学位論文要旨



No 119097
著者(漢字) 砂山,潤
著者(英字)
著者(カナ) スナヤマ,ジュン
標題(和) BH3-only タンパク質とキナーゼによる細胞死誘導機構の解析
標題(洋)
報告番号 119097
報告番号 甲19097
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5829号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 多比良,和誠
 東京大学 助教授 上田,宏
 国立がんセンター 教授 北中,千史
内容要旨 要旨を表示する

細胞の生死は細胞死シグナルと生存シグナルの拮抗によって制御されており、この拮抗が崩れると多様な疾患の原因となる。例えば、細胞死シグナルが生存シグナルに比べて過剰になると神経変性疾患などを引き起こすと考えられる。従って細胞死誘導メカニズムを解明することで、各種疾患に対する治療法の開発に有益な情報が得られると期待される。

様々なストレス刺激によって活性化された細胞死シグナルはミトコンドリアに収束しシトクロムCを放出することが知られている。細胞質に放出されたシトクロムCはカスパーゼカスケードを活性化する。カスパーゼは細胞死実行に中心的な役割を果たすプロテアーゼで様々な基質を切断することで細胞死を誘導する。この経路において、ミトコンドリア下流のカスケードはよく研究されているのに対し、ストレスシグナルがミトフンドリアに至るまでの分子機構は大部分が不明である。ミトコンドリアを経由する細胞死シグナルの調節分子として大きな役割を担っているのがBcl-2ファミリータンパク質である。

Bcl-2ファミリータンパク質はBH (Bcl-2 homology)ドメインと呼ばれるファミリー内で保存されたアミノ酸配列を持つタンパク質で、細胞死抑制性メンバーと細胞死促進性メンバーに大別され、これらはいずれもシトクロムCなどの細胞死伝達分子がミトコンドリアから放出される過程を制御している。促進性メンバーさらにBH1、2、3を持つ Bax サブファミリーとBH3のみを持つ BH3-only サブファミリー(Hrk、Bad など)に分けられる。近年の様々な報告から、BH3-only サブファミリーが Bax サブファミリーの上流で機能することが示された。つまり、細胞死シグナルに応答して、BH3-only サブファミリータンパク質の発現誘導、あるいは修飾により活性化し、Bax サブファミリーの活性化を介してシトクロムCを放出する。BH3-only サブファミリーは、ほ乳類では少なくとも10種が同定されており、細胞死刺激ないしは細胞の種類に応じて特異的に機能するのではないかと予想されている。本研究では、BH3-only サブファミリータンパク質の内、Hrk と Bad に関しての研究を行った。Hrk については、これに結合する因子の単離と機能解析を行い、Bad については細胞死シグナルをミトコンドリアへ伝えるメディエーターの一つであるJNKとの関係について解析を行った。

Hrkに結合する因子の単離と機能解析

Hrk/DP5はBH3-onlyサブファミリーの一つでアミロイドβタンパク質による神経の細胞死の過程で誘導されることなどが知られているが、その細胞死誘導機構は未知の部分が多い。そこで、yeast two-hybrid system によりHrkに結合するタンパク質のスクリーニングを行った。その結果、Hrkに特異的に結合するタンパク質としてp32を単離した。p32は三量体によるpore(孔)形成能を持つミトコンドリタンパク質であるが、その機能は不明であった。p32はN末端側にミトコンドリアを標的とするシグナルシークエンスがあり、C末端側には種を超えて高度に保存された領域conserved C-terminal regionを有する。そこで、p32のN末端側とC末端側のHrkへの結合の影響を調べる為にN末端側シグナルシークエンスを欠損したp32(74-282)とN末端側シグナルシークエンスとC末端側conserved C-terminal regionの両方を欠いたp32(74-221)を作製し、Hrkとの結合を検討した。その結果、p32(74-282)はHrkに結合したが、p32(74-221)はHrkに結合しなかったことからp32のconserved C-terminal regionがHrkとの結合に必要であることが示された。次にHrkの細胞死誘導能に対するこれら変異体の効果を核の凝集により検討した。Hrkによる細胞死はp32(74-282)の共発現により抑制できたが、p32(74-221)には抑制効果はなかった。p32(74-282)はHrkに結合することで、Hrkのp32への結合を阻害し、Hrkに対し優性抑制的に機能しているためであると考えられる。このことはp32への結合がHrkの細胞死誘導に重要であることを示唆している。次にHrkの細胞死におけるp32の必要性を検討した。このためにconserved C-terminal regionを欠損したp32(1-221)を作製した。結晶構造解析からp32はドーナツ型の孔を形成し、この形成にはp32のC末端側が重要であると考えられる。p32(1-221)を細胞に発現させると、この欠失変異体を含む三量体、すなわちdefective poreの形成により内在性p32の機能を抑制すると推測される。Hrkと共にp32(1-221)を細胞に発現させると、 p32(1-221)はHrkによる細胞死を顕著に抑制した。以上の結果はHrkによる細胞死誘導の過程にp32が密接に関わっていることを示唆している。

JNKによる Bad の細胞内局在制御機構の解析

細胞死は細胞内外の様々なストレス刺激により引き起こされるが、これらのストレス刺激のメディエーターの一つにc-Jun N-tertminal kinase (JNK)がある。JNKはMAPキナーゼファミリーに属するセリン/スレオニンキナーゼで、さまざまなストレス刺激に応答しミトコンドリアヘシグナルを伝え、細胞死を誘導する。一部の組織ではJNKは c-Jun などの転写因子を介して細胞死を誘導することが報告されているが、UVによる細胞死は蛋白質合成阻害剤では抑制されないことから、JNKは転写を介さないで細胞死を誘導する経路が重要であることが示唆されている。しかし、転写因子以外のJNKの標的因子は必ずしも明らかでなかった。本研究ではJNKの細胞死誘導における基質候補として14-3-3に着目した。14-3-3は多数の細胞死促進因子 (Bad、FKHRL1、Nur77、など) と結合し、その細胞死誘導活性を抑制することが知られている。哺乳類の14-3-3の4つのアイソタイプにはJNKのリン酸化コンセンサス配列 (Ser-Pro) がα-ヘリックスの7番目の8番目の間に存在し、しかもβとζについては、このSer残基がin vivoでリン酸化されていることが報告されていたが、そのキナーゼは不明であった。そこで、14-3-3がJNKのターゲットである可能性を検討した(当研究室鶴田との共同研究)。免疫沈降法で回収した活性型JNKとリコンビナント14-3-3を用いて in vitro kinase assay を行った結果、JNKは14-3-3ζの Ser184、14-3-3σの Ser186 を in vitro でリン酸化することが明らかとなった。

14-3-3の標的因子の一つに BH3-only サブファミリーの Bad がある。Bad は生存シグナルにより活性化された Akt やPKAによりリン酸化せれ、リン酸化された Bad は14-3-3と結合することによってミトコンドリアから細胞質に移行して、その細胞死活性を失う。14-3-3上のJNKリン酸化部位と14-3-3の Bad が結合すると考えられる部位は近傍にあることから、JNKによる14-3-3のリン酸化が14-3-3と Bad の結合に何かしらの影響を与える可能性を考えた。そこで内在性の Bad と14-3-3の結合に対する活性型JNKの効果を検討した。活性型JNKを COS-1 細胞に発現させると Bad と共沈する14-3-3量が減少したが、不活性型 JNK を発現させても減少は見られなかった。次にストレス刺激により14-3-3からの Bad の解離が起こるのか、もし起こるのであればJNKが必要なのかを検討した。アニソマイシン処理すると内在性の Bad と共沈する14-3-3量が減少したが、このとき優性抑制型JNKを細胞に発現させておくと、Bad と共沈する14-3-3量の減少は見られなかった。以上の結果から、細胞内ではJNKの下流で14-3-3と Bad の解離が起こることが明らかとなった。しかし、この解離がJNKによる14-3-3の直接のリン酸化に依存しているかは不明である。そこで、この点を調べるために、リコンビナント14-3-3 (GST tag)と Bad (His tag)を用いたin vitro再構成実験を行った。GST-14-3-3ζと His-Bad の結合はGST pull-down assay で検討した。Badはそのままでは14-3-3に結合しないが、これまでの報告どおり、あらかじめ活性型 Akt でリン酸化した Bad は14-3-3に結合した。一方、14-3-3をあらかじめ活性型JNKでリン酸化した場合は、Akt でリン酸化した Bad への結合が低下した。しかし、不活性型JNKとインキュベートした場合は、このような Bad への結合の低下が見られなかったので、JNKによって直接リン酸化された14-3-3は Bad との結合能が低下することが示された。さらに、JNKリン酸化部位であるS184を Ala に置換した14-3-3変異体を用いた場合にも、活性型JNKとインキュベートした時の Bad との結合能の低下が起きなかったことから、S184のリン酸化によって14-3-3と Bad の結合の低下が起きたことが明らかとなった。

Bad は通常細胞質に存在するが、ミトコンドリアに局在して、シトクロムCの放出に貢献することで細胞死を誘導する。そこで、JNKが Bad のミトコンドリア移行を促進しているかを細胞分画により検討した。活性型JNKの発現によりミトコンドリア画分に含まれる Bad 量が増加したが、不活性型JNKではこのような増加は見られなかった。14-3-3は Bad の細胞質アンカーとして機能しているので、JNKによる Bad のミトコンドリア移行は14-3-3のリン酸化によるものと考えられる。また、この効果は14-3-3リン酸化部位変異体の発現により抑制できたことから、JNKによる Bad のミトコンドリア移行は14-3-3のリン酸化を介していることが示唆された。以上のことは、JNKが14-3-3を標的に Bad のミトコンドリア移行を促進し細胞死を誘導していることを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

様々なストレス刺激によって活性化した細胞死シグナルはミトコンドリアに収束し、膜透過性を亢進してシトクロムCを放出する。細胞質に放出されたシトクロムCはカスパーゼカスケードを活性化し、カスパーゼは様々な基質を切断することで細胞死を誘導する。このミトコンドリア膜透過性を調節する分子群としてBcl-2ファミリータンパク質が重要であることが示されている。

Bcl-2ファミリータンパク質は、細胞死抑制性メンバー(Bcl-2など)と細胞死促進性メンバーに大別され、促進性メンバーさらにBaxなどのBaxサブファミリーとHrkやBadなどのBH3-onlyサブファミリーに分けられる。BH3-onlyサブファミリーは抑制性Bcl-2メンバーをターゲットとし、そのBaxサブファミリーに対する抑制能力を阻害することで細胞死を誘導すると考えられているが、その詳細な細胞死誘導機構は明らかとなっていない。BH3-onlyサブファミリーは、ほ乳類では少なくとも10種が同定されており、細胞死刺激ないしは細胞の種類に応じて特異的に機能するのではないかと予想されている。本研究では、BH3-onlyサブファミリータンパク質のHrkとBadに関しての研究を行った。Hrkについては、新しいターゲットについて解析を行い、Badについては細胞死シグナルをミトコンドリアへ伝えるメディエーターの一つであるJNKとの関係について解析を行った。

第一章では、研究の背景、既往の研究及び本研究の意義について述べた。

第二章では、Hrkによる細胞死誘導機構について解析を行った。Hrkはアミロイドβペプチドによる大脳皮質ニューロンの細胞死の過程で発現が誘導されることなどが知られている。そのターゲットとしては、抑制性Bcl-2メンバーがあるが、本当にこれだけで十分であるかは不明であった。そこで、yeast two-hybrid法によりHrkに結合するタンパク質のスクリーニングを行った。その結果、ミトコンドリアタンパク質のp32を単離した。p32は三量体による孔形成能を持つミトコンドリタンパク質であるが、その機能はよくわかっていない。in vitro結合実験、免疫共沈実験及び免疫染色実験からHrkとp32は特異的に結合すること、Hrkとp32はミトコンドリアで共局在することが明らかとなった。これらの現象はp32の保存されたC末端側領域に依存していた。また、Hrk過剰発現による細胞死はp32のN末端側ミトコンドリアシグナルシークエンスを欠損したp32ΔNや保存されたC末端側領域を欠損したp32ΔCの発現により抑制できた。p32ΔNはHrkに結合することでHrkに対し優性抑制的に機能し、p32ΔCはこの欠失変異体を含む三量体、すなわち不完全な孔の形成により内在性p32の機能を抑制することによるものと考えられる。さらに、RNAiによりp32の発現をノックダウンしたところ、Hrkによる細胞死を顕著に抑制した。以上の結果はHrkによる細胞死誘導の過程にp32が密接に関わっていることを示唆している。

第三章では、JNKによる細胞死誘導機構の解析を行った。JNKはMAPキナーゼファミリーに属するセリン/スレオニンキナーゼで、さまざまなストレス刺激に応答しミトコンドリアへシグナルを伝え、細胞死を誘導する。しかし、JNKの標的因子は必ずしも明らかでなかった。本研究ではJNKの基質として14-3-3に着目した。14-3-3は多数の細胞死促進因子 (Bad、FKHRL1、Nur77など) と結合し、その細胞死誘導活性を抑制することが知られている。また、14-3-3はin vivoでリン酸化されていることが分かっていたが、そのキナーゼは不明であった。そこで、14-3-3がJNKのターゲットである可能性を検証した。14-3-3の標的因子の一つにBH3-onlyサブファミリーのBadがある。Badは生存シグナルにより活性化されたAktやPKAによりリン酸化され、リン酸化されたBadは14-3-3と結合することによってミトコンドリアから細胞質に移行して、その細胞死活性を失う。14-3-3上のJNKリン酸化部位と14-3-3のBadが結合すると考えられる部位は近傍にあることから、14-3-3とBadの結合にJNKによる14-3-3のリン酸化がなんらかの影響を及ぼすのではと考えた。その結果、JNKは14-3-3ζのSer184、14-3-3σのSer186をリン酸化すること、それによって14-3-3からBadが遊離することが明らかとなった。さらにJNKはBadのミトコンドリア移行を促進した。14-3-3はBadの細胞質アンカーとして機能しているので、JNKによるBadのミトコンドリア移行は14-3-3のリン酸化によるものと考えられる。以上のことは、JNKが14-3-3を標的にBadを解離させ、Badのミトコンドリア移行を促進している可能性を示唆している。

第四章では、本研究を総括し、今後の研究の展望を述べた。

本研究では、Hrkの新たなターゲットとしてp32を同定した。また、JNKが14-3-3のリン酸化を介してBadを制御していることを示した。アポトーシスは神経変性疾患や癌など様々な疾患と密接に関係していることから、今後、新たな治療法の開発へとつながることがが期待される

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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