学位論文要旨



No 119076
著者(漢字) 原,晋治
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,シンジ
標題(和) プロトン伝導性無機固体電解質の設計
標題(洋)
報告番号 119076
報告番号 甲19076
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5808号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 助教授 下山,淳一
 東京大学 助教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

第一章では、現在の燃料電池電解質としてのプロトン伝導体についての背景を掘り下げ、その機構より問題点を浮き彫りにし、本研究の研究意義・目的を導いた。具体的な内容は以下の様になる。

近年、電気自動車の駆動電源、そして家庭用小型電源としての燃料電池の開発が盛んである。その大多数は電解質にNafionRに代表されるパーフルオロスルホン酸系膜(PFSA)を用いた燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cells : PEFC)であり、これらのPFSAが100℃以上の温度で分解・変性を起こしてしまうことから、PEFCの作動温度は100℃以下となっている。ここで燃料電池の作動温度を従来の100℃以下から中温域(100〜300℃)に上昇させる事により、電極中の白金触媒の一酸化炭素による被毒が抑制され、汎用性の高い化石燃料の改質・利用が容易になるとともに、電極での反応が促進され、高エネルギー効率の発電が期待できる。さらには電極が液体水に覆われ効率が低下するといった水管理の問題も解決される。これらの理由より、中温域にて高プロトン伝導性を示す新規代替物質の開発が必要不可欠である。また、非常に高価であるプロトン伝導性有機ポリマーの安価な代替材料開発はコスト面の解決にも繋がる。本研究では、中温域において高プロトン伝導性、耐熱性、安定性を兼ね備えた新規プロトン伝導体の実現を目指し、金属酸化物水和物および表面酸修飾した酸化物(固体超強酸)などの無機材料において構造と物性の設計指針を得ることを目的とした。

金属酸化物水和物である水和酸化スズ(SnO2・nH2O)と水和ジルコニア(ZrO2・nH2O)はプロトン伝導体としての報告は既にあるが、その相対湿度依存性や中温域での導電率など不明な点が多い。よって第二章ではこれらの水和物のプロトン伝導体としての評価を行った。

水和酸化スズ(SnO2・nH2O)と水和ジルコニア(ZrO2・nH2O)の白色粉末は、塩化スズ水和物(SnCl4・5H2O)とオキソ塩化ジルコニウム(ZrOCl2・8H2O)をそれぞれ出発物質とし、その水溶液にアンモニアを加えることにより生じた沈殿を洗浄・乾燥し得た。SnO2・nH2OとZrO2・nH2Oにおいて、乾燥条件下では温度上昇時に水和水の脱離に起因する導電率の降下が観測されたが、高水蒸気圧下においては導電率は温度上昇とともに上昇し、10-2Scm-1以上の高いプロトン導電率が150℃にて示された。両水和物とも相対湿度の低下に伴う導電率の下落を示したが、SnO2・nH2OはZrO2・nH2Oよりも水和水の結合が強くその降下が小さかった。また、ZrO2・nH2Oは150℃における加湿/乾燥を繰り返した際の低相対湿度下における劣化(導電率の不可逆的な降下)を示したのに対し、SnO2・nH2Oでは劣化が確認されず、耐乾燥性に優れている事が明らかとなった。なお両水和物の活性化エネルギーの値から、プロトンは表面吸着水層中を伝導していることが示唆された。

窒素吸着による細孔径分布解析とTEM写真より、両水和物とも微細細孔を持ち、表面積が大きいポーラスな物質である事が明らかとなった。さらにSnO2・nH2OではZrO2・nH2Oに比べ細孔径分布が小さい方に偏っており、大部分が半径1nm以下のマイクロ孔に分類される細孔の中でも特に小さいものであることが判明した。そしてそのマイクロ孔の大きな吸着エネルギーが水和水保持の要因となっていることが推測された。実際に耐圧性熱重量分析器を用いたTGにより吸着水量を測定したところ、特にSnO2・nH2Oにおいて低相対湿度下における吸着水によるマイクロ孔の迅速な充填が確認された。また、これらの水和物においてnH2Oの形で表される水和水は、ほぼ細孔内の吸着水とみなしてよいことも明らかとなった。なお吸着水総量が少ないにも関わらず飽和水蒸気圧下においてSnO2・nH2OがZrO2・nH2Oと同程度の導電率を示した。これは電気陰性度の差から、酸化物表面の固体酸としての性質が酸化スズの方がジルコニアよりも強い事に起因すると推測される。

以上のように、SnO2・nH2Oは一般に行われるスルホン基やホスホン基に代表される酸性基の添加無しに、酸化物表面の持つ酸としての性質を用いて高プロトン伝導が発現する事が明らかとなった。また細孔構造に由来する耐乾燥性を備えた物質でもあり、同様の構造を持つ材料で高プロトン伝導性を持つ材料はプロトン伝導体として期待できる。

従来用いられているプロトン伝導体の多くは固体酸としての性質を持つため、最も強い固体酸である超強酸ジルコニアのプロトン伝導体としての性質に興味を抱き、第三章では超強酸ジルコニア(S-ZrO2)について扱った。

作製手順の異なる3種類のS-ZrO2を作製した(S-ZrO2(p), S-ZrO2(s), S-ZrO2(se))。S-ZrO2(p)はParera等の報告に従い、ZrOCl2・8H2O水溶液にアンモニアを加え生じたゾル状ZrO2・nH2Oを乾燥して得られた粉末状ZrO2・nH2Oへ硫酸を添加後、熱処理(520℃または620℃)を行い作製した。なお、乾燥を省きゾル状ZrO2・nH2Oに硫酸を加えたS-ZrO2(s)と、さらにその余剰硫酸を除去しないS-ZrO2(se)を作製した。S-ZrO2(s)とS-ZrO2(se)の最終熱処理温度は620℃とした。X線解析(XRD)、赤外分光(IR)、熱重量分析(TG)により結晶構造解析と表面SOx量と状態の推察を行った。

620℃で最終熱処理を行ったS-ZrO2(p)は飽和水蒸気圧下で昇温した際、80℃においてσ= 4×10-2 Scm-1の高い導電率を示した。表面SOx量は測定前後で変化しなかった事から、100℃以上での導電率の降下は表面SOx結合状態の変化によると思われる。また、加湿/乾燥を繰り返した後のS-ZrO2(p)について、飽和水蒸気圧下においては導電率の不可逆的な降下が確認されたが、それ以外の水蒸気圧下で降下は確認されなかった。一方520℃で熱処理を行ったS-ZrO2(p)は低い導電率を示した。IRスペクトルより、S-ZrO2(p)(620℃)ではS-O非対称伸縮振動による吸収が三つに分離しており(1033, 1080, 1140 cm-1)、二座配位している表面SO4が支配的である事がわかる。また、S=O非対称伸縮振動が1270 cm-1に確認され、そのシフトからSO4上Oへ電荷が局在化し、SO4の電子吸引性が増したことが伺われる。この事がS-ZrO2(p)(620℃)のZr原子上のルイス酸性を強化し、プロトン供給源となるブレンステッド酸点の発現に寄与したと考えられる。以上の様に620℃での熱処理により強固な結合を持つSOxが生じ、高プロトン伝導に寄与する事が明らかとなった。

TG及び熱重量変化の温度微分(DTG)の結果より、S-ZrO2(s)、S-ZrO2(se) では、620℃での熱処理で脱離しないSOxがそれぞれS-ZrO2(p)の約8および10倍数存在しており、ゾル状前駆体へのH2SO4処理により高濃度SOx修飾が行われたことが示された。そしてS-ZrO2(s)は100℃以上でσ= 5×10-2 Scm-1という高導電率を保持し、S-ZrO2(se)では非常に高い導電率(σ= 2×10-1 Scm-1)が観測された。またIRスペクトルより、S-ZrO2(s)、S-ZrO2(se)においては新たなS=O非対称伸縮振動による大きな吸収が1340 cm-1に確認され、この表面SOxが水の存在下でのプロトン導電率の上昇に寄与していると思われる。

以上のように、ジルコニアのゾル状前駆体への高濃度SOx修飾とその固定により酸点が発現し、高プロトン伝導性が得られた。このように手法の改善による多量の酸性基修飾により、より高いプロトン導電率を示す材料の設計が期待できる。

第二章、第三章で得られた指針より、微細構造と表面修飾酸性基を持ち合わせた材料の設計に取り組んだ結果を第四章に記した。

単独で高プロトン伝導を示す事をすでに明らかにしている水和酸化スズ(SnO2・nH2O)と水和ジルコニア(ZrO2・nH2O)のSO3直接スルホン化を行い、諸物性を評価した。S-ZrO2の作製法と異なり熱処理を行わないことより細孔が保持されることが期待された。

しかしSO3直接スルホン化を行ったSnO2・nH2O(SO3-SnO2・nH2O)は表面に強固なSOxを保持することが出来ず、SO3直接スルホン化を行ったZrO2・nH2O(SO3-ZrO2・nH2O)はZrO2・nH2Oよりも二桁ほど低い導電率を示した。しかし両物質とも微細構造は有しており、導電率の相対湿度依存性は小さかった。

以上を総括すると以下の様になる。

本研究では、金属酸化物水和物は微細細孔を持ち、特にSnO2・nH2Oはそれに起因する耐乾燥性に優れた材料であり、酸性基の添加なしで高いプロトン伝導性を示す事と、固体超強酸ジルコニアはプロトン伝導体として機能し、作製法を変化させ表面修飾酸性基数を増加させることにより非常に高いプロトン導電率を示す事が確認された。これらの結果から、マイクロ孔の中でも小さい部類に入る細孔を持ち安定性に優れ、表面に高濃度の強固に固定された酸性基を導入し得た物質がプロトン伝導体として非常に優れた特性を示す可能性が高い、という固体無機高プロトン伝導体作製への指針が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

固体高分子型燃料電池は、電解質に用いられている高分子材料が100℃以上の温度で分解・変性を起こしてしまうことから、その作動温度は100℃以下に限定されている。この作動温度を中温域(100〜300℃)まで上昇させる事により、電極中白金触媒における一酸化炭素による被毒の抑制などの利点が期待される。しかし、これまでに適切なプロトン伝導性固体電解質は見出されていない。本論文は、プロトン伝導性無機固体電解質の設計と題し、中温域における高プロトン伝導性、耐熱性、安定性を兼ね備えた新規プロトン伝導体の設計と実現を目的として、金属酸化物水和物および超強酸酸化物に着目しその表面構造とプロトン伝導特性の相関を解明するとともに、表面修飾によるプロトン伝導性向上の試みを行った結果をまとめたものであり、全5章よりなる。

第1章は序論であり、研究背景と目的、本研究の意義について述べている。

第2章では、金属酸化物水和物の構造とプロトン伝導性を調べた結果を述べている。

水和酸化スズ(SnO2・nH2O)と水和ジルコニア(ZrO2・nH2O)を塩化物の加水分解などにより調整し、表面微細構造、および水蒸気分圧を制御した環境でのプロトン導電率を調べている。両水和物とも飽和水蒸気圧下、150℃にて10-2 Scm-1に達する高いプロトン導電率を示すことを明らかにしている。また、水和酸化スズは乾燥条件下でも高い導電率を維持するとともに繰り返し測定でも安定な導電率を示し、耐乾燥性と耐久性に優れることを見出している。窒素吸着による細孔径分布解析より、両水和物ともに多孔質構造を持つが、特に水和酸化スズは1 nm以下の微小細孔が支配的であった。その細孔での大きな吸着エネルギーが水和水保持の要因となっていることが示唆され、それにより耐乾燥性が発現するものと推測している。以上より、水和酸化スズは細孔構造に由来する耐乾燥性を備え、一般に行われる酸性基の添加無しに水和物表面の持つ酸としての性質を用いて高プロトン伝導が発現する物質である事を明らかにしている。

第3章では、最も強い固体酸である超強酸ジルコニア(S-ZrO2)の表面化学物性とプロトン伝導性を調べた結果を述べている。超強酸ジルコニアを、水和ジルコニアに硫酸を用いてSOx修飾し熱処理を行う事により調整している。粉末状ZrO2・nH2Oへ硫酸を添加後、熱処理を行い作製したS-ZrO2(p)、ゾル状ZrO2・nH2Oに硫酸を加えたS-ZrO2(s)、さらにその余剰硫酸を除去しないS-ZrO2(se)を作製し比較している。620℃での熱処理によりS-ZrO2(p)は飽和水蒸気圧下、80℃において4×10-2 Scm-1の高い導電率を示すことを明らかにしている。IRスペクトルより、620℃での熱処理により表面SO4上Oへの電荷の局在化が示唆され、この事がZr原子上のルイス酸性の強化、プロトン供給源となるブレンステッド酸点の発現に寄与したと考察している。熱重量変化より、S-ZrO2(s)、S-ZrO2(se) では表面SOxがそれぞれS-ZrO2(p)の約8および10倍存在していることを明らかにし、S-ZrO2(s)は70℃以上で5×10-2 Scm-1という高導電率を示すことを見出している。S-ZrO2(se)ではさらに高い導電率が観測されるが、脱離アニオンによる影響が含まれることを確認している。また、導電率は相対湿度に大きく依存することも確認している。以上のように、ジルコニアへの高濃度SOx修飾とその固定により酸点が発現し、高プロトン伝導性が発現することを明らかにしている。

第4章では、優れたプロトン伝導性を示す新規材料の作製とその物性評価の結果について述べている。水和物に対し熱処理を加えずにSO3直接スルホン化を行う事により、微細構造を壊さずに酸性基の付加を行い、諸物性を評価している。SO3直接スルホン化を行ったSnO2・nH2Oでは表面に強固なSOxを保持することが出来ないこと、SO3直接スルホン化を行ったZrO2・nH2OではSOxの付加が確認されたもののZrO2・nH2Oよりも二桁ほど低い導電率を示すことを確認している。しかし、両物質とも表面細孔構造を有しており、導電率の相対湿度依存性が小さく耐乾燥性に優れていることを明らかにしている。

第5章は総括であり、本研究で得られた成果を要約し結論を述べている。

以上、本論文は、微細孔を持ち安定性に優れ、表面に高濃度の強固に固定された酸性基を導入し得た物質がプロトン伝導体として非常に優れた特性を示す可能性が高い、という固体無機高プロトン伝導体作製への指針を明らかにしたものである。この成果は、将来のプロトン伝導体応用分野への展開のための重要な知見を与えるものであり、無機化学、材料化学の分野での今後の進展に大きく貢献するものと認められる。

よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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