学位論文要旨



No 119088
著者(漢字)
著者(英字) Soorathep,Kheawhom
著者(カナ) スーラーテープ,キーヨウホーム
標題(和) 多目的最適化による環境影響を考慮したロバストプロセス設計手法の研究
標題(洋) Robust and environmentally benign process design through multi-criteria optimization
報告番号 119088
報告番号 甲19088
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5820号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平尾,雅彦
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 助教授 山口,猛央
 東京大学 助教授 松野,泰也
内容要旨 要旨を表示する

化学プロセス産業に対する環境パフォーマンスの向上への要求は年々高まっている。化学産業が持続的に発展するためには、環境負荷の小さい製品開発と同時に、環境負荷の小さいプロセスの開発も重要な目標である。この目標を達成するためには、これまでのように経済性のみを最大化するのではなく、プロセス設計の初期段階で製品の環境負荷とプロセスの環境負荷を考慮して、それらを最小にすることが必要である。

しかしながら、このような経済性や環境負荷を指標とする最適化は、必ずしも適切なプロセス設計とはならない。一般に、化学プロセスは外的な、または内的な要因のため本質的に不確実性を持っているためである。運転時にこれらの不確実性をもつパラメタが変動することによってプロセスパフォーマンスが低下するという問題があるからである。従って、化学プロセスが様々なパラメタの変動に対して適切な運転ができること、すなわちロバスト性を考慮し、これを最大化することが必要となる。しかし、これらの必要とされている経済性、環境負荷、そしてロバスト性という複数の目的関数を同時に最適化することはできず、矛盾することが多い。このため、プロセス設計の目標は矛盾する複数のプロセス設計指標の折衷案を提示することになる。この目標を達成するために、様々な矛盾する指標を取り扱うことを可能とする多目的最適化が求められている。

本研究では、プロセス設計の中で経済性、環境負荷、及びロバスト性を統合して評価するフレームワークを提案し、そのための手法とツールを開発した。本研究は、以下に述べるような三つの部分から構成される。

まず最初に、プロセス設計のための多目的最適化フレームワークを開発した。プロセス設計時に経済性、環境負荷に加えロバスト性を評価するための新たな指標として、Failure probability と Deviation ratio を提案した。Failure probability によって、プロセス制御性の評価ができる。この指標の評価にはプロセスの静的なモデルだけを用いるため、少数回の繰り返しで計算可能であり、実行可能領域と実行不能領域を明示することができる。Deviation ratioによって、プロセス運転性が評価できる。Deviation ratioは入力の変動によるコストや環境負荷の増加を示す指標である。これらのロバスト性指標を経済性と環境負荷と同時に評価することにより、パレート集合から最もパフォーマンスの高い解を選ぶ手法を開発した。この手法を、揮発有機成分を含む排気ガスからの膜分離による揮発成分回収プロセスの設計に適用し、有効性を示した。

次に、分子レベルのマイクロスケールの設計問題とプロセスレベルのマクロスケールの設計問題を統合した新たなマルチスケールフレームワークを提案した。環境負荷削減のための重要なアプローチの一つとして、環境負荷の小さい原料や溶媒を用いることによる反応や分離法の変更がある。例えば、分離プロセスにおける環境負荷低減に有効な溶媒を分子設計技術で開発するという手法である。もう一つの重要なアプローチは、分離方法を変更するというような新たなプロセスシステムの開発による手法である。そのためには、従来はより環境負荷の小さいプロセスフローシートの合成を行うことになる。従って、これらの別々に適用されてきた手法を統合すれば、より環境負荷を低減したプロセスの開発が可能となる。本研究では、経験的アプローチと先験的アプローチのハイブリッドフレームワークを提案した。設計問題を定式化して解くためには、先験的アプローチを適用する必要があるが、複雑な問題を解くことになる。経験に基づくルールと熱力学の知識を適用する経験的アプローチを導入することによって、先験的アプローチの複雑さと設計問題の巨大化を軽減することができた。この手法は、排水からのフェノール回収プロセスにおける共沸蒸留のための第3成分選択問題に適用した。具体的には、グループ寄与法による物性推算を用いた分子設計とプロセス設計を統合して解くことによって、適切な第3成分とプロセスを設計した。

最後に、図1に示すような不確実性を伴うプロセス設計のための多目的最適化フレームワークを提案した。開発したフレームワークは二つレイヤーから構成されるアルゴリズムである。設計問題に現れる変数の主要な属性は、状態変数,設計変数,制御変数,決定論的不確実性、および確立論的不確実性に分類される。外側のレイヤーの中では、設計問題は多目的最適化問題として定式化され、設計変数と関連したプロセスパフォーマンスを考慮する。しかし、内側のレイヤーの中では、単一の目的関数で表される問題の最適化を行う。すなわち、不確実性を持つ変数の変動に対するプロセスパフォーマンスを考慮する。ここで、変数が既知の複数の値をとりうるというような決定論的不確実性は、有限個の定数パラメタによって表現可能である。一方、変数のとりうる値が分布を持つというような確率論的不確実性は、確率分布関数という形で表される。決定論的不確実性、および確率論的不確実性は、このフレームワークの中では内側のレイヤーのStochastic Modeller で処理される。Sampling Unitでは、ある変数に対して与えられた確率分布関数に従ったサンプル値を生成する。膜分離プロセス設計における流量や膜面積などの変数の属性を分類し、これらの不確実性を考慮した設計を行うことにより、従来の方法では得られなかった高いパフォーマンスを示すプロセスを設計した。

本研究によって開発したロバストプロセス設計フレームワークは、商用のプロセスシミュレータと統合することによってソフトウェアシステムとして実装した。このフレームワークを様々なケーススタディに適用することによって、有効性を証明した。

不確実性を伴うプロセス設計のための多目的最適化フレームワーク

審査要旨 要旨を表示する

化学製品を生産するプロセスの設計時には、従来のように経済性の観点ばかりではなく、環境影響を考慮することが求められている。本論文は”Robust and environmentally benign process design through multi-criteria optimization”(和題「多目的最適化による環境影響を考慮したロバストプロセス設計手法の研究」)と題し、環境影響と経済性を考慮し、かつ運転時の様々な変動に対してもロバストであるような化学プロセスの設計手法の構築を目的としたものである。分子設計からプロセス設計までの統合、不確実性の取り扱いまでを含む、複数の目的関数を持つ設計問題の最適化フレームワークをケーススタディによる実証を行いながら提案したもので、全8章からなっている。

第1章では、緒言として、プロセス設計および環境影響評価に関わる既往の研究を整理し、本論文の背景、目的、方針について述べている。

第2章では、プロセス設計の目的を論理的に整理し、プロセスの設計や合成に関して既往の統合的手法を挙げながら解決すべき課題を述べている。

第3章では、プロセス設計のために開発した多目的最適化フレームワークを提案している。プロセス設計時に経済性や環境負荷に加えロバスト性を評価するための二つの新たな指標を提案している。Failure probabilityによって、プロセスの制御性の評価ができる。この指標の評価にはプロセスの静的モデルだけを用いるため、少数回の繰り返し計算で評価可能であり、実行可能領域と実行不能領域を明示することができる。Deviation ratioによって、プロセス運転性が評価できる。これらのロバスト性指標を経済性と環境負荷と同時に評価することにより、パレート集合から最もパフォーマンスの高い解を選ぶ手法を開発した。この手法を膜分離による揮発成分回収プロセスの設計に適用し、有効性を示している。

第4章では、分子レベルのマイクロスケールの設計問題とプロセスレベルのマクロスケールの設計問題を統合した新たなマルチスケールフレームワークを提案している。環境負荷の小さい原料や溶媒への変更、分離方法の変更のような新たなプロセスシステムの開発というスケールの異なる環境負荷削減手法を統合するものであり、個別の改善より環境負荷を低減したプロセスの開発を可能とする。設計問題を定式化して解くためには先験的アプローチを適用する必要があるが、経験に基づくルールと熱力学の知識を適用する経験的アプローチを導入することによって、先験的アプローチの複雑さと設計問題の巨大化を軽減することに成功している。この手法をフェノール回収プロセスにおける共沸蒸留のための第3成分選択問題に適用し、グループ寄与法による物性推算を用いた分子設計とプロセス設計を統合して解くことによって、適切な第3成分とプロセスを同時に設計している。

第5章では、不確実性を伴うプロセス設計のための多目的最適化フレームワークを提案している。このフレームワークは二つのレイヤーから構成されるアルゴリズムであり、外側のレイヤーの中では、設計問題は多目的最適化問題として定式化され、設計変数と関連したプロセスパフォーマンスを考慮し、内側のレイヤーの中では単一の目的関数で表される問題の最適化を行うことによって、たとえばプロセス運転時に決まる操作変数のような不確実性を持つ変数の変動に対するプロセスパフォーマンスを考慮する。ここで、変数が既知の複数の値をとりうるというような決定論的不確実性変数は、有限個の定数パラメタによって表現可能であり、変数の取りうる値が分布を持つというような確率論的不確実性変数は、確率分布関数という形で表されている。膜分離プロセス設計における流量や膜面積などの設計変数や操作変数の属性を分類し、これらの不確実性を考慮した設計を行うことにより、従来の方法では得られなかった高いパフォーマンスを示すプロセスを設計している。

第6章では、本論文において開発した手法が、商用プロセスシミュレーションソフトウェアと本手法のために開発したソフトウェアを統合することによって実現され、容易に実行可能であることを論証している。

第7章では、本論文の結論として、一連の研究についての総括を行い、プロセスシステム工学における位置付けを考察している。

第8章では、今後の課題と展望について記している。

以上要するに、本論文は多目的最適化手法を用いた新たなプロセス設計手法を提案し、環境影響と経済性を考慮し、かつ運転時の様々な変動に対してもロバストであるようなプロセスの設計を可能とする統合的なフレームワークを構築、実装し、さらに今後求められる持続性を考慮したプロセス設計の方向性を示したもので、化学システム工学およびプロセスシステム工学に貢献するところ大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク