No | 119094 | |
著者(漢字) | 加藤,義雄 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カトウ,ヨシオ | |
標題(和) | 哺乳動物細胞におけるRNAポリメラーゼIIIプロモーターから発現される低分子機能性RNAを用いた特異的遺伝子発現抑制 | |
標題(洋) | Specific gene inactivation by small functional RNAs under the control of RNA polymerase III promoters in mammalian cells | |
報告番号 | 119094 | |
報告番号 | 甲19094 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5826号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 2003年4月にヒトゲノムの解読完了が宣言され、全遺伝子の配列情報が自由に利用できるようになったが、配列情報だけから遺伝子の機能を決定することは困難であり、遺伝子の機能を知るためには、やはりそれらの遺伝子について個々に解析していく必要がある。遺伝子の機能を調べる方法として、目的遺伝子の機能を抑制した際に見られる表現型から遺伝子の機能を見積もる、ノックダウン法が選択肢の一つとして挙げられる。当研究室では、リボザイムやアンチセンス、RNAiなどの機能性RNAを用いて、遺伝子の機能を抑制する手法の開発に取り組んできた。このような機能性RNAは、遺伝情報を仲介するRNAをターゲットとし、塩基対に基づいた標的mRNAへの結合を介して遺伝子の機能を阻害するため、非常に特異的な遺伝子発現の抑制を行うことができる。 このような機能性RNAを細胞に導入する際には、RNAをそのまま導入する手法と、RNAを細胞内で転写させるためのDNAベクターを細胞内へ導入する方法がある。当研究室では継続的に効果が得られるようにRNA発現ベクターをDNAの形で細胞内に導入している。このような発現ベクターを用いた機能性RNAの細胞内での活性は、発現するプロモーターによって大きく左右される。真核生物のRNAポリメラーゼには、RNAポリメラーゼI、II、IIIがあり、各々のRNAポリメラーゼによって認識されるプロモーターや発現されるRNAの様式が異なる。中でもRNAポリメラーゼIII(Pol III)系プロモーターは元来、tRNAや核内低分子RNAを発現するために使われているプロモーターであり、他のプロモーターと比較して10倍から1000倍の転写量がある。また、明確な転写開始点と転写終結配列が存在し、発現されたRNAに余計な配列が付加されないため、リボザイムやsiRNA等の短いRNAを発現させるのに適した転写系である。 本研究の目的は、Pol III系プロモーターを利用した機能性RNAの発現系を構築し、それぞれのシステムから発現される機能性RNAを用いた目的遺伝子の機能を特異的に阻害することである。今回構築した発現システムを用いることによって、効果的な遺伝子発現抑制を行うことが可能であり、遺伝子の機能解析のツールや、将来的な遺伝子治療へと向けたアプローチの一つとして有効な手法になると考えられる。 【核-細胞質間の局在を制御したリボザイム発現系】 リボザイムはRNA鎖を特異的に切断することができるRNA酵素であり、特定遺伝子の機能解析や、疾病の原因遺伝子を標的とした遺伝子治療への応用が可能であると考えられている。本研究では、細胞内でのリボザイムの活性が(1)リボザイムの切断活性、(2)リボザイムの発現量、(3)リボザイムの細胞内局在、によって左右されると考え、tRNAValプロモーターおよびU6プロモーターによるリボザイム発現ベクターを構築し、目的遺伝子の発現抑制にどのような影響を及ぼすのかについて解析した。 各々のプロモーターから発現されるリボザイムの細胞内局在を、in situ ハイブリダイゼーション法や、分画ノーザンブロッティング法によって検出したところ、U6プロモーターから発現されるリボザイムは核に局在し、tRNAValプロモーターから発現されるリボザイムは細胞質に局在していることが明らかとなった。U6プロモーターから発現されるリボザイムとは異なり、tRNAValプロモーターから発現されるリボザイムは、tRNA部分が付加された形で転写され、そのtRNA付加型リボザイムが細胞質に輸送されていると考えられる。 細胞内における種々のリボザイムによる目的遺伝子の発現抑制効果は、U6プロモーターから発現されるリボザイムは、どのリボザイムにおいても、ほとんど活性が無かったのに対し、tRNAValプロモーターから発現されるリボザイムは一様に活性を示した(図1)。試験管内では活性の異なる種々のリボザイムの細胞内での活性があまり変化しなかったことから、リボザイムの切断速度の差が重要な要因ではないことを示している。また、tRNAValプロモーターから発現された、細胞質局在型のリボザイムの活性が、核局在リボザイムよりも高かったことから、細胞質への輸送がリボザイムの発現系が決め手であることを明らかにした 【自己切断リボザイムを利用したRNAi発現ベクターの開発】 RNA interference (RNAi)という現象は、線虫に二本鎖RNAを導入したところ、その二本鎖RNAに対応するmRNAの発現が抑制されたという実験によって発見された。RNAi発見当初は、長い二本鎖RNAを線虫やハエに導入する実験が主流だったものの、ヒトを含めた高等動物では、長い二本鎖RNAはウィルスの防御機構によって認識され、非特異的な遺伝子発現の抑制が行われてしまう。そこで高等動物細胞では、短い二本鎖RNA(siRNA)を導入することによって、特異的な遺伝子発現の抑制が試みられるようになった。このような短いRNAを用いて、細胞内で遺伝子発現を抑制し続けるためには、siRNAを継続的に発現するベクターを細胞内に導入する必要がある。 短い二本鎖RNAを発現するシステムを構築するためには、(i) 短くて、 (ii) 余分な配列を持たない、というsiRNAの特徴を備えたRNAの発現系を設計する必要がある。上記の条件を満たす発現系を構築するストラテジーとして、2つのアプローチが考えられる。まず1つ目に、元来細胞内で短いRNAを発現するプロモーターを用いる系である。これには、RNAポリメラーゼIII(Pol III)プロモーターによる転写システムが該当する。 もう一つのアプローチは、余分な配列を切り落として、短いRNAを作成するという方法である。リボザイムはRNAを切断する酵素的な活性をもつRNAであり、余分な配列を切り落とす(トリミング)のに適している。このトリミング・リボザイムによる発現系では、初期の転写産物RNAが長い状態でも、切断することによって任意の長さのRNAを作成することができる。すなわち、短くて余分な配列を持たないというsiRNAの条件を満たすRNAを細胞内で生産することができる(図2A)。 トリミング・リボザイムを発現するためのプロモーターとして、pol II系とpol III系の二つの異なる系を用意した(図2B)。トリミング・リボザイムは、転写産物が長くても、最終的には短いRNAを生産することができるため、任意のプロモーターを用いることができる。本研究では、pol II系としてCMVプロモーター、pol III系としてtRNAプロモーターを使用した。pol II系のプロモーターは、シグナルに誘導されて発現するプロモーターや、組織特異的に発現するプロモーターなど、その発現量を制御できる系が数多く知られている。このような、制御可能なプロモーターを用いることには、ある組織でのみsiRNAを発現させる、あるいは、ある刺激によってsiRNAの発現量をオン・オフすることができることができるといった可能性がある。 4つのリボザイムのうちの1つのリボザイムの配列を、1塩基置換して不活性化した変異体を構築した(図2A☆)。この変異体では、アンチセンス側のRNA鎖ができず、結果としてsiRNAを産生しない。この変異体もpol II系とpol III系を構築し、合計4種類のベクターを構築した。 これらの構築したトリミング・リボザイムのベクターが細胞内でRNAiとしての活性を有することを証明するために、(i) トリミング・リボザイムに含まれる4つのリボザイムそれぞれが、目的の箇所で切断すること、(ii) トリミング・リボザイムのベクターを細胞内に導入した際、発現されたRNAがsiRNAを産生すること、および(iii) トリミング・リボザイムのベクターを細胞内に導入することによって、遺伝子特異的な発現抑制が行われることを確認した。 まずはじめに、構築したトリミング・リボザイムが期待通りに切断できるかどうかを、試験管内で確認した。リボザイムによる切断反応は生理的条件下で起こるため、転写条件においても同様に、切断反応が起きる。そのため、転写直後のRNAを電気泳動すると、リボザイムによって切断された断片がすべて検出される。この結果、トリミング・リボザイムによって4箇所で切断が起き、21塩基のsiRNAが生産されていることが確認された。 次に、細胞内におけるsiRNAの生産をノーザンブロッティングによって確認したところ、リボザイムの一つを不活性化した変異体(mT)では、siRNAが検出されなかったが、通常のトリミング・リボザイム(TRz)では、siRNAが検出された。すなわち、pol II系、pol III系ともに、トリミング・リボザイムが、細胞内で効率的に切断を行うことによってsiRNAが生産されることが示された(図2C)。 最後に、トリミング・リボザイムによる遺伝子発現の抑制効果をルシフェラーゼ活性の抑制効果により評価した結果、トリミング・リボザイムのベクターが特に、pol III系を用いた場合に、効率的にルシフェラーゼ遺伝子発現を抑制することがわかった。その効果は、ベクター量に依存的であり、これまでに報告されているsiRNAの効果と一致する。一方で、変異体のトリミング・リボザイムのベクターでは抑制効果を示さなかったことからも、この遺伝子発現の抑制は、トリミング・リボザイムによって産生されたsiRNAの効果によるものであると言える(図2D)。本研究で開発したsiRNA発現系はこれまでに報告された発現系とは異なるアプローチによる、新規なsiRNA発現系である。 【プロモーター領域を最小化したsiRNA発現ベクターの開発】 siRNAの発現系として、Pol III系プロモーターであるU6プロモーターやH1プロモーターを用いた遺伝子発現抑制法が開発されている。その構成は、U6プロモーターの下流にセンス鎖、ループ領域、アンチセンス鎖を含むDNA配列を最小ユニットとするものである。このようなDNAを細胞内に導入する際には、細胞への取り込み効率や作製コストの面で、より短いものが望ましい。 本研究では、Pol III系プロモーターの配列を短くすることによって、導入し得るDNAの長さを短くすることを試みた。遺伝子導入という面において、プロモーター領域を短くする利点は主に二つある。一つ目は、短いDNAは細胞への取り込み効率が高いという点である。もう一つは、導入するDNAの長さが150塩基対以下の場合、導入するDNAを有機化学的に合成することができる点である。有機化学的な修飾を加えることによって、さらにDNAの導入効率を高めたり、DNAの生体内での安定性を高めることが可能である。 U6プロモーター(240 bp)のうち、150 bpを欠失させたプロモーターU6(90)および、130 bpを欠失させたU6(110)を作製し、その転写効率と、siRNAの効率について解析を行った。はじめに、短くしたプロモーターに転写活性があるかどうかを、ノーザンブロッティングによって確認した。構築した4種類のsiRNA発現ベクターによるsiRNAの発現量を比較してみると、H1(100)、U6(90)、U6(110)、U6(240)、の順でsiRNAの発現量が高くなっていた(図2B)。短くしたプロモーターU6(110)およびU6(90)は元来のU6プロモーターU6(240)よりもわずかに発現量が低かったものの、H1プロモーターよりは活性が高かった。 今回作製した、短くしたプロモーターから発現させたsiRNAは、ルシフェラーゼ遺伝子の発現を抑制することができる。そこで、ルシフェラーゼ遺伝子の発現を指標として、短くしたU6プロモーターによるsiRNAの活性を評価した。その効果、H1(100)、Si(90)、Si(110)、U6(240)、の順で高かった。これは、siRNAの発現量の相対的な順位に相当している。今回構築したsiRNA発現ベクターはこれまでに報告されているプロモーターの中でも最小の発現系であり、生体内への導入に、大きなメリットがあると考えられる。 【アデノウイルス由来のPol III転写RNA ;VA RNAの機能解析】 アデノウイルスのゲノムの中には、RNAポリメラーゼIIIプロモーターから転写される2種類の低分子RNA(VA I RNA、VA II RNA)がコードされており、ウイルスの感染期において高い存在量を示す。どちらのRNAも、23塩基対程度の二本鎖領域を含む特殊な二次構造を有している(図4A)。私はVA RNAの二本鎖領域が、翻訳阻害効果を示すマイクロRNAの前駆体と構造的に類似していることに着目し、VA RNAが細胞内で切断を受ける可能性があると考え、VA RNAの発現パターンをノーザン-ブロッティングによって調べた。 図4Bに示すように、VA I RNAおよびVA II RNAの二本鎖領域に対するプローブを用いたところ、少ない割合ながらも21塩基のRNAが検出された。18-25塩基程度のマイクロRNAは、相同的な配列を有するmRNAと相互作用し、標的mRNAの翻訳阻害を特異的に引き起こすことが知られている。そこで、本研究で発見したVA RNA由来の低分子RNAと相同性のある遺伝子をコンピューターを利用したホモロジー-サーチによって検索したところ、二つの候補遺伝子が見つかった。二つの遺伝子はともに、ストレス応答に関連する遺伝子であり、VA RNAを細胞に導入すると、これらのmRNA発現レベルは変化しないが、タンパク質の発現量が弱く減少していた。低分子RNAがマイクロRNAのように翻訳阻害活性を持っていることを示すにはさらなる解析が必要である。一方で、他のウイルスでは、ウイルスの防御を担う宿主のタンパク質の機能を阻害することによって、ウイルスが自らの増殖を助けている例もあり、アデノウイルスでもVA RNAを利用して、宿主のウイルス防御機構をすり抜けている可能性がある。 細胞質に局在するリボザイムは、mRNAと共存するために遺伝子発現抑制効果が高い。右上のバンドはノーザンブロッティングによる各リボザイムの局在の確認。N; 核、C; 細胞質。棒グラフは標的遺伝子の発現を示す。Controlと比較して低い値ほどリボザイム効果が高い。 トリミング・リボザイムによるsiRNA発現系の模式図。 A. 以前報告されたプロモーター(上2)および新規小型プロモーター(下2)によるsiRNA発現系。B. それぞれのプロモーターによるshRNAの発現量のノーザンブロッティングによる検出。 A. VA I RNAおよびVA II RNAの二次構造。B. ノーザンブロッティングによるVA RNA由来の低分子RNAの検出。右側のレーンはVA RNA発現ベクターを導入した細胞。左側のレーンはベクター導入無し。同じメンブレン上で異なるプローブをリハイブリさせた。 | |
審査要旨 | 申請者である加藤義雄君は博士研究においてリボザイムやsiRNAの細胞内での発現システムの開発を行った。この研究は主に、遺伝子の特異的な発現抑制を目的とした機能性RNAを技術基盤として、細胞内で効率的に機能するための要因を同定、また、新規機能性RNAの発現系を構築することを目指したものである。本研究で開発されたこれらの技術は、分子生物学の研究技術として広く利用される可能性があり、非常に意義深い研究であると高く評価することができる。 二本鎖RNAが引き起こす遺伝子特異的な発現抑制法であるRNA干渉法は、他の遺伝子発現抑制法と比較して非常に簡便に効率よく遺伝子発現の抑制を行うことができるために、広く研究されつつある。ヒトを含めた高等動物では、長い二本鎖RNAはウィルスの防御機構によって認識され、非特異的な遺伝子発現の抑制が行われてしまうため、短い二本鎖RNA(siRNA)を導入することによって、特異的な遺伝子発現の抑制が試みられるようになった。同君は、細胞内でsiRNAを発現させる際に重要な二つの発現系を構築した。一つは自己切断型リボザイムを用いた系であり、従来の発現系では為し得なかった組織特異的なsiRNAの発現を行うことができる系を考案した。また、siRNAを発現させるプロモーター領域の開発を行い、世界最小のsiRNA発現システムの構築に成功した。細胞内で機能性RNAを発現させる際には、細胞内でのRNAの濃度を高めるために、発現量の高いプロモーターを利用する必要があるが、RNAポリメラーゼIIIから発現されるPol III系プロモーターは非常に高い発現量を有しているため、機能性RNAの発現系に利用できる。さらに、この研究の過程でアデノウイルスから発現されるPol III系転写産物のVA RNAが、短いRNAを生産させていることを見いだし、このRNAが、ウイルス感染時のホスト細胞の防御機構を担うタンパク質群をブロックしていることが示唆され、新たなウイルス増殖機構の発見に至った。 またこれらの成果は、独創的なアイディアを発想する能力、その考案を実験によって実証する能力と技術、また、研究を展開させていく上で必要な情報収集能力、考察力を同君が有していることを端的に示している。また、口頭による試験では、構成や説明に工夫した非常に理解しやすい研究発表を行い、質疑においても明快に応答しさらに研究における問題点と、今後の展望を的確に表現する能力を発揮した。この点についても高く評価することができると考えられる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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