学位論文要旨



No 119091
著者(漢字) 池田,豊
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,ユタカ
標題(和) 修飾核酸及び非天然アミノ酸の合成と応用
標題(洋) Synthesis and applications of novel nucleic acid analogs and a unnatural amino acid
報告番号 119091
報告番号 甲19091
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5823号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多比良,和誠
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 後藤,由季子
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 講師 鈴木,勉
内容要旨 要旨を表示する

RNA干渉(RNA interference; RNAi)は、短い二本鎖RNAによってその配列特異的にmRNAが分解され、その結果遺伝子の発現が抑制される現象である。この遺伝子発現抑制システムを遺伝子疾患の治療に役立てることへの期待が非常に高まっている。この様な治療法の確立には適切な遺伝子導入技術が必須である。

遺伝子導入システムとして用いられているベクターには二種類ある。現在多くの遺伝子治療はウィルスベクターによって行われているが、1)コストがかかる、2)免疫原性がある、3)安全性に問題がある、などの理由により安全性の高い非ウィルスベクターの使用は以前から切望されている。しかしながら、非ウィルスベクターは一般的に言って用いるDNA当りの遺伝子発現効率はウィルスベクターよりも劣っている為に、より効率の高い遺伝子導入技術の開発が検討され、様々な導入法が考案されてきた。

非ウィルスベクターにおいて遺伝子の発現効率を落としている原因は以下のものが挙げられる。1)細胞に認識され細胞膜を通過する効率が低い。2)エンドサイト−シスで導入される場合、エンドソームからのリリース効率が低い。3)細胞内での安定性が低い。4)核膜の通過効率が低い。ウィルスベクターの場合はウィルス本来に備わっている機能としてこれらの条件はクリアされるのであるが、非ウィルスベクターの開発にあたってはこれらの問題に対して意識的に取り組まなければならない。

これらの問題に対し、私は以下の手法を用いて解決することを試みた。細胞膜を通過し(上記1)、エンドソームからの効率的なリリースを促進する(上記2)ためにはペプチドを用いることにした。この研究に関しては、効率的な遺伝子導入能を有するペプチドを構築することを目的として、大腸菌においてペプチドライブラリーを合成したことを特徴とする。また、細胞内での安定性を高め(上記3)、核膜通過の効率を上げるため(上記4)にはDNAの末端を修飾し、核移行シグナルを付加し酵素による分解を防ぎながら核への移行を促進しようと考えた。ここでは、新規核酸アナログを合成し、DNAと様々な生理活性分子とを共有結合させる系を確立したことを特徴とする。

新規核酸アナログを用いたDNAの3'末端特異的修飾法の開発とその応用

DNAの化学修飾は非ウィルスベクターにおいて遺伝子発現効率が低い原因となっている問題のいくつかを解決できる可能性がある。実際、アンチセンスの研究においては、DNAにペプチド、コレステロール、脂質などを共有結合させて、細胞への取り込みや、核への取り込み効率を向上させたという研究例が報告されている。しかしながら、DNAの修飾はアンチセンス分子などの短いものに関してはDNA合成機で可能であるが、長いDNAに関しては複雑で難しい。これまでにも、diazocouplingやphotocouplingによるDNAの修飾反応が報告されているが、これらの反応では非特異的に DNA の複数の個所に反応してしまうため、DNAの転写が妨げられている可能性が高い。

この問題を解決するために、私は DNA を酵素によって3'末端特異的に修飾することを試みた。細胞においてはDNAが3'末端から主に分解されることが知られており、3末端を修飾することにより、DNAの加水分解を防ぐこともできると考えられる。概要図を図1に示す。

図1に示す様に、マレイミドを含む新規核酸アナログを合成し、酵素(TdT;Terminal Deoxynucleotidyl Transferase)でDNAの3'末端に取り込むことを計画した。この核酸アナログはマレイミドを有するので、チオール基を持つ様々な分子と共有結合できる。新規核酸アナログはデオキシシチジンを出発原料とし9ステップで合成した。

合成した核酸アナログを用いて、DNAの3'末端を核移行シグナル(NLS)で修飾することを試みた。非ウィルスベクターによる遺伝子導入では多くの場合、DNAは細胞内にとどまり、分裂によって核内に取り込まれると考えられている。しなしながら、非分裂細胞においてはこの過程が非常に起こりにくく、能動的に核膜を通過するようなシステムを構築する必要がある。これらの効果を見るために、RNAi効果を有するshort hairpin RNA (shRNA)をコードするDNA (350-mer) をTdTを用いて核酸アナログを付加し、その後、C末端にシステインを持つ SV40 の核移行シグナル(NLS=PKKKRKVEDPYC)を加え、共有結合させた。結果を図2に示す。

図2に示す様に、ほぼ100%のDNAが3末端においてNLSと共有結合していることがわかった。すなわち、今回合成した新規核酸アナログは非常に効率よく TdT により DNA の3'末端に取り込まれていることがわかった。また、マレイミドとチオールの反応は穏やかな条件(中性水溶液中、室温)で定量的に反応が進むため、この様な非常に良い収率が得られた。この手法ではミリグラム単位の DNA の修飾が実験室スケールで可能であり、また収率が非常に良いため、精製及びスケールアップが簡便に行われる。

この様にして合成したshRNAをコードするDNA-NLS複合体をターゲットとなるルシフェラーゼ遺伝子と共に細胞内に導入し、3'末端に共有結合しNLSの効果を見た。結果を図3に示す。

図3に示したように、DNA-NLS複合体はRNAiの効果を促進していることがわかった。今回の手法ではDNAの3末端がマレイミドで修飾されているため、様々な分子と非常に良い収率で共有結合をすることが可能である。今回はSV40の NLS を結合させたが、この他にも様々な生理活性を有するタンパク質、ペプチド、小分子を結合させることにより、非ウィルス系の遺伝子導入に応用が可能であると考えられる。

ペプチドによる遺伝子導入を目指した大腸菌によるペプチドライブラリーの構築

近年、様々な手法でDNAを標的細胞へ導入しようという試みがされている。非ウィルスベクターを用いたものではliposomeや、糖骨格を有するもの、デンドリマーやNaked DNAなど様々である。DNAを細胞内に導入するためには、DNAを100nm程度にまで小さくする必要がある。そのため、これらの導入試薬はいずれも正電荷に帯電し、負電荷を帯びている DNA を小さくしている。しかしながら、正電荷が強すぎると、1)DNAとの相互作用が強すぎるため細胞内でDNAがリリースされにくい、2)毒性が強くなる、などの問題があり、DNA を効率よく導入し発現させるためには、電荷の問題はもとより細胞内の環境を考慮した導入試薬の開発が望ましい。

そこで私はペプチドの有する官能基の多さに注目し、ペプチドで遺伝子を導入しようと考えた。古くは正電荷を帯びたpoly-lysineによって遺伝子導入が試みられてきた。近年ではシスティン(C)のチオール基によるジスルフィド結合が細胞内で還元されることを利用した薬物及びDNAのデリバリーや、ヒスチジン(H)がDNAのエンドソームからのリリースを補助しているとの報告もある。そこでこれらのアミノ酸をランダムに組み合わせたペプチドライブラリーを合成して、DNAを効率よく細胞内で発現させるペプチドを見つけ出そうと考えた。

ペプチドは通常ペプチド合成機で合成する。しかしながら、1)合成できるペプチドの長さに制限がある、2)コストがかかる、3)アミノ酸配列によっては合成収率が低いものがある、などの問題点がある。

一方、遺伝子組換え技術により大腸菌などでタンパク質を合成する場合はこれらの問題点は解決されるが、構造をとっていない短いペプチドなどは大腸菌の中で分解されてしまうため合成が難しい。さらに、通常、大腸菌でタンパク質を合成した場合、精製を簡便にするためにtag(his-tag, GST-tagなど)をタンパク質の末端に付けなければならない。そこで私は目的のペプチドをインテインとキチン結合ドメイン(CBD)タンパクとの融合タンパクとして発現するシステムを用い、ペプチドの発現・精製を試みた(図4)。この手法の利点は以下の点にある。1)望みのペプチドはインテインとキチン結合ドメインタンパクとの融合タンパク質として発現されるためにタンパク質全体として構造を有しており、ペプチド自身では構造を有していなくとも大腸菌内で発現される。2)インテインとキチン結合ドメインタンパクは可溶性のタンパク質であり、望みのペプチドがある程度水に溶けにくくても全体として水に溶けやすく精製が容易である。3)通常、大腸菌で発現させたタンパク質を精製するためにはHis-tagやGST-tagなどの余分なペプチド配列が必要となるが、この系ではキチン結合ドメインタンパクで精製し、それはインテインの反応後に切り出されるため除かれる。したがって余分なタグを含まないペプチドが得られる。

上記のシステムを用いて、効率的な遺伝子導入機能を有するペプチドを探索するために大腸菌でペプチドライブラリーを構築することにした。構築したペプチドライブラリーはCR(X)27CCである(X=R,H,L,N,Q,S)。システインは細胞内の還元環境下でジスルフィド結合が切断され、コンプレックスが崩れ、DNAが放出されやすくなる効果が期待できる。リシン(L)、アルギニン(R)は正電荷により DNA を小さくし、また、細胞表面と相互作用することが期待できる。ヒスチジン(H)は DNA がエンドサイトーシスで取り込まれる際にエンドソームからリリースされるのを促進する働きがあると考えられる。大腸菌でペプチドライブラリーを合成した結果を図5に示す。ランダムにコロニーを選びタンパクを発現・精製した。75%(6/8)のコロニーからは望みのペプチドが得られていることがわかる。

非天然ヒスチジンアナログの合成と大腸菌による効率的な取り込み

天然のタンパク質は20種類のアミノ酸から構成されており、それらが巧みな配列と高次構造を構成することでタンパク質は様々な機能を持っている。その中でヒスチジンは酸解離定数が7であり、様々なタンパク質において酸・塩基触媒として働いている。そこで我々はヒスチジンよりも酸として強いヒスチジンアナログを合成し、タンパク質中に導入することにより天然の酵素と活性・至適pH等の点で異なった性質を持つ酵素を創出できるのではないかと考えた。今回私は、新規非天然ヒスチジンアナログである9を合成することにした。この化合物は天然のヒスチジン(8)のイミダゾール環をトリアゾール環にしたものであり構造が非常によく似ているために、タンパク質中に導入してもその構造をほとんど歪めないと考えられる。

非天然アミノ酸のタンパク質への導入法であるが、調製できるタンパク質の量や簡便性、経済性を考え、大腸菌を用いて非天然アミノ酸を導入することを試みた。大腸菌は通常、自身でヒスチジンを合成し、タンパク質中に取り込んでいるが、ヒスチジン欠損株はこの機能を持たない。そこで我々は、今回合成したヒスチジン類似体の構造がヒスチジンに極めてよく似ているため、培地にこれら非天然アミノ酸を加えるだけで導入できないかと考えた。その結果、合成した化合物9については極めて効率良く導入を確認することができた。(図7)

分子軌道計算の結果より、これらのヒスチジンアナログの取り込みの差は、取り込まれたヒスチジン及びヒスチジンアナログに関しては、最も安定な異性体に以下のφの位置の窒素原子に水素が結合しているために、his-tRNA合成酵素のGlu131との水素結合により効率的に酵素に認識されていることが示唆された。

以下の研究は京都大学の修士課程で行った研究で以下の二報の論文にまとめられている。

Direct Strand Cleavage via Furanyladenine Formation in Anaerobic Photoirradiation of 5-Bromouracil-Containing Oligonucleotides. Tetrahedron Lett. 2000, 41. 6455. Deoxyribonolactone formation in photoirradiation of 5-bromouracil-containing oligonucleotides by direct C1' hydrogen abstraction. Tetrahedron Lett. 2002, 43. 2243.

DNAに引き起こされる様々な損傷反応の一つに酸化的損傷反応がある。なかでも放射線照射などにより生じるウラシルラジカル(1)は、様々な損傷反応を引き起こすことが知られている。しかしこのDNAの損傷反応については生成物の不安定性、反応の複雑性からその機構が未知な部分も多い。そこで私は以下の論文においてDNAの糖上の水素引き抜きによる酸化的損傷について新たな反応経路を提示した。

DNA中に生じたラジカル(1)がどの水素を引き抜くことによって損傷が起こるのかを調べるためにC1の水素を重水素で置き換えた化合物(2)を合成した。この合成した(2)及び光照射によりラジカルを生じることが知られているブロモウラシルをDNA中に組み込み、光照射によりラジカル(1)を発生させ、重水素がどこに移動したのかをESI-TOF-Massで調べたところウラシルの5位に移動していることがわかった。またこの水素引き抜き反応の同位体効果を測定したところ1.7という値が得られた。さらにラジカル(1)がC2の水素を引き抜いた時、DNAの直接鎖切断が起こり、その切断フラグメントはフラン骨格を有する(3)のようなものであることも解明した。DNAの切断フラグメントとしてこのようなものが観測されたのは世界で初めてである。これらのことから私の研究によって以下に示すようなDNAの酸化的損傷機構が提示された。

3'末端特異的DNA修飾

DNAの3'末端特異的修飾

二本鎖DNA(dsDNA)及びDNA-NLS複合体によるRNAi活性の比較

大腸菌によるペプチドの合成

大腸菌によるペプチドライブラリーの構築

今回の実験に用いたヒスチジン(8)及びそのアナログ(9-12)

ヒスチジン欠損株大腸菌によるヒスチジン(8)及びヒスチジンアナログ(9-12)のタンパク質への取り込み。

ヒスチジンアナログ(9)his-tRNA合成酵素の相互作用のモデル

審査要旨 要旨を表示する

申請者である池田豊君は博士課程において新規核酸アナログ及び非天然アミノ酸の合成及びそれらの応用に関する研究を行った。これらの研究は修飾核酸及び非天然のアミノ酸を用いることにより DNA やタンパク質などの巨大分子を分子レベルで解析、及び開発することを目指したものである。

その研究背景として、まず、近年注目をされている RNA 干渉による遺伝子発現制御システムがある。この遺伝子発現制御システムを遺伝子治療に応用するにはそれらの遺伝子を発現する DNA を細胞内に効率良く導入する必要がある。安全性とコストの面を考慮すると非ウィルス系の発現システムがベクターシステムの構築が望まれる。非ウィルス系のベクターを用いる際はプラスミド DNA を用いるのが主な手法であるが、プラスミドDNAはサイズが大きく非分裂細胞においては核膜をほとんど通過しないということが知られている。このことから同君はDNAの末端に核移行シグナルを結合させて運ぶことにした。核移行シグナルによって核膜通過を促進させようとする試みはシステムは以前からあるが、共有結合させているのはDNA合成機で合成できるような短いDNAの修飾であり、長いDNAにペプチドやタンパク質などの生理活性を有する分子を部位特異的に共有結合させる簡便な手法がこれまでにない。そこで同君は長いDNAを部位特異的に共有結合修飾する新規の手法を世界で初めて開発した。この手法はDNAの3'末端をマレイミドで修飾する手法であり、チオール基を持つ様々な化合物と高い収率で共有結合をすることが可能であり、極めて応用性の高い研究である。

また同君はタンパク質中で酸・塩基反応や構造変化などで大きな役割を果たしているヒスチジンに注目し、そのアナログを合成した。今回同君が合成したヒスチジンアナログは天然のヒスチジンよりも酸性の強い性質を持つ新規化合物である。同君が大腸菌を用いてタンパク質中に取り込ませたところ、非常に効率良く取り込みを確認することが出来た。大腸菌を用いて導入することが可能なことから、今回同君が合成した新規非天然のアミノ酸を含むタンパク質が大量に合成できることが可能になった。

上記に記したように同君は新規の核酸及びアミノ酸を合成する能力に長け、またそれらを生物学的に応用しようとする研究を行ってきた。有機合成化学から遺伝子工学まで幅広い知識と技術を習得したと考えられる。これらの成果は、何を研究対象とすべきか判断する力、その対象にに適した実験系を注意深く組み立てて実行する力と技術、また研究を展開させていくうえで必要な情報収集力、考察力、想像力を同君が同君が有していることを端的に示している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク