学位論文要旨



No 119081
著者(漢字) 梶川,裕矢
著者(英字)
著者(カナ) カジカワ,ユウヤ
標題(和) 材料科学における知識の構造化 : 多結晶薄膜堆積過程を例にとって
標題(洋) Structuring Knowledge in Materials Science : Case Studies in the Polycrystalline Film Deposition Processes
報告番号 119081
報告番号 甲19081
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5813号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 松島,克守
 東京大学 助教授 岡田,文雄
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 山口,猛央
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、材料科学における知識の構造化、ならびに多結晶薄膜堆積過程におけるケーススタディを扱ったものである。

第一章では知識の構造化の必要性とその背景を、既往の研究・議論を踏まえながら概観した。特に、増え続ける科学知識に対する研究者個人の接し方の変化、学術雑誌に掲載された論文から同じようなトピックを研究する研究者コミュニティへの情報源の変化が、知識をより狭い研究者コミュニティへと閉じ込め、研究分野内の包括的な視点の喪失へと繋がる様を記述した。又、このような包括的な視点の欠如が分野内の個別研究の生産性・知識の質を低下させていることを指摘した。

第二章では、知識の構造化のための手法としての一般的なシステム方法論を記述した。システムという視点から問題を記述することが包括的な視点へと繋がる。システムとはシステム内の要素と要素間の関連から成り立つ。システムとして記述するとは、システムのフレームワークを定め、システム内の要素を収集し、互いに関連付けることである。これをシステム構築と呼ぶ。通常、ある問題に対して構成されたシステムは多数の要素と関連から成り立つ複雑な様相を呈する。システムにおける対象となる要素の振る舞いを理解し、制御するためには、システムを単純化することが必要である。システムを単純化する過程は、ブラックボックス化、カタログ化、領域の明確化、フィルタリングから成り立つ。これらの過程をシステム解析と呼ぶ。本研究におけるシステム方法論とは、システム構築とシステム解析の2つのプロセスから成り立つ。以下の章において、システム方法論に基づいた個別研究を展開した。

第三章では、システム方法論に基づく材料科学の知識の構造化を行った。第一節では材料科学のシステムの枠組みを示した。材料科学の使命は、人間にとって有用な機能を持った物質を、物性、もしくは、物性の組み合わせを用いて合成することである。物性は、材料の持つ構造によって定まり、構造は温度や圧力といった合成条件によって決定される。つまり、材料科学システムにおいては大きな枠組みとして、プロセス-構造-物性相関の解明ということがある。本研究では、プロセスから構造にいたる因果関係であるプロセスモデルに焦点を絞り、知識の構造化を行った。

第二節ではケーススタディとして、多結晶薄膜堆積過程に関する研究を行った。多結晶薄膜のみならず、材料科学における重要なトピックである、(1)表面粗さ、(2)配向、(3)初期成長、(4)結晶化過程をとりあげ知識の構造化を行った。

(1)表面粗さに関する研究では、薄膜形成過程における表面粗さの原因を熱力学的な要因、速度論的な要因に分け、系統的な整理を行った。又、速度論的な要因による表面粗さ拡大機構に関して更なる検討を行った。高さ方向の粗さ拡大機構としてpositive feedbackの働く結果として生じる構造をProtrusion、positive feedbackの働かない場合をConeと名づけた。ProtrusionとConeはそれぞれ特徴的な構造から判断できる。Protrusionを生じる機構としては原料のshadowing、濃度勾配、粉体の優先沈着がある。Coneを生じる機構としては、薄膜の各位置における結晶面方位、結晶性、組成の異方性がある。このことから、表面粗さがどのような機構によって生じているかということは、逆に表面粗さそれ自体を観察し、Protrusionであるか、Coneであるかを判断することで、表面粗さ形成機構の候補を絞り込むことができることを意味する。例えば、構造がProtrusionであればその形成の原因としては、shadowing、濃度勾配、粉体の優先沈着が考えられる。これらのうち、shadowingは粗さサイズが、弾性流領域の現象であり、濃度勾配、粉体の優先沈着は連続体領域での現象であること、濃度勾配・粉体の優先沈着は粗さ拡大率の時間依存性が異なることをあわせ考えることで、粗さ形成機構を特定することが出来る。従来の研究においてこのように薄膜の表面粗さ形成機構について包括的な視点を与えた研究はなく、この節における研究の意義は大きいと考えられる。 (2)配向に関する研究においても同様に、配向性決定機構に関する実験・理論的知識を幅広く収集し、化学気相堆積法(CVD: Chemical Vapor Deposition)や物理気相堆積法(PVD: Physical Vapor Deposition)といった材料合成手法によらない汎用的な配向性決定機構に関する枠組みを与えることに成功した。又、金属や半導体、絶縁体といった材料によらない抽象化された形で知識を整理することで、材料によらない共通の知識基盤を整備した。収集した配向性決定機構モデルを論理的一貫性、妥当性、反証可能性の検地からFilteringを施し、信頼性の低いモデル、高いモデルを区別した。信頼性の高いモデルとしては、付着、表面拡散、粒成長、イオンダメージがあり、これらは実験的、理論的に検証されている。実際のプロセスにおいてこれら4つのプロセスが等しく、配向性決定に寄与していることは稀であると考えられる。 (1)表面粗さに関する研究と同じく、膜構造から支配的な機構を絞り込めることを示した。又、既存の報告において、研究のターゲットとなる材料ごとに、研究者が支持するモデルが異なっているということを発見した。例えば、AlNの研究者は付着モデルを提案しているが、粒成長の可能性を指摘している者はおらず、TiNの研究者は逆に粒成長によって配向が生じたと主張する研究者は多いものの、付着によって配向が生じる可能性を指摘している研究者はいなかった。このことは、Introductionに述べたような、研究者の情報源が雑誌論文から研究者コミュニティへと変化していることを示しているように思われる。 (3)初期成長に関する研究では、近年のナノテクノロジーへの注目の高まりとともに着目されている、基板上への薄膜堆積課程の初期に観察されるナノ粒子の形成過程に関する調査を行った。ナノ粒子の形成過程に関する古典的な核発生理論とその近年の発展を概説し、現在の初期成長過程に関する理解を示した。又、初期成長時に関与する、堆積、拡散、凝集、マイグレーションなど様々な要素プロセスから重要なプロセスを抜き出す方法を整理した。次に、PVD法の代表的な手法であるスパッタ法を例にとり、既往の実験結果の整理、核発生理論で説明の出来ない現象、見落とされている現象を指摘した。さらに、PVD時にはあまり見られない、CVD法による製膜時に顕著な現象である遅れ時間に着目し、遅れ時間の原因を明らかにした。最後に、PVDとCVDの本質的な差異について考察を行った。現在では、基板上のナノ粒子の形成は試行錯誤的にプロセス条件を変えることで最適化されている。本節では、核発生理論からナノ粒子のサイズ・密度の予測が可能であること、又、核発生理論から予測される因子を用いることで、それぞれの系において支配的な要素プロセスを抽出し、ナノ粒子形成過程の単純で理解しやすい物理的描像を得られることを示した。 (4)結晶化過程に関する研究では、既往の研究において最も報告例の多いアモルファスシリコンの結晶化手法を調査した。シリコンの結晶化に関しては、単純な熱処理のみならず、結晶化における水素や金属といった不純物の効果、圧力や、ナノサイズにおける界面効果など様々な現象が報告されており、シリコンをモデルシステムとして調査することで、他の材料にも応用できる、多結晶材料を得る包括的な視点を得ることが出来た。

第四章では材料科学における研究をサポートするシステムに関する研究を行った。研究者の情報源の変化にもかかわらず、学術雑誌に掲載される論文は科学に於ける最も重要な信頼の出来る情報源であり、少なくとも現在では、唯一の知識の貯蔵庫である。そのような学術論文を対象として、第三章では、多結晶薄膜堆積過程に関する各トピックに関してそれぞれ、約150, 180, 380, 400の文献を網羅し、知識を構造化した。しかし、文献調査のプロセスは非常に時間がかかり、調査をサポートするシステムの設計が今後の知識の構造化のために重要であると考えられる。既存のツールとして書誌学的な情報に基づいたツールが多数開発されているが、知識の中身に入っていくことが出来ず、今回の目的のためには不十分である。又、自然言語処理に立脚した研究も多数行われているが、まだ十分なものはない。本章ではオントロジーに基づいたシステムのプロトタイプを構築し、システムの可能性を示した。

ここまで、知識の構造化のコンセプトに基づき、システム方法論の視点から、具体的に、多結晶薄膜堆積過程に関するいくつかのトピックに関して知識を構造化した。本論文は、薄膜形成プロセスに従事する研究者・技術者のみならず、知識やシステムを対象としている研究者にも、根幹的かつ包括的な視点を提供するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

現代では、学問分野の細分化と科学者の専門化が進むことにより、科学に関する知識と情報の量が爆発的に増加している。その結果、学問領域全体を把握し、必要に応じて他の学問領域との融合を図ることにより、社会の要請に答えられる科学技術を生み出していくことが困難になりつつある。従って、既存のあるいは将来にわたって蓄積され続けていく膨大な知識と情報を構造化することによって、それらを利用しやすくするとともに科学技術の全体像を理解しやすくすることが重要であると考えられる。本論文は「Structuring Knowledge in Materials Science: Case Studies in the Polycrystalline Film Deposition Processes (材料科学における知識の構造化: 多結晶薄膜堆積過程を例にとって)」 と題し、材料科学の分野における知識と情報の構造化の方法論及び構造化の例、並びに構造化を補助するツールのあり方について述べたものであり、全体で5章より構成されている。

第1章は序章であり、知識と情報の爆発によって個々の科学者と社会全体がどのような危機に直面しているかが紹介され、それを回避するために知識と情報を構造化することの必要性と、本研究で構造化の手法と補助ツールを開発することの意義が述べられている。

第2章は、知識と情報を理解しやすい形に構造化する手法として、システムズアプローチが適切であり、これによって膨大で複雑な知識を単純化することができると述べられている。システムズアプローチとは、まず初めに物事の因果関係や関連を式や論理でつなげた(複雑な)システムを作成し、次に、その中で重要な因子を抽出してシステムを単純化していく手法である。

第3章は、多結晶薄膜作製を例にとってシステムズアプローチの手法を用いた解析を行い、プロセス条件と薄膜の初期成長、特定面への配向、表面荒れとの関係を明らかにしている。薄膜の初期成長は、これまで様々な素過程を取り込んで解析、説明されてきたが、全ての素過程を考慮しなければならないケースは稀であり、大部分の製膜プロセスにおいては単純な製膜指標を用いることによって整理、理解することができる。製膜指標として重要なものは、アイランドの最大数密度のフラックス依存性、及び拡散長と欠陥距離の関係などである。また、薄膜が特定面へ配向する原因についても、これまで材料種と製膜方法の違いによって様々なモデルが唱えられてきたが、システムズアプローチの手法によって論理的に信頼できるモデルを取捨選択することにより、材料種や製膜方法によらずに特定面への配向を決める因子を明らかにできた。さらに、薄膜の表面荒れを引き起こす機構を2種類に分け、表面形状を分析することによって機構を特定できると述べている。一つは、定常性成長機構であり、基板表面の異物等を中心に一定の成長速度比を伴って形成される。もう一つは、拡大性成長機構であり、成長と共に、凹凸の拡大速度が速くなる。前者の原因には結晶性、組成等が、後者の原因には、製膜種の濃度勾配等がある。これら3つの現象について解析を行った結果、この分野にシステムズアプローチの手法を適用することが有効であることを明確にした。

第4章は、知識を構造化していくためのツールに関して、一般的に検討されているものの長所と短所を紹介するとともに、それらを上回る機能を有したツールを提案し、そのプロトタイプを作成したことが述べられている。現在、知識を構造化していくためのツールとして自然言語学的情報処理やオントロジーを用いた検索手法などが研究されているが、それらはまだ充分な機能を持つと言えるものではない。特に、要素同士の因果関係が曖昧なまま残されているため情報処理上の大きな問題となってなる。そこで、システムズアプローチによって情報の収集と解析を手助けするためのツールを作成中である。現在はプロトタイプの段階であるが、このツールが完成すれば、知識を構造化してその全貌を把握することが可能となり、新しい発見や発明につながると述べている。

第5章は、本論文のまとめと展望である。

以上の研究によって、知識を構造化するためにはシステムズアプローチという手法が有効であるという着想が生まれ、実際に多結晶薄膜の初期成長、特定面への配向、表面荒れを引き起こすプロセス要因を特定することに対して有効であることが示された。また、それらの原因は材料種や製膜方法によらずに共通なものあり、現象を単純化、統一化して理解、把握することが可能であることを示した。この手法は、材料科学の分野のみならず巾広い分野に適用することが可能であると考えられる。さらに、現状の情報処理ツールの問題点を整理し、システムズアプローチの手法によって知識を構造化するための新しいツールについての考え方をまとめ、そのプロトタイプを作成した。これらの結果は、化学システム工学の発展に大きく寄与するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク