学位論文要旨



No 119078
著者(漢字)
著者(英字) NGAOTRAKANWIWAT,PAILIN
著者(カナ) ガオトラカンウィワット,パイリン
標題(和) 還元エネルギー貯蔵型酸化チタン光触媒
標題(洋) Reductive Energy Storage of TiO2-Based Composite Photocatalysts
報告番号 119078
報告番号 甲19078
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5810号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 立間,徹
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 助教授 金,幸夫
 東京大学 助教授 引地,史郎
 東京大学 講師 河野,正規
内容要旨 要旨を表示する

緒言

酸化チタンの光触媒反応を利用した水や空気の浄化、セルフクリーニング、金属の防食への応用が注目されている。また、可視光応答型光触媒や電荷分離効率の改善による光触媒活性の向上についても研究が進んでいる。しかし、これらの新規材料も含めて従来の光触媒は、光照射下のみでしか機能しないという制限がある。そこで、我々のグループは光触媒活性を示す半導体材料(例えばTiO2)と電子貯蔵能をもつ物質(例えばWO3)に基づく新しいエネルギー貯蔵型光触媒システム(1,2)を開発することで、光触媒の応用範囲の暗所への拡大を模索している。

紫外光照射によって光励起された半導体の電子の一部は、光触媒反応により消費される。余剰の光励起電子は、光触媒材料よりも正電位の電子伝導帯をもつ電子貯蔵物質へ貯蔵される。暗所においては、この貯蔵された電子によって還元反応が進行する(図1)。

本技術の応用例の一つとして、金属の防錆技術への適用が検討された。TiO2-WO3膜を塗布したステンレス304鋼が、pH5の塩化ナトリウム水溶液中において防錆効果を示し、その効果は暗所においても持続した(1)。また、抗菌技術への応用も検討された。暗所においても貯蔵された電子が酸素を還元し、生成する過酸化水素の殺菌効果によって、夜間も含めた終日の抗菌効果が確認された。

本研究では、はじめに気相中におけるエネルギー貯蔵の可能性を検討し、気相中における電子貯蔵機構について詳細に研究した。次に、気相中における膜の活性について最適化を行った。最後にWO3以外の電子貯蔵物質を複合させてエネルギー貯蔵能の改良を図った。

空気中におけるTiO2-WO3膜のエネルギー貯蔵

膜の作製

TiO2-WO3混合膜は、3 M ビス(2,4-ペンタンジオナト)チタンオキシドのエタノール溶液にモル比W/Tiが0. 3となるようにWO3粒子(粒径20−500 nm程度)を加えたものを、ITOガラス上へスピンコート法(1500 rpm、10 s)により塗布して得た。最後に電気炉で400℃で1時間焼成した。走査型電子顕微鏡(SEM)により、作製した膜の厚さは1μmであることが確認された。

充電速度

気相中においてTiO2-WO3膜に紫外光を照射すると、膜の色が黄から青に変化した。このことは、WO3がTiO2の励起電子と、光触媒反応(例えば2H2O + 4h+ → O2 + 4H+)で生成したプロトンを取り込んで、HxWO3に還元(充電)される(eq. 1)ことを示す。このとき、充電開始から一定時間における波長600 nmでの反射率変化(-ΔRef0)を充電速度の指標とした。

気相・液相中ともに、TiO2-WO3混合膜の充電速度は照射する紫外光強度に依存した(<10 mW cm-2において)(図2a)。これは、光子の供給量が充電速度を支配する(律速する)ためと考えられる。さらに、紫外光強度>10 mW cm-2の場合には充電速度が湿度に依存した(図2b)ことから、プロトン生成の原料である水の供給か、プロトンの表面伝導が充電速度を決定することが示された。

充電容量

膜の充電電気量(充電容量)は2μA cm-2(カットオフ電位 = -0.1 V vs. Ag/AgCl)での定電流放電により測定した(図3)。気相中で充電されたサンプルは液相中で充電されたサンプルよりも高い充電容量を示したが、おそらく充電に伴う膜の構造変化が異なるためと推測される。さらに、充電容量は湿度の増加とともにより大きくなったが、TiO2およびWO3の表面のうち反応に関与する面積が、プロトンの表面伝導度によって支配されているためと説明できる。

このように膜の表面吸着水層が、膜表面のプロトン伝導や水の酸化反応という形で充電過程に重要な役割を担うことを確認した。

TiO2-WO3混合膜の最適化

次にみかけの量子収率、充電容量および充電比容量(HxWO3におけるx)の観点から、膜の組成(W/Tiのモル比)、紫外光強度および膜の厚さ(膜の重量)の最適化を行った。

膜の作製

モル比W/Tiが0.2, 0.4および0.5のTiO2-WO3混合膜を作製した。どの組成の膜についても、重量が40 mgの場合に膜厚は 1μmであることがSEMにより確認された。膜厚についての最適化実験では、同じ条件でコーティングを繰り返してより厚い膜を作製した。

みかけの量子収率

ここでは、みかけの量子収率は、光子の供給速度に対する充電初期速度の比と定義する。紫外光の強度の増加に伴い初期充電速度は大きくなるが、みかけの量子収率は減少した(図4a)のは、10 mW cm-2以上の紫外光強度では光子の供給が過剰になるためと考えられる。一方、モル比W/Tiが増加すると、初期充電速度とみかけの量子収率の両方が増加した。W/Tiが増加すると、TiO2で生成した光励起電子のWO3への距離は減少するはずであり、電子−正孔対の再結合も減少すると考えられる。みかけの量子収率は膜厚の増加とともに増大し、膜の重量が300 mg(膜厚10μm)程度で最大値(〜8%)に達した。これは、紫外光が到達できる厚さまでは光子の吸収量は膜厚に依存して増大するが、それよりも膜が厚くなると光子の吸収量が飽和することを示唆する。

充放電容量および充放電比容量

紫外光照射により完全に充電された膜を、3μA cm-2で定電流電解することで放電容量を測定した。充電比容量(HxWO3のx)は、以下の式に従って計算した。膜厚およびモル比W/Tiの増加とともに放電容量は増加したが、xの値はどの膜でも〜0.1であり、-0.4 V vs. Ag/AgClで電気化学充電した場合の値と一致した。

モル比W/Ti=0.5、膜厚>10μmのTiO2-WO3混合膜において、みかけの量子収率の最大値(〜8%)が得られた。充放電容量に関してはモル比W/Ti=0.5が最適で、膜が厚いほど大きくなった。充放電比容量(x)はモル比W/Ti、膜厚、紫外光強度に依存せず0.1程度であった。

PWAの複合化によるシステムの改良

最後に、このシステムの応用範囲をより拡大するために、速い多電子酸化還元反応をすることで知られるタングストリン酸(PWA; H3PW12O40)を組み合わせた系を検討した。また、TiO2-WO3混合膜にPWAを修飾することで、TiO2表面からWO3へのプロトン輸送を容易にし、乾燥空気中での光電気化学的充電の効率向上も目指した。

膜の作製

PWAおよびWO3膜は5 wt% PWAまたは4 wt% WO3を含むアルコキシシラン溶液(NDH-500A、日本曹達)を1500 rpmで10 sスピンコートして作製し、最後に400℃で1時間焼成した。一回コート膜の平均膜厚はPWA、WO3膜ともに約0.3μmであり、重ね塗りにより得られた膜厚は約0.6μmであることがSEMによる観察で確認された。そのPWAまたはWO3膜の上に、0.05 M ビス(2,4-ペンタンジオナト)チタンオキシドのエタノール溶液からスプレー熱分解法(400℃)によりTiO2膜を形成した。TiO2膜の平均厚さは約0.4μmであった。

TiO2-PWA膜の挙動

1 mWの紫外光を1時間照射後、暗状態の3 wt% NaCl水溶液中における開回路での電位変化をTiO2-PWAとTiO2-WO3混合膜とで比較した(図6)。紫外光照射停止後も電極電位は一定の時間<-0.2 Vに保持され、PWAも光電気化学的に充電可能なことが確認された。TiO2-PWA混合膜の自然放電時間はTiO2-WO3混合膜の放電時間の約2倍であったが、充電容量は40%程度であった。これはPWAの還元された状態がWO3の還元体よりも空気中の酸素により酸化されにくいことを意味している。このようにPWAはWO3よりも防錆・防食への応用に適しており、抗菌材料への応用にも、抗菌性は低くても長時間の殺菌性効果が期待できる。

PWA修飾TiO2-WO3膜の挙動

プロトン伝導性を向上させるために、TiO2-WO3混合膜(モル比W/Ti=0.2)をPWAで修飾した。作製したPWA修飾膜に湿度10%の気相中で1 mW cm-2紫外光を照射した。PWA修飾TiO2-WO3膜における初期充電速度(-ΔRef0)はこれまで用いてきたTiO2-WO3混合膜のそれよりも大きかった。

おそらく、PWAがTiO2表面での水の酸化(eqs. 3a, 3b)を促進することや、あるいはPWAが酸であるためにプロトン伝導性が向上することによると考えられる。後者の場合(図7)、移動したプロトンはeq. 4においてインターカレーションイオンとしてWO3の電荷を補償するために利用される。

結言

TiO2-WO3混合膜は空気中においても効果的に充電することが可能であった。しかし、充電メカニズムに不可欠なプロトンの生成と伝導のために表面吸着水層の存在が重要である。さらに、モル比W/Tiおよび膜厚を増大させることで、みかけの量子収率を最大にする膜が得られるが、充電比容量(HxWO3のx)はモル比や膜厚に関わらずほぼ0.1で一定であった。最後に、PWAを組み合わせることで、充電容量は小さいもののWO3よりも自己放電時間が遅く長時間効果が持続するエネルギー貯蔵光触媒システムを構築できることがわかった。PWAは防錆・防食材料としてはWO3よりも適当であるといえ、TiO2-WO3膜の上に修飾することで、低湿度の気相中での光電気化学的な充電も促進した。

還元エネルギー貯蔵型光触媒の充放電メカニズム

TiO2-WO3混合膜の初期充電速度の平均値の(a)照射光強度依存性および(b)湿度依存性(n=10 ; 気相中での充電 n=5; 液相中での充電)

TiO2-WO3混合膜の容量の平均値の(a)照射光強度依存性および(b)湿度依存性(n=10 ; 気相中での充電 n=5; 液相中での充電)

TiO2-WO3混合膜のみかけの量子収率の(a)組成および照射光強度依存性(膜重量〜40mg)および(b)膜重量依存性(照射紫外光強度=1mWcm-2)

TiO2-WO3混合膜の容量の膜厚および組成依存性

TiO2-PWAおよびTiO2-WO3混合膜の光化学的充電および3wt%NaCl水溶液中での放電時における開回路電位

PWA修飾TiO2-WO3混合膜の気相中における充電メカニズムのモデル

T. Tatsuma, S. Saitoh, Y. Ohko, and A. Fujishima, Chem. Mater., 2001, 13, 2838-2842.T. Tatsuma, S. Takeda, S. Saitoh, Y. Ohko, and A. Fujishima, Electrochem. Commun., 2003, 5, 793-796.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、還元エネルギー貯蔵型酸化チタン光触媒に関する研究についての論文である。

第一章は序論である。酸化チタン光触媒材料は、水や空気の浄化、セルフクリーニング、金属の防食への応用が期待され、環境・エネルギー問題の観点からも注目を集めて盛んに研究が行われており、最近では可視光応答型光触媒や電荷分離効率の改善による光触媒活性の向上についても研究が進んでいる。しかし、これらの新規材料も含めて従来の光触媒の最大の欠点は、光照射下のみでしか機能しないという点である。本論文ではこの欠点を克服し、光触媒を暗所でも利用できるようにすることを研究の目的としている。そのための方法として、酸化チタン(TiO2)に電子貯蔵能をもつ物質(例えば酸化タングステン:WO3)を組み合わせることに基づく新しいエネルギー貯蔵型光触媒システムを提案し、その評価と特性の向上を図ったことが述べられている。

第二章では、気相中におけるTiO2-WO3膜への還元エネルギーの貯蔵(電子の充電)が可能であることについて述べられている。水溶液中での充電が可能であることは前任者の研究によって明らかにされているが、気相中においても充電可能であることは、抗菌や金属の防食など実際に応用が期待される大気中での利用が可能であることを示すものであり、非常に重要な知見である。また、気相中での充電速度や充電容量は強く湿度に依存することから、TiO2およびWO3粒子表面に吸着水が存在することが必要であることを示している。これは、粒子表面のイオン導電性やまたは、TiO2において生成するホール(h+)が消費されるために必要なH2Oの供給が、充電において重要な役割を果たすことを示している。

第三章では、充電容量、充電比容量(x in HxWO3)と、初期充電速度から算出したみかけの量子収率を指標として、膜の組成(W/Tiのモル比)、紫外光強度および膜の厚さ(膜の重量)の最適化を行った結果について述べられている。最大の量子収率(約8%)はW/Ti比が0.5かつ膜厚が10μm以上で得られたが、充電比容量はこれらの条件変化には依存せず約0.10の値を示すことを報告している。

第四章では、システムの実用化に向けてより優れた電子貯蔵能を持つ物質の探索について述べている。電子貯蔵材料としてタングストリン酸(PWA)について検討した結果、WO3のかわりにPWAを用いても充電可能であり、TiO2-WO3の系と比較して充電容量は40%程度と低いものの放電時間が2倍であることを明らかにした。これはPWAのほうがWO3よりも空気中の酸素によって酸化されにくく、暗所での防錆といった応用にはより適したシステムを構成できることを示している。また、放電時間が長く持続する利点があるため、抗菌作用はTiO2-WO3の系よりは弱いものの微量の細菌を完全に分解するような目的には適するものとみられる。

第五章では、TiO2-WO3の系にPWAを組み合わせることで、低湿度(<10%)の気相中においても充電が可能であることについて述べている。これはPWAが高いプロトン移動度を有することまたは、PWAにより多くのH2Oを吸着できることに基づくと考察している。充電速度や充電容量はPWAの比率にともなって増加したが、これはプロトン移動度やH2Oの吸着量が増加するためである。充電速度および充電容量から最適化されたPWA/WO3比は0.3で、そのときの量子収率は湿度10%という乾燥した条件でも1.3%であった。

第六章は総括であり、今後の展望についても述べられている。

以上のように本論文では、TiO2光触媒を暗所でも機能させるための方法としてWO3やPWAなどの電子貯蔵材料と組み合わせた系を開発し、設計どおり暗所への応用が可能であることを明確に示している。また、気相中の固体表面における光電気化学反応に関する機構を明らかにしており、光触媒の暗所での利用を可能にした点で、実用的な意義も大きく、高く評価される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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