学位論文要旨



No 119084
著者(漢字) 藤田,洋崇
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ヒロタカ
標題(和) ハイシリカゼオライトにおける水中溶存オゾン・有機物の吸着と分解に関する研究
標題(洋) Study on Adsorption and Decomposition of Water-dissolved Ozone and Organics on High Silica Zeolites
報告番号 119084
報告番号 甲19084
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5816号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 教授 古米,弘明
内容要旨 要旨を表示する

(要旨)

オゾン処理は脱臭、脱色、殺菌、有害有機物の酸化分解等の多様な機能を担い、現在、浄水・排水をはじめとする水処理の分野で必要不可欠な単位操作のひとつとなっている。しかしながら、処理対象有機物の種類(例えばTCE(トリクロロエチレン)、アセトアルデヒド、エタノール等)によってはオゾンとの反応速度が小さく実プロセスにおける短時間の処理ではほとんど分解が不可能であったり、オゾン処理によって意図しない有害副生成物(例えばブロム酸、アルデヒド類、ケトン類、臭化有機物)が生成する等の問題点が指摘されている。これらの問題を解決する方法は現在のところ十分に確立しているとは言いがたい。特に後者の問題は人の健康に悪影響を及ぼす意味で非常に深刻であり、有効な手法の開発が望まれる。以上のような背景から本研究ではハイシリカゼオライトのミクロ細孔を反応場としたオゾン処理プロセスに着目した。ハイシリカゼオライトは強い疎水性を有し、オゾンと分子サイズの小さい処理対象有機物に対して優れた吸着能力を有している(後述)ため、その細孔内にオゾンと処理対象有機物が高度に濃縮された反応場を形成することができ、処理対象有機物の分解速度を著しく増大することができる。また用いるハイシリカゼオライトの種類によって表面疎水性及び、細孔径が異なることからオゾン、処理対象有機物のハイシリカゼオライト上への濃縮度合いもそのハイシリカゼオライトに固有なものとなる。従ってハイシリカゼオライト上にはゼオライト種に固有で且つバルク水中とは全く異なった新たな反応速度の分布が発現することとなる。すなわち処理の対象とする系に対して適切な吸着剤を選定、導入することにより、好ましい反応(例えば有害有機物の分解)を促進させると共に、好ましくない反応(主にオゾンによって有害副生成物を生成する反応)の抑制が期待できる。

以上のような新しいオゾン処理プロセスの開発及びその構築を目指し、本論文では現状のオゾン処理の抱える問題点を整理したうえで(Chapter 1)、水中溶存オゾンの吸着と分解(Chapter 2)、吸着相でのオゾンと処理対象有機物の反応とそのメカニズム(Chapter 3、Chapter4)、本プロセスの可能性と限界(Chapter 5)といった本提案プロセスの構築に必要な基礎的事項の解明を目的とした。各章の詳細は以下の通りである。

Chapter 2では研究の第一歩としてまず、水中溶存オゾンの吸着特性について検討を行った。吸着剤充填カラムに一定濃度のオゾン水を流通し、破過曲線の測定を行いその吸着特性を調べた。また、十分に破過に到達した後に同カラムに蒸留水を流通することにより脱着特性も調べた。吸着剤としては上記のハイシリカゼオライト(ZSM-5、モルデナイト、US-Y)の他に、比較のためシリカゲル、活性炭を用いた。活性炭はオゾンを安定に保持することなく、瞬時に分解した。また低温気相での優れたオゾン吸着剤として知られているシリカゲルは液相では全くオゾンを吸着しなかった。これに対しモルデナイトやZSM-5といったハイシリカゼオライトは優れた吸着能力を示し、新たな溶存オゾンの吸着剤として非常に有望であることが示された。また吸着されたオゾンはオゾンのまま脱着されることから、ハイシリカゼオライト細孔内にオゾンはある程度安定に吸着保持されることが示され、従ってこのようなZSM-5、モルデナイトの細孔には高度にオゾンが濃縮された反応場が実際に形成されることが証明された。しかしながらUS-Yは殆どオゾンを吸着せず、ゼオライト種により大きく吸着能力が異なることがわかった。種類別に整理するとオゾン吸着能力はZSM-5>モルデナイト>>US-Yであった。また同種類のゼオライトでもシリカアルミナ比が大きくなるほど(疎水性が高い程)、溶存オゾンの吸着能力は増大した。従って溶存オゾンの吸着に関して、細孔構造、シリカアルミナ比が支配的因子であることが分かった。

Chapter 3, 4では以上のようなZSM-5、モルデナイトを用いて実際にハイシリカゼオライト導入下での処理対象有機物の分解について検討を行った。吸着剤充填管型反応器を用いてバルク水中でオゾンとの反応が遅いTCE、アセトアルデヒド、エタノールとオゾンの反応を観察した。反応速度はTCE、アセトアルデヒド、エタノール共にハイシリカゼオライトを導入することによりバルク水中での反応と比べて著しく増大した。また最もオゾン及びTCEの吸着能力が高いZSM-5(SiO2/Al2O3: 3000)を導入することによりTCEとオゾンの見掛けの反応速度は境膜での拡散が完全に反応を律する、理論上の最大値に到達することが示され、吸着相での反応速度は非常に大きいことが示唆された。実際、アセトアルデヒドやエタノールとオゾンの吸着相(ZSM-5(SiO2/Al2O3: 30、80、 3000))での反応速度はバルク水中の104〜105倍程度大きいことが分かった。更に反応速度増大のメカニズムに対してより詳細な検討を行った。TCEとオゾンの見掛けの反応速度はTCEとオゾンの吸着能力が高いハイシリカゼオライトを用いる程大きいことから、本提案プロセスにおける反応速度増大は上記のようにオゾンと処理対象有機物がハイシリカゼオライト上に高度に濃縮された反応場を形成するためであることが定性的に示された。また反応の活性化エネルギーをアレニウスプロットによって求めたところ、吸着相とバルク水中での値は殆ど変わらず、従って吸着相での反応メカニズムはバルクでの反応メカニズムと基本的に同じであることが示唆された。このことから頻度因子の増大、すなわち吸着による濃縮が反応速度の増大に大きく寄与していることが示された。そこで高濃度反応場のオゾン、処理対象有機物の仮想的な濃度を吸着容量をもとに算出することにより、ハイシリカゼオライト細孔中での反応速度をある程度定量的に説明、もしくは予測することを試みた結果、予測値と実測値はおおまかな一致を見せ、提案した方法の妥当性が示された。実際にこの予測法を用いて様々な処理対象有機物の反応速度を調べたところ、吸着相中にはバルク水中とは全く異なった新たな反応速度の分布が現れることがわかった。反応速度の値が吸着剤を導入することによって、相対的に大きく逆転する場合も示され、目的とする系に適切なハイシリカゼオライトを導入することにより好ましい反応の促進、好ましくない反応の抑制が同時に可能であることが示唆された。以上から本研究で提案したハイシリカゼオライト吸着相を利用したオゾン処理プロセスは処理速度、有害副生成物といった従来のオゾン処理の問題の双方を同時に解決できる非常に有望な処理であることが示された。

Chapter 5ではその適用範囲の明確化を上記の書く速度論的検討をもととして行い、本提案プロセスの可能性と限界について検討を行った。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Study on Adsorption and Decomposition of Water-dissolved Ozone and Organics on High Silica Zeolites(ハイシリカゼオライトにおける水中溶存オゾン・有機物の吸着と分解に関する研究)」と題し、水中に溶存しているオゾンと有機物が共にハイシリカゼオライトに吸着し分解する現象について、その物質移動と反応に関する基礎的な特性を明らかとすると共に、この現象を利用した新規な水処理法の提案を行ったもので、6章から成る。

第1章は序論であり、従来のオゾンを用いる水処理法は処理速度や有害副生成物の生成などの問題点を有していることを述べ、また近年それらの問題点が顕著化している現状について整理している。その上で、それらの問題点を解決する方法として吸着剤にオゾンと除去対象有機物を同時に吸着させて濃縮する新しいオゾン処理法を提案し、その提案の内容を詳細に述べている。そして、本論文の目的は、この提案が実用的な水処理プロセスにつながるかを現象の基礎的解明によって具体的に示すことであるとしている。

第2章では、提案した新しいオゾン処理法において最も重要な現象である水中溶存オゾンの吸着と吸着状態でのオゾンの分解について述べている。オゾンの吸着に関する既往の研究のほとんどは気相吸着に関するものであり、水中溶存オゾンの吸着に関する研究はほぼ皆無であったことから、まず水中溶存オゾンの吸着に適した吸着剤のスクリーニングを試み、ハイシリカゼオライトが極めて吸着容量が大きく可逆的物理吸着が可能な吸着剤であることを新たに明らかにしている。また、ハイシリカゼオライトの種類や、SiO2/Al2O3比(シリカ・アルミナ比)に吸着特性は大きく依存することを一連の実験を通して整理している。さらに、ハイシリカゼオライトに吸着されたオゾンの安定性は水中溶存状態でのオゾンと同程度であり、このことから細孔内に高濃度にオゾンが濃縮された反応場を形成することが可能であることを明らかにしている。

第3章では、実際の浄水処理において除去対象有機物のひとつであるトリクロロエチレンを、第2章で見出したハイシリカゼオライトを用いて除去する実験とその結果の解析について述べている。ハイシリカゼオライトを導入することにより、見掛の反応速度はバルク水中と比べて著しく増大し、トリクロロエチレンおよびオゾンの吸着容量が大きいハイシリカゼオライトを用いるほど大きいことを実験的に明らかにしている。しかしながら、見掛けの反応速度には上限があり、これはトリクロロエチレンのハイシリカゼオライト外側液境膜の物質移動で決まることを解析的に導き実験結果との一致を示している。

第4章では、ハイシリカゼオライトの粒子内におけるオゾンと除去対象有機物の反応速度の解析について詳しく述べている。まず、アセトアルデヒドおよびエタノールをモデル除去対象有機物として選択し、第3章と同様にハイシリカゼオライトを用いた系における見掛の反応速度を実験から求め、それらがバルク水中での反応速度に比べて104〜106倍となることを示している。また、吸着相での反応とバルク水中での反応の活性化エネルギーがほぼ同一であったことから、吸着相とバルク水中における反応の機構は同一と仮定して差支えなく、吸着によるオゾンと有機物の濃縮によって見掛の反応速度が大きくなると結論づけている。

そこで、ハイシリカゼオライトの結晶が凝集した2元構造を有する粒子において水中溶存オゾンと除去対象有機物が上述の機構で吸着・反応する系について、詳細な数理モデルを作成し解析に用いている。水中に溶存する有機物がハイシリカゼオライトの結晶内のミクロ孔で分解される現象は、外側液境膜の物質移動、結晶間隙であるマクロ孔における拡散、結晶内のミクロ孔における拡散、結晶内のミクロ孔中でのオゾンとの反応に区分され、このうちのミクロ孔内拡散が律速段階となることはないことを明示した上で、マクロ孔内拡散支配として一連の実験結果を明解に説明している。

また、ここで展開した数理モデルを用いた解析は、本論文では対象としなかった有機物の吸着と反応に関する挙動の予測に有効であることを述べ、本論文で提案した新しいオゾン処理法の可能性と限界についても言及している。

第5章では、本論文で提案した新しいオゾン処理法と種々の水処理との比較を処理コストの概算も含めて行い、その実用性に関する考察を述べている。

第6章では、第2章から第5章に記載した内容を総括し、水中溶存オゾンの吸着を利用した新しい水処理が今後果たすであろう役割について整理している。まず、オゾンを用いる水処理法が一層さまざまな水処理に適用されるためには処理速度の向上と有害副生成物の抑制を同時に達成する必要があることを述べ、本論文での提案がこのことに大きく貢献できる可能性を有していると結んでいる。また、実用化に向けて今後検討されなければならない事項についても整理している。

以上を要するに本論文は、従来のオゾンを用いる水処理法の問題点を一掃する新しい方法としてオゾン吸着剤を用いる方法を提案し、その場合の除去対象有機物の吸着・分解機構を詳細に明示しており工学的に高い価値を有し、化学システム工学への貢献は大きいものと考えられる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク