学位論文要旨



No 119085
著者(漢字) 伏見,千尋
著者(英字)
著者(カナ) フシミ,チヒロ
標題(和) バイオマス・石炭の低温水蒸気ガス化に関する研究
標題(洋) Steam Gasification of Biomass and Coal at Low Temperatures
報告番号 119085
報告番号 甲19085
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5817号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堤,敦司
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 助教授 新井,充
内容要旨 要旨を表示する

緒言

石油に替わるエネルギー資源として、再生可能でカーボンニュートラルであるバイオマス及び埋蔵量が豊富で世界中に広く分布している石炭が注目されている。本研究では、これらの燃料を効率よく水素などの低分子気体へ変換する水蒸気ガス化に注目した。一般的に、(1)バイオマスを熱分解するとタールが多く生成する、(2)バイオマスの主成分であるリグニンや石炭は芳香族環を多く含むため,反応性の低いチャーを生成することが知られている。従って低分子気体の生成量を増加するには、反応性の低いチャーの生成を抑制し、タールの分解及び水蒸気改質反応を促進させることが重要である。

ガス化反応は吸熱反応であるため熱力学的には低温で行う方が望ましいが、低温でのガス化はタールの分解・改質反応の促進やチャー反応速度の向上には適さない。しかしながら、バイオマスや石炭を急速に昇温することにより、生成したラジカルをその場で改質・ガス化して反応性の低いチャーの生成(重縮合)反応を抑制することができれば、二次気相(タール分解・水蒸気改質)反応の促進とチャー反応速度の向上が期待できると考えた。

既往の研究では、同一の反応装置で遅い昇温速度(2-80 K min-1)のみ測定した例や、別の反応装置を用い、異なる昇温速度で作製したチャーの反応速度を測定した例はあるが、同一の反応装置で遅速昇温から急速昇温までの昇温速度の影響を検討していない。また、熱分解の反応機構は解析されているが、水蒸気雰囲気下でのバイオマス・石炭のガス化反応機構はほとんど明らかになっていない。

そこで、新たに急速昇温が可能な熱天秤装置を開発し、この反応装置を用いて(1)異なる昇温速度(1-100 K s-1)で作製したチャーの水蒸気ガス化での反応速度を測定し、反応速度に対する昇温速度の影響について検討することと、(2)水蒸気ガス化時の生成気体の経時変化を質量分析計とガスクロマトグラフを用いて測定し、水蒸気とバイオマス・石炭との反応機構を明らかにすることを目的とした。また、熱天秤装置よりも更に昇温速度の大きい流動層装置を用いて、バイオマスの水蒸気ガス化を行い、タール捕集剤として多孔質粒子を用いた際の、タールの放出の抑制と気体生成の増加も検討した。

バイオマスチャーの水蒸気ガス化の反応速度における昇温速度の影響

第2章では、バイオマスの主成分であるセルロースとリグニン及びバガス(実際のバイオマス)のチャーの反応速度における昇温速度の影響を測定・解析した。今回開発した急速昇温熱天秤装置の概略図をFig. 1に示す。この装置により最大約100 K s-1の昇温速度を得ることが可能となった。また、水蒸気を導入せずにアルゴン雰囲気下で熱分解反応を行い、両者を比較した。

その結果、リグニンの場合、急速昇温(100 K s-1)すると揮発分への転化率が増加し、昇温後に生成するチャーのガス化完結時間が大幅に短くなることが分かった。また、1次反応を仮定してチャーのガス化反応速度を計算した結果、急速昇温すると遅速昇温と比較して反応速度が大幅に増大することがわかった。昇温直後のリグニンチャーのSEM写真より、急速昇温することで急激に揮発分が放出され、ガス化反応に高活性であるマクロ孔を多く有する多孔質性のチャーが生成することと、そのチャーが凝集しないことが明らかになった。また、セルロースやバガスの場合でも、チャーのガス化速度が、リグニンと同様に昇温速度が大きくなるのに伴い増加することがわかった。

熱天秤・質量分析法(TG-MS)によるバイオマス水蒸気ガス化での気体生成の経時変化の測定

第3章では、バイオマスの熱分解と水蒸気ガス化時の生成気体の経時変化を熱天秤・質量分析法(TG-MS)で測定をし、熱分解・ガス化反応機構について考察した。また、生成気体量に対する昇温速度の影響も検討した。

まず熱分解反応機構に関して以下のことがわかった。セルロースでは加熱するとdepolymerizationが進行し、多くがタールとして気相中に放出され、その際にCO2, COやH2が生成する。また、急速昇温をするとタールの放出温度と気相での二次熱分解反応が進行する温度領域が重なるため、CO, H2やCH4の生成量が大幅に増加する。さらに、タールが放出し終わった後の残渣は更に重合して約5-10wt%がチャーとなった。一方、リグニンでは、加熱すると結合の弱い側鎖が切れてCO2, CO, CH4を放出しながらdepolymerizationとdecompositionが起こるが、芳香族環を多く含むのでタールの生成はそれほど顕著ではなく固体残渣が多く残る。固体残渣はその後重縮合を繰り返しながら炭化してチャーになり余剰水素が大量に放出される。リグニンの炭化反応は遅いため設定温度に達しても完結することなく徐々に進行した。また、リグニンでは急速昇温をしても気体生成量が増加しなかったが、これはリグニンの側鎖の結合が比較的弱くdepolymerizationが遅速昇温の場合でも十分に進行し、急速昇温による促進効果が観測されなかったと考えた。次に水蒸気ガス化反応機構に関して以下のことがわかった。セルロースでは、水蒸気改質反応とシフト反応の進行によりH2とCO2の生成量が増加してCOの生成量が減少する。また、リグニンではチャーとのガス化反応が主として起こるため、H2, CO2の生成量が大幅に増加する。また、セルロースが約50wt%を占めるバガスでは、熱分解・ガス化の挙動はセルロースに類似しており、急速昇温をすると気体の生成量が大幅に増加することがわかった。第2,3章で明らかになったセルロースとリグニンの熱分解・ガス化反応機図をFig. 2に示す。

石炭チャーの水蒸気ガス化の反応速度における昇温速度の影響

第4章では、オーストラリア産褐炭であるLoy Yang炭とYallourn炭及び日本の亜瀝青炭である太平洋炭の水蒸気ガス化反応速度における昇温速度の影響を測定した。その結果、石炭ではチャーの反応速度は昇温速度の影響を受けないことがわかった。また、褐炭では最終的には全てのチャーが水蒸気によってガス化されたが、太平洋炭では灰分を多く含むため、ガス化の後半に反応性の低いコークが生成し、ガス化反応速度の著しい減少と反応後の未反応固体残渣が見られた。

TG-MSによる石炭水蒸気ガス化での気体生成の経時変化の測定

第5章では、TG-MS法で、石炭の熱分解・ガス化反応機構について考察し、生成気体量に対する昇温速度の影響を検討した。石炭の熱分解では、低温領域からcross-linkingが起こりCO2を放出した。その後タール及びCO, CH4, H2の生成がこの順に観測された。また水蒸気を入れると、873 Kまでは熱分解と同様の気体生成が見られたが、873 Kを超えたところからH2とCO2の生成量が急激に増加した。また923 Kを超えるとCOの生成量も大幅に増加した。このことから、シフト反応とガス化反応がそれぞれ873 K以上、923 K以上で進行していると考えた。

また、気体生成量に関して、熱分解では急速昇温によってCOとCO2の増加が見られたが、これは急速昇温により高温でdepolymerizationが起こり、再重合する前に揮発したためだと考えられる。水蒸気ガス化の場合ではH2とCO2の生成量が大幅に増加した。また、急速昇温によってH2とCOの増加は観測されたが、CH4やCO2の生成量に顕著な昇温速度の影響は見られなかった。以上第4, 5章から明らかになった石炭の熱分解・ガス化反応機構図をFig. 3に示す。

流動媒体に多孔質粒子を用いた流動層でのバイオマス水蒸気ガス化

第6章では流動層でバイオマスの水蒸気ガス化を行った。また、流動媒体に海砂と多孔質(アルミナ)粒子を用い、タールの放出量と気体生成について解析した。

その結果、アルミナを用いることにより773-973 Kで、タールの放出量が減少し、気体生成量が増加することがわかった。このことより、水蒸気共存下でもタールがアルミナ粒子により捕集され、チャーと共に粒子内に留まり、これが熱分解・ガス化されたことがわかった。また、873 K以上で急激に気体生成量が増加したことから、この温度領域でバイオマスのガス化反応が顕著に起こっていると考えられる。さらに、COの生成量については、773 Kでは増加し、873, 973 Kでは減少したことから、シフト反応が873 K以上で顕著に起こり生成気体の組成に大きな影響を及ぼしていると考えられる。

流動層での結果は、熱天秤での急速昇温実験の場合と比較して、生成気体の炭素収率に大差はなかったが、水素収率が流動層では少なくなった。このことから、流動層では熱天秤よりも揮発分の滞留時間が長いため、ラジカルの再重合など水素ラジカルが引き抜かれる二次気相反応が進行したと考えられる。

まとめと結論

新たに急速昇温熱天秤装置を開発し、既往の研究で測定できなかった急速昇温直後のバイオマス・石炭のチャーの水蒸気ガス化の反応速度を解析し、昇温速度が反応速度に与える影響を明らかにした。その結果、急速昇温でチャーの反応速度がバイオマスでは大幅に増加するが、石炭では影響を受けないことがわかった。また、熱天秤・質量分析(TG-MS)法によりガス化反応時の生成気体の経時変化を詳細に検討することで、バイオマス・石炭と水蒸気との改質・ガス化反応機構を明らかにした。特に、セルロースでは急速昇温により二次気相反応(タール熱分解・水蒸気改質)が促進するため、気体生成量が大幅に増加することがわかった。このことから、バイオマスでは急速昇温により低温でも十分に反応が進行することが示された。また、石炭でも、熱分解の促進により気体生成量が増加するので、急速昇温が効果的な方法であると言える。さらに、流動媒体に多孔質粒子を用いることにより、水蒸気共存下でも生成したタールが粒子内に捕集され、チャーとともに粒子内に滞留するため、ガス化反応が進行するとH2とCO2の生成量が大幅に増加することがわかった。このことから、873-973 Kでの低温領域でもアルミナ粒子を用いることにより、従来よりも効率よくガス化反応が進行することが明らかとなった。

急速昇温熱天秤装置図

熱分解・ガス化反応機構図 (a) セルロース (b) リグニン (点線は水蒸気との反応)

石炭の熱分解・ガス化反応機構図 (点線は水蒸気との反応)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、”Steam Gasification of Biomass and Coal at Low Temperatures”(和題「バイオマス・石炭の低温水蒸気ガス化に関する研究」)と題し、バイオマスや石炭を高効率にガス化する熱化学再生水蒸気ガス化に関する基礎的研究を行ったものである。急速昇温が可能な熱天秤反応装置を開発し、流動層反応装置と合わせて、反応実験を行い、昇温速度の影響を中心に熱分解および水蒸気ガス化反応の機構について検討したものである。本論文の構成は7章から成っている。

第1章では、まずバイオマスと石炭の熱分解とガス化に関する基礎的事項をまとめ、高効率化のための熱化学再生エネルギー変換の概念を説明している。そして、本研究の目的と本論文の構成が示されている。

第2章では、バイオマスチャーの水蒸気ガス化の反応性に対する昇温速度の影響を、急速昇温が可能な熱天秤反応装置を用いて実験的に検討している。リグニンおよびセルロースは、急速昇温することによって転化率が増加するとともにチャーのガス化反応性が大幅に増加することを見いだしている。リグニンでは急激な揮発分の放出により多くのマクロ孔が生成し、このためガス化速度が増大したとしている。

第3章では、熱重量・質量分析法(TG-MS)により、バイオマス水蒸気ガス化での気体生成の経時変化を測定し、ガス化反応機構について考察している。セルロースは、熱分解するとほとんどがタールとして気相中に放出されすぐに反応器から排出される。このため水蒸気による気相二次反応が起こりにくいが、急速昇温によってガスの滞留時間内に温度が上昇し水蒸気による改質反応が進行し、より多くのCO、H2、CH4が生成する。これに対してリグニンの場合、熱分解での主生成物はチャーであり、チャーの水蒸気ガス化が律速となる。このため昇温速度の影響はほとんどないことを明らかにした。

第4章では、二種類のオーストラリア褐炭と亜瀝青炭である太平洋炭について水蒸気ガス化における昇温速度の影響について検討しバイオマスと比較している。

第5章では、第4章と同様に褐炭と太平洋炭について、TG-MSにより、水蒸気ガス化および熱分解におけるガスの生成挙動を調べ、そのガス化反応機構がまとめられている。石炭の熱分解では、低温度領域からCO2が発生する。このため急速昇温により、生成したラジカルの一部が再結合する前に揮発分として放出されるため、気体の発生量が増加するが、再結合反応は昇温中に完結するため、チャーのガス化速度は昇温速度の影響を受けないことを明らかにしている。

第6章では、実際のバイオマスを用いて、流動層反応装置により水蒸気ガス化実験を行い、流動媒体にアルミナ粒子を用いることにより、タールの除去・分解の可能性を調べている。バイオマスのガス化においてタールトラブルがしばしば問題となるため、タールの分解は重要な課題である。流動媒体にアルミナ粒子を使った場合、タールがアルミナ粒子に捕集されてチャーとともに層内に留まり、これがさらに熱分解およびガス化することによってタール放出量が減少し、気体生成量が増加することを見いだしている。

第7章では、バイオマス・石炭の低温水蒸気ガス化に関する研究のまとめと総括がなされている。

以上に示すように、本論文は、バイオマスおよび石炭の熱化学再生水蒸気ガス化プロセスの開発のための基礎的研究を行ったものであり、バイオマスおよび石炭の低温水蒸気ガス化反応に関して、昇温速度の影響を中心に調べ、熱分解およびガス化反応挙動を明らかにしたものである。また、アルミナ粒子を流動媒体に用いることによるタールの捕集、熱分解・ガス化の促進の可能性について検討したものであり、ここで得られた知見は、バイオマスおよび低品位炭の有効利用およびその高効率ガス化プロセスの開発に資するものであり、エネルギー工学および化学システム工学に大きな貢献をするものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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