学位論文要旨



No 119100
著者(漢字) 山口,達也
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,タツヤ
標題(和) ポルフィリンからなる機能性超分子ナノ構造体の構築
標題(洋) Construction and Functions of Supramolecular Porphyrin Nano-Architectures
報告番号 119100
報告番号 甲19100
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5832号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 橋本,幸彦
 東京大学 講師 金原,数
内容要旨 要旨を表示する

緒言:

1995年に紅色光合成細菌の光捕集アンテナ部位が直径約7nmの環状構造体からなることが、その結晶構造解析より明らかになった。その内部構造は、クロロフィル分子が、それぞれ18個(B850)、9個(B800)ずつ配列した二重の環構造であることが示された。これら色素分子は、タンパク質との間の超分子的な相互作用のみによって構造を形成している。このようにポルフィリンからなるナノメートルサイズの巨大な構造体が、非共有結合的な相互作用によって形成されることは、その類まれな機能発現のメカニズムのみならず、合成化学的観点からも非常に興味深いものである。そこで本研究では、超分子的な相互作用によりナノメートルサイズのポルフィリン集積体の構造構築をはかった。さらにそのナノ構造に特異的な機能の開発を行った。

超分子ポルフィリンピーポッドの構築:

この10年、フラーレンは新規な炭素材料として大きな注目を集めている。一連の研究の中でフラーレンの配列を制御することは重要な課題であり、これまでにフラーレンに対する置換基の導入やポリマー側鎖、主鎖への導入あるいは包接錯体の形成等、多くの試みがなされてきた。1998年にカーボンナノチューブ(CNT)が、フラーレンを自発的にナノチューブ内へ取り込み、その内部空間内においてフラーレンが一次元的に配列することが報告された(ピーポッド)。これらの結果は、その構造的な興味のみならずCNTとフラーレンのハイブリッドマテリアルとしてのポテンシャルを提示している。しかし、CNTの溶解度の低さやCNT同士が強く凝集することによって材料として扱うには依然として課題が残っている。そこで本研究では、水素結合とπ電子相互作用により、フラーレンがポルフィリンからなるナノチューブに取り込まれた超分子ピーポッドの構築に成功した。このナノチューブは、ポルフィリンに導入したデンドリマーによってフラーレンを内包した状態で溶媒に可溶である。

2分子のポルフィリンを剛直なリンカーでつないだ1acidを合成した。カルボキシル基を分子間の水素結合ユニットとして、上下それぞれのポルフィリンに3つずつ、計6つ導入した。ポルフィリン環にカルボン酸を導入した際に、モノマーとしての溶解度が極めて減少する。そこで、樹木状高分子であるデンドリマーを導入することにより有機溶媒に対する高い溶解度を維持させた。このデンドリマー組織は、モノマーが自己集合化した際にポルフィリン集積体を包み込むことが期待でき、その集積体自体を孤立、安定化させることも期待できる。

モノマー(1acid)は非環状構造であるが、フラーレンを添加することで、上下のポルフィリン間の空孔にフラーレンを包接した包接錯体([1+1]-1acid⊃fullerene)を形成する。このときモノマーがコの字のコンフォメーションを取ることにより、カルボン酸の水素結合によってつながった環状構造体([2+2]-1acid⊃fullerene)を形成でき、さらにこのユニット同士が水素結合でポリマー化することでナノチューブ(Peapod)を形成する。(Scheme 1)

【実験・結果】

TEM観察により、1acidとフラーレンの混合系からは、均一な15nmの幅をもち、かつ長さが数μmにもおよぶファイバー構造が確認された(Figure 1:a, b)。興味深いことに、1acidのみの場合は、長さの短い屈曲した構造しか観察できなかった(Figure 1:c, d)。これは、二枚のポルフィリンをつなぐリンカーの自由回転によると考えられる。つまり、二枚のポルフィリンの向きが異なるsyn、antiの異性体が存在し、誤った異性体が均一なチューブ状構造形成の妨げになっていると考えている。これに対し、フラーレンの存在下では、フラーレンの包接によりポルフィリンのsyn-構造が安定化され、選択的にチューブ構造が形成したと考えている。

以上、本研究ではカルボン酸の二量化を利用し、複数のポルフィリンをつなぎ合わせた超分子ポルフィリンナノチューブの構築に成功した。特にフラーレン存在下では、フラーレンを包接したポルフィリン二量体が優先的にチューブを形成するため数マイクロメートルにおよぶ構造を形成させることに成功した。

ポルフィリンJ会合体による非線形光学材料の開発:

大容量かつ超高速の情報伝達素子として期待されるオール光システムの構築のために非線形光学材料の研究が盛んに行われている。広いπ共役平面を有するポルフィリンは、非線形光学特性に対して高い感度および高速応答が期待できる。さらに様々な修飾置換基と中心金属の選択が可能であることから材料開拓に大きなポテンシャルを有する分子といえる。またポルフィリンが階段状に配列したJ会合体は、会合体中に励起子が非局在化したフランケル励起子を形成することから3次の非線形光学応答を有することが予測できる。しかし、ポルフィリンのJ会合体に関する報告の大部分は、アニオン性の置換基を有する水溶性のポルフィリンがほとんどである。このようにJ会合体の形成条件が限られていることは、材料検討を妨げる要因の一つになっていると言える。そこで、水素結合からなるポルフィリンポリマーの積層化といった新たな方法による会合体構築を行った。このときデンドリマーの立体反発によりポルフィリン面のずれた積層化を誘導するとともに、多様な溶媒への可溶化が可能であるため非常に汎用性の高い会合体形成法を提案できると考える。今回、形成したポルフィリンJ会合体に対して初めて3次の非線形光学特性の評価を行うことにより、新たな非線形材料としての可能性を提示した。

水素結合部位としてポルフィリン環に導入したカルボキシル基が溶液中で二量化することにより水素結合型ポリマーの形成が期待できる。この一次元ポリマーが積層化する際に上下のポルフィリン側鎖のデンドリマーによってJ会合体を形成すると考えた。

【実験・結果】ベンゼン溶液(1G4, 1G3, 1G2, 1'G3, 1C18 = 20μM)を10℃にて1時間静置した後、UV-visスペクトル測定を行った。1G3は、モノマーの最大吸収波長の長波長側にJ会合体特有の吸収が現れた(Figure 2)。一方で1C18は、モノマーより短波長側にH会合体に相当する吸収が現れた。このことは、強いπ-π相互作用によりポルフィリンが重なり合ったH会合体が優先的に形成したためと考えられる。1G4と1'G3は、モノマーの吸収のみを示した。1G4は、大きなデンドリマーにより分子間の相互作用が抑制されたためと考えられる。1'G3は、1G3と同じデンドリマーを有するが、ポルフィリンのメソ位に直接導入されているため、より強くポルフィリンを包み込むことでポルフィリン間のスタックが抑えられたためJ会合体を形成できなかったと考えている。

以上、カルボン酸の二量化により一次元的につながった水素結合ポリマーを形成させた。このときデンドリマーのかさ高さや導入位置により水素結合からなるポルフィリンポリマーのスタックする様式を変えることを見いだした。特に1G3は、興味深い光学特性を有するJ会合体を選択的に形成できることを見いだした。

全置換ポルフィリンをリンカーとした環状ポルフィリンアレイの選択的構築:

ポルフィリン環のピロールβおよびメソ位に置換基を有する全置換ポルフィリンは、中心の窒素原子に高い塩基性を有し、2分子のカルボン酸を上下に配位することが知られている。さらに、この結合は、光刺激によって可逆的に解離することが確かめられている。本研究では、カルボン酸を導入したポルフィリンと全置換ポルフィリンとの相補的な結合による構造構築を行った。この際、いったん形成した集積体は光刺激により可逆的に解離させることが可能であると期待される。

まず、全置換ポルフィリンとしてメソ位の置換基の異なる1-a、1-b、1-cを合成した。一方カルボン酸を有するポルフィリン2には、かさ高いデンドリマーを導入した。ポルフィリンの剛直な分子骨格から、2つのカルボン酸側鎖が90°の角度をなすポルフィリンを使うことで閉じた環構造になることを期待した。

【実験・結果】ジクロロエタン溶液中、1(5.0 x 10-6 M)に2を滴定した際の1の最大吸収波長(474nm)の変化から、いずれの場合も両者が1:1の組成比で相互作用していることを確かめた。また、1と2はゲル濾過で単離可能であることがわかった。1と2の混合比を変えても、単離される集積体中の両者の組成比は常に1:1であった。VPOによりこの集積体の数平均分子量を調べたところ、1-a /2、1-b/2、1-c /2、それぞれ11000、18000、21000という値が得られた。これらは、[2+2](calcd. 11272)、[3+3](calcd. 17589)、[4+4](calcd. 24344)の集積体に相当する。一方、分析超遠心を使った検討により、それ以外の組成比の構造を含まないことを確認した。また、いずれの場合も一様な粒状構造を示すAFM像を観察できた。

以上、全置換ポルフィリン1とポルフィリンジカルボン酸2からなる水素結合によるディスクリートな環状集積体を形成することを明らかにした。この際、1の置換基のかさ高さの違いによって、リングサイズが変化するということを見いだした。

本研究では、水素結合をつかったポルフィリンのナノ構造の構築を行ってきた。いずれの場合も基本骨格にカルボン酸を有するポルフィリンでありながら、分子設計を変えるだけ全く異なる構造体を形成させることに成功した。今後、これら構造体の持つ特異的な機能発現に大きな期待がもてる。

超分子ポルフィリンピーポッド

TEM像: a and b = 1acid/C60, c and d = 1acid

審査要旨 要旨を表示する

ポルフィリンは、生体内における多様な役割のみならず、その骨格が広いπ共役平面からなり、可視部に大きな吸収帯を有することから光学素子への応用が期待されている。また共有結合あるいは非共有結合によってポルフィリンを集積化することで、モノマーには存在しない新たな物性が発現することが知られている。

本研究では、水素結合部位を有するポルフィリン誘導体によって超分子的な相互作用からなるナノ構造体を構築し、その構造および光学的性質を評価するとともに、非線形光学材料などへの応用の可能性を検討している。

第0章では研究の背景、研究目的について述べている。

第1章では、フラーレンを内包したポルフィリンナノチューブを水素結合によって形成させた超分子ピーポッドの構築について述べている。カーボンナノチューブ内にフラーレンが一次元的に配列した構造が、ピーポッド(和訳:さやえんどう)に似ているためピーポッドと呼ばれている。近年ピーポッドの構造および物性に対する研究だけでなく分子コンピューティングといった分子素子構築への期待がもたれている。ここでは、超分子的な相互作用により形成する超分子ピーポッドの構築を目的としている。水素結合部位として6つのカルボン酸を導入したコの字型のポルフィリンダイマーを骨格として形成するポルフィリンナノチューブの構造を透過型電子顕微鏡によって観察している。またフラーレン包接に伴うポルフィリンダイマーのコンフォメーション変化を紫外可視吸収スペクトルおよび1H NMRスペクトルにより確認し、13C NMRスペクトルによってポルフィリンのキャビティー内に包接されたフラーレンのスペクトル変化を測定している。この結果、1,1,2,2-テトラクロロエタン中ポルフィリンとフラーレンを混合し、一旦120℃に加熱後、40℃において四日間静置することでポルフィリンナノチューブが形成できると述べている。また、ポルフィリンがフラーレンを包接したコの字形の複合型錯体が水素結合によって固定化させることで、フラーレン混合時にのみナノチューブが形成する要因となっていると述べている。

第2章では、水素結合によるポルフィリンJ会合体の構築および非線形光学材料等への応用を目指した構造評価を述べている。また薄膜形成過程において発現するキラリティーとスピンコーティングの回転方向との相関に関して述べている。J会合体は、πスタックや静電的相互作用によって色素が一次元的に配列した会合状態として知られている。この会合状態において強い双極子間相互作用にもとづく非局在化した励起子が形成するため特に高い3次の非線形光学応答を示す。これまで有機合成的な分子設計によって合理的にJ会合体を形成させるは困難であった。ここでは、赤外吸収スペクトルにより溶液中でのカルボン酸の二量体形成を確認し、紫外可視吸収スペクトルによりJ会合体特有の吸収帯を検出している。また、スピンコーティング法により作成したJ会合体薄膜の円偏光測定を行っている。この結果は、カルボン酸の二量化を介したポルフィリンの一次元ポリマーが互いに重なり合うことでJ会合体を形成した2次元シート構造となると述べている。また、デンドリマーの導入様式によってJ会合体の様式を制御できると述べている。さらに、溶媒が蒸発する過程でこの会合体はキラリティーを発現し、特にスピンコーティング法により薄膜形成させた場合には、キラリティーが回転方向によって制御できると述べている。これらの結果は、自然界におけるキラリティーの起源に対する興味のみならず非線形光学材料開拓において端緒となる成果であると述べている。

第3章では、全置換ポルフィリンとカルボン酸を有するデンドリマーポルフィリンとの相補的な水素結合形成による環状集積体の構築を述べている。ポルフィリンのピロールβおよびメソ位の全てに置換基を有するものを全置換ポルフィリンと称している。これらは中心の窒素原子の高い塩基性により2分子のカルボン酸をポルフィリン環の上下に結合させることが知られている。ここでは、紫外可視吸収スペクトルといった分光学的な手法に加えて、分析超遠心や蒸気圧浸透圧法によって集積体構造を評価している。つまり、全置換ポルフィリンがカルボン酸と相互作用することによって、その吸収スペクトルが大きく変化し、カルボン酸はポルフィリン環上に位置するため環電流効果の影響を強く受け1H NMRを測定すると顕著な高磁場シフトが観察できる。また、分析超遠心により分子サイズによる溶液中での分子量分布を知ることが可能であり、蒸気圧浸透圧法により水素結合集積体の分子量を見積もることができる。その結果から溶液中において全置換ポルフィリンとカルボン酸を有するポルフィリンが水素結合を介して単一の環状構造体を形成できていると述べている。また、全置換ポルフィリンの周辺置換基の立体反発によって、形成する環状集積体のリングサイズ自体を変化できると述べている。

第4章では、本論文の総括と展望を述べている。

以上、本論文は水素結合部位を有するポルフィリン誘導体によって超分子的な相互作用からなるナノ構造体を構築し、その構造および光学的性質を評価するとともに、非線形光学材料などへの応用の可能性を検討している。これらの成果は、今後の有機材料工学、特に光学材料の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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