学位論文要旨



No 119083
著者(漢字) 富田,賢吾
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,ケンゴ
標題(和) 超臨界水中の固体触媒反応の反応工学的解析
標題(洋)
報告番号 119083
報告番号 甲19083
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5815号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 助教授 岡田,文雄
 東京大学 教授 山本,和夫
内容要旨 要旨を表示する

水は自然界に大量に存在する低環境負荷型の反応溶媒であり、その物性は高温、高圧である超臨界領域(温度374 ℃以上、圧力22.1 MPa以上)を含めると、温度圧力のみを操作因子として幅広くかつ連続的に変化できるという特異な性質を持つ。このような特徴を化学反応の溶媒として利用した場合、1種類の溶媒で多種類の液体溶媒に匹敵する能力を付与することが可能であることから、目的とする反応に適した溶媒環境を単一の物質で実現可能である。このため超臨界流体を用いた技術は、従来の有機溶媒に代替する反応溶媒として用いる次世代型の化学反応プロセスとなる可能性を有している。このことから、超臨界水は様々な反応系への適用が期待されており、亜臨界領域も含めた研究が近年活発化している。本研究では、この亜臨界、超臨界水反応場への固体触媒の導入を考えた。この反応場への固体触媒の添加は、廃棄物処理法としての高分解率の実現、2次生成物の抑制、また、有機合成反応に関しても、高収率、高選択率の実現が可能であり、より効率的な反応系として適用できると考えられる。本研究では、亜臨界、超臨界水中の酸化反応系及び有機合成反応系における触媒添加効果の定量的な評価、及び、水自身や水の物性が触媒の活性に与える影響の定量的な評価を通じて、亜臨界、超臨界水反応場と固体触媒を組み合わせた系の化学的特徴を明確にし、反応工学的情報を蓄積することで、同系の基盤を確立することを目的とした。反応系としては排水処理への応用を考えた超臨界水酸化反応系と、有機溶剤の代替としての適用を考えた有機合成反応系への応用を考えた。

超臨界水酸化反応系として、固体触媒を用いた同反応についての反応工学的な解析を行い、フェノールをモデル物質として、触媒添加による分解速度や分解機構における効果や、物質移動過程を考慮した速度論的な解析を行い、同系の特徴について検討した。MnO2触媒の添加によって、無触媒均一系と比較して反応速度が2 〜4桁程度上昇し、フェノール転化率の大幅な上昇が確認された。また、触媒系では分解機構が無触媒系と異なり、難分解性であるフェノールニ量体をほとんど生成することなく、効率的に完全酸化できることが分かり、工学的な側面からも固体触媒の適用が有効であると考えられる。ここで、フェノールの転化率は触媒の粒径によって大きく異なることが分かった。これは分解反応が物質移動過程に大きく影響を受けるためであり、その物質移動過程を計算によって考慮することで、触媒表面での真の反応速度を求めた結果、反応次数はフェノール濃度に1次、酸素濃度に0.8次、水濃度に-1.8次となった。特に水の濃度に対しては負の影響を持つという興味深い結果が得られた。反応をLangmuir Hinshelwoodの吸着モデルを仮定して考えることで、水が負の効果を持つのは、水がフェノールや酸素と競争吸着をし、触媒表面の活性点に吸着することでフェノールと酸素の吸着を阻害するためであると推測された。

次に有機合成反応系として、まずプロピレンをモデル物質として、酸触媒反応のひとつである水和反応を行い、数種の固体触媒と亜臨界、超臨界水を組み合わせた反応場における反応の特性を水の物性と関連付けて評価した。MoO3/Al2O3、Al2O3、TiO2触媒を用いて、水和反応を行ったところ、無触媒での場合と比較して、プロピレン転化率が飛躍的に上昇することが分かった。特に、ブレンステッド酸強度が強い触媒で高い転化率が得られた。このときほぼ100 %近い選択率で2-プロパノールの生成が確認された。また、転化率は臨界温度近傍において極大を持ち、臨界点を超えた高温領域では反応が全く進行しないという特異的な結果が得られた。速度論的解析を通じて、この現象について定量的に見積もったところ、プロピレンの反応速度は水のイオン積の影響を大きく受けており、特に臨界温度近傍では水素イオン濃度が高いために、反応が促進されると推測された。この傾向は数種の固体触媒において同様であった。触媒表面での酸強度とバルクの物性との関係を考察したところ、バルクの物性、特にイオン積が変化することで触媒固体表面の電荷が変化し、それによって酸強度が変化するということが定量的に評価できた。結果的に酸強度が変化することで、水和反応に影響を与えていると考えられる。

さらに、上記のプロピレン水和反応における知見を踏まえ、他の酸触媒反応に本系を適用した場合の反応の特性について評価し、同系の拡張の可能性を検討した。具体的には、オレフィン類(C2〜C12)の水和反応、及び、クメンハイドロキシパーオキサイド(CHPO)の分解反応、そして、アルキレーション反応について検討を行った。C2〜C12までのオレフィン類の水和反応によって、エチレンを除くオレフィン類について、ほぼ全ての条件で90 %以上の高い選択率で2-アルコールの生成が確認された。生成物はマルコフニコフ則に従って生成するものと考えられる。また、その基質転化率は臨界点近傍において極大を示す傾向が確認され、前章で述べたように、水のイオン積の影響を受ける反応であることが確認された。また、酸触媒反応の例として、CHPOの分解反応及びアルキレーション反応に、同系を適用した結果、それぞれ両反応とも酸触媒反応による生成物が確認されたが、同時に多くの副生成物の生成が確認された。これは高温条件であるために、様々な副反応が進行したためであると考えられる。

また、酸触媒反応以外の有機合成反応として部分酸化反応系についての検討を行い、数種の固体触媒による活性の違いや、その活性に対する水の効果について検討した。プロピレンをモデル物質として部分酸化反応を行い、無触媒系における反応の特徴を明確にした上で、その系に固体触媒を組み合わせ、触媒の添加効果を検討した。無触媒系における実験から、プロピレン部分酸化反応は水和反応とアリル酸化反応が平行して起こると考えられ、それによって2-プロパノール、アクロレインが生成する。そしてアクロレインは二次的な分解をすることでアセトアルデヒド、CO、CO2に変化することが分かった。また、その両反応に対して、水のイオン積が大きく影響すると考えられ、これが水和反応に対してはプロピレンの付加される水素イオンの濃度が高いため、そしてアリル酸化反応に対しては、プロピレン分子からの水素イオンの引き抜きを担うと考えられる水酸化物イオンの濃度が高いためであると推測した。同系に数種の固体触媒を添加した結果、それぞれの触媒に特有の反応を選択的に促進させることができることが分かった。この固体触媒反応系に対して、水の物性は触媒の酸機能の向上にのみ効果があると考えられる。先の水和反応において述べたメカニズムによって水のイオン積が触媒表面の酸機能に大きく影響しており、この反応系においても水和反応に対して水の物性は大きな影響を与えた。他の酸化活性やエポキシ化活性に対しては水の物性の効果はないものと考えられ、これらの反応は触媒自身の活性や温度が要因となって反応が進行すると考えられる。

最後にこれまでに使用した固体触媒についての反応場における安定性について考察した。反応活性の経時変化及び実験結果の再現性を確認することで活性の低下について検討を行い、さらに反応に使用した後の固体触媒のキャラクタリゼーションを行い、使用前の状態と比較することで安定性の評価を行った。触媒の活性はほぼ全ての固体触媒において安定しており、被毒物質による活性の劣化が起きていないことが分かった。しかしながら、触媒は反応に使用することで結晶構造、表面積、細孔構造について大きく変化していることが確認された。ほぼ全ての金属酸化物触媒において、亜臨界、超臨界水中では触媒自身がその温度圧力条件において最も安定な構造に変化することが分かった。また、触媒の表面積及び細孔体積は超臨界水中で使用することで大きく減少することが分かった。しかしながら、この変化は極めて早く、数十分のオーダーで変化すると考えられる。担持触媒については、担体の結晶構造、表面積、細孔構造が変化するが、変化後も担持状態を維持していることが分かった。結晶構造、表面積、細孔構造の変化後は活性を維持することが分かった。その活性は無触媒系と比較してやはり高いものであり、長時間の使用においても本系が十分に適用できることが分かった。

以上の結果から、固体触媒と水を組み合わせた反応系について、その化学的な特徴を明確にし、反応工学的な知見を得た。この反応系は従来使用されてきた反応系と比較して、十分に効率的な反応が望める系である可能性を示すことができ、廃棄物処理法の観点からは、より効率的な処理法として、そして有機合成反応系の観点からは、環境調和型の新規且つ有望な反応系として、工学的な応用が可能であると考えられる。ここで述べられた知見はその応用に対する重要な知見となり得るものであり、その適用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「超臨界水中の固体触媒反応の反応工学的解析」と題し、超臨界水という特殊な反応場における固体触媒反応の化学的、工学的特徴を明確にすることによって、水中微量有害物質の完全分解や新規有機合成の反応場として適用するための基盤確立を目指した研究であり、全8章から成る。

第1章は緒言であり、研究の背景や目的が述べられている。まず、物質移動と反応の複合過程である固体触媒反応において、特徴的な輸送物性を有する超臨界水を反応場とすることにより、反応速度や機構が影響を受け、収率や選択性が変化する可能性があると考えた本研究の着想について述べている。次に、本研究に関連した既往の報告をまとめた上で、本研究の新規性や目的について論じている。

第2章では、本研究で用いた実験装置の構成と操作法、分析手法などの実験方法について述べている。本研究で対象としたそれぞれの反応系について、装置設計の根拠となった計算や実測に基づく検討過程や、用いた分析方法や条件などについて詳細に記述している。

第3章では、固体触媒を用いた超臨界水酸化反応について、反応工学的解析を行っている。工業排水中に多く含まれているフェノールをモデル物質として、MnO2触媒を添加した系において、無触媒均一系と比較してフェノール分解反応速度が飛躍的に上昇することを示し、工学的な側面からも固体触媒の適用が有効であることを明らかにしている。さらに、その物質移動過程を考慮し、水密度の影響を含めた触媒表面での真の反応速度を決定している。水密度は反応速度に対して、負の影響を与えるという興味深い結果を示し、それが水がフェノールや酸素と競争吸着をし、触媒表面の活性点に吸着することでフェノールと酸素の吸着を阻害するためであると考察している。

第4章では、プロピレンをモデル物質とした亜臨界、超臨界水中の水和反応についての反応工学的な解析について述べている。この反応によって2-プロパノールが100 %近い高い選択率で生成することを示し、さらに、固体酸触媒を用いることで無触媒系と比較して、プロピレン転化率が飛躍的に上昇することを明らかにしている。また、その反応速度が水のイオン積に大きく影響していることを速度論的解析によって示し、この現象が水のイオン積の変化による触媒固体表面の酸強度の変化に起因することを定量的に説明している。

第5章では、第4章を踏まえた上で、他の酸触媒反応に本系を適用した場合の反応特性について評価している。まず、C2〜C12のオレフィン類の水和反応について検討し、エチレンを除くオレフィン類について、ほぼ全ての条件で90 %以上の高い選択率で2-アルコールが生成することを実験的に示すとともに、いずれの場合も反応速度が水のイオン積の影響を受けることを確認している。また、その他の酸触媒反応として、クメンハイドロキシパーオキサイドの分解反応及びアルキレーション反応について検討し、本系の拡張性について議論している。

第6章では、プロピレンをモデル物質とした部分酸化反応を行い、数種の固体触媒による活性の違いや、その活性に対する超臨界水の効果について述べている。それぞれの固体触媒に特有の反応を選択的に促進されることを明らかにする一方、水のイオン積が触媒の酸機能の向上に効果があり、他の酸化活性やエポキシ化活性等に対しては水の物性の効果が大きくないため、気相や液相とは異なった生成物分布を与えることを示している。触媒の選択や水の物性の制御によって、生成物の選択性がある程度制御できることから、目的の反応をより効率的に進めるための反応場として期待できるとまとめている。

第7章では、第3章から第6章において使用した固体触媒の安定性について検討している。本研究で対象とする全ての反応系において、被毒物質による活性の劣化は起きず、長時間の使用においても十分に適用できることを明らかにしている。しかしながら、触媒はその温度圧力条件において最も安定な構造に相転移し、それに伴って結晶構造、表面積、細孔構造も変化するため、活性に変化が表れる可能性があることを示している。

第8章では、以上の結果を総括するとともに、本研究の応用の可能性を含めた今後の展望について述べている。固体触媒による反応促進の効果に超臨界水の特異的な物性を組み合わせることにより、有害化学物質の分解や有機合成反応に有効な反応場を形成する可能性が示され、本研究で得られた知見は、その基盤となる反応工学的情報を与えるものとして重要であると結んでいる。

以上要するに、本論文は、超臨界水中の固体触媒反応を反応工学的に解析し、触媒反応の速度や機構に与える超臨界水の影響をその特徴的な物性と関連づけて明らかにするとともに、自然界に大量に存在する水を反応溶媒として利用した環境調和型の新規かつ有望な反応系の可能性を示した点で、工学的に高い価値を有し、超臨界流体工学及び化学システム工学の発展に大きく寄与するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク