学位論文要旨



No 119090
著者(漢字) 刘,丹
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,タン
標題(和) 石炭燃焼系からのフッ素の生成機構とその抑制に関する研究
標題(洋)
報告番号 119090
報告番号 甲19090
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5822号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 柳沢,幸雄
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 助教授 堤,敦司
 東京大学 教授 河野,通方
内容要旨 要旨を表示する

研究背景及び目的

中国は一次エネルギ−の70%を石炭に依存しているが、今後も石炭への高い依存性に変わりはないことが予想される。したがって、石炭の大量消費によるSOXや煤塵などの大気汚染問題がなお一層深刻化すると考えられる。中国の大気汚染物質の健康への影響としてはSOXによる呼吸器系疾患が主として問題とされていたが、近年、これに加えてフッ素による歯や骨への被害が注目されるようになった。中国炭中のフッ素含有量の平均値は世界平均値の3倍以上も高く、石炭燃焼によるフッ素汚染は深刻な問題になっている。1995年の時点で、約5億9千6百万人がフッ素汚染の危険性のある地域に居住し、およそ4千9百万の人々がフッ素症にかかっている。

フッ素汚染から人々を守るためには、石炭燃焼系からのフッ素の排出抑制技術の確立が急務である。

本研究は石炭燃焼系からのフッ素生成機構の解明とその排出抑制を目的とする。石炭燃焼によるフッ素排出抑制技術確立のためには、石炭中のフッ素の存在形態、石炭燃焼時の排ガス中のフッ素の形態、排出由来、燃焼時のフッ素の挙動などを明らかにし、石炭燃焼時のフッ素の生成機構を解明する必要がある。

石炭に関するフッ素の形態

既往の研究では、石炭中フッ素に関する形態は明確にされていない。本研究は、中国産のフッ素含有量の高い石炭を用いて、XRD、X XPS、TG-MSにより、石炭に関するフッ素の形態を調べた。その結果、フッ素は石炭中に白雲母と燐灰石と有機構造の-CF2-で存在していることがわかった。また、石炭燃焼残渣中のフッ素形態は燐灰石であることが確認できた。

石炭熱分解と石炭燃焼時の排ガス中のフッ素形態を明らかにするため、TG-MS実験を行った。石炭熱分解の際、850℃でMass20(HF)、Mass19(F)のピークが検出された。また、これは石炭中に存在していた白雲母の熱分解によるものと確認できた。石炭燃焼の際、560℃前後でMass20(HF)、Mass19(F)の排出が確認された。図1に石炭燃焼時のTG-MS測定結果を示す。同温度にCO2の排出も検出されたため、HF排出は-CF2-によるものと考えられる。

以上の測定分析により、中国炭に関するフッ素の形態が以下のように明らかになった。

石炭燃焼時におけるフッ素の挙動

これまで、民生用炉の石炭燃焼の際に生じたフッ素の挙動についての研究は行われていない。本研究は先ず、石炭中のフッ素含有量の測定法を確立した(JISには規定されていない)。次に、民生用炉の石炭燃焼時のフッ素の挙動について調べた。

図2の燃焼装置を用いて、酸素流量を0.5L/minとし、1200℃で石炭を燃焼させた(高温燃焼)。

発生したガスは吸収瓶で捕集した(吸収液200ml、0.1MNaOH溶液)。吸収液を50ml 取り、更に全イオン強度調整緩衝液50mlを加え(JISK0105参考)、フッ素イオン電極(HORIBA製)で溶液中のフッ素の濃度を測定して石炭中のフッ素含有量を求めた。各石炭中のフッ素含有量の測定値を表1に示す。

図3に異なる酸素濃度燃焼時のフッ素の排出挙動を示す。供給された酸素濃度の増加につれてフッ素の排出量が多くなる。これは酸素濃度が高いと、カーボンの燃焼速度が増大し、カーボンと結合していた有機フッ素がより高効率でHやOH 、H2、H2Oなどと反応してHFを生成した結果と考えられる。また、酸素濃度の増加につれて、燃焼炉の設定温度より実際に燃焼していた石炭の表面温度が高くなるため、石炭中のフッ素を含む無機物の分解も迅速に進行したものと考えられる。

図4に示したのは石炭を各温度で燃焼した際の各形態中のフッ素含有量である。燃焼温度が高くなるにつれて排ガス、排粒子中のフッ素化合物の排出量が増え、燃焼残渣中のフッ素濃度が減少することが示された。これは、温度の低い燃焼の場合には、石炭中のフッ素無機化合物の熱分解の割合が低く、石炭有機成分の完全燃焼の割合が低いことにより有機部分によるフッ素排出の割合も低くなるためと考えられる。

以上の実験結果により、石炭燃焼時のフッ素の挙動を明らかにした。

石炭燃焼系からのフッ素の生成機構

これまで、石炭燃焼時フッ素の生成機構についての研究は行われていない。本研究より、石炭中のフッ素の存在形態は白雲母、燐灰石と-CF2-であり、燃焼排ガス中のフッ素の形態はHFであることが確認された。したがって、石炭燃焼の際、HFの由来は石炭中の-CF2-、白雲母、燐灰石であり、次の二段階で生成されると考えられる。

第一段階: (1)-CF2-:-CF2-+O2→CO2+2F (2) 燐灰石:Ca5(PO4)3F→F + Residue (3) 白雲母:KAl2(Si3Al)O10(OH,F)2→F+OH+Semimetaillite

第二段階:F+H=HF (4) F+H2=HF+H (5) F+OH=HF+O (6) F+H2O=HF+OH (7)反応式(4)-(7)は熱力学的には進行することと反応速度が迅速であることが確認された。

TGを用いて、Fuossの方法を利用し、白雲母と燐灰石の熱分解速度を求めた。白雲母と燐灰石の熱分解速度定数は 白雲母:k=2.2・exp(-63.5kJ/RT)(s-1) 燐灰石:k=7.6・exp(-50.1kJ/RT)(s-1) である。

石炭燃焼時のフッ素生成速度を調べた。石炭中フッ素の濃度はC0とする。燃焼時間tの時の石炭中残存のフッ素の濃度CはC0と吸収溶液中のフッ素濃度の差から求めた。

ln(C0/C)〜tのプロットを図5に示す。石炭燃焼時フッ素の生成反応は一次反応であることが確認できた。また、アルニウスプロットから活性化エネルギ−Eと頻度因子Aを求めた。石炭燃焼時フッ素の生成速度定数はk=0.46・exp(-55.9kJ/RT)である。

石炭燃焼系からのフッ素排出抑制法の検討

フッ素症予防に向けて、石炭燃焼時のフッ素排出抑制をしなければならない。炉内脱フッ素法は民生用石炭燃焼時の脱フッ素に最も適していると考えられる。脱フッ素剤はCaCO3とCa(OH)2を選択した、脱硫もできるのがメリットである。

炉内の反応プロセスは以下のようになっている:熱分解:CaCO3=CaO+CO2 (775℃) Ca(OH)2=CaO+H2O(425℃)脱フッ素反応:CaO+2HF=CaF2+H2O脱硫反応:CaO+SO2+1/2O2=CaSO4

単位重量の石炭ブリケットは石炭粉末と比べて燃焼時間が長いのに加えて、単位時間あたりのSO2排出濃度が低いことが実験により明らかになった。これは石炭ブリケットの作製により、酸素の石炭ブリケット内部への拡散速度が遅くなったため、カーボンの燃焼速度が遅くなったと考えられる。このため、石炭ブリケット燃焼の際、排出されたHFとSO2がCaOと反応する時間は石炭粉末より多く与えられ、脱フッ素率と脱硫率が高いと推測される。そこで、Ca(OH)2を添加した石炭粉末と石炭ブリケットを用いて(モル比Ca/S=2)、脱フッ素率と脱硫率を測定した。その結果、Ca(OH)2入りの石炭ブリケットの燃焼による脱フッ素率と脱硫率は石炭粉末より高いことが明らかになった。

石炭燃焼時の脱フッ素率、脱硫率は以下の式で計算を行った:

また、脱フッ素率は石炭の炭種、石炭の燃焼温度と関係について調べた。

石炭の燃焼温度が低くなるにつれて脱フッ素率が増加することが示された。これは温度の低い燃焼ではフッ素の排出量が少ないため、石炭ブリケット中のCa/Fのモル比が相対的に高く、脱フッ素率が高くなると考えられる。

図6に異なる燃料比の石炭ブリケットを燃焼した際の脱フッ素率を示す。燃料比の低い石炭の脱フッ素率が低い傾向を見られる。燃料比の低い石炭では揮発分が相対的に多く、燃焼の時間が短く、排出されたHFが脱フッ素剤と反応する時間が短いためと考えられる。開化炭中のS/F含有量の比が最も大きく、脱硫反応で生成したCaSO4の分子容積はCaOより大きいため、CaO粒子の細孔の閉塞により脱フッ素率が低くなり、脱フッ素率が低下したと考えられる。

Ca(OH)2を添加した(Ca/S=2)石炭ブリケットを用いて民生用石炭として使用すれば、フッ素症の予防が可能になる。

石炭ブリケット燃焼時のフッ素排出機構のモデル化

これまで、脱フッ素反応速度についての研究は行われていない。本研究は脱フッ素反応速度の測定し、石炭中の硫黄の存在が脱フッ素反応に与えた影響を明らかにした。

実験では4種のブリケットA、B、C、Dを作製した。白雲母と硫黄の添加率は本研究で使用した蓮塘炭の成分を参考にした。(1)グラファイト+白雲母 (A) (2)グラファイト+白雲母+Ca(OH)2 (B) (3)グラファイト+白雲母+FeS2 (C) (4)グラファイト+白雲母+FeS2+Ca(OH)2 (D)

900℃でブリケットAとブリケットBをそれぞれ燃焼させ、AとBから排出したHFのモル量の差から、硫黄が存在しない場合の脱フッ素反応速度を求めた。

CとDのブリケットも同様に燃焼させ、硫黄が存在する場合の脱フッ素反応速度を求めた。

図7に示したように、硫黄の存在により、反応速度は低下している。また、ブリケットが完全燃焼した後、硫黄なし、硫黄ありの場合の脱フッ素率がそれぞれ68.5%と53.6%であった。したがって、石炭中の硫黄の存在が脱フッ素率の低下をもたらすことが示唆された。

結言

中国炭を用いて、石炭、石炭熱分解と燃焼時排ガスおよび燃焼残渣中のフッ素の形態、燃焼時のフッ素の挙動を明らかにした。また、石炭燃焼系からのフッ素の生成機構の解明を試みた。Ca(OH)2を添加した石炭ブリケットを民生用石炭の代わりに使用すれば、フッ素症予防が可能になることを明らかにした。更に、石炭ブリケット燃焼時の脱フッ素速度を測定し、石炭中硫黄の存在は脱フッ素率の低下をもたらすことを実験によって示した。

蓮塘炭燃焼によるフッ素の排出

中国炭中フッ素の含有量

燃焼装置

異なる酸素濃度燃焼時のフッ素の排出状態(蓮塘炭)

蓮塘炭燃焼時形態別フッ素の排出量

石炭燃焼排出フッ素のln(C0/C)〜tのプロット

石炭燃料比と脱フッ素率の関係

ブリケットの脱フッ素速度

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「石炭燃焼系からのフッ素の生成機構とその抑制に関する研究」と題し、石炭燃焼時のフッ素の排出抑制法について検討を行っている。さらに、石炭燃焼時のフッ素の生成機構の解明を試みている。

第1章は序論であり、石炭燃焼の際、フッ素を研究対象として選定した理由を述べている。中国では石炭燃焼により深刻なフッ素汚染問題が引き起こされており、フッ素症患者が増加している。フッ素症の治療は医学的には困難であり、石炭燃焼系からのフッ素排出抑制が重要であると考えられた。よって、石炭中のフッ素を研究対象に選定している。

第2章では、石炭に関するフッ素の形態について述べている。まず、XRD及びXPS分析により、石炭中フッ素の形態は有機構造の-CF2-および白雲母と燐灰石であることを明らかにしている。また、TG-MS分析により、石炭熱分解と燃焼時の排ガス中のフッ素の形態はHFであることが示された。一方、石炭燃焼灰中のフッ素は、燐灰石であることが明らかにされた。

第3章においては、石炭燃焼時のフッ素の挙動について述べている。先ず、高温燃焼法とイオン電極法を用いて、石炭中フッ素の含有量を測定している。そして、フッ素の石炭の揮発分燃焼あるいはチャー燃焼時の排出量を正確に測定するため、SOX計を用いて、SO2の発生状態を観察し、揮発分放出・燃焼とチャー燃焼の時間を決定し、石炭の揮発分燃焼とチャー燃焼時のフッ素排出量を測定している。次に、石炭燃焼時、供給される酸素濃度と燃焼温度を変化させてフッ素排出量を測定している。その結果、酸素濃度と燃焼温度の上昇につれて、フッ素の排出量が増加することを明らかにしている。更に、石炭燃焼時のフッ素マスバランスについて調査を行っている。その結果、燃焼温度の上昇につれて、排ガス中および排粒子中のフッ素濃度が増加し、燃焼灰中のフッ素濃度が減少することが明らかにされている。

第4章では、第2章と第3章の結果を踏まえて、石炭燃焼時のフッ素生成機構の解明を試みている。石炭燃焼時におけるフッ素の排出由来は有機構造の-CF2-および無機物の白雲母と燐灰石によるものであること、また、白雲母と燐灰石の熱分解速度がTG測定により明らかにされている。さらに、石炭燃焼時のフッ素の生成について反応速度論的に考察し、石炭燃焼時のフッ素生成反応が一次反応であることを明らかにしている。

第5章においては、石炭燃焼時のフッ素排出抑制法について検討している。まず、石炭燃焼時の脱フッ素を行うために、適合する脱フッ素法と脱フッ素剤について検討している。次に、石炭粉末と石炭ブリケットの燃焼状態について観察を行い、脱フッ素剤を添加した石炭ブリケットの燃焼が石炭粉末より高い脱フッ素率と脱硫率が得られることを明らかにしている。さらに、本章では、脱フッ素剤を添加した石炭ブリケットの燃焼灰が廃棄される際、雨水(酸性雨)により二次汚染が引き起こされないことを実験により確認している。なお、本章では、中国での石炭ブリケットの実用性についても検討を行っており、その結果として、脱フッ素剤(Ca/S=2)を添加した石炭ブリケットを使用すれば、フッ素症の予防が可能になると結論づけている。

第6章では、石炭燃焼時の脱フッ素速度や石炭中に存在する硫黄が脱フッ素率に与える影響について調べている。その結果、硫黄の存在により脱フッ素速度および脱フッ素率が低下することを明らかにしている。

本論文は石炭燃焼時に排出する代表的な汚染物質の一つであるフッ素の排出抑制についての研究であり、石炭をクリーンなエネルギーとして利用するための欠かせない研究であると考えられる。また、石炭中の微量元素に関する新しい分析手法も開発しており、化学システム工学への貢献は大きいものと考えられる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク