学位論文要旨



No 119106
著者(漢字) 及川,道雄
著者(英字)
著者(カナ) オイカワ,ミチオ
標題(和) 時系列3次元情報を用いた画像による心臓手術支援に関する研究
標題(洋)
報告番号 119106
報告番号 甲19106
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5838号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 伊福部,達
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 助教授 鎮西,恒雄
 東京大学 助教授 広田,光一
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

近年の高齢化傾向にともない,今後の総医療費増加が見込まれているが,入院期間の短縮と,それに伴うコスト削減を実現し,しかも患者のQuality of Lifeの向上も可能な手法として,内視鏡下手術などの低侵襲手術が注目されている.しかしながら、患者にとって低侵襲である一方,その手技は非常に高度化しており,術者にとっては負担が大きなものとなってきている.

そこで本研究では,今後急増が予想されている心臓の疾患に関し,最も症例が多い虚血性心疾患の手術のうち,現状の手術方式では侵襲性の高い冠状動脈バイパス手術をターゲットとし,患者と術者双方の負担を軽減した内視鏡下での低侵襲手術を実現することを目的とし,画像を用いた手術支援方法の提案を行う.

この低侵襲手術を実現するための要素技術として,術者の手技を支援するマニピュレータ操作システム,術中に非侵襲で患者の状態を撮影するためのMRI高速撮影技術,術中の機能情報をMRI下で補完的に撮影する超音波撮影技術についても,本研究と平行して各担当グループにて研究を行った.最終的には,画像による支援も含めた,統合的な低侵襲心臓手術支援システムを構築することが,より大きな目標となっている.

本論文においては,上記の各構成要素に関する研究成果を活用しながら,術者へ画像情報を用いた情報提示を行う機能について検討を行う.

画像を用いた低侵襲手術支援の提案

手術支援のターゲットとして心疾患を考えたとき,ほかの臓器と異なる特徴である拍動に対応した支援を行うことが重要な課題となる.また,本研究で想定しているマニピュレータを用いた遠隔操作による手術においては,直接手術操作を行う場合に比べ,圧倒的に情報量が少なくなるため,3次元的な位置関係や,広範囲における術中の変化に関した情報提示支援が重要である.

医用画像として得られる情報にはさまざまなものがあるが,各情報の特徴を整理し,これらの課題に対応するための手術支援として有効となる画像情報について検討し,時系列の3次元情報を用いた画像による支援法を提案した.また,これらの提案手法について実験を行うことにより,有効性について確認した.以下で提案した手術支援方法について概要を述べる.

3次元冠状動脈の動きの可視化

手術の前に心臓の動きに対応した冠状動脈の画像情報を得ることができるのは,X線透視映像だけであり,冠状動脈バイパス術の前には,X線による冠状動脈造影透視映像(CAG: Coronary AngioGram)がほぼ必ず撮影される.時系列の映像データであるCAGからは,血管形状と動きの情報についての情報を直接的に得ることが可能であるが,3次元的な情報については,CAGが透視映像であるため,複数方向の透視映像から間接的に医師が推測することになる.もしも術前に客観的かつ直接的に,3次元情報を用いた検討を行うことができれば,手術の安全性向上や,時間短縮の効果を期待することができると同時に,インフォームドコンセントにおいて分かりやすい情報を提供することができると考えられる.そこで本研究においては,術前に時系列の動き情報を得ることができるCAGを用い,冠状動脈の3次元形状を再構成し,動きを可視化する手法について検討した.

本研究においては,現在一般的に臨床で用いられている情報を利用した実用的な手術支援とするため,単撮像系の透視撮影装置により撮影された映像情報と,その撮影条件のみから3次元形状を再構成することを想定した.この前提においては,撮影時刻の異なる2方向のCAGを利用することになるため,冠状動脈の3次元形状の再構成を行う最初の段階で,2方向のCAG映像から同じ拍動位相の心臓が撮影されたフレーム画像を選択することが必要である.このとき,利用可能な情報は映像情報だけであることから,CAGに映った心臓の陰影領域の情報に着目したピクセル値の時間的変化を利用することにより,心臓の収縮期直前のフレーム画像を検出し,拍動周期を推定する手法を提案した.心電図とともに記録されたCAGデータを用いることにより,本手法の有効性について確認し,心電図情報の記録されていないCAGデータについて,提案した拍動周期推定手法を適用し,ほぼ一定間隔の拍動周期が推定できること確認した.

このように,同じ拍動位相のフレーム画像が選択できたとしても,心臓の拍動はまったく同じではなく,時刻が異なれば心臓の形状は異なっている可能性が高い.そのため,拍動の非定常性に対応するための,血管形状の対応点位置あわせによる補正手法を提案し,実データに適用することにより,撮影時の幾何学的な透視条件から冠状動脈の3次元形状を再構成し,血管形状がほぼ良好に可視化できることを確認した.

最後に,冠状動脈の動きの情報を可視化するためには,拍動の1周期にわたる時系列の大量の画像について3次元形状を再構成する必要がある.3次元形状の再構成のためには,各フレーム画像における血管領域を抽出する必要があるが,一般に,完全な自動抽出は困難であり,人手による作業が必要となる.そこで,最初のフレームの半自動抽出結果を元に,連続する時系列フレーム画像について,血管の局所的な動きと抽出パラメータについて推定することで,自動的に抽出することにより,画像処理作業を省力化する方法を提案した.自動抽出後に手動の補正処理はある程度必要となるものの,十分省力化可能な方法であることを確認した.また,血管の局所的な動きの推定手法を用いた狭窄部位の自動追跡方法も提案し,実データに利用可能であることを確認した.

以上の手法を利用し,冠状動脈の3次元的な動きの情報について可視化を行い,狭窄部位とともに,情報提示できることを示した.

術中のMRIを利用した手術支援

本研究において提案する手術においては,我々の研究グループで平行して研究開発しているマニピュレータを用い,術者が遠隔で操作することにより手術を行うことを想定している.このような遠隔からの手術操作においては,カメラ映像を見ながら操作することが一般的であり,立体内視鏡を用いることにより,奥行き情報もある程度得ることが可能である.しかしながら,内視鏡により得られる情報は,非常に限られた視野範囲の情報であり,かつ,表面だけの情報であるため,術者が患者の脇に立って手術をする通常の方式に比べ,圧倒的に情報量が少なくなる.

そこで,本研究では,内視鏡映像の歪み補正を行うことにより内視鏡情報の質を向上させるとともに,MRIの下で手術を行うことにより,術中の時系列情報として,MRIによる大域的な断層画像情報と,MRIの大域的な形態情報を補完する局所的な機能情報として超音波断層映像情報を利用することを提案した.さらに,術中にはマニピュレータの3次元位置・姿勢情報も時系列情報として入手可能であることから,これらの画像情報と連携し,3次元的な空間についての情報不足を補う情報提示により,手術を支援する方法について検討した.

まず,このような手術支援を実現するために,各サブシステムにおける座標系情報を統合的に扱うためのアーキテクチャとして,術中利用を想定し,通信量を極力少なくする方式で,位置情報統合装置を介して相互に各サブシステムを接続することにより,拡張性のある方式を提案した.位置情報統合装置内における各サブシステムの座標系を統合する手法として,赤外線を用いた高精度の光計測装置を基準として利用し,マーカにより位置あわせを行う手法を考案し,実験により確認を行った.

以上の座標系を統合して扱うための方法を利用して,術中の情報不足を補う画像情報提示による支援として,術中の術具先端位置姿勢情報を利用して,術前のMRIボリュームデータ中における現時点の術具の3次元的な位置関係を提示する機能を実現した.さらに,術中の術具先端位置におけるMRI断層画像を連続して撮影するトラッキング撮影機能を利用することにより,術中の患者の変化について,体内の情報を含めてモニタリングすることができるシステムを実現した.さらに,バイパス手術の効果を確認するための機能情報として,超音波撮影装置により撮影されたドップラ映像を利用し,術前のMRIによる形態情報と組み合わせた提示により,お互いの情報を補完し,広範囲の形態情報と局所的な機能情報を同時に観察することができる情報提示法を提案した.そして,このような機能を持つシステムを試作し,統合的な手術支援システムとして,ほかのサブシステムとも接続を行い,一部の開発中のシステムはシミュレーションで置き換えることにより,動作を確認した.

結論

本論文では,現時点における撮影モダリティが有する機能の範囲内で,もっとも効果的に手術支援を行う方法として,時系列の3次元情報を用いた心臓手術支援について提案を行った.心臓を対象とする際の特性である動きに対応した画像処理手法と,マニピュレータを用いた遠隔手術操作で不足する情報量を補うための情報提示手法を提案し,実験により有効性について確認を行った.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,心疾患手術を低侵襲に行うための画像を用いた手術支援方法について提案することを目的としている.トータルの手術支援としてはマニピュレータを用いた微細操作支援やMRI(Magnetic Resonance Imaging)による術中モニタリングなどの低侵襲手術支援システムを想定し,その中で術者に対する情報提示に関わる部分について検討している.情報提示法として,各種の医用画像の特徴を活かしながら,各データ相互の位置関係および,各データと実空間の位置関係を対応付けることにより,3次元の空間的な認識を支援する手法について,特に心臓の動きや術中のリアルタイム性といった時間軸に着目しながら,3つの機能について検討している.各機能について,具体的な手術支援場面を想定し,機能を実現するための手法について提案を行い,実現される手術支援機能についてデータを用いながら検討を行っている.

本論文は7章で構成されている.

第1章では序論として,本研究で扱う対象である医用画像について歴史的な背景とともに整理し,本研究における目的と課題を明らかにし,従来の関連する研究と比較した位置づけについて述べている.

第2章では,各種の画像情報の特徴について整理し,本研究において想定する低侵襲な心臓疾患の手術方法と,各種のデータ座標系を相互に対応付けるとともに,実空間とも対応付けして画像情報を提示することによる手術支援方法について提案を行い,手術の流れの中における提案支援機能の位置づけを示している.

第3章および第4章では,冠状動脈バイパス手術の術前に最も重要な情報となる,冠状動脈造影透視映像(CAG: Coronary AngioGraphy)を利用し,術前計画時に重要な3次元空間把握を支援するため,一般的な単撮像系透視装置により撮影されたCAG映像から,血管の3次元形状と狭窄位置の空間的な関係および動きを可視化する手法について述べている.第3章では3次元形状の再構成について検討し,第4章ではさらにCAG映像の時系列性に着目し,動きの情報を可視化する手法について検討している.単撮像系透視装置により異なる時刻に撮影されたCAGから3次元の血管形状を再構成する際には,心臓の拍動を補償する必要があり,映像情報のみから拍動を推定する画像輝度レベルを利用した手法を開発し,実データに適用して検証を行っている.さらに,動き情報を可視化するために必要となる大量のデータ処理を効率的に行う手法として,血管の局所的な動きを局所マッチングと抽出パラメータの自動推定を用いた手法を開発して実データで検証を行い,最終的には,冠状動脈の3次元形状における狭窄位置と,動きの可視化を行うことが可能であることを示している.

第5章では,本研究で提案するMRI下で立体内視鏡映像を見ながら,遠隔からマニピュレータを操作して手術するシステムにおいては,通常の手術で確認可能な,3次元的な位置関係と術中における患者の状態変化の確認が困難であるため,術中に得ることができるMRI画像を利用し,3次元的な対応付けを行うことにより,マニピュレータ位置情報と患者の状態把握支援を行う手法について述べている.この機能を実現するためには,各データの座標系情報を別のサブシステムで共有する必要があり,術中に利用できるようにするため,リアルタイムに位置情報を共有するためのアーキテクチャを提案し,実際にシステムを試作して機能が実現できることを確認している.

第6章では,術中に最も重要なリアルタイム情報である立体内視鏡映像について,その特徴であるリアルタイム性を損なわずに,正しく実空間と対応付けしながら,不足する情報を補完するための支援手法について述べている.内視鏡の歪みが術者に与える影響について考察し,空間認識における誤解や疲労の原因となる歪みを,ハードウェアによりリアルタイムに補正する手法を導入し,実際の立体内視鏡映像の歪みを補正できることを確認している.さらに,内視鏡は表面的な情報しか得ることができないという課題に対し,Augmented Reality技術による情報提示法として,術中の立体内視鏡の位置姿勢と,術野との位置関係を対応付けることにより,歪み補正された立体内視鏡映像に事前に取得した血管位置情報などを付加する手法について提案している.

第7章では結論として,心臓手術を低侵襲に行うための手術支援方法についてのまとめを行い,本研究の適用範囲と今後の展望について述べている.心臓を対象としたときに特有の拍動と,遠隔手術操作を想定した際の空間認識という点を主な課題とし,特に時系列の3次元情報に注目しながら,各種の画像情報について相互の位置関係と実空間との対応付けを行うことにより,空間的な情報把握を支援することによる手術支援方法について検討し,実証実験により提案手法の有効性が認められたことが示されている.

以上のように本論文では,心臓手術においてMRI下でマニピュレータを用いるという新たなシステム構成を想定し,各種の情報を利用した空間的な情報把握支援において,心臓特有の拍動と遠隔手術特有の空間認識に焦点をあてることにより,システムとして新規性を有するとともに,低侵襲で安全な手術支援という社会的な意義を有するという点で大きな功績があると考えられる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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