学位論文要旨



No 119074
著者(漢字) 高橋,尚武
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,マサタケ
標題(和) チタン酸ビスマス系強誘電体の導電特性と欠陥構造
標題(洋)
報告番号 119074
報告番号 甲19074
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5806号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 助教授 藤岡,洋
 東京大学 助教授 下山,淳一
内容要旨 要旨を表示する

第1章では、研究背景と研究目的を述べた。

チタン酸バリウムなどに代表される強誘電体は、電界を印加しない状態でも歪んだ結晶構造に由来する自発分極を持つ。この自発分極は、ある程度の電界を印加することで向きを反転させることができ、電界−分極値曲線が特徴的なヒステリシスを描く。また強誘電体は圧電体でもあるため、分極方向をそろえた結晶に電界を印加することで圧電現象も生じる。これらの性質を利用し不揮発性メモリーや圧電素子材料として酸化物強誘電体が用いられてきた。強誘電体材料でもっとも盛んに研究され、実用化されたのはペロブスカイト型構造を持つチタン酸鉛系強誘電体である。この物質は、大きな自発分極値を持ち優れた強誘電・圧電物性を示すからである。しかしながら、近年鉛が環境中に排出されたときの環境負荷が懸念され、さまざまな材料において鉛を含まない物質への転換が迫られている。こうした中で、ビスマス層状構造強誘電体(Bismuth Layer-Structured Ferroelectrics : BLSFs)が注目を浴びた。BLSFsは酸化ビスマス層と擬ペロブスカイト層が交互に積み重なった構造をしており、強誘電性を示す。BLSFs中で、最も自発分極値が大きく鉛を含まない物質としてチタン酸ビスマス (Bi4Ti3O12)があり、その優れた強誘電特性が注目され、強誘電デバイスへの応用へ向け研究されてきた。何も添加しないBiTは、単結晶体は大きな分極値を示すものの、多結晶体においては、高温での試料作成時に揮発するビスマスの影響で分極特性が悪いことが知られていた。こうした中、近年BiTにランタンを置換したBiT (BLT)や、バナジウムやタングステンを添加したBiT ( V-BiT、W-BiT )が優れた特性を示すことが報告された。他元素を添加することで、BiT中の欠陥量が低減し特性の向上につながったことが予想されるが、実際に何が変化したのかについて研究された例がほとんどなく、明らかになっていなかった。

そこで本研究では、BiT中に存在する欠陥構造を導電特性の観点から詳細に調査し、明らかにすることを目的とした。また、密度汎関数法に基づく電子状態計算を用いて理論的な側面からBiT中の欠陥構造について検討し、実験結果との比較を行った。対象とする系は、BiT、V-BiT、BLTとした。

第2章では、チタン酸ビスマス多結晶体の導電特性について述べた。

BiT多結晶体バルクは、通常の固相法を用いて合成した。高温の導電率は交流二端子法を用いたインピーダンス解析により評価した。また導電率の酸素分圧依存性を調べ伝導キャリアについて調べた。測定の結果、BiT多結晶体バルクは少なくとも500℃以上の高温において酸化物イオン−ホールの混合伝導性を示すことが明らかになった。また、モデル式によるイオン導電率・ホール導電率の分離を行い、特に700℃程度の温度では酸化物イオン伝導が支配的であることが分かった。温度が下がるにつれて活性化エネルギーの違いからホール伝導の寄与が大きくなることが分かった。BiTの持つこのような混合伝導性をはじめて明らかにした。導電率の評価から、BiT中には多量の酸素空孔が存在することが強く示唆された。そこで熱重量分析によって高温でのビスマスの揮発にともなう重量減少を調べた。その結果、高温ではビスマスの揮発とそれに伴う酸素空孔の生成が起き、温度の低下に伴い気相中の酸素が格子に取り込まれることでホールが生成することが推察された。この実験によって、BiTで観察された酸化物イオン伝導−ホール伝導の起源がビスマスの揮発によるものであることがわかった。また、格子からのビスマスの揮発に伴って格子定数が減少することも確かめられた。さらに、等価回路モデルを用いたインピーダンスフィッティングにより、インピーダンスプロファイルを詳細に解析した。解析結果よりイオン伝導・ホール伝導それぞれの緩和時間が求まった。

第3章では、BiT単結晶の導電特性について詳細に調査した。

BiT単結晶は、酸化ビスマスをフラックスとするセルフフラックス法により育成した。育成した単結晶の導電特性をインピーダンス法により解析した。導電率の酸素分圧依存性を、BiT結晶のa軸方向・c軸方向で別々に評価し、電気的異方性を検討した。導電率−酸素分圧曲線から、BiT単結晶はa軸方向に大きな酸化物イオン伝導性を持つことが分かった。一方でc軸方向にはホール伝導が支配的であった。その後、多結晶体と同様にイオン導電率・ホール導電率を評価した。a軸方向では酸化物イオン導電率が大きく、空気中700℃でのイオン輸率は80%以上あった。c軸方向では、ホール導電率がイオン導電率よりも大きく、輸率は40%程度であった。以上の解析によってBiTでの導電率だけでなく、伝導キャリアの異方性を始めて明らかにした。また、測定されたa軸方向の大きなイオン導電率は、ペロブスカイトブロック内に存在する多量の酸素空孔・ビスマス空孔に由来することが示唆され、またc軸方向の小さな導電率から、酸化ビスマス層が高抵抗層(絶縁層)として機能していることが併せて推測された。さらに、BiT単結晶においてさえもビスマス空孔・酸素空孔が存在することが分かり、高温状態でのビスマスの不安定性が改めて確認できた。

第4章では、バナジウムを添加したBiT単結晶(V-BiT)の導電特性について検討した。

BiTにバナジウムを添加するとリーク電流が大幅に減少し、分極特性も大きく改善することが知られている。単結晶を用いた導電特性を詳細に検討し、バナジウムの添加による変化を検討した。BiT単結晶と同様に、混合伝導性を評価しイオン導電率・ホール導電率を評価した。BiTとの比較の結果、以下のことが明らかとなった。a軸方向においては、イオン導電率・ホール導電率ともに70%程度の大きな減少が観察された。一方でc軸方向では、ほとんど導電率に変化が見られず、バナジウムの添加効果に異方性が見られた。この原因を以下のように考察した。バナジウムはペロブスカイトブロックBサイトのチタンサイトに置換固溶する。バナジウムイオンが5価で4価のチタンサイトに入るとすると、電荷中性を保つために、ホール濃度かもしくは酸素空孔濃度が減少することが推察される。また、バナジウムイオンのクーロン相互作用が短距離に強く働くことを考えると、ペロブスカイトブロック内のホール・酸素空孔が減少したと考えるのが妥当である。つまりバナジウムの固溶によってペロブスカイト層内の欠陥量が減少し、酸化ビスマス層内の欠陥量はほとんど変化しなかったと考えることで、単結晶の導電特性を矛盾無く説明できた。

第5章では、ビスマスを欠損させたBiT(Bi-def BiT)の導電特性を評価した。

高温でアニールすることによってビスマスをBiT格子から揮発させ、ビスマス空孔・酸素空孔濃度を高くした試料を用いて、導電特性を評価した。BiT、V-BiTと同様にイオン導電率・ホール導電率を評価した。その結果、a軸方向のイオン導電率・ホール導電率共に大きく上昇した。c軸方向では、ホール導電率は上昇したが、イオン導電率に関してはほとんど変化が見られなかった。この結果から、高温でのビスマスの揮発が確かに、BiTの導電率を上昇させることが確かめられた。さらに、a軸方向に大きく導電率が上昇したことで、ペロブスカイトブロックのビスマスが揮発しやすいことをより強く支持する結果となった。実際の材料開発においても、ビスマス欠損量を減らすことが分極特性の向上に不可欠である。

第6章では、ビスマスをランタンで置換したBiT (BLT)の導電率を評価した。

ランタン置換量の異なるBLTを作製し、空気中の導電率のランタン量依存性を調査した。その結果、a軸方向においてランタン量の増加にともない導電率は大きく減少した。一方c軸方向では、ペロブスカイトブロックのBiの25%をランタンで置換したBLTの導電率はBiTのc軸方向の導電率と変わらない値だった。しかし80%のペロブスカイトブロックBiを置換したBLTでは、二桁以上導電率が減少した。この結果から、ランタンの置換によってペロブスカイトブロックの欠陥量が減少していき、あるランタン置換量から酸化ビスマス層よりもペロブスカイト層の抵抗の方が高くなることが示唆された。c軸方向には、酸化ビスマス層とペロブスカイト層が交互に直列に接続されており、導電率を評価した場合抵抗の大きな方を主に評価していることになるからである。また、ランタン置換量を変えたBLT多結晶体の高温でのアニール中の重量減少測定から、酸化ビスマス層のビスマスは、今までの考察どおりにペロブスカイトブロックのビスマスよりも揮発しにくいことが確かめられた。この実験結果により、酸化ビスマス層が安定であるという考察が強く支持された。

第7章では、密度汎関数法に基づくBiTの電子状態計算を行い以下の知見を得た。

BiT結晶内のBiの空孔生成エネルギーを計算し、ペロブスカイトブロックのBiの空孔生成エネルギーが酸化ビスマス層のそれよりも小さい、つまり欠損しやすいことが分かった。またビスマスの揮発に伴う酸素空孔生成についても検討し、ペロブスカイトブロックの酸素も酸化ビスマス層酸素より空孔を作りやすいことも明らかとなった。この計算結果は、BiT単結晶の導電特性から得られた知見と矛盾しない。さらに、BiTとBLTの酸素空孔生成エネルギーを計算した。その結果、BLTにおいてペロブスカイトブロックのビスマスがランタンに置き換わったことにより格子の酸素が大きく安定化していることが分かり、BLT単結晶を用いた導電率測定結果と一致した。これら一連の電子状態計算から、BiTの欠陥構造について理論的な側面からも、ペロブスカイトブロックではビスマス・酸素が欠損しやすいことが明らかとなった。

第八章では、本論文を総括した。

審査要旨 要旨を表示する

チタン酸ビスマスはビスマス層状構造酸化物の一種であり、酸化ビスマス層と擬ペロブスカイト層が積層した層状構造を有している。この層状構造に起因する電気的異方性および酸化ビスマス層に平行なa軸方向で大きな自発分極値を示すことが知られており、不揮発性強誘電体メモリーや、圧電デバイス材料への応用へ向け盛んに研究が行われている。しかし、デバイス化に用いられる多結晶体薄膜やバルク状態では、試料作製中のビスマスの揮発が原因となる格子欠陥が分極特性を著しく低下させてしまい、実用を妨げていた。この欠点を克服するためにランタンやバナジウムなどの元素置換による欠陥制御が検討され、成果を上げている。これら置換効果は、ビスマス空孔・酸素空孔などの格子欠陥濃度に大きく関わっていると予想されるが、欠陥構造の解析はこれまでほとんど行われていない。本論文は、チタン酸ビスマス系強誘電体の導電特性と欠陥構造と題し、チタン酸ビスマス系の高温での欠陥挙動を、導電特性の観点から詳細に調査するとともに理論的な側面から欠陥構造の解明を目指すことを目的として研究を行ったもので、全8章からなる。

第1章は序論であり、研究背景と研究目的、本研究の意義について述べている。

第2章では、チタン酸ビスマス多結晶体の高温導電特性について調べている。導電率の酸素分圧依存性の測定から、チタン酸ビスマス結晶中に大量の酸素空孔が存在し、酸化物イオン・ホールの混合伝導性が発現することを初めて明らかにしている。

第3章では、チタン酸ビスマス単結晶を用いて高温導電特性と結晶軸方向異方性を調べている。混合伝導性は単結晶体においても確認され、600℃以上の高温では酸化ビスマス層に平行なa軸方向では酸化物イオン伝導性が大きく、一方酸化ビスマス層に垂直なc軸方向ではホール伝導が支配的であることを明らかにしている。チタン酸ビスマス中に多量の酸素空孔が存在すること、また全導電率の異方性だけでなく、流れるキャリアに関しても異方性が存在するという重要な知見を得ている。

第4章では、バナジウム添加チタン酸ビスマス単結晶においてバナジウム添加の電気特性に及ぼす効果を調べている。酸化ビスマス層に平行なa軸方向では導電率が大きく減少したが、c軸方向にはほとんど変化が見られないことを確認している。5価のバナジウムイオンが4価のチタンサイトに固溶することで、電荷中性条件を保つためにペロブスカイト層の酸素空孔・ホールの濃度を有効に減少させることを明らかにしている。

第5章では、ビスマス欠損チタン酸ビスマス単結晶の導電特性を調べている。積極的にビスマスを欠損させたチタン酸ビスマス単結晶を用いた導電特性から、ビスマスの揮発が特にa軸方向で著しい導電率の上昇をもたらすことを明らかにし、ペロブスカイト層のビスマスが揮発しやすいことを示す結果が得られている。

第6章では、ランタン置換を行ったチタン酸ビスマス単結晶の導電率を調べ、無置換試料と比較している。ビスマスを置換するランタン量の増加に伴いa軸方向、c軸方向ともに導電率が大きく減少すること、さらにビスマス欠損量が大きく減少することを明らかにしている。これは ペロブスカイト層Aサイトに固溶したランタンが、ペロブスカイト層を安定化させたからであると推察している。さらに、インピーダンス解析によって酸化ビスマス層が高抵抗層として機能し、ランタン置換量増加によりさらにペロブスカイト層が安定化されることを明らかにした。以上の単結晶を用いた導電特性評価・熱重量分析から、ビスマス空孔・酸素空孔はペロブスカイト層に優先的に存在し、酸化ビスマス層は安定で、高抵抗層として機能することが示唆された。

第7章では、密度汎関数法に基づく第一原理計算によりチタン酸ビスマス中の欠陥構造を調べ、理論計算による欠陥構造解明・材料開発の可能性を探っている。計算の結果、ペロブスカイト層のビスマス・酸素の欠陥生成エネルギーが小さく欠損しやすいこと、つまり、ビスマスと酸素の空孔がペロブスカイト層中に優先的に存在することが明らかとなった。また、ランタンの置換によって、ペロブスカイト層の酸素が大幅に安定化されることも明らかとなった。理論計算結果と実験結果から得られた知見が一致したことで、第一原理計算による欠陥構造解明、さらには材料開発応用への可能性が示された。

第8章は総括であり、本研究で得られた成果を要約し結論を述べている。

以上、本論文は、チタン酸ビスマス系の高温での導電特性の実験的評価と欠陥生成に関する理論計算を行い、チタン酸ビスマス系の欠陥構造と導電特性との相関を実験・理論の両面から明らかにしたものである。この成果は、層状構造酸化物の欠陥と物性の制御に関する設計と評価の指針を与えるものであり、無機化学、材料化学の分野での今後の進展に大きく貢献するものと認められる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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