学位論文要旨



No 119072
著者(漢字) 後安,康秀
著者(英字)
著者(カナ) ゴア,ヤスヒデ
標題(和) 結晶性チタノシリケートモレキュラーシーブの合成と触媒作用
標題(洋) Synthesis and Catalysis of Crystalline Titanosilicate Molecular Sieves
報告番号 119072
報告番号 甲19072
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5804号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 引地,史郎
 横浜国立大学 教授 辰巳,敬
内容要旨 要旨を表示する

本博士論文において,結晶質の多孔性チタノシリケートを用いた触媒反応の研究を行った。中でもファインケミカルズ合成用触媒としての応用に重きを置き,常圧液相反応の穏和な条件下で高活性・高選択性を示す触媒調製を目指した。

第1章では,ゼオライトとゼオライトを用いた触媒反応に関する解説を行った。特に,近年の新規ゼオライト合成研究に関するトピックス,種々のチタノシリケートの合成および触媒作用に関する研究についての解説を行った。

第2章および第3章では,骨格内にTiとAlを含む[Ti, Al]-Betaのアルケンのエポキシ化触媒能に関する研究を行った。通常[Ti, Al]-Betaは酸化活性を有するTiと酸触媒能を有するAlが共存するため,アルケンのエポキシ化反応に用いた場合,一旦生じたエポキシドが直ちに開環し,グリコールとなる。このため,ファインケミカルズ合成における重要な中間体のひとつであるエポキシドの選択性が低下すると同時に,グリコールがTiサイトを被毒し,触媒寿命を縮める要因ともなる。このため,触媒の酸性を抑制してエポキシド選択性を向上させることが重要である。

まず第2章においては,合成直後の構造規定剤を含む[Ti, Al]-Betaに対し,硝酸アンモニウム水溶液でイオン交換を行い,その後200 °Cという穏和な条件で熱処理を行うことで得た触媒が,シクロヘキセンのエポキシ化反応において高いエポキシド選択性を示すことを見出した。イオン交換剤に酢酸を用いた場合は同様の高いエポキシド選択性を示したが,希塩酸で処理を行ったものは効果を示さなかった。FT-IR測定により,硝酸アンモニウム水溶液でイオン交換を行った試料中に構造規定剤であるテトラエチルアンモニウムカチオンが残存しており,強い酸点であるAlサイトを全てブロックし,さらに比較的弱い酸であるが,エポキシドの開環反応には十分酸点として働くと考えられる孤立シラノール基も一部ブロックしていることが明らかになった。

第3章では,一旦焼成を施した[Ti, Al]-Betaに対してテトラメチルアンモニウム塩でイオン交換を行うことでエポキシ化活性を犠牲にすることなく,エポキシド選択性が劇的に向上することを見出した。FT-IR測定により,前章と同様に強い酸点と一部の弱い酸点が第4級アンモニウムカチオンにより被毒されたことを確認した。サイズの大きいテトラエチルアンモニウム,テトラプロピルアンモニウムカチオンでイオン交換を行うと,サイズに応じて触媒活性が低下した。イオン交換剤に酢酸アンモニウムを用いた場合は,反応中にアンモニウムカチオンが酸化的分解反応を受けて消失し,酸点が再び露出したため,選択性の向上は見られなかった。基質として用いたシクロヘキセン,2-ヘキセン,1-ヘキセンの3つを比較すると,2重結合周辺のかさ高さが小さい基質を用いたときにはイオン交換によってエポキシ化活性が向上しており,酸化活性点であるTiサイト近辺に第4級アンモニウムカチオンが存在することが示唆された。活性向上は,酸化活性点近辺の疎水性が有機カチオンの存在によって向上し,基質分子のアクセス,生成物の脱離が容易になったためと考えた。これに対し,アルカリ金属塩でイオン交換を行うと,著しい活性の低下が見られた。また,エポキシドの開環反応に寄与するとされる酸化活性種のチタンヒドロペルオキシド種自身の酸性についても検討したが,イオン交換によって酸化活性種の酸性も低下していることが確認され,このことから酸化活性点近傍に存在する第4級アンモニウムカチオンが酸性を低下させる機構を提案した。

第4章では,フッ化物法により合成したTi-Betaのポスト処理について検討した。フッ化物法で合成したTi-Betaは従来の水熱合成法で合成したTi-Betaに比べて疎水性が高く,炭化水素の酸化反応において高活性が期待されるが,実際は活性点あたりの触媒活性はあまり向上しない。本研究では,この原因が触媒中に残存するフッ素の影響であると考え,ポスト処理法による触媒の機能化を試みた。この結果,ピリジン-希塩酸混合溶液による構造規定剤抽出,もしくは焼成後の試料に対する第4級アンモニウム水酸化物水溶液に処理によって触媒中に含まれるフッ素量が減少し,同時にその減少量に応じて触媒活性が向上したことを見出した。FT-IR測定により,Si-O-Ti構造とシラノール基の吸収が増大したことが確認され,フッ素除去の機構とそれに伴う酸化活性向上の機構を提案した。

第5章では,3次元酸素12員環細孔構造を有するETS-10の塩基触媒としての応用を検討した。ETS-10合成時にAlやGaを添加することにより骨格内にこれらが取り込まれたETS-10を合成することができた。また,アルカリ金属でイオン交換しても,ETS-10構造の秩序はほとんど崩れることはなかった。ピロール吸着IRにより,Cs-ETS-10はCs-Y型ゼオライトに比べて塩基性が強いことを確認した。ベンズアルデヒドとシアノ酢酸エチルからα-シアノ桂皮酸エチルを得るKnoevenagel反応を行ったところ,もとの[Na, K]-ETS-10はNa-Yゼオライトに比べて高活性であった。またAl,Gaの導入によって活性が向上した。しかしながら,Csのようなサイズの大きいアルカリ金属でイオン交換した場合は塩基性が強いにもかかわらず期待通りの活性は得られなかった。これは,基質分子が触媒の細孔に比して大きく,生成が妨げられたためと考え,アセトンとマロノニトリルから1,1-ジシアノ-2-メチルプロペンを得る反応をおこなったところCs-ETS-10がこの反応において高活性を示した。後者の反応は比較的強い塩基性を必要とし,Y型ゼオライトでは全く進まず,有機アミン触媒でもより弱い塩基上で進む副反応が優先的に起こったのに対し,ETS-10では高選択的にKnoevenagel縮合生成物を得ることができた。これらのことからETS-10は強い塩基性を有し,比較的サイズの小さい基質・生成物が関与する塩基触媒反応における有効性が示された。

第6章では,ETS-10のエポキシ化触媒としての応用を検討した。ETS-10を希塩酸,塩化アンモニウム水溶液で処理を行うと,処理後乾燥のみを行ったものではETS-10の長周期構造は保たれていたが,その後の焼成によって0.03 mol dm-3以上の希塩酸で処理を行ったものはETS-10の構造が完全に崩壊した。塩化アンモニウム水溶液で繰り返し処理を行った場合も構造の崩壊が見られた。元素分析の結果元のETS-10から5 mol%のTiが脱落したときに構造の崩壊が始まることが分かった。また,Ti K-edge XANES,UV-Vis測定により,酸化活性を示す4配位,5配位のTi種の存在が示唆された。これらの試料をシクロヘキセンのエポキシ化反応の触媒として用いたところ,未処理の試料は全く活性を示さなかったのに対して,処理後の試料は酸化活性を示した。酸化活性発現の機構として,イオン交換に伴い一部のTiが脱落し,それと同時に隣接するTi原子もTi-O-Si結合が切れて配位数が減少し,エポキシ化反応に活性を示すTi種が生成したと結論づけた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では結晶性チタノシリケートモレキュラーシーブを触媒として用いた液相酸化および塩基触媒反応について論じている。なかでも,環境調和型プロセスに用いる触媒の調製を目指して行った研究結果がまとめられている。

第1章では,近年のゼオライト合成研究に関する動向,種々のチタノシリケートの合成,触媒機能に関する研究例について解説されている。

第2章から第4章では,3次元酸素12員環細孔構造を有するTi-Betaの触媒特性とその機能化について論じられている。

第2章では,構造規定剤除去前の[Ti,Al]-Betaに対し,硝酸アンモニウムもしくは酢酸で構造規定剤抽出の処理を行い,200 °Cという穏和な条件で熱処理を行うことによって得た触媒が,アルケンのエポキシ化反応において極めて高選択的であることを見出した。FT-IR測定により,触媒中に残存する構造規定剤のテトラエチルアンモニウムカチオンが,強い酸点であるブリッジ水酸基全てと弱い酸点である孤立水酸基の一部をブロックしていたことを明らかにし,そのために酸性が発現せず,高選択性を示したと結論づけた。

第3章では,第2章で示した第4級アンモニウムイオンによる酸点の選択的被毒の効果を踏まえ,焼成後の[Ti, Al]-Betaを第4級アンモニウム塩をはじめとする種々の塩でイオン交換することにより,同様に高活性・高選択性を有する触媒調製を試みた。その結果第4級アンモニウム塩でイオン交換を行ったときに高活性・高選択性を実現した。また,酸化活性点自身が有する酸性も第4級アンモニウムイオンによる処理を行うことによって抑えたことを見出し,酸化活性点の酸性発現の機構を提案した。この方法により,従来は不可能であった高い酸化活性を有しながら,酸性が低くエポキシド選択率の高い大口径チタノシリケートの調製が可能となった。

第4章では,フッ化物法により合成したTi-Betaからのフッ素の除去とそれに伴う酸化活性への影響について検討した。焼成した試料をテトラメチルアンモニウム水酸化物水溶液で処理を行うと活性が向上した。第2章および第3章で用いた[Ti, Al]-Beta触媒をフッ素化すると活性が低下し,どちらの触媒も触媒中に残存するフッ素量が多いほど低活性であった。従来はフッ化物法で得られたTi-Betaは粒子径が大きいために活性が低いとされていたが,本章ではむしろ触媒表面に残存するフッ素の影響であることを主張した。

第5章および第6章では6配位のTi種を含むETS-10の触媒特性について論じられている。

第5章では,ETS-10の塩基触媒特性について検討した。ETS-10は従来から塩基触媒としての機能が知られているY型ゼオライトに比べて液相Knoevenagel反応において高活性を示した。また,骨格にAlやGaを導入することによりさらに活性が向上することを見出した。CsYはNaYに比べて塩基性が強く,本反応の活性が高いことが知られているが,ETS-10をCsでイオン交換した場合は細孔より大きい分子が関与する反応では形状選択性によりイオン交換による効果が認められなかった。しかし,小さい分子が関与する反応ではCsでイオン交換することにより活性の向上が見られた。また,従来の有機アミン触媒では弱い塩基点上で進行する副反応がより優勢であったのに対し,ETS-10では副反応を起こさずより強い塩基を必要とするKnoevenagel反応が100 %の選択性で進行することを見出した。

第6章では,ETS-10の酸化触媒としての特性を検討した。ETS-10は本来酸化触媒能を示さない材料として知られていたが,硝酸アンモニウムや塩酸で処理を行うことにより酸化活性が発現することを見出した。このとき処理に伴い一部のTiが構造中より脱落し,5 mol%以上のTiが脱落すると焼成により結晶構造が崩壊した。酸化活性の発現は,処理に伴い一部のTiが酸化活性を示す4配位構造に変化したためであることを,UV-Vis測定,XAS測定により明らかにした。また,無機の原料のみから高い酸化活性を有する結晶性チタノシリケートを調製できたことは,環境的,コスト的にも意義がある。

以上のように,本論文ではチタノシリケートの活性・選択性を左右する細孔径,Ti周辺の配位環境や基質分子のアクセスのしやすさ,親・疎水性,酸・塩基性などといった複雑に絡み合う因子を触媒調製時に巧みに制御することにより,常圧液相反応という極めて穏和な条件下で高活性・高選択性を有するチタノシリケート触媒を調製するための指針を提案した。また,これらの触媒および触媒調製の方法が環境調和型触媒プロセスの構築に有効であることを示した。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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