学位論文要旨



No 119086
著者(漢字) 吉田,拓也
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,タクヤ
標題(和) 超臨界水を用いたバイオマスガス化に関する研究
標題(洋)
報告番号 119086
報告番号 甲19086
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5818号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 堤,敦司
 東京大学 助教授 山口,猛央
 東京大学 教授 花木,啓祐
内容要旨 要旨を表示する

バイオマスは、カーボンニュートラルなエネルギー資源である。元来バイオマスは、薪や炭の形で利用されており、現在でも多くの発展途上国でエネルギー資源として利用されている。しかし、産業の発展やエネルギー革命により、先進国においては化石エネルギー資源に依存する割合が高くなっている。この化石資源の利用は大気中の二酸化炭素を増加させるため、化石資源の利用は地球温暖化を促進することになる。そこで近年、二酸化炭素の排出削減対策のひとつとして、バイオマスをエネルギー資源として利用しようとする動きが活発になっている。このバイオマスは、地球上に広く分布する資源であるため、日本のみならず世界中で利用することが可能であり、今後、エネルギー資源としての活用が世界中で進んでいくと考えられる。

バイオマスの多くは固体状の物質であり、これをエネルギー利用するためには、利便性を考慮すると、気体または液体燃料へと変換することが望まれる。気体燃料に変換するガス化の手法としては、従来の技術として、熱分解ガス化、生物分解ガス化などがある。

バイオマスのエネルギー利用には、含水率が大きな因子となる。例えば燃焼によるエネルギーを考えると、一般のバイオマスでは含水率が2/3以上あるとエネルギー的に負になると言われている。また、熱分解ガス化の場合でも、ある程度の乾燥が必要となり、高含水率のバイオマスのガス化には、エネルギー的に不利になる場合がある。さらに、生物分解ガス化では高含水率のものでもガス化が可能であるが、気体成分に変換できない有機化合物が残渣として排出され、バイオマスの種類によっては、変換効率が下がってしまうことがある。超臨界水中ガス化のプロセスでは、乾燥の必要がなく、また有機物資源を効率良くガス成分に変換でき、高含水率のバイオマス利用に有利なプロセスであると言える。

超臨界水中でバイオマスをガス化する上記以外の利点としては、気相よりも高密度であることから、反応速度が大きくなること、さらに、高水密度条件であるので、水が反応物である反応、例えば加水分解反応や水性ガスシフト反応等で、反応が迅速に進行することが挙げられる。

エネルギーの面や、装置設計・作成の面からは、極力低温でのガス化反応で高ガス化率を目指す必要がある。しかし、超臨界水中でのバイオマスガス化で90%以上の炭素基準のガス化率を得るためには、823 K以上の温度が必要であるという報告がある。さらに、低温領域での反応ではチャーやタール成分の生成によるガス化率の低下や装置内での閉塞などの問題も存在する。

本論文では、植物体バイオマスのモデル物質を用いた実験により、比較的低温領域(673-733 K程度)の超臨界水中におけるバイオマスガス化の反応機構を、成分間の相互作用や植物種による構造の違いに着目し解明を試みた。さらに、比較的低温領域の超臨界水中のガス化で問題となる、連続式反応器内での閉塞を解決し、バイオマスの高効率ガス化を実現する新たな反応器システムを作成し、各反応器内での反応について考察を行った。

植物体バイオマス主成分間の相互作用、植物種による構造の違いの影響

植物体バイオマスは、主にセルロース、ヘミセルロース、リグニンの3成分により構成されている。既往の研究によりセルロースやヘミセルロースなどの多糖類は、低温領域の超臨界水中(673-733 K, 25-35 MPa)で迅速にガス化が進行することが明らかにされている。一方でこの温度領域でのリグニンの反応では、ガス成分の収率は重量基準で20%程度かそれよりも低い値であり、リグニンの多くがチャーと呼ばれる固体成分となる。このようなことから、植物体バイオマスを低温領域の超臨界水中でガス化をするためには、このリグニンの分解やその他の成分の分解反応への影響を評価することが重要となる。また、リグニンは、その植物種によって構造が異なることが知られている。たとえば、針葉樹由来のリグニンは、90%以上がconiferylアルコールに起因する構造を持ち、グアイアシルリグニンと呼ばれている。一方で広葉樹や草本類のリグニンは、様々な割合のconiferylアルコールとsinapylアルコールにより構成されており、グアイアシル・シリンジルリグニンと呼ばれている。この植物種によるリグニンの構造の違いは、低温領域での超臨界水中での反応に大きな影響を及ぼす可能性がある。以上のことから、植物体バイオマスの成分間の相互作用およびリグニン構造の影響を明らかにすることを目的とし、実験を行った。

本論文では、成分間の相互作用、リグニン構造の影響に関する実験は、回分式反応器を用いて行った。針葉樹由来のリグニンが反応場に存在する条件では、全体の生成ガス量が極端に減少することが明らかになった。これは、針葉樹由来のリグニンの分解生成物が、セルロースやヘミセルロースの分解生成物と反応し、ガス成分の生成を抑制するためである。一方で広葉樹由来、草本類由来のリグニンでは、極端な生成ガス量の減少は見られず、また分解物同士の反応による生成物も確認されなかった。以上のことから、成分間の相互作用は、針葉樹由来のリグニンにおいて顕著に表れることが明らかとなり、これは考察により、針葉樹由来のリグニンが他のリグニンと比べ、複雑に入り組んだ構造を持つためであることが示された。同時に、触媒充填量と生成ガスの量及び組成の関係から、針葉樹由来のリグニンを用いた場合には、反応生成物による触媒反応の阻害が生じることを明らかにした。

連続式ガス化反応器システムの提案と検討

連続式反応器により、低温領域の超臨界水中でバイオマスガス化を行う場合には、第一にチャー・タール生成物による閉塞が問題となる。また、回分式反応器による実験で明らかになった触媒反応の阻害も、大きくガス化反応を低下させる一因となる。これらのことから、連続式反応器を用いた既往の研究では、773 K未満の温度で連続的にガス化を成功させている例はなく、また773 K程度の温度では、炭素基準のガス化率で80%以上を得ることは困難であることも明らかにされている。

本論文では、連続式反応器により触媒反応阻害物質の原因物質を明らかにするため、モデル物質を用いた実験を試みた。触媒反応阻害物質は、リグニンの複雑な構造に起因する高分子量の物質であることが示唆された。同時に、低温領域での超臨界水中におけるチャー・タール、さらに触媒反応阻害物質の生成の抑制は、容易でないことが示唆された。そこで、触媒反応阻害や生成物による閉塞が主に生じる触媒反応器の直前に酸化反応器を設け、チャーやタール成分を部分酸化することにより、反応器閉塞を解決し、低温領域の超臨界水中で連続的にガス化を実現する反応器システム(図)を提案した。

この反応器システムは、熱分解反応器、酸化反応器およびNi触媒が充填された触媒反応器により構成されている。部分酸化反応器は縦型になっており、熱分解反応器においてある程度分解された反応物が反応器中間部から下向きに導入される。導入された反応物のうち、高分子量のチャー成分、タール成分は、反応場の水よりも密度が高いために反応器の下部に留まり、反応器下部より導入される酸化剤と反応するように設計されている。本論文では、本反応器システムを構成する各反応器内の反応を、モデル物質を用い実験的に明らかにするとともに、本反応器によりチャー・タール成分の分解、それに伴う触媒反応阻害の低減を示し、本反応器システムの有効性を示した。

熱分解反応器では、主に分解反応、またタール・チャー成分の生成反応が進行する。グルコースを用いた実験では、滞留時間60 sにおいても炭素基準のガス化率は20 %未満であり、1分未満の滞留時間ではガス化反応が主反応とならないことが示された。また、熱分解反応器内での分解反応の進行と、それに続くタール生成などの重合反応の関係から、熱分解反応器内の最適な滞留時間が25-30 s程度であることを明らかにした。酸化反応器内では、滞留時間、酸素当量比を適切に選択することにより、熱分解反応器内で生成したタール・チャー成分が効率的に分解することが明らかとなった。反応器体積を小さくした場合、十分な部分酸化反応が進行せず、結果的に後段の触媒反応器内の触媒活性劣化を引き起こされることが明らかになった。触媒反応器内では水溶性成分の分解反応、ガス化反応、さらに水性ガスシフト反応が進行することを明らかにした。また、十分な触媒充填量により、高いガス化率が実現できることが示された。以上の一連の実験により本論文で提案した反応器システムを用いることで、673 K、25.7 MPaの条件において、炭素基準で95 %、水素基準で125 %、エネルギー基準で70 %の連続ガス化操作が可能であることが示された。

本論文で提案した反応器システム

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「超臨界水を用いたバイオマスガス化に関する研究」と題し、超臨界水を反応場として、カーボンニュートラルな新規エネルギー資源として期待されるバイオマスを、より利便性の高い気体燃料へと変換する反応について、その反応機構の解明と技術としての有効性を実験的に明らかにすることを目的とした研究であり、全7章からなる。

序章では、本研究の背景と目的について述べている。既往の研究により、超臨界水中でのバイオマスガス化反応は、873 K以上の高温領域では炭素基準でほぼ100 %のガス化が可能であるが、673 K程度の低温領域での超臨界水中では、ガス化率が極端に減少する問題が指摘されている。このような背景をふまえ、本研究の目的が、低温領域でのガス化反応に対する諸因子の影響を実験的に調べ、ガス化が効率よく進行しない原因を機構論的に解析するとともに、低温領域のガス化率向上を目指す新たな反応器システムを提案することにあると述べている。

第1章では超臨界水中のバイオマスの反応特性として、特にバイオマスの成分間の相互作用について解析を行っている。既往の研究により、植物体バイオマスの主成分であるセルロース、ヘミセルロース、リグニンのうち、セルロースやヘミセルロースなどの多糖類は、低温領域の超臨界水中で迅速にガス化が進行する一方、リグニンの反応では、ガス成分の収率は重量基準で約20 %以下の低い値であり、固体成分であるチャーの生成が顕著になることが知られている。本章では、これらの各成分が反応場に共存する場合、各成分からの分解生成物同士が反応することによって、単独の分解とは異なるガス化特性を示すこと、また、リグニンの共存によって主にタール成分の収率が増加し、ガス収率が減少することを明らかにしている。また、触媒充填量と生成ガスの量及び組成の関係から、反応生成物による触媒反応の阻害が起こることを示している。

第2章では、植物体バイオマス中のリグニンの構造が針葉樹由来と広葉樹由来で異なることに着目し、これらのリグニンの構造と反応特性との関係について議論している。針葉樹由来のリグニンは他のリグニンと比べ、複雑に入り組んだ構造を持つことが知られているが、超臨界水中ではこの複雑な構造に起因し、セルロースやヘミセルロースの分解生成物との反応が起きやすいということを実験的に示している。

第3章では、セルロースやリグニンからの分解生成物のモデル物質としてホルムアルデヒド及びフェノール類を用い、各単独系や混合系についてのガス化反応を連続式反応器を用いて行い、生成物による触媒反応の阻害の可能性とその解決策について実験的に検討している。ホルムアルデヒドとフェノール類の混合系の実験では、触媒活性の経時的低下が観察され、タール成分から生成する炭化水素系の高分子物質が触媒に付着することによって反応阻害が起こることを明らかにしている。また、このタール成分はNi触媒存在下でも分解速度が小さく、この成分からのガス化速度を向上させるためには、酸化剤などの導入によって環解裂反応を促進させる必要があることを示している。

第4章では、バイオマスのガス化反応で重要な役割を担うと考えられている水性ガスシフト反応について、無触媒およびNi触媒存在下の反応速度及び反応機構について考察している。Ni触媒上で水性ガスシフト反応が迅速に進行することを実験的に確認するとともに、反応工学的解析により、各反応条件における拡散過程の寄与の大きさを定量的に評価している。

第5章では、第4章までの結果をふまえ、低温領域の超臨界水中で連続的にガス化を進行させるための新規反応システムを提案している。このシステムは、熱分解反応器、酸化反応器、触媒反応器の3つの反応器が直列に接続されたものであり、熱分解反応器で生成するチャーやタール成分が触媒反応器に充填されているNi触媒の反応を阻害しないように、両反応器の間に酸化反応器を設けている点に特徴がある。酸化反応器内の滞留時間や酸素当量比を適切に選択することにより、熱分解反応器内で生成したタールやチャー成分が効率的に分解することを実験的に確認し、このシステムが触媒反応の阻害や反応器内の閉塞を防ぐために有効な手法であることを明らかにしている。

終章では、以上の結果を総括するとともに、超臨界水ガス化に関する今後の展望や課題について述べている。

以上要するに、本論文は、超臨界水中のバイオマスガス化について、低温領域におけるガス化反応への諸因子の影響を実験的に明らかにし、触媒反応の阻害を含む反応機構についての知見を与えるとともに、高効率な連続ガス化操作が可能である新たな反応システムを提案するものであり、エネルギー工学及び化学システム工学の発展に大きく寄与するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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