学位論文要旨



No 119114
著者(漢字) 李,温裕
著者(英字)
著者(カナ) イ,オニュウ
標題(和) レタスの花芽分化,抽だい及び炭水化物分配の関連
標題(洋)
報告番号 119114
報告番号 甲19114
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2665号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 森田,茂紀
 東京大学 教授 堤,伸浩
 東京大学 助教授 根本,圭介
 東京大学 助教授 高野,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

長日植物や低温要求性植物の多くは、花成が誘導されると著しい茎の伸長(抽だい)が起こる。抽だいが起こると葉根菜類では葉や根の品質が低下するため、抽だいを抑制することは生産上極めて重要である。さらに、近年、地球温暖化や異常気象の影響で、冷涼な気候を好む作物の栽培において不時抽だいが問題になっている。花成と抽だいを抑えるために、栽培時期の選定、日長及び温度感受性の異なる品種の栽培や環境調節が行なわれているが、葉根菜類の生産をさらに安定させるためには、花成及び抽だいの生理的特性を理解することが重要であると考えられる。抽だいに関してはジベレリンとの関係で多く研究が行われているが、抽だいと花成との関係、抽だいの開始時期、抽だいに伴う炭水化物転流量の増加の機構など不明な点も多い。そこで、本研究では、近年高温下の栽培で球内抽だいによる変形球の発生が問題となっているレタスについて、上記の点について検討した。

花芽分化と茎の生長のアロメトリー関係

抽だいは花序を含む茎、すなわち花茎が伸長することである。しかし、茎の相対生長速度は花芽分化の前後で差がないので、抽だいの開始時期を決定することは簡単ではない。そこで、抽だいの開始時期がアロメトリーによって識別できるのかを調べるため、結球性レタス25/20℃あるいは20/15℃に調節した自然光ガラス室内で栽培し、花芽分化時期と茎の生長パラメーターを調査した。25/20℃では播種後28日目、20/15℃では39日目に花成の最初の兆候である生長点の肥厚が認められた。25/20℃では結球せずに抽だいしたが、20/15℃では結球した。栽培温度にかかわらず、茎の長さは指数的に増加した。茎の長さと径の関係を両対数グラフにブロットすると花成の兆候が認められるまでは、25/20℃、20/15℃とも直線となったが、その後は直線から乖離した。茎の長さと重さ、茎乾物重と葉乾物重との関係も、同様に花成の兆候が認められるまでは直線に当てはまった。これらの結果から、球の形成に関係なく、栄養生長茎と花茎とはアロメタリーの変化によって識別することが可能であることが明らかになった。また、レタスの花芽分化後、葉に比べて茎へより多くの乾物が分配されるようになることが分かった。

花芽分化・抽だいと炭水化物代謝の変化について

抽だい後の茎における炭水化物組成の変化

レタスは花芽分化後、茎が急激に伸長するとともに茎への乾物分配が増加することが分かった。そこで、抽だい後の花茎における炭水化物の組成と濃度の変化について調べた。その結果、伸長したレタスの茎に含まれる糖はスクロースが最も多く、次いでフルクタン、グルコース、フルクトースの順で、デンプンはほとんど含まれていないことが分かった。花芽分化以降、開花期までスクロース濃度はいずれの節間でもほぼ一定であった。レタスの種子形成期になると上位節間のスクロース濃度が大きく減少し、花茎の主軸から分枝、花、種子へとスクロースが移動していることが示唆された。1−ケストース及び1-ニストースは生育後半ほど濃度、含量共に上昇した。以上から、レタスにおいてスクロースが過剰に供給されると、剰余のスクロースがフルクタンへ転換し、貯蔵され、非常時に備えていると考えられた。また、花芽分化以後フルクタンが蓄積したことも茎への乾物分配の上昇に関与していると考えられた。

花芽分化と炭水化物代謝の変化

花成が誘導されると糖の代謝が変化するか、どうかを明らかにするため、スクロース分解酵素である細胞壁インベルターゼ及びスクロースシンターゼ遺伝子の発現量とともに、膜内外への水の輸送を容易にすると考えられているアクアポリン遺伝子の発現量の変化について調べた。細胞壁インベルターゼ、スクロースシンターゼ、アクアポリン遺伝子のcDNA断片をプローブに用い、ノーザンブロット解析を行った。花芽分化前までは茎にスクロースが蓄積し、それに伴って細胞壁インベルターゼ及びスクロースシンターゼ遺伝子の発現量が増加した。花芽分化時あるいはその直前には茎の炭水化物は含量、濃度ともに減少し、細胞壁インベルターゼ、スクロースシンターゼ遺伝子の発現量も一時的に減少した。その後、上位の節間におけるスクロースの濃度は上昇し、インベルターゼ活性も上昇した。これらのことから、伸長中のレタスの茎における炭水化物の蓄積量の変化とインベルターゼ活性が関連していることが示唆された。アクアポリンの発現量は花芽分化前後を通じて高く維持され、茎の伸長とは関係なく常に発現していると思われた。

レタスの花芽分化の分子マーカー、ヒストン H4 遺伝子の発現について

S期(DNA複製期)だけに発現するヒストン H4 プローブを用いて、レタスの花成誘導時の細胞分裂周期の変化を調べた結果、花芽分化時に細胞分裂周期が急激に変化することが分かった。すなわち、レタスの栄養生長茎では、茎頂の周辺(peripheral zone)においてヒストン H4の発現量が多かったが、茎頂分裂組織の中央(central zone)ではヒストン H4は検出できなかった。しかし、その後発現パターンが急激に変化し、DNAの複製がcentral zoneでも見られるようになり、DNA複製が行われている細胞も茎頂分裂組織に均一に分布し、頻度も高くなった。花芽分化時には細胞の分裂周期がcentral zoneで早まること、この変化は形態的変化より数日前に起きることが分かった。

ジベレリン処理が花成誘導・茎の伸長に及ぼす影響について

ジベレリン処理がレタスの茎の生長のアロメトリーに及ぼす影響

長日植物の抽だいには、ジベレリンが関与することが知られている。しかし、ジベレリン処理によって茎が伸長した場合の茎の生長アロメトリーについては明らかでない。そこで、ジベレリンがレタスの花成と茎の生長に及ぼす影響を調べた。20/15℃の自然光ガラス室内で‘テルミー'を栽培し、半分の植物体にGA3(10-4 mol l-1)の散布を行った。GA3処理3日後から茎の急激な伸長が始まったが、対照区では茎長の増加はごくわずかであった。GA3処理の有無に関わらず、実験終了時まで花芽分化は認められなかった。対照区とGA3処理区について、茎の長さと茎の乾物重,茎の長さと茎の直径、茎の乾物重と葉の乾物重を両対数グラフにプロットしたところ、対照区のプロットは直線に当てはまったが、GA3処理区のプロットはこの直線から乖離した。GA3処理した場合、花成は誘導されないが、アロメトリー関係に変化が見られたことから、アロメトリーの変化は花芽分化によって起こるというよりは、茎の生長パターンの変化の結果、引き起こされた可能性がある。

ジベレリン処理が花芽分化・抽だいに及ぼす影響

GA3処理は茎の伸長には効果があるが、花芽分化には影響していないと考えられたので、これを確かめるため、ヒストンH4プローブを用いて茎頂分裂組織における細胞分裂頻度の変化を調べた。25/20℃に調節した自然光ガラス室内で結球性レタス‘クイーンクラウン'を栽培し、播種後31日目にGA3(10-4 mol l-1)の散布を行った。GA3処理3日後から茎は急激に伸長したが、生長点がドーム状に盛り上がったのは対照区と同様、播種後52日目であった。GA3処理はperipheral zone及びrib meristemの細胞分裂頻度を増加させたが、central zoneの分裂頻度は対照区と差がなかったことから、GA3処理による節間伸長はperipheral zone及びrib meristemの細胞分裂頻度の増加と関係していると考えられた。また、花成が誘導されると、GA3処理にかかわらず、central zoneでも細胞分裂活性が高まった。

以上要するに、レタス茎の生長のアロメトリー関係の変化から抽だい時期を特定できることが明らかとなった。また、アロメトリーの変化は葉に比べて茎への乾物分配が増加すること、茎の径に比べ茎の伸長が促進されたことによるものであった。また、伸長の盛んな部位ではインベルターゼ遺伝子の発現量が多いが、花芽分化時またはその直前にはインベルターゼの発現が一時的に弱まることが明らかとなった。さらに、ジベレリンはperipheral zone及びrib meristemの細胞分裂頻度を高めることによって茎の伸長をもたらすのに対し、花成が誘導された茎ではcentral zoneでも細胞分裂頻度が高まり、花芽が分化するとともに茎が伸長することが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

長日植物や低温要求性植物の多くは, 花成が誘導されると茎が急速に伸長する。この現象は抽だいと呼ばれ,抽だいが起こると葉根菜類では葉や根の品質が低下するため,抽だいを抑制することは生産上極めて重要とされる。本研究は,近年高温下の栽培で球内抽だいによる変形球の発生が問題となっているレタスについて,抽だいと花成との関係,抽だいの開始時期,抽だいに伴う炭水化物代謝の変化について検討したものである。得られた結果は以下の通りである。

まず,抽だいの開始時期がアロメトリーによって識別できるのか,どうかを調べるため,温度条件を変えて結球性レタスを栽培し,花芽分化時期と茎の生長パラメーターを調査した。25/20℃では結球せずに抽だいしたが,20/15℃では結球した。栽培温度にかかわらず,茎の長さは指数的に増加した。茎の長さと径の関係を両対数グラフにブロットすると花成の兆候が認められるまでは,どちらの温度条件とも直線となったが,その後は直線から乖離した。茎の長さと重さ,茎乾物重と葉乾物重との関係も,同様に花成の兆候が認められるまでは直線に当てはまった。これらの結果から,球の形成に関係なく,栄養生長茎と花茎とはアロメトリーの変化によって識別可能であることが明らかになった。

次に,花成が誘導されると糖の代謝が変化するか,どうかを明らかにするため,スクロース分解酵素である細胞壁インベルターゼ及びスクロースシンターゼ遺伝子の発現量の変化について調べた。花芽分化前までは茎にスクロースが蓄積し,それに伴って細胞壁インベルターゼ及びスクロースシンターゼ遺伝子の発現量が増加した。花芽分化直前には茎の炭水化物は含量,濃度ともに減少し,細胞壁インベルターゼ,スクロースシンターゼ遺伝子の発現量も一時的に減少した。その後,上位の節間におけるスクロースの濃度は上昇し,インベルターゼ活性も上昇した。これらのことから,伸長中のレタスの茎における炭水化物の蓄積量の変化とインベルターゼ活性が関連していること,花成に伴って炭水化物代謝に変化が起こっていることが示唆された。

S期(DNA複製期)だけに発現するヒストン H4 プローブが花芽分化の分子マーカーとして利用できるか,どうかを明らかにするため,レタスの花成誘導時の細胞分裂周期の変化を調べた。その結果,レタスの栄養生長茎では,茎頂の周辺(peripheral zone)においてヒストン H4の発現量が多かったが,茎頂分裂組織の中央(central zone)ではヒストン H4は検出できなかった。しかし,その後発現パターンが急激に変化し,DNAの複製がcentral zoneでも見られるようになり,DNA複製が行われている細胞も茎頂分裂組織に均一に分布し,頻度も高くなった。花芽分化時には細胞の分裂周期がcentral zoneで早まること,この変化は形態的変化より数日前に起きることが分かり, ヒストン H4の発現パターンから花芽分化時期を明らかにすることが可能であると思われた。

ジベレリン処理によって茎が伸長することはよく知られている。そこで,ジベレリン処理によって茎が伸長した場合の茎の生長アロメトリーについて調べた。20/15℃の自然光ガラス室内でレタスを栽培し,半数の個体にGA3(10-4 mol l-1)の散布を行ったところ, GA3処理4日後から茎の急激な伸長が始まったが,対照区では茎長の増加はごくわずかであった。GA3処理の有無に関わらず,実験終了時まで花芽分化は認められなかった。対照区とGA3処理区について,茎の長さと茎の乾物重,茎の長さと茎の直径,茎の乾物重と葉の乾物重を両対数グラフにプロットしたところ,対照区のプロットは直線に当てはまったが,GA3処理区のプロットはこの直線から乖離した。GA3処理した場合,花成は誘導されないが,アロメトリー関係に変化が見られたことから,アロメトリーの変化は花芽分化によって起こるというよりは,茎の生長パターンの変化の結果,引き起こされた可能性がある。

GA3処理は茎の伸長には効果があるが,花芽分化には影響していないと考えられたので,これを確かめるため,ヒストンH4プローブを用いて茎頂分裂組織における細胞分裂頻度の変化を調べた。GA3処理3日後から茎は急激に伸長したが,生長点がドーム状に盛り上がったのは対照区と同様,播種後52日目であった。GA3処理はperipheral zone及びrib meristemの細胞分裂頻度を増加させたが,central zoneの分裂頻度は対照区と差がなかったことから,GA3処理による節間伸長はperipheral zone及びrib meristemの細胞分裂頻度の増加と関係していると考えられた。また,花成が誘導されると,GA3処理にかかわらず,central zoneでも細胞分裂活性が高まった。

以上要するに,本研究は,レタス茎の生長のアロメトリー関係の変化から抽だい時期を特定できること,伸長の盛んな部位ではインベルターゼ遺伝子の発現量が多いが,花芽分化の直前にはインベルターゼの発現が一時的に弱まること,ジベレリンはperipheral zone及びrib meristemの細胞分裂頻度を高めることによって茎の伸長をもたらすのに対し,花成が誘導された茎ではcentral zoneでも細胞分裂頻度が高まり,花芽が分化するとともに茎が伸長することを明らかにしたもので, 学術上, 応用上価値があると認められた。よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)を授与されるに相応しいと認めた。

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