学位論文要旨



No 119104
著者(漢字) 加藤,公延
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,マサノブ
標題(和) 我が国特許法における発明のカテゴリー論
標題(洋)
報告番号 119104
報告番号 甲19104
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5836号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大渕,哲也
 東京大学 教授 後藤,晃
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 教授 ロバート,ケネラー
 筑波大学 助教授 平嶋,竜太
内容要旨 要旨を表示する

問題の所在

我が国現行特許法は、保護対象について特許法2条1項で「発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの」と定義し、1条で発明の保護を規定しながら、実際には、出願書類では、「物」または「方法」という発明のカテゴリーしかクレーム記載を認めないという仕組みを採用する(36条5項、6項2号)。

つまり、保護すべき対象は、自然法則を利用した技術的思想の創作であるが、現実に特許権として保護されるのは、「物」に具現化したレベルまたは「方法」という表現形式の技術的思想を保護することを意味する。

また、特許権成立後は、「物」と「方法」の発明とに分けて、それぞれ実施行為(2条3項)、特許権の効力範囲(68条)が規定されている。特に、「物」の発明の効力範囲は、「方法」の発明の効力に比べ、厚い保護が認められている。

したがって、ある創作された発明が、特許法上、「物」の発明か、「方法」の発明か、という発明のカテゴリーの違いは、実施行為・特許権の効力範囲等への基本的な概念であり、極めて重要である。

その結果、発明のカテゴリー概念は、現行法(昭和34年法)制定過程、昭和50年改正での多項制導入、物質特許制度導入過程における用途発明や方式の発明の取扱いの問題、平成14年特許法改正等の立法過程等の場面、また、数としては少ないが、審決取消訴訟・侵害訴訟等の広範囲な場面で、議論の対象となり続けてきた。

そして、発明のカテゴリー概念については、旧法時代から多くの問題が内在し、未解決のまま現在に至っているのみならず、技術の進歩に伴う新技術の出現等、今後、我が国特許法が直面しなければならない課題とも深く密接に関係する。

本論文の目的

そこで、本論文は、発明のカテゴリー概念が係わってきた過去・現在の課題について再確認・考察すると共に、特に、発明のカテゴリーの意義、「物」および「方法」の発明の概念、「物」および「方法」の発明を分類に関する通説のメルクマールは、本当に、合理性があり、また、今後の技術の進歩に伴う新技術の出現に対して、十分対応できるのか等について技術的観点・法的観点の両面から検討する。

さらに、通説のメルクマールに代わる新たなメルクマールの提示をし、その妥当性について考察し、技術の進歩に伴って現に出現してきた、また今後、出現するであろう新技術分野の発明のカテゴリーについて如何に対処すべきかについて考察することを目的とする。

本論文の構成

第2編から第4編において、発明のカテゴリー概念が係わってきた過去・現在の課題について再確認・考察した。

その具体的検討として、

第2編では、我が国特許法における発明のカテゴリー概念についての条文規定の変遷について検討した。この検討は、明治時代から最新の改正法までの我が国特許法の具体的規定、規定の沿革、各時代において発明のカテゴリー概念に関して議論された問題点を列挙し考察を加えた。

第3編では、日欧米における発明のカテゴリー概念の規定・法的取扱いについて検討した。この検討は、現行法制下および欧米における起源となる特許法創設前後から20世紀前後の特許法に遡り、歴史的考察や比較法的考察も加味しながら行った。最後に、日欧米における発明のカテゴリー概念についての総括に及んだ。

第4編では、我が国における発明のカテゴリー概念を巡る判例を考察し、発明のカテゴリー概念に関して争われた具体的争点や解決論理手法を整理し、過去の判例を3つのグループに分類して法的取扱い全般について横断的に検討した。

特に、「物」および「方法」の発明を分類に関する通説のメルクマールを根拠付けた有名な判例についてはこの判例が判示された状況、他の判例と比較等をしながら詳細な分析を行った。

第5編では、この第2編から第4編の法的取扱いを前提として、根元的、基礎的な概念である発明のカテゴリー概念とは何か?発明のカテゴリー概念の創設意義の如何等、発明のカテゴリー概念について原点に戻った考察を行った。

その結果、発明のカテゴリー概念は、法的概念であり、発明を「物」と「方法」の2種類の概念に分け、特許権の効力範囲の画定、権利範囲の明確化による第三者の予測可能性を確保し、発明の種類に応じた適切な発明の保護を与えるために、法が創設した道具概念であることを明らかにした。

第6編では、発明のカテゴリー概念についての立法論について検討を行った。

具体的には、各時代における、発明のカテゴリーが不明な新しいタイプの発明の取扱いに端を発したカテゴリー問題、例えば、発明のカテゴリーは、「物」と「方法」の2大カテゴリーに限られるのか?それ以外のカテゴリーについては、特許法は沈黙しているが、法的解釈としては如何にすべきか?法的解釈として、それ以外のカテゴリーは、認められないとすれば、新しいタイプの発明を如何に処理すべきか?等の発明のカテゴリー概念自体や内容に関する問題、さらに進んで、「物」と「方法」の2大カテゴリーを維持すべきか否か?むしろ積極的に第3のカテゴリーを創設すべきではないのか?等の発明のカテゴリー概念についての立法論に関する問題である。

この検討にあたり、過去および平成14年改正の法制審議会の議論や発明のカテゴリー概念に関する欧米の比較結果も考慮して (1)「物」と「方法」の2大カテゴリーを維持する案 (2) 発明のカテゴリーを廃止する案 (3) 第三の発明のカテゴリーを創設する案について、それぞれ多面的角度から具体的に利害得失を検討した。

その結果、「物」と「方法」の2大カテゴリー維持すべきという結論を導いた。

第7編では、この「物」と「方法」の2大カテゴリー維持する法制を前提として、「物」の発明と「方法」の発明の概念は如何なるものなのか?そして、「物」と「方法」の発明とを如何なるメルクマールにより分類すべきか?という問題について考察を行った。

この問題に関しては、昭和32年の放射線遮断事件判決を基礎として、発明の実体が有する「経時性」をメルクマールとする「経時性説」が絶対的な通説となり、一般的には、問題は解決したと考えられている。

しかし、今や絶対的な地位を獲得した通説の「経時性」というメルクマールにより、「物」「方法」の発明は、論理的にも実質的にも合理性がある分類ができるのであろうか?本当に問題はないのであろうか?

特に、平成14年改正により、情報自体であるプログラム発明が、「物」の発明に含まれることが、明確となったこととの関連で、問題はないのか?

さらに、今後の更なる技術の進歩・新技術の発達に伴って、新たなタイプの発明が出現に対して、通説の「経時性」というメルクマールにより合理的に対応できるのか?という問題提起を行い具体的な検討を行った。

この第7編では、「物」「方法」のカテゴリーの分類に関する通説の「経時性」というメルクマールの合理性について、技術的観点・法的観点の両面から検討した。その際、経時性の学説の調査、内容の検討およびこの通説を基礎付けた判例の理論手法、当時の状況、過去の法制審議会の議論等も考察しながら、多面的観点から検討を行った。

その結果、具体的に問題点を提示して、通説のメルクマールは、不合理であることを明らかにした。

第8編では、通説のメルクマールに代わる新たなメルクマールの提示をし、その合理性・妥当性について、検証した。

この検証にあたり、新たなメルクマールの根拠、内容および通説のメルクマールとの違いについて具体的な検討を行い、合理的かつ妥当なメルクマールであることを明らかにした。

第9編では、問題となる「プログラム」発明のカテゴリー問題について、通説のメルクマールと、提示した新たなメルクマールとを比較しながら検討し、新たなメルクマールによるカテゴリー判断が合理的であることを検証した。

第10編では、新たに出現してくる新技術分野の発明のカテゴリー問題についての基本姿勢および、今問題となっている新技術分野の発明について検討を行った。

第11編では、「物」「方法」の発明のいずれのカテゴリーかを分類に関するメルクマールとして、提示した新たなメルクマールが合理的であることを結論として、導き出した。

審査要旨 要旨を表示する

我が国の現行特許法は、保護対象である「発明」について、2条1項で「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの」と定義しているが、特許権成立後は、「物」と「方法」の発明とに分けて、それぞれ実施行為(2条3項)が規定され、これに従って特許権の効力範囲(68条)が決められることとなる。そして、「物」の発明については、「方法」の発明に比べ、権利範囲ないし効力範囲の点で、厚い保護が認められている。

したがって、ある創作された発明が、特許法上、「物」の発明、「方法」の発明のいずれに該当するかという発明のカテゴリーの違いは、実施行為の内容を決定し、ひいては、特許権の効力範囲等を決定する基本的な概念であり、極めて重要なものである。

本論文は、まず、発明のカテゴリー概念に関する基礎的な研究(歴史的研究・判例研究等)を行い、その上で、この成果を踏まえつつ、発明のカテゴリーの意義、「物」と「方法」の発明の概念、「物」と「方法」の発明を分類に関する通説の判断基準(メルクマール)の合理性等について技術的観点・法的観点の両面から明らかにし、通説の判断基準に代わる斬新で、合理的な判断基準を提案し、それを検証したものである。

本論文の構成は、第1編の序論を含め全11編及び全6編の補論よりなる。

第2編では、我が国の特許法における発明のカテゴリー概念に関して、明治期から現行法までの法令上の規定や法的取扱いの歴史的変遷に関して、過去の審議会資料等も検討しながら、明らかにしている。

第3編では、現行法のみならず、現在の世界の特許法の起源ともいうべき特許制度創設期の前後にまで遡って検討し、発明のカテゴリー概念に関する法令上の規定や法的取扱いにつき、歴史的考察や比較法的考察を加味して明らかにしている。

第4編では、我が国における発明のカテゴリー概念を巡る判例につき考察を加え、発明のカテゴリー概念に関して争われた具体的争点や解決論理手法を整理し、過去の判例を3つのグループに分類して考察し、横断的な検討を展開し、今まで全く手が付けられていなかったこの分野における判例の体系的な総整理を行っている。

第5編では、根源的・基礎的な概念である発明のカテゴリー概念について、原点に立ち返った考察を行い、発明のカテゴリー概念の創設意義を明らかにしている。

第6編では、従前から大きな問題となっていた発明のカテゴリー概念についての立法論について、多面的観点から検討を行い、その結果、「物」と「方法」の2大カテゴリーを維持すべきという結論を示している。

第7編では、「物」の発明と「方法」の発明の概念はいかにあるべきかという問題と、「物」と「方法」の発明とを如何なる判断基準により分類すべきかという問題について考察を行っている。

この問題に関しては、「経時性」を一面的・硬直的な判断基準とする「経時性説」が圧倒的な通説となり、一般的には、問題は解決済みのように認識されてきた。

しかし、本論文では、このような不動の地位を獲得している通説の「経時性説」という判断基準の合理性について、技術的観点と法的観点の両面から詳細な検討を加えている。その際、経時性説という学説自身の詳細な調査、同説の内容の徹底的な検討を行いつつ、この通説を基礎付けたとされる判例の理論構成、当時の学説等の一般的状況、過去の審議会での議論等も考察しながら、多面的観点から鋭い分析を行い、具体的に問題点を提示して、その結果、通説の上記判断基準は、理論上も実際上も不合理であることを、初めて明らかにしたものであり、高く評価できる。

第8編では、通説の判断基準に代わる、新たな判断基準として、「法的概念として、それ自体では生産・譲渡等の可能性がなく、使用行為のみが観念されるものを『方法』の発明とし、生産・譲渡等の可能性があり、使用行為以外に、生産、譲渡等が観念できるものを『物』の発明とする」という判断基準を提案している。そして、この新たな判断基準について、多面的観点から問題点を検証し、その合理性・妥当性を明らかにしており、極めて独創性が高く、大きな研究成果であると評価できる。

第9編では、理論上も実際上も深刻な問題となる「プログラム」発明のカテゴリー問題についても検討を加え、その結果、新たな判断基準による発明のカテゴリー判断の合理性・妥当性を明らかにしている。

第10編では、新たに出現してくる新技術分野の発明のカテゴリー問題についても、検討を行い、本論文で提案した新たな判断基準で、十分に対応できるという結果を導いている。

第11編では、以上を踏まえた結論が述べられている。

以上のように、本論文は、「物」と「方法」の発明の概念、特に、「物」と「方法」の発明の分類について、不動の地位を獲得している通説の判断基準について、合理性の有無、また、今後の技術の進歩に伴う新技術の出現に対して十分対応できるのか等について、技術的観点と法的観点の両面から、緻密で鋭い分析を展開している。

その結果、通説の判断基準の不合理性を論理的に初めて明らかにするとともに、それに代わる斬新で、合理的な新たな判断基準を提示したものである。また、前述のように不動の地位を確立してきた「経時性説」という通説に、真正面から果敢に挑戦し、その結果、この「通説」の理論的・実際的問題点を鋭くえぐり出した点の意義は極めて大きなものがある。

なお、本論文は、以上のような立論における論述の運び方等において、荒削りな面も見られるが、これは、上記のとおりの本論文のパイオニア的性格に起因する点も大きいものと思われるし、また、前記の「通説」が、余りに確立した定説として受け取られているがゆえに、その論拠が正面から問われてこなかったため、却って、反論を加えにくい状況にあることも考慮に入れる必要があろう。

以上を総合すると、多少の荒削りな面は別として、「通説」に果敢に挑戦したものであり、独創性が高く、優れた内容を有し、学界に寄与する大きな研究成果と評価できる。

よって、本論文は博士(学術)の学位論文として合格と認められる。

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