学位論文要旨



No 119099
著者(漢字) 山口,哲志
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,サトシ
標題(和) リフォールディング中間体の凝集抑制に関する研究
標題(洋)
報告番号 119099
報告番号 甲19099
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5831号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 助教授 山口,猛央
 東京大学 講師 新海,政重
内容要旨 要旨を表示する

緒言

ヒトをはじめとした各種生物のゲノム解読終了後,未知の機能を持った新規遺伝子が次々とクローニングされ,これらの新規遺伝子にコードされるタンパク質の機能解析や構造解析が進められている.このようなポストゲノムの研究においては,解析に十分な量の天然型タンパク質をいかに迅速に低コストに生産するかが重要となる.また,今後,ポストゲノムの研究成果を基にタンパク質性医薬品の開発がさらに活発になることが予想される.このような背景から,天然型の目的タンパク質を高効率に生産する技術が求められている.

近年,タンパク質の様々な発現系が新たに開発されているが,安価・簡便・迅速に増殖でき,高濃度発現が可能である大腸菌を宿主とした発現系は,現在でも最も使用頻度の高い発現系である.しかしながら,大腸菌に大量発現させたヒトや植物由来のタンパク質は,しばしば菌体内で不活性型の不溶性凝集物(封入体)になるという問題点を抱えている.そこで,封入体を解きほぐし(可溶化),活性型の構造に巻き戻す(リフォールディング)操作が必要である.

可溶化タンパク質のリフォールディングは,大希釈や透析による可溶化剤の除去によって行うのが一般的である.しかしながら,多くのタンパク質では,リフォールディング過程において凝集性の中間体が生じ,この中間体の不可逆な再凝集反応により収率が著しく低下することが報告されている.リフォールディングの効率はタンパク質の生産性に直結し大変重要であるため,凝集性リフォールディング中間体の再凝集を抑制し天然型のタンパク質を高収率で得るために以下の研究を行った.まず,凝集性リフォールディング中間体の形成過程の追跡やその表面特性の評価を行い,次に,この凝集性中間体の再凝集を効率よく抑制しリフォールディング収率を向上させる技術についての研究を行った.

SPRセンサーを利用した界面活性剤の吸着量測定による固相タンパク質の構造変化追跡法の開発

封入体からのリフォールディング条件を最適化するためには,溶液条件や添加剤の濃度などといった多岐に渡る条件検討を行う必要がある.そのため,種々の条件下におけるタンパク質の構造状態を,迅速に,詳細に評価する手法が求められている.しかしながら,溶液状態においてはリフォールディング中間体の凝集により,各条件下でのタンパク質の構造変化について定量的な情報を得るのは困難である.そこで,ヒドロゲル担体上にタンパク質を固定化し,その凝集を物理的に妨げた環境を用いれば,凝集性タンパク質の構造変化をより定量的に追跡評価できるのではないかと考えた.本研究では,表面プラズモン共鳴(SPR)現象を用い,ゲル担体上タンパク質への非イオン性界面活性剤の吸着量を測定し,その吸着量変化を指標に構造変化を追跡することを試みた.

モデルタンパク質としてα-glucosidase(Gluc)を用い,SPRセンサーのゲル担体にアミンカップリング法により固定化した.次に,非イオン性界面活性剤Triton X-100(TX)を溶かした緩衝液をセンサー表面に注入することにより,固定化Glucへの吸着に由来するシグナル変化(ΔSprotein)を求めた.一般的な多層吸着モデルであるBrunauer-Emmett-Teller(BET)モデルに従って,得られたΔSproteinを解析し,タンパク質表面への第一層吸着量(ΔSm)を求め,得られたΔSmがGlucの固定化量に比例することを確認した.

次に,固定化Glucに変性操作を施し,TX吸着量測定法による平衡安定性の評価を試みた.変性前後での単位Gluc固定化量当たりのシグナル変化ΔΔs10を変性緩衝液中のGdnHCl濃度に対してプロットし(図1A),アンフォールディング中点を算出したところ(0.45 M),活性測定結果から得られた変性中点(0.48 M)とほぼ同じ値となった.この結果は,不活性化を伴う固定化Glucの構造変化を,TX吸着量測定法により検出できたことを示す.また,溶液中での光散乱測定結果(図2B)と比較したところ,TX吸着量測定法により追跡できた構造変化は,ネイティブ状態から凝集性変性状態への構造変化であることが示唆された.

SPRセンサーを用いたTX吸着量測定法により,ゲル担体上に固定化したGlucの構造変化が追跡可能であることを実証した.

SPRセンサーを利用したTX吸着量測定法による固相タンパク質の表面特性の評価

タンパク質の凝集は,局所的な疎水性表面同士の分子間疎水性相互作用によりもたらされる.そのため,リフォールディング研究において,タンパク質の表面疎水性は凝集性リフォールディング中間体のマーカーとして重要であるとともに,凝集性を定量化するための指標の一つとなり得る.このような重要性から,本研究では,TX吸着量測定法により固定化タンパク質の表面疎水性の定量化を試みた.

タンパク質を固定化したヒドロゲル担体は,タンパク質の表面電荷とゲル繊維との静電的な相互作用により伸縮し,SPRシグナルに影響を与えることが報告されている.そこで,まず,荷電性の低分子量化合物(ethylene diamine,L-aspartic acid)を固定化し,TX吸着量測定法で得られるシグナルに対して電荷が与える影響を調べた.その結果,固定化物の正電荷はTX濃度に依存して直線的にシグナルを増加させること,負電荷は逆に減少させることが示された.そこで,この電荷の影響を補正したBET吸着式(2)により,データ解析を行うこととした.

5種類のタンパク質のΔSproteinを測定し,(2)式をフィッティングさせることにより(R2>0.96),ΔSmと電荷の影響によるシグナル変化ΔScとを求めた.ΔSmは,水性二相分配法を用いてTXの吸着量を求めた既報の結果と高い相関を示した(図2, R2>0.91).一方,ΔScは,タンパク質の表面総電荷の理論値と相関があり,電荷の影響を考慮したモデルの妥当性を示した.

TX吸着量測定法を用いて,HELの凝集性変性状態の表面特性についての評価を試みた.固定化HELを変性還元し,その前後でTX吸着量測定法を行った.その結果,ΔSmの大幅な増加が見られ,変性還元操作により表面疎水性の高い凝集性構造へ変化する過程を,TX吸着量変化として追跡できることが確認できた.

以上の結果より,タンパク質の凝集性の指標となるタンパク質の表面疎水性を,TX吸着量測定法を用いて定量できることが実証された.

シクロデキストリンヒドロゲルビーズを用いた固相人工シャペロン法の開発

リフォールディング率の向上を目的に,再凝集抑制剤の開発が行われてきたが,ほとんどの凝集抑制剤がリフォールディング中間体と強く複合体を形成し,フォールディングも阻害するという問題を持っている.そこで,ホスト化合物の添加により複合体から凝集抑制剤を包接し,リフォールディングを開始させる人工シャペロン法(ACA法)について研究を行った.

工業規模への応用という観点から,固相化ホスト化合物を用いたACA法の開発は以下の多くの利点をもたらす.(1)界面活性剤とホスト化合物との複合体を除去するステップが省略できる.(2)カラムを用いた連続系の構築を可能とする.(3)単純な洗浄操作により固相化ホスト化合物の再利用が可能である.そこで,本研究では,β-cyclodextrin(CyD)を含むヒドロゲルビーズ(CyDビーズ)を開発し,固相ACA法用のホスト担体としての利用を試みた.

2-acryloyl-O-CyD(Acryl-CyD)を合成し,N,N-methylenebisacrylamideを架橋剤としてacrylamideと共重合した後,粒径50〜200μmのビーズ状に加工した.このCyDビーズを用いて,モデルタンパク質であるhen egg lysozyme(HEL)の固相ACA法を行った.まず,界面活性剤CTABを添加した緩衝液で変性還元HEL水溶液を30倍に希釈し,続いて,CyDビーズ懸濁液で3倍に希釈し,数時間機械的に反転攪拌することによりリフォールディングを行った.

まず,CyDビーズの最適化を行った.ポリマー化の際のAcryl-CyD濃度を変えることにより,CyD含量の異なる7種類のCyDビーズを作成し,固相ACA法に用いた結果,40 mg/mlが最適であることが分かった.次に,架橋剤の濃度の異なる7種類のCyDビーズを用いて固相ACA法を行ったところ,0.5 %C以上が最適であることが示された.さらに,CyDビーズの%Tを5%に下げたところ,リフォールディング率が大幅に向上した.以上の結果より,HELの固相ACA法に最適なCyDビーズの調製条件を得ることができた.

次に,CyDビーズを用いた固相ACA法とCyDモノマーを用いた液相ACA法との比較を行った.その結果,最適化したCyDビーズを用いることにより液相法と同等のリフォールディング率を得られることが示された(図3).また,CyDビーズをcarbonic anhydrase Bの固相ACA法にも応用した結果,高いリフォールディング率が得られたことより,CyDビーズの効果はHELに対してのみに限られるものではない.

本研究により,固相ACA法に適したCyDヒドロゲルビーズを開発し,CyDヒドロゲルビーズを用いた固相ACA法が高効率なリフォールディング技術となり得ることを実証した.

結言

現在,タンパク質リフォールディングに関する技術として,リフォールディングの条件検討を迅簡・簡便にする手法と,安価・高収率でスケールアップが容易であるリフォールディング手法が求められている.本研究では,収率低下の原因となる凝集性リフォールディング中間体に注目し,第二章・第三章では条件検討の迅速化に関する技術を,第四章では高収率でスケールアップ可能なリフォールディング技術を開発することに成功した.

(A)GdnHCl濃度とΔΔs10および残存活性(AR)との関係.(B) GdnHCl濃度と光散乱強度の初期増加速度の関係.

Δsmと既報の局所的表面疎水性との関係.

リフォールディングサンプル中のCyDとCTABとのモル比とリフォールディング収率との関係.

二種類のCyDビーズ(5%T, 2.5%C, 60mg/ml Acryl-CyD, ●, 12.5%T, 0%C, 60 mg/ml Acryl-CyD, ■) を用いた固相ACA法とCyDモノマーを用いた液相法(○)の結果.

審査要旨 要旨を表示する

ポストゲノムの研究成果を基に,今後,組み換えタンパク質医薬品の開発がますます進められると考えられる.このような背景から,安価・迅速なタンパク質大量生産システムの構築が求められている.現在,組み換えタンパク質の大量生産方法として,大腸菌を宿主とし目的タンパク質を不溶性の封入体として発現させる方法が最も一般的である.この方法は,目的タンパク質が濃縮された形で得られるため、その後の回収・単離・精製が容易となるという工業的な利点を有するが,封入体は不活性型の目的タンパク質の凝集体であるため,これを可溶化した後に天然型構造に誘導するリフォールディング操作が必要となる.そのため,リフォールディングによる活性型タンパク質収率の向上は,低コストのタンパク質生産システムの構築に必要不可欠である.

本研究では,リフォールディング収率の著しい低下を招くリフォールディング中間体の凝集反応を効果的に抑制するために,凝集抑制剤である界面活性剤のリフォールディング中間体に対する作用機序を詳細に検討している.さらに,この検討結果を基に,界面活性剤とそのホスト化合物を用いた,迅速かっ高効率なりフォールディング法の開発に成功している.

第1章では研究の背景,研究目的について述べている.

第2章では表面プラズモン共鳴(SPR)現象を利用したバイオセンサー(SPRセンサー)を用いて,センサー表面上に固定化したタンパク質に対する界面活性剤の吸着量が測定できること示し,さらに,非イオン性の界面活性剤の吸着量を疎水性プローブとして,固定化タンパク質の構造変化が追跡できることを実証した結果について述べている.ここでは,SPRセンサーの金薄膜表面上のデキストラン担体にα-Glucosidase (Gluc) を共有結合的に固定化し,金薄膜に接する流路系に流した界面活性剤の固定化Glucの疎水性表面への吸着に伴う屈折率変化を測定している.まず,吸着に伴うタンパク質立体構造への影響がほとんどないことが報告されている非イオン性界面活性剤Triton X-100 (TX) を種々の濃度で流路系に流し,各濃度条件下でのTXのタンパク質吸着に伴うSPRシグナルの変化量を測定している,実験結果をBrunauer-Emmett-TeHer (BET) の吸着等温式を用いて解析し,得られたシグナル変化量ΔSmがTXの第一層吸着量を反映していることを実証している,次に,シグナル変化量を用いて固定化Glucの構造変化が追跡できることを実証するために,固定化Glucを0〜3Mの塩酸グアニジン濃度で変性し,その前後でのΔSmの変化量ΔΔSmを測定している.また,同時に,各変性操作後の固定化Glucの残存活性も測定している.各塩酸グアニジン濃度におけるΔΔSmと残存活性とを,それぞれ不活性型酵素と活性型酵素の二状態平衡を仮定して解析した結果,両者の平衡中点が一致したことから,固定化Glucの失活を伴う構造変化を反映してΔΔSmが増加することが実証できたと述べている.これらの結果から,SPRセンサーを用いて固定化GlucへのTXの吸着量を測定することが可能であり,その吸着量を指標に固定化Glucの構造変化が追跡可能であると結論づけている.

第3章では第2章で開発したTX吸着量測定法が他のタンパク質にも適用可能であり,得られたシグナル変化量を用いて固定化タンパク質の表面疎水性が定量できることを示している.さらに,固定化 hen egg lysozyme (HEL) に変性還元操作を施し,変性還元操作によって疎水性の高いリフォールディング中間体に誘導されたことをTX吸着量測定法によって実証した上で,そのリフォールディング中間体と種々の界面活性剤の相互作用を測定している.まず,5種類の固定化タンパク質に対しTX吸着量の測定を行い,固定化タンパク質の総電荷に応じてSPRシグナノレが変化することが示唆されたため,種々の荷電性の低分子量化合物を固定化したセンサー表面を作製し,電荷の影響を調べている.その結果に基づき,電荷の影響を補正した解析式を用いて種々の固定化タンパク質へのTXの第一層吸着量を反映するΔSmを求めている,このようなΔSmが水性二相分配法を利用して求めたタンパク質の表面疎水性の文献値と極めて高い相関があることを示し,ΔSmを用いて固定化タンパク質の表面疎水性を迅速かつ簡便に定量できると述べている.次に,固定化されたHELの凝集性リフォールディング中間体とリフォールディング用添加剤として広く使われている6種類の界面活性剤との相互作用を調べ,界面活性剤の凝集性リフォールディング中間体に対する吸着平衡定数Kdおよび脱着速度定数kdを求めことに初めて成功している.また,これらの界面活性剤のKaおよびKdの比較から,一般にKaが大きい界面活性剤はkdが小さく,Kaが小さい界面活性剤はkdが大きいことを明らかにしている.さらに,これらの界面活性剤を含む緩衝液を用いた希釈法による変性還元HELのリフオーノレディング収率と界面活性剤のKaおよびkdとの比較の結果,Kaの大きな界面活性剤を用いると低濃度(数mM以下)の添加で最終的に高い収率を達成することが可能であるがkdが小さいため収率の向上に長時間(48時間以上)を要することを見出している.一方kdの大きな界面活性剤を用いると短時間(6〜12時間)に収率を向上させることが可能であるが,Kaが小さいため高濃度(数十〜数百mM)の界面活性剤を添加する必要があり最終な収率も低いという,界面活性剤添加リフォールディング系における界面活性剤の選定指針、操作指針を見出している.

第4章では,Kaの大きな界面活性剤を用いた場合に,kdが小さいため収率の向上に長時間を要するという問題点を解決するために,界面活性剤のホスト化合物である不溶性のシクロデキストリン(CyD)ヒドロゲルビーズを新たに合成し、これを系に添加した新規リフォールディング技術の開発について述べている.すなわち、不溶性CyDに界面活性剤を迅速に包接させることにより界面活性剤の見かけのkdを大きくし,迅速に効率良くリフォールディングを行う固相人工シャペロン法について検討している.Acryloyl基を導入したβ-CyDとAcrylamide,N,N'-methylene bisacrylamide とを共重合して合成したCyDヒドロゲルビーズを,陽イオン性界面活性剤であるCTABを用いた変性還元HELのリフォールディング系に応用し、CyD含有量が高いヒドロゲルビーズほどリフォールディング収率が向上することを示している.また,CyDヒドロゲルビーズを用いた固相人工シャペロン法は,変性 Carbonic anhydrse B や変性Glucのリフォールディングにも有効であることも示し,β-CyDと Epichlorobydrin とを共重合した比較的疎水性の高い不溶性シクロデキストリンビーズを用いた場合よりも,リフォールディング中間体の不溶性シクロデキストリンビーズへの吸着を抑制し、高いリフォールディング収率を達成できることも示している.

第5章では本論文の総括と展望を述べている。

以上、本論文はこれまで困難であったりフォールディング中間体と界面活性剤との定量的な相互作用測定に初めて成功し,その相互作用がリフォールディング収率に与える影響を明確にした上で,界面活性剤とCyDヒドロゲルビーズを用いた固相人工シャペロン法を開発したものである.これらの成果は,簡便で迅速、低コストな組み換えタンパク質生産技術の確立ならびに化学生命工学分野の発展に寄与するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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