学位論文要旨



No 119093
著者(漢字) 小川原,陽子
著者(英字)
著者(カナ) オガワラ,ヨウコ
標題(和) 原癌遺伝子AktによるDNA損傷依存的アポトーシスの抑制機構
標題(洋)
報告番号 119093
報告番号 甲19093
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5825号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 多比良,和誠
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 講師 新海,政重
内容要旨 要旨を表示する

緒言

Aktは種々の増殖因子やサイトカインの刺激などにより活性化し、基質のリン酸化を介して生存、増殖を促進することが様々な系で知られている。Aktはウイルス性癌遺伝子v-Aktの細胞性ホモログとして同定されたセリン/スレオニンキナーゼであり、様々な癌において活性化や遺伝子増幅していることが報告されている。Aktによる癌化においては、その生存・増殖促進能が寄与していると考えられる。生存促進の際のAktの標的として複数の因子が報告されているが、Aktが生存、増殖を促進するメカニズムの全容は必ずしも明らかになっていない。

細胞はDNA損傷を受けると、その損傷が少ない場合には細胞周期の停止を誘導しDNA損傷の修復を行う。損傷が甚大な場合にはアポトーシスを誘導し、DNAに変異が蓄積して細胞が癌化することを防いでいる。その際に中心的な役割を果たしているのが癌抑制遺伝子p53とE2F1である。p53は細胞がDNA損傷を受けた際に活性化し、細胞周期の停止やアポトーシス、DNA損傷の修復を誘導する転写因子である。また、細胞周期のG1→S期の進行に重要なE2F1も、細胞がDNA損傷を受けた際に活性化してアポトーシスを誘導する転写因子である。当研究室では、AktがDNA損傷により誘導されるアポトーシスを抑制することを見い出している。この役割はAktによる癌化促進に寄与していると考えられ、そのメカニズムを解明することは癌治療への応用につながると期待される。そこで本研究では、AktがDNA損傷依存的なアポトーシスを抑制するメカニズムを解明することを試み、p53とE2F1に着目して解析を行った。

AktによるMdm2リン酸化を介したp53の制御

当研究室では、Aktがp53を発現することにより誘導されるアポトーシスを抑制することを見い出している。Aktがどのようなメカニズムでp53により誘導されるアポトーシスを抑制しているのかを検討した。

Aktによるp53タンパク質の分解促進

まず、p53の持つ転写活性をレポータープラスミドを用いて調べたところ、恒常的活性型AktをMCF7細胞に発現させることによりp53の転写活性が減少した。そしてMCF7細胞に恒常的活性型のAktを発現させると、内在性p53のタンパク質量は減少することがわかった。さらに当研究室の岸下がAktはp53のmRNAの量に影響を及ぼさないこと、p53タンパク質の安定性を低下させることを示した。これらのことから、Aktがp53タンパク質の分解を促進することが明らかになった。

AktによるMdm2リン酸化を介したp53分解の制御

Aktがp53タンパク質の分解を促進する際の基質を検討した。Aktはp53をリン酸化しなかったため、p53に対するユビキチンリガーゼMdm2に注目した。Mdm2はp53をユビキチン化し、26Sプロテアソーム系による分解を促進する。Mdm2ノックアウトマウスは胎生致死であるが、p53とMdm2のダブルノックアウトマウスは正常に発生することから、Mdm2のp53分解における重要性が示唆されている。Mdm2のアミノ酸配列にはAktによるリン酸化の基質のコンセンサス配列がSer166とSer186に存在し種間で幅広く保存されていた。そこでバキュロウイルス由来の活性型Aktを用いて大腸菌から精製したMdm2をリン酸化するキナーゼアッセイを行ったところ、Mdm2のSer166がリン酸化された。また、当研究室の岸下がAktによるMdm2のSer186のin vitroでのリン酸化、およびMdm2のSer166とSer186のin vivoでのリン酸化を示した。次に、リン酸化によるMdm2のp53に対するユビキチンリガーゼ活性への影響を調べるために、MCF7細胞においてp53のin vivoユビキチン化アッセイを行った。野生型のMdm2発現により誘導されたp53のユビキチン化は、恒常的活性型Aktの共発現により顕著に亢進した。しかし、Mdm2のSer186をAlaに置換した変異体S186A Mdm2は恒常的活性型Aktと共発現させてもp53のユビキチン化を誘導しなかった。このことから、AktはMdm2のSer186をリン酸化することによりp53のユビキチン化を促進することが示唆された。Mdm2のSer166をAlaに置換したS166A Mdm2変異体は野生型のMdm2と同程度にp53のユビキチン化を誘導したことから、p53ユビキチン化においてはSer166ではなくSer186が重要であると考えられる。次に、AktがMdm2リン酸化を介してp53のタンパク質量を制御しているかどうかを調べた。MCF7細胞に恒常的活性型のAktもしくは野生型のMdm2を発現させるとp53タンパク質の量は著しく減少した。しかし、S186A Mdm2はp53タンパク質を減少させず、また恒常的活性型Akt発現により減少したp53の量を元のレベルにまで戻したことから優性抑制的に働いていると考えられる。以上の結果から、AktがMdm2のSer186をリン酸化することによりMdm2のp53に対するユビキチンリガーゼ活性を上昇させ、p53 タンパク質の分解を促進することが示唆された。

AktによるMdm2リン酸化を介したE2F1の制御

E2F1は細胞がDNA損傷を受けた際に活性化して、p53やそのホモログのp73、Apaf-1等の転写を誘導し、アポトーシスを引き起こす。Aktがp53のみならずE2F1をも制御しているかどうかを検討した。

AktによるE2F1タンパク質の制御

AktによるE2F1タンパク質量への影響を調べた。COS-1細胞にE2F1と共にAktを発現させるとE2F1タンパク質の量が減少したため、そのメカニズムについて検討を行った。E2F1タンパク質の制御において、その安定性の制御は重要な役割を果たしている。例えば、細胞がDNA損傷を受けた際にE2F1依存的に誘導されるアポトーシスにおいて、E2F1タンパク質の安定化が重要であることが示唆されている。E2F1はユビキチン-プロテアソーム系により分解されることが知られているが、E2F1の生理的なユビキチンリガーゼは未だ特定されていない。p53に対するユビキチンリガーゼMdm2はE2F1に結合することが報告されているため、Mdm2がE2F1に対してもユビキチンリガーゼとして働いている可能性が考えられる。そして、Aktがp53の時と同様に、Mdm2のE2F1 に対するユビキチンリガーゼ活性を上昇させることによりE2F1タンパク質の量を減少させている可能性が考えられる。そこで、Mdm2がE2F1に対するユビキチンリガーゼであるかどうか、そしてAktがMdm2リン酸化によりその活性を制御しているかどうかを検討した。

Akt-Mdm2経路によるE2F1ユビキチン化と分解の制御

Mdm2がE2F1のユビキチンリガーゼであるかどうかをin vitroのユビキチン化アッセイを用いて検出した。ユビキチン化に必要な各種因子に基質のE2F1とMdm2を加えるとE2F1がユビキチン化されたことから、Mdm2がE2F1に対するユビキチンリガーゼとして働くことが初めて明らかになった。さらに、バキュロウイルス由来の活性型Aktでリン酸化したMdm2を用いたところ、Mdm2のE2F1に対するユビキチンリガーゼ活性が顕著に上昇した。次に、Mdm2リン酸化の影響を調べるために、S166AおよびS186A Mdm2を用いて同様の実験を行ったところ、どちらの変異体でもAktによるユビキチンリガーゼ活性の上昇は見られなかった。このことから、AktはMdm2のSer166とSer186依存的にE2F1に対するMdm2のユビキチンリガーゼ活性を上昇させていることが明らかになった。

次に、E2F1のin vivoユビキチン化アッセイを行った。野生型のMdm2と恒常的活性型のAktを共発現させるとE2F1のユビキチン化が見られたが、S166AもしくはS186A Mdm2を恒常的活性型Aktと共発現させた場合にはE2F1のユビキチン化は顕著に減少した。このことから、Aktがin vivoでもMdm2のSer166およびSer186依存的にE2F1に対するMdm2のユビキチンリガーゼ活性を上昇させていることが示された。

Mdm2のE2F1タンパク質量への制御を調べるためにCOS-1細胞においてRNAiによりMdm2をノックダウンしたところ、内在性のE2F1タンパク質の量が増加した。このことから、Mdm2がE2F1タンパク質の量を生理的条件下で減少させていることが明らかになった。以上の結果から、AktがMdm2のSer166とSer186をリン酸化することによりMdm2のE2F1に対するユビキチンリガーゼ活性を上昇させ、E2F1タンパク質の分解を促進することが示唆された。

結論

一連の実験結果から、AktがMdm2のリン酸化を介しユビキチンリガーゼ活性を上昇させることにより、p53とE2F1の分解を促進していることが示唆された。p53とE2F1はそれぞれDNA損傷により活性化し、アポトーシスを誘導することにより癌抑制の働きをする因子であり、それらの分解を促進することがAktによる生存および癌化促進に貢献していると考えられる。前述のようにAktの活性化や遺伝子増幅は癌の悪性化と密接に相関していることから、その癌化メカニズムを明らかにすることは癌の予防・治療法の発展において非常に重要である。即ち、Aktの癌化に関わる標的あるいはAktと標的の特異的相互作用を阻害するような抗がん剤の開発が可能であると考えられ、その意味で本研究の結果が新たな癌治療法の開発につながることを期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

Aktは種々の増殖因子やサイトカインの刺激などにより活性化し、基質のリン酸化を介して生存、増殖を促進することが様々な系で知られている。Aktはウイルス性癌遺伝子v-Aktの細胞性ホモログとして同定されたセリン/スレオニンキナーゼであり、様々な癌において活性化や遺伝子増幅していることが報告されている。Aktによる癌化においては、その生存・増殖促進能が寄与していると考えられるが、Aktが生存、増殖を促進するメカニズムの全容は必ずしも明らかになっていない。

細胞はDNA損傷を受けると、その損傷が少ない場合には細胞周期の停止を誘導しDNA損傷の修復を行う。損傷が甚大な場合にはアポトーシスを誘導し、DNAに変異が蓄積して細胞が癌化することを防いでいる。その際に中心的な役割を果たしているのが癌抑制遺伝子p53とE2F1である。p53は細胞がDNA損傷を受けた際に活性化し、細胞周期の停止やアポトーシス、DNA損傷の修復を誘導する転写因子である。また、細胞周期のG1→S期の進行に重要なE2F1も、細胞がDNA損傷を受けた際に活性化してアポトーシスを誘導する転写因子である。当研究室では、Aktがetoposideやγ線照射等のDNA損傷により誘導されるアポトーシスを抑制することを見い出している。DNA損傷依存的アポトーシスの抑制はAktによる癌化促進に寄与していると考えられることから、そのメカニズムを解明することにより、癌治療への応用につながることが期待される。そこで本研究では、AktがDNA損傷依存的なアポトーシスを抑制するメカニズムを解明することを試み、p53とE2F1に着目して解析を行った。

第1章では、研究の背景、既往の研究および本研究の意義について述べた。

第2章では、AktによるMdm2リン酸化を介したp53制御について解析した。当研究室では既に、細胞にp53を発現することにより誘導されるアポトーシスが、恒常的活性型のAktを共発現させることにより抑制されることを見い出している。そこで、Aktがどのようなメカニズムでp53により誘導されるアポトーシスを抑制しているのかを検討した。まず、Aktがp53タンパク質の分解を促進することを明らかにした。その際のAktの基質を検討し、p53のタンパク質量の制御において中心的な役割を果たすユビキチンリガーゼMdm2に注目した。Mdm2はp53をユビキチン化し26Sプロテアソーム系による分解を促進することにより、p53分解において重要性な役割を果たしている。Mdm2にはAktによるリン酸化の基質のコンセンサス配列がSer166とSer186に存在し種間で幅広く保存されており、Aktが実際にこれらのMdm2のサイトをリン酸化することをin vivoおよびin vitroで示した。次に、AktがMdm2をリン酸化することによるMdm2のp53に対するユビキチンリガーゼ活性への影響を調べるためにMCF7細胞においてin vivoユビキチン化アッセイを行い、AktがMdm2のSer186依存的にp53のユビキチン化を促進することが明らかにした。さらに、AktがMdm2リン酸化を介してp53のタンパク質量を制御しているかどうかを調べAktがMdm2のSer186依存的にp53タンパク質の量を減少させていることを明らかにした。以上の結果から、AktがMdm2のSer186をリン酸化することによりMdm2のp53に対するユビキチンリガーゼ活性を上昇させ、p53 タンパク質の分解を促進することが示唆された。

第3章では、AktによるMdm2リン酸化を介したE2F1制御について解析した。まず、AktがE2F1タンパク質を制御しているかどうかを調べ、AktがE2F1 タンパク質の量を減少させていることを示した。AktがどのようにしてE2F1タンパク質の量を減少させているのかを検討し、E2F1タンパク質減少への関与が示唆されているMdm2に着目した。Mdm2を発現させるとE2F1タンパク質の量が減少すること、および、Mdm2をノックダウンもしくはノックアウトするとE2F1タンパク質の量が増えることから、Mdm2がE2F1タンパク質を減少させるのに必要かつ十分であることが明らかになった。さらに、Mdm2がE2F1に対するユビキチンリガーゼであること、そしてAktがMdm2のSer166とSer186をリン酸化することによりMdm2のE2F1に対するユビキチンリガーゼ活性を上昇させていることがin vivoおよびin vitroでユビキチン化アッセイを行うことにより明らかになった。

第4章では、本研究を総轄し、今後の研究の展望を述べた。

以上のように、提出者は、AktがDNA損傷依存的なアポトーシスを抑制するメカニズムを解析し、そしてAktがMdm2をリン酸化することによりp53とE2F1の分解を促進していることを示した。これらの成果は、Aktの活性化や遺伝子増幅は癌の悪性化と密接に相関していることから、今後新たな癌治療法の開発へとつながることが期待されるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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