学位論文要旨



No 119087
著者(漢字) 脇原,徹
著者(英字)
著者(カナ) ワキハラ,トオル
標題(和) ゼオライト結晶化に寄与するアルミノシリケート種の解明及びその制御
標題(洋) Elucidation and Control of Aluminosilicate Species Contributing to Zeolite Crystallization
報告番号 119087
報告番号 甲19087
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5819号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 幾原,雄一
内容要旨 要旨を表示する

緒言

ゼオライトとは結晶性、多孔質アルミノケイ酸塩の総称であり、TO4四面体構造(T=Si、Al等)が3次元的に結合した骨格構造をもつ。その骨格構造はゼオライト類縁物質も含めると145種類ほど(2003年8月現在)存在する。現在、イオン交換材、触媒、分離膜、吸着材などに利用されている。ゼオライトは、一般に反応性の高いアルミノシリケート溶液を所定の温度(〜250℃)で水熱合成することにより合成される。しかしアルミノシリケート溶液中のアルミノシリケート種は複雑に重合しており、どのような構造のアルミノシリケート種が結晶化に寄与しているか解析困難である。また、希薄アルミノシリケート溶液中でも結晶成長するが、どのような構造の前駆体が結晶成長に寄与しているか、十分に解明されていない。よって、現在ゼオライトは、原料組成、温度、合成時間等の因子の生成物に対する影響が解明されないまま、経験的な知識のもと生産されている。故に、原子レベルの反応機構の理解に基づいた、ゼオライト結晶化に寄与するアルミノシリケート種の解明が望まれている。そこで博士論文では、基礎的な“ゼオライト結晶化に寄与するアルミノシリケート種の解明”という問題に焦点を当てた。また、この理解に基づき、結晶化を制御し、新規形態の作製を試みることも目的とした。

第一章では、ゼオライト合成の現状と問題点を明らかにし、諸問題の解決を図るべく研究方針を提案する。具体的には、濃厚アルミノシリケート相と希薄アルミノシリケート溶液を分け、前者を強力X線により、後者をAFMにより考察することを示してある(図1参照)。第二章では、濃厚アルミノシリケート相の構造解析について述べてある。第三章では、第二章の結果を踏まえ、希薄アルミノシリケート溶液中に溶存する、ゼオライト結晶成長に寄与するアルミノシリケート種に関する考察を行っている。以上、第二章、第三章ではゼオライト結晶化に寄与するアルミノシリケート種の解明に関する研究を行っている。第四章では、第二章、第三章で得られた知見が、実際に新規材料(構造、形態)開発の突破口であることを示している。具体的には、ゼオライト結晶化を制御し、新規形態の作製を試みている(清浄表面、配向膜の作製)。第五章では、研究の総括をし、今後の展望について述べてある(図2参照)。

以下、具体的な研究成果(2章〜4章)について述べる。

Condensation Process of Aluminosilicate Gel to Zeolite (濃厚アルミノシリケート相のゼオライトへの構造変化過程の解明:2章に相当)

既往の研究では、NMRやラマン分光により濃厚アルミノシリケート相を解析したが、それら装置ではサブナノメーターオーダーの構造を解明するのは不可能であった。そこで本研究では高エネルギーX線回折に注目した。具体的には、高エネルギーの回折データをフーリエ変換することにより、今までの分析装置では解析不可能であった実空間のサブナノメータオーダーの構造変化を明らかにすることを考えた。研究対象は代表的Al含有ゼオライトであるLTA、FAU、MOR、MFI型ゼオライトとした。なお、高エネルギーX線を用い、濃厚アルミノシリケート相がゼオライトへ変化する過程を解析したのは、本研究が初の試みである。

実験の結果、Alを添加するにつれゲル構造内には偶数員環が増え、Ring Distributionが小さい方へシフトすることが分かった。また、濃厚アルミノシリケート相のRing Distributionとゼオライト結晶の構造には相関がある、すなわち結晶化前である濃厚アルミノシリケート相がすでに最終生成物に類似した構造を持っていることが明らかになった。さらに、サブナノメーターオーダーの構造の変化から結晶化メカニズムの考察を行った。FAU型ゼオライトは、結晶化初期にソーダライトケージと呼ばれる構造ができ、最終的にソーダライトケージ同士がつながり、結晶構造に変化することを示唆する結果が得られた(図3参照)。

Crystal Growth of Zeolite in Dilute Aluminosilicate Solution (希薄アルミノシリケート溶液中におけるゼオライト結晶成長の観察:3章に相当)

2章では、濃厚アルミノシリケート相の構造を解析した。3章では、図1にあるような希薄アルミノシリケート溶液中のどのような種が結晶成長に寄与しているのか、AFMを用い考察した。本研究では、代表的な低Si/AlゼオライトであるFAU、LTAを研究対象とし(図4参照)、原子間力顕微鏡(AFM)とラマン分光を用い、固相と液相双方の情報から、結晶前駆体を考慮した結晶成長メカニズムを検討した。

あらかじめ合成したファセットの発達したFAU、LTAを種結晶(10mm以上)とし、80℃の希薄アルミノシリケート溶液(90Na2O : xAl2O3 : 9SiO2 : 5760H2O ; x=1.0〜0.2、溶液から均一核発生が起こらないほど希薄)に一定時間浸し、浸す前後の結晶表面の変化をAFMにより同一視野観察した。なお、ゼオライト表面の構造変化をAFMにより同一視野観察するという方法は本研究の独創的な点である。

その結果、FAUはアルミノシリケート6員環を多く含む溶液で成長し、LTAはアルミノシリケート4員環を多く含む溶液で成長することが分かった。希薄アルミノシリケート溶液中のFAU、LTAの結晶成長前駆体もそれぞれ6員環、4員環であることを示唆するものである。また、AFMの同一視野観察によって4員環(LTA)、6員環(FAU)に相当する高さのステップを直接観察することにはじめて成功した(図5参照)。このような微小なステップを観察した例はなく、ゼオライトの結晶成長前駆体を直接観察した初めての例であるといってよい。これにより、LTA、FAUの結晶成長に寄与する前駆体のうち少なくとも一つはそれぞれ4員環、6員環、もしくはそれよりも小さい構造であることが分かった。なお、この結果は、2章で明らかになった結果と対応するものである。

Control of Aluminosilicate Species Contributing to Zeolite Crystallization (ゼオライト結晶化に寄与するアルミノシリケート種の制御:4章に相当)

第3章では希薄アルミノシリケート溶液を利用することにより、ゼオライト結晶成長メカニズムに関して考察した。4章では積極的に希薄アルミノシリケート溶液を利用することにより、今までにない新規形態・構造の作製を試みた。

希薄アルミノシリケート溶液(2NaAlO2 : 2Na2SiO3 : 5679H2O : 161NaOH)に種結晶(FAU、LTA)を浸すと、表面に付着したアモルファスが溶解し、清浄な表面が得られることが分かった(図6参照)。しかも種結晶は成長も溶解もしないことが分かった。これはゼオライトの表面の周期的な凹凸を配列場として用いる基盤技術となるばかりでなく、ゼオライト表面のアモルファスを取り除き、吸着、触媒特性を向上させる知見となり得る。

ゼオライトは、1次元の直線型や3次元の網目型など、それぞれの結晶構造に応じた特異な細孔構造をもっている。これら特異な細孔を自在に繋ぐことができれば、ゼオライト細孔内に原子、分子、クラスターを集積、制御、反応させる場の構築が可能である。本研究では同じ面構造をもっているが積層順序が異なるゼオライト(ソーダライト:abcabc カンクリナイト:abab チャバサイト:aabbcc)に注目した。ミリメーターオーダーのソーダライト(0次元、閉じた細孔を持つ)表面上にカンクリナイト(1次元細孔を持つ)、チャバサイト(3次元細孔を持つ)をヘテロエピタキシャル成長させ、互いの細孔を接合し、配向膜を作製することを試みた。ソーダライト単結晶を、カンクリナイトやチャバサイト合成溶液に浸したところ単結晶上にカンクリナイトやチャバサイトの多結晶が沈殿してしまい、配向膜は作製できなかった。そこで、均一核発生が起こらない濃度域のカンクリナイト、チャバサイト合成溶液を作製し、それら溶液中にソーダライト単結晶を一定時間浸した。その結果、基板に対し細孔が完全に垂直方向を向いているカンクリナイト配向薄膜の作製に初めて成功した(図7参照)。また、同様に周期的な規則的織目模様をもつチャバサイト配向薄膜の作製にも成功した(図8参照)。これは、チャバサイトのヘテロエピタキシャル成長とチャバサイトのツイン形成で説明できることがわかった。

結言

本研究では、まず基礎的な“ゼオライト結晶化に寄与するアルミノシリケート種の解明”という問題に焦点を当てた。具体的には濃厚アルミノシリケート相、希薄アルミノシリケート溶液中のアルミノシリケート種を強力X線・AFM等を用い、考察した。その結果、結晶化に寄与するアルミノシリケート種に関する知見を得ることに成功した。また、上記の知見を生かし、ゼオライト結晶化を制御し、新規形態・構造の作製(清浄表面・配向膜の作製)に成功した。これらの成果は、ナノデバイスなどへの応用が期待できるものである。

典型的なゼオライト合成溶液

博士論文の概要

FAU型ゼオライトの中距離構造の変化

FAU、LTA型ゼオライトの構造

FAU型ゼオライトのステップ

FAU表面の変化

カンクリナイトのヘテロエピタキシャル成長

チャバサイトのヘテロエピタキシャル成長

審査要旨 要旨を表示する

ゼオライトは、一般に反応性の高いアルミノシリケートを高塩基性の水熱条件下で反応させることにより合成される。しかしアルミノシリケート溶液中のアルミノシリケート種は複雑に重合しており、どのような構造のアルミノシリケート種が結晶化に寄与しているかに関する解析は困難である。また、希薄アルミノシリケート溶液中でも結晶成長するが、どのような構造の前駆体が結晶成長に寄与しているか、十分に解明されていない。よって、現在ゼオライトは、原料組成、温度、合成時間等の因子の生成物に対する影響が解明されないまま、経験的な知識をもとに生産されている。故に、原子レベルの反応機構の理解に基づいた、ゼオライト結晶化に寄与するアルミノシリケート種の解明が望まれている。本論文は"Elucidation and Control of Aluminosilicate Species Contributing to Zeolite Crystallization"(和訳「ゼオライト結晶化に寄与するアルミノシリケート種の解明及びその制御」)と題し、ゼオライト結晶化に寄与するアルミノシリケート種を解明、制御することを目的としたもので、5章からなる。

第1章は序論であり、ゼオライト合成の現状と問題点を明らかにし、諸問題の解決を図るべく研究目的を設定している。具体的には、研究対象を濃厚アルミノシリケート相と希薄アルミノシリケート溶液相に分け、前者を強力X線回折により、後者を原子間力顕微鏡(AFM)により考察することを示してある。

第2章では、濃厚アルミノシリケート相の構造解析について述べている。具体的には、既往の分析装置では解明することが不可能であった濃厚アルミノシリケート相の構造を、高エネルギーX線回折データをフーリエ変換することにより得られる実空間のサブナノメータオーダーの情報から明らかにしている。

第3章では、第2章の結果を踏まえ、希薄アルミノシリケート溶液中に溶存する、ゼオライト結晶成長に寄与するアルミノシリケート種に関する考察を行っている。具体的には、AFMの同一視野観察によりゼオライト結晶表面の変化を詳細に調べ、結晶成長に寄与するアルミノシリケート種に関する考察を行っている。

以上、第2章、第3章ではゼオライト結晶化に寄与するアルミノシリケート種の解明に関する研究を行っている。

第4章では、積極的に希薄アルミノシリケート溶液を利用することにより、今までにない新規形態・構造の作製を試みている。まず、希薄アルミノシリケート溶液中に種結晶(フォージャサイト及びA型ゼオライト)を浸すと、表面に付着したアモルファスが溶解し、清浄な表面が得られることを示している。これはゼオライトの表面の周期的な凹凸を配列場として用いる基盤技術となるばかりでなく、ゼオライト表面のアモルファスを取り除き、吸着、触媒特性を向上させる知見となり得る。次に、同じ面構造をもっているが積層順序が異なるゼオライトをヘテロエピタキシャル成長させ、互いの細孔を接合し、配向膜を作製している。その結果、基板に対し細孔が完全に垂直方向を向いているカンクリナイト配向薄膜の作製に初めて成功している。また、周期的な規則的織目模様をもつチャバサイト配向薄膜は、チャバサイトのヘテロエピタキシャル成長とチャバサイトのツイン形成で説明できることを示している。

第5章では、第4章までの研究成果を総括するとともに、将来の展望をまとめている。

以上、本論文はゼオライト結晶化に寄与するアルミノシリケート種を独創的な手法で解明し、その素性を原子レベルで明らかにした上で、新規形態・構造のゼオライトを作製しており、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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