWAが細孔を塞ぎ、比表面積の低下とメソ構造に大きな乱れを惹起することが大きな問題点となっていた。そこで、本研究ではメソポーラスSiO2の合成時にPWAを添加し、フレームワーク内に分布させることにより上記の問題を解決することを試み、合成条件を詳細に検討することによりその手法の確立に成功している。これにより、メソ構造の劣化を招くことなくPWAを30wt%まで添加したメソポーラスSiO2材料の作製が可能となり、添加されたPWAは透過型電子顕微鏡(TEM)像の解析からフレームワークに沿って均一に分布していることを確認している。また、PWA添加メソポーラスSiO2材料は非常に大きなプロトン伝導性(1×10-2 S・cm-1)を示すことが確認されたが、一方で十分な大きさの電気化学的容量特性を有さないことも明らかにしており、これはフレームワーク中のPWAが連続的な繋がりを持たず、導電パスの形成が不十分であることによると考察している。

第4章は、3章の実験研究の過程で新たに見出した結果に基づき、従来全く報告例のないPWAのみによるメソ構造体の作製の可能性について述べている。ヘテロポリ酸(HPA)は、通常250℃以上の温度で熱処理を施すとHPAクラスター間の結合が失われ、メソポーラスHPA材料の合成は不可能であるとされてきた。ところが、本研究においてテンプレートとして用いるブロックコポリマーの構造を適切に選択することにより、ラメラ、六方及び立方メソ構造を有するHPA薄膜の合成に初めて成功している。この合成法は、PWAのみならずホスホ12モリブデン酸3水素(PMoA)など多くのヘテロポリ酸に適用することが可能であることを確認している。また、メソポーラスHPA薄膜はメソポーラスTiO2薄膜同様、高出力・高エネルギー密度特性を有することが確認され、電気化学的応用に対する良好な特性を有していることを明らかにしている。

第5章は、本論文の総括である。

以上のように、本論文は、自己組織高分子をテンプレートとして用い、電気化学的に活性なメソポーラス材料の新しい合成法を提案しており、メソポーラス材料における合成と電気化学的応用研究の進展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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