学位論文要旨



No 119110
著者(漢字) 浅川,智恵子
著者(英字)
著者(カナ) アサカワ,チエコ
標題(和) 音声と触覚を活用した視覚障害者のための情報提示インタフェース
標題(洋) Combined Information Presentation For The Blind Using Speech And Touch
報告番号 119110
報告番号 甲19110
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5842号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊福部,達
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 助教授 福島,智
 東京大学 助教授 井野,秀一
内容要旨 要旨を表示する

従来から視覚障害者にとって、印刷された文字情報は、常に点訳ボランティアや朗読ボランティアの手を借りて点字あるいは録音音声に変換しなければ読むことができなかった。そのため必要な情報が必要なときに入手できず、視覚障害者が社会参加をする上で大きな障壁があった。1990年代に発展したパーソナルコンピュータと視覚障害者支援技術は、視覚障害者の情報アクセス環境を飛躍的に向上させて来た。スクリーンリーダ(画面読み上げソフトウエア)により、インターネット上のWEBページ、電子メール、CD−ROMを始めとした電子化文書へのアクセスが可能となり、視覚障害者の独力での情報アクセスが実現してきた。

しかし、1990年代後半からのGraphical User Interfaces (GUI)の普及とともに情報の視覚化が急速に進み、音声によるアクセスが困難な情報が増加している。例えば、印刷文書で広く用いられてきたタイポグラフィが電子文書に適用された結果生じた「視覚効果の問題」が挙げられる。近年の電子文書やWEBページは、文の論理構造を文字のサイズ、行間、背景色等を用いて表現し、著者が強調する部分に文字色、太字、イタリックなどの表現を用いることで、視覚的かつ直感的に伝達できるように工夫されている。このような視覚効果を生かした情報提示は、視線移動により高速に情報探索を行う晴眼者に対してはきわめて有効であり、今後、さらに情報の視覚化が進んでいくものと予測される。

一方で視覚障害者にとっては、これらの視覚効果を活用することは困難である。これまでに視覚効果を言語情報に置き換え音声で提示する方式や、対応する非言語音を定義して提示する方式が提案されてきた。しかしこれらの手法では文章の理解を促進せず、逆に理解を妨げる可能性すらあることが知られている。さらに、視覚障害者は主にキーボードを用いて情報探索を行い、出力は音声または点字である。視覚と比較して単位時間当たりの情報量が著しく少なく,かつ逐次的な情報を取得しか行うことができないのは明らかである.そのため情報の不足,誤解,理解困難,アクセスの遅さなどの問題が深刻化している.さらにリッチテキスト情報などの視覚情報を音声や非言語音声を用いて提示した場合,理解を促進せず,逆に文章理解を妨げることが経験的に知られており,ごく一部しか用いられていない.このような視覚情報の欠如と情報探索の効率の悪さがあいまって視覚障害者の情報アクセスのもっとも大きな問題となっている.情報の視覚化がこのまま進展した場合,視覚障害者が一度手にした電子化情報という貴重な情報源を失う可能性すら懸念されている.視線に基づく情報探索、視覚による情報獲得を行う晴眼者と比較して単位時間当たりに取得可能な情報量は著しく少ない。このような視覚情報の欠如と情報探索の効率の悪さがあいまって、視覚障害者の情報アクセスのもっとも大きな問題となっている。情報の視覚化がこのまま進展した場合、視覚障害者が一度手にした電子化情報という貴重な情報源を失う可能性もでてきている。

本研究の目的は視覚表現を含んだ情報を、聴覚だけでなく触覚情報を用いて提示し、非視覚的な情報の量と質を向上させることである。これまで聴覚だけに依存した提示手法が開発されてきたが、本研究では視覚障害者が用いることのできる別の感覚器である触覚に提示することにより、情報効率の向上を目指した。まず、触覚と聴覚に関する基礎実験を行い、その結果に基づいてTActile-JOg DiAl interface(TAJODA)を提案し、実験システムを構築した。TAJODAの特長は、聴覚には言語情報(テキスト情報)を音声提示し、触覚には触覚パターンとして非言語情報(視覚効果)を提示することで、情報の質の向上を実現した点である。さらに情報探索インタフェースとしてダイヤル型デバイスと話速変換技術を適用したことにより、単位時間当たりの情報量の向上を実現した。

非言語情報の提示には、Piezo振動子が格子状(2列x16行)に並んだ触知盤を持つ触角触覚デバイスを用いた。ユーザは人差し指の指先で振動パターンを触知することができる。それぞれの振動子は振幅と周波数を制御可能である。非言語情報として、文字サイズ、太字などのリッチテキスト情報と、段落間の空白、箇条書きなどのレイアウト情報を計7種類選択し、振動パターンとして提示した。これにより聴覚へ付加的負担をかけることなく、非言語情報の提示を実現した。

また、情報探索インタフェースにはダイヤル型インタフェース(Jog-Shuttle Dial)を用いた。ダイヤル型インタフェースには、逐次的な一次元情報に対して「回転」という自然な前後移動操作を提供できるという特長がある。本研究ではこのデバイスを音声による情報探索に適用した。さらに、話速変換を技術用いてダイヤルの回転速度に応じて読み上げ速度を変化させることで、直感的かつ柔軟な音声速度変更が可能になった。ダイヤルと話速変換の組み合わせにより単位時間当たりの情報量を大幅に向上できた。

さらに触覚提示とダイヤル型インタフェースの組み合わせにより、高速な視覚効果に対する探索が実現されている。目的とする視覚効果、例えば「太字」が出現するまで高速度でダイヤルを回転し、「太字」を示す触覚情報が提示されたところで回転速度を落として通常速度もしくはそれ以下で音声情報を確認するという探索が可能になった。これは晴眼者がリッチテキスト情報の付加された箇所を、視線を使って高速に探索した後に、詳細な情報を獲得する方法に類似しているといえる。このようにTAJODAは音声、触覚提示、ダイヤル型インタフェース、そして話速変換技術を組み合わせることで、従来は困難であった視覚効果へのアクセスを実現するとともに高速かつ効率のよい非視覚的情報探索を可能にした点に大きな特長がある。

本論文は7章で構成されており、各章の内容は以下のとおりである。

第1章では序論として研究の背景を述べた。コンピュータが視覚障害者の情報アクセス環境改善に果たした役割の大きさ、そして視覚化情報の急増により再び失われつつある視覚障害者の情報アクセスの問題を通して本研究の意義と目的を述べた。

第2章では関連研究を4つの分野に分類して概観した。Assistive Technology Softwareの項では既存の視覚障害者支援技術の情報探索インタフェースおよび視覚情報提示インタフェースの概要と問題点について述べた。 Auditory Interfaceの項では非言語音を用いて情報の質やインタフェースの向上を目指した研究を概観した。Speech Interfaceの項では視覚障害者用のみならず、録音音声の探索インタフェースや話速変換技術を概観した。最後にTactile Interfaceの項では触覚を用いた視覚障害者支援技術を紹介した。

第3章では視覚障害者被験者を対象として実施した、聴覚認知の基礎実験結果を報告した。異なる速度で提示された音声情報の聞き取り能力を、主観的・客観的評価手法を用いて測定し、それぞれの被験者の聞き取りの最適・最高音声速度を定量的に求めた。実験の結果、コンピュータに熟練した被験者はおよそ1400モーラ毎分(morae/min)という速度で提示された情報の50%を理解できることが明らかとなった。また、100%の情報理解が可能な速度と定義した最適速度についても、平均1100 morae/minという結果が得られた。これはいずれも現在日本で広く用いられている音声合成システムが提供する最高速度よりも高速であった。この結果から視覚障害者の認知可能音声速度が既存システムの前提を超えていること、さらに柔軟に速度を変更可能なインタフェースの必要性が明らかになった。

第4章では効視覚果に対応する触覚パターンを設計し基礎実験を行った。その結果に基づいて、容易に学習・認識が可能な7つの触覚パターンを再設計した。本研究で提案するTAJODAシステムではこれらのパターンを用いた。

第5章ではTAJODAインタフェースを提案した。TAJODAはダイヤル型デバイスにより読み上げ音声の話速と読み上げ箇所の制御を可能にし、触覚ディスプレイを用いて視覚効果を提示するインタフェースである。ダイヤルを時計周り方向に回転させることで前方向への高速な読み上げ箇所移動、反時計周りで逆方向への移動を行う。ダイアルデバイスの動きが音声情報と常に同期し、回転速度に応じて音声速度も変化するため、直感的な操作が可能である。さらに触覚提示される情報もダイヤルの動きと同期するため、視覚効果の探索も容易となる。

第6章では実験システムを構築し、TAJODAインタフェースの有効性を確認するための評価実験を行った。実験では視覚効果が含まれたテストデータを準備し、それらの視覚効果と対応するテキスト情報を被験者に探索させるタスクを与えた。探索方式として4方式、(1)従来のキーボードインタフェースと音声による視覚効果提示の組み合わせ(スクリーンリーダー方式)、(2)キーボードと触覚の組み合わせ、(3)ダイヤルと音声の組み合わせ、(4)ダイヤルと触覚の組み合わせ(TAJODA)を用いた。 実験の結果TAJODA方式(4)は他の方式(1、2、3)と比較し1/2〜1/3の時間でタスクを遂行可能であるという結果が得られた。また、被験者からもストレスを感じない快適なインタフェースであるというコメントが得られ、TAJODAインタフェースが非視覚的情報探索の効率を向上するために非常に有効であることが明らかになった。

第7章では、本研究の結論と今後の研究課題および展望を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,視覚障害者がビジュアルにレイアウトされた電子文書へアクセスする際の情報取得効率を向上させる方法を提案している.まず視覚障害者の情報アクセスにおける問題点として文の論理構造や著者の意図を示す文字修飾情報(文字色,字体,字の大きさなど,以下リッチテキストと呼ぶ)を取得するのが困難であること,従来のキーボード探索インタフェースによる情報取得速度の遅さの2点を指摘している.これらの問題を解決するために本研究では,音声と触覚を活用した新たな情報提示インタフェースである,触覚ジョグダイアルTAJODA(TActile-JOg DiAl)インタフェースを提案している.このインタフェースではリッチテキストを触覚ディスプレイで提示し,探索インタフェースとしてはダイアル型デバイスを用いて読み上げ速度を自由にコントロールできるようにしている.評価実験から,TAJODAは従来の手法と比較して2.4倍高速に情報探索を行えることを明らかにしている.

本論文は7章で構成されており,各章の内容は以下のとおりである.

第1章では序論として研究の背景と手法を述べている.コンピュータは視覚障害者の情報アクセス環境改善に大きな役割を果たしてきたが,近年の視覚的情報の増大により,再び情報環境が悪化していることを指摘している.さらに,従来の聴覚情報だけに依存した情報アクセスインタフェースでは非視覚的情報へのアクセス効率に限界があり,他のモダリティーをも活用したインタフェースの必要性を指摘している.

第2章では関連分野として,これまでの研究を概観している.

第3章では視覚障害者被験者の音声聞き取り速度に関する基礎実験の結果を報告している.実験では,異なる速度で提示された音声情報の聞き取り速度を,主観的・客観的評価手法を用いて測定し,それぞれの被験者の聞き取りの最適・最高音声速度を定量的に求めている.実験の結果,コンピュータに熟練した被験者はおよそ1400モーラ毎分という速度で提示された情報の50%を理解できることを明らかにしている.また,100%の情報理解が可能な速度と定義した最適速度についても,平均1100モーラ毎分という結果を得ている.これはいずれも現在日本で広く用いられている音声合成システムが提供する最高速度よりも高速である.この結果から視覚障害者の認知可能音声速度が既存システムの速度をはるかに超えていること,さらに柔軟に速度を変更できるインタフェースの必要性を示している.

第4章ではリッチテキストに対応する触覚パターンを設計し基礎実験を行っている.その結果に基づいて,容易に学習・認識が可能な7つの触覚パターンを再設計し,TAJODAシステムではこれらのパターンを用いている.

第5章では触覚と聴覚を活用したTAJODAインタフェースを提案している.TAJODAはダイヤル型デバイスにより読み上げ音声の話速と読み上げ箇所の制御を可能にし,触覚ディスプレイを用いてリッチテキストを提示するインタフェースである.ダイヤルを時計周り方向に回転させることで前方向への高速な読み上げ箇所を移動することができ,反時計周りで逆方向へ移動できる.また,ダイアルデバイスの動きが音声情報と常に同期し,回転速度に応じて音声速度も変化するため,直感的な操作が可能である.さらに触覚提示される情報もダイヤルの動きと同期するため,リッチテキストの探索も容易となる.

第6章では構築した実験システムにより,TAJODAインタフェースの有効性を評価している.実験ではリッチテキストが含まれたテストデータを準備し,それらのデータから任意のリッチテキスト情報を被験者に探索させ,その探索時間によりタスクの難易度を定量的に評価している.探索方式として,(1)従来のキーボードインタフェースと音声によるリッチテキスト提示の組み合わせ,(2)キーボードと触覚の組み合わせ,(3)ダイヤルと音声の組み合わせ,(4)ダイヤルと触覚の組み合わせ(TAJODA) の4方式を用いている. 実験の結果から,TAJODA方式(4)は他の方式(1,2,3)と比較し有意に高速であることを示している.中でも従来の(1)との比較では2.4倍高速あるという結果を得ており,TAJODAインタフェースの有効性を実証している.

第7章では,本研究の結論と今後の研究課題および展望を述べている.

以上のように本論文では,認知的基礎実験の結果に基づいて触覚と音声を活用した,新たな視覚障害者向けインタフェースを提案・開発し,その情報獲得効率の向上を実証している.このインタフェースは今後視覚障害者の情報アクセス環境を大きく向上する可能性があり,社会的な貢献も極めて大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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